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会場に戻り、座席に座って他の学校の演奏を聞いていたら事務局の人が馬原先生を呼びに来た。それで先生が行ってきた所、コハルの篠笛が入った件に付いて、作曲者の編曲承認書が出てないけどと言われたらしい。うっかり出し忘れていたので、週明けにすみやかに提出しますと返事する一方で、教頭先生に電話をして、作曲者の高倉田博さんに連絡を取って編曲の承諾を取ってもらえないかと依頼した。
「譜面は今日中に書きますので」
「分かった。とにかく先方に連絡してみる」
「深草さん、さっきの篠笛の譜面書ける?」
と先生がコハルに尋ねる。
「あ、すぐに書きます。先生、五線紙持っておられます?」
「うん、これ使って」
それでコハルは先生からもらった五線紙に自分が吹いた篠笛のメロディーを書き込んでいた。
そんなことをしている内に、やっと鐙さんたちが到着した。
「すみませーん」
「いや、事故そのものに巻き込まれなくて良かったです」
「横井さんたち歌えなくて残念だったね」
「もし道大会に行けたらそちらで歌えるけど」
コハルが譜面を書き上げると、馬原先生は会場のFAXを借りてそれを学校に送信した。教頭先生の方は幸いにもすぐ高倉田さんと連絡が取れて、その追加した篠笛の譜面を見てから判断したいと言われたということだったが、教頭先生が譜面を作曲者に転送すると
「これならOKですよ。むしろこれを私のオリジナルにも反映させたいくらい。美しいメロディーですね。まるで本当にキタキツネが歌っているみたい」
というお返事であった。
高倉田さんはすぐ編曲承認書を書いて取り敢えずFAXしてくれたので、教頭先生は、それをすぐ会場に転送してくれた。このFAXが到着したのが12校目、最後の学校が歌っている最中で、馬原先生はすぐにその承認書を事務局に提出した。
「書類そのものは週明けにもきちんと提出しますので」
「分かりました。では取り敢えずこのFAXを受け取っておきます」
全校の歌唱が終わった後、審査のためしばし休憩に入る。
千里たちはロビーに出ておしゃべりしたり、トイレに行ったりしていた。ほとんどの学校が女声合唱であったこともあり、会場は女子が圧倒的であり、当然女子トイレも大混雑であったが、千里は他の子とおしゃべりしながら列に並んでいた。
「そういえば千里、学校では男子トイレに入っているよね」
と佐奈恵が言う。
「自粛してる」
と千里。
「でも千里は学校外では普通に女子トイレに入っているよ」
と蓮菜。
「今日も女子トイレだし」
と穂花。
「男子トイレは空いてそうだけどね」
「何人か男子トイレに突撃してたよ」
「性転換したのでは?」
「女から男にも性転換できるんだっけ?」
「ちんちんを移植すればいいんだよ」
「誰からもらうの?」
「ちんちん要らない人から」
「ああ、ちんちん付けたい女より、ちんちん要らない男の方が多そうだよね」
「でも千里、学校でも女子トイレ使えばいいのに」
「それ先生から注意されそうで」
「注意する訳無い」
「だいたい千里、男子トイレに入って、立ってしてるわけ?」
「私、立っておしっこはできないよぉ」
「千里はちんちん無いから立ってはできないはず」
「じゃ個室使ってるの?」
「うん。誰かが入っていると、長時間待つことになる」
「ああ、男子トイレは個室少ないでしょ?」
「だいたい1個しか無いんだよ」
「だったら女子トイレに来た方がいいよ」
「そうそう。千里が男子トイレを使うのは、単に混乱を招いているだけという気がするよ」
やがて何とか待ち行列が進んでトイレをすることもできて、会場に戻る。千里たちが戻ってから5分ほどで審査委員長さんが壇上に上がった。
「それでは結果を発表します」
と司会者が言う。
「銅賞、旭川市立T小学校、上川町立K小学校、稚内市立H小学校、士別市立M小学校」
名前を呼ばれた学校の部長さんが出て行って賞状を受け取っていた。
「ああ、銅賞くらいは取れるかと思ってたんだけど入ってないね」
「けっこう良かったと思ったんですけどねー」
と小野さんたちは言っていた。
「ひょっとして銀賞取れてるとか」
「まさか」
「さすがにそれは無理」
「銀賞、F女学園小学校、Y女学院初等科」
名前を呼ばれた所が壇上に上がる。
「どちらも私立ですね」
「うん。この手の大会って上位は私立で独占されるんだよね〜」
Y女学院の部長さんが物凄く悔しそうな顔をしているのを見る。
「あそこは去年は私がいた小学校と一緒に全国大会まで行ったんだよ」
と馬原先生が言う。
「ああ、だったら地区大会で敗退するのは悔しいでしょうね」
と工藤先生。
「あれ?でもY女学院が銀賞なら金賞はどこだろう?」
などと言って馬原先生はあらためて出場校の一覧を見ている。
そして司会者は最後に金賞を発表する。
「金賞、留萌市立N小学校」
会場の中で反応が無い。
「N小学校の方、おられませんか?」
と司会者が尋ねる。
「先生、今司会者さん、なんて言いました?」
「N小学校と聞こえた気がしたんですが・・・」
「え?まさか?」
そんなことを言っていたら
「N小学校さん、帰られました?」
と司会者が言っている。
「あ、います!います!」
と馬原先生が立ち上がって声をあげ
「小野さん、野田さん、行ってきて」
と2人の6年生を促す。
2人は半信半疑で顔を見合わせていたのだが、馬原先生に促されて慌てて壇の方に駆けていった。
「金賞、留萌市立N小学校」
とあらためて審査委員長さんから読み上げられ、小野部長が賞状、野田さんが記念の楯を受け取った。野田さんも満面の笑顔である。
「おめでとう」
と審査委員長さんから言われて、ふたりは委員長さんと握手をしたあと、ふたりでお互いに握手していた。
「N小学校は来月札幌で行われる道大会に進出します」
と司会者は補足した。
合唱サークルは月曜日の全体朝礼で地区大会優勝の報告をし、千里やコハルも含めたメンバーが壇上にあがって、あらためて全校生徒から拍手をもらった。
その日の昼休みに音楽室に集まると、校長先生からと言って全員にクッキーが配られた。
「私、顔も出してないのにもらっていいのかな」
などとリサが言いつつ、既に食べている。
「リサが来てくれていたら、リサがピアノ弾いて、先生が指揮で行けたんだけどなあ」
「私よりシサトがうまいのに」
「ん?」
「あ、そういう手もあったか!」
「あの場では思いつかなかった」
などと蓮菜と穂花は言っている。
「私じゃ弾けないよ。全然練習してないもん」
「いや、千里なら初見で行ける」
「無茶な」
「無茶かどうかこれ弾いてごらんよ」
と言って、穂花が譜面を1枚千里に見せる。
「何この曲?」
「いいから、弾いてごらんよ」
それで仕方なく千里は渡された譜面を音楽室のグランドピアノの譜面立てに立て、弾き始める。何だか物凄く難しい曲だ。音程の《跳び》が大きく、しっかり意識していないと、違う鍵盤を弾きそうである。千里は必死で音符を読みながら弾いていった。
「ほら弾けた」
「難しいよぉ、この曲」
「それは学習発表会の持ち時間が長くなったので、追加で今日から練習しようと思っていた『妖怪たちのララバイ』ですけど、村山さん、この曲、弾いたことあった?」
と馬原先生が訊く。
「初めて見る曲です」
「聴いたことはあった?」
「初めて聴きました」
「それを完全な初見で弾けるって、音大生並み」
「それはさすがに褒めすぎですよー。私はたぶん音大付属の幼稚園生並み」
「いや、音大付属の幼稚園には結構すごい子がいるよ」
「え、えーっと」
「ただ和音構成を結構ごまかしてたよね。ソドミの和音をドミソで代用したり分散和音の順序を入れ替えたりとか。でも代用できる所がまた凄い。ちゃんと譜面の中身を読んでいるとということだから」
と馬原先生は純粋に褒めている。
「シサトって物凄く初見と即興に強いのよねー」
とリサが言っていた。
なお、札幌での道大会では、今回と同じアレンジで演奏しなければならないので、コハルがやはり篠笛を吹くことになった。また今回歌唱参加した千里と飛内さん、それにあと5年生の長内さんもメンバーに加わることになった。
「千里良かったね。またスカート穿けるよ」
などと穂花は言っている。
学習発表会の練習では、クラスの劇の方も練習が進んでいた。
一応学活の時間にも全体練習をしていたのだが、それだけでは足りないという声もあり、主要な役(白雪姫・后・王様・猟師・鏡・ナレーター・小人・王子・鹿!?)だけで放課後にも練習を重ねた。
白雪姫役の優美絵は、最初声が小さいと注意されたものの、思い切って大きな声を出すようになり、結果的にふだんの会話でもけっこう大きな声を出して話すようになった。
「ゆみちゃん、可愛い声してるよね」
「この声でぼそぼそと小さい声で話すのはもったいない」
「うん。せっかく可愛い声なんだから、もっと聞かせよう」
などと他の子たちに言われていた。
「これ衣装はどうするんですか?」
という質問が出る。
「白雪姫のドレスと王子様の服は私が縫うよ」
と我妻先生が言った。
「私、黒いドレス持ってるから、それ玖美子着ない?」
「助かる。貸して」
「おばあさんの服は本当にうちのおばあちゃんのを借りて来ようかな」
「玖美子のおばあちゃんは格好良すぎる。うちのおばあちゃんのを借りてくるよ」
玖美子の祖母はひじょうに珍しい女性の杜氏で、豪快な雰囲気の人である。フェアレディZを乗り回している姿がよく見かけられる。
「王様は何か黒っぽい服を適当に」
「金色のテープでも貼ればそれっぽくなるよ」
「猟師はそれこそ適当にアウトドアっぽいものを」
「うちの父ちゃん、猟銃持ってるから、それ持って来ようか?」
「本物はダメ!!」
「だいたい猟銃なんてしっかりしまってあるでしょ?」
「よく父ちゃんがその辺に転がしてるから、母ちゃんに踏んじゃうよと言って叱られている」
「銃がその辺に転がってるって、それ本当に日本の家庭なのか!?」
千里は日本刀が床の間に飾ってあるうちだって結構あぶないよなあと思いながらその話を聞いていた。
「銃なら僕が持ってるおもちゃのライフル持って来ますよ」
「じゃそれで」
「小人の衣装は各々適当に」
「まあ普段着でもいいくらいだ」
「帽子だけそろえよう」
「スキー帽でもかぶったらどうかな」
「ああ、それで小人っぽく見えるかも」
「鏡は?」
「段ボールで工作するよ。俺が作る」
「じゃ頼む。材料代が必要なら言って」
「家に余ってる段ボールたくさんあるから何とかなると思う」
「小人の家は?」
「模造紙にお絵描きしよう」
「じゃ、それ私たちでやるよ」
「鹿の衣装は?」
「縁日で買った鹿のお面持ってくる。服は適当でいい」
「お面なのか!?」