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千里たちは11時頃下山したが、それとちょうど入れ替わるようにやってきた集団があった。旭川の宗教団体の一行で、その教会長の孫が、幼稚園年長の海藤天津子であった。
一行はマイクロバスでキャンプ場に乗り付けると、まずはバーベキューでお昼を取る。それから双子沼のところに1つずつ「光柱」が立っていると言って、それを拝んで祝詞を唱えたりしていた。
天津子は信者さんたちから託宣ができると言われて、まるで生き神さまのようにあがめられていたものの、本人としては結構冷めていた。天津子の感覚では教団が崇拝している「神様」というのが、『威張っているだけのタヌキ』にしか見えず、それで彼女は祭壇などには近寄らないようにし、教団の祭礼にもできるだけ関わらないようにしていた。
羽衣が目を覚ましたのはもうお昼すぎであった。
「うー。頭が痛い。二日酔いかなあ」
と独り言を言う。
「あんた、ビール20本くらい飲んでたよ」
とカップ麺を食べながら携帯をいじっていた同室の女が言う。
「俺、そんなに飲んだ?」
「もうやめときなさいよと言うのに、まだ行けるとか言って」
「いや、ちょっと面白そうな子がいたからさ。あの子、俺の弟子にしたいなあ、と思ってその前祝いに」
「例の小学生の集団?どこかの小学校がキャンプに来てたけど」
「あ、それかも知れん」
「その集団ならもう出発したよ」
「しまった!」
「こんな遅くまで寝てたらね」
「どこの小学校か聞いてない?」
「そんなの知らないよ」
「うーん。キャンプ場に聞いたら教えてくれないかなあ」
「そんなの教える訳ないでしょ?」
「くそー。。。あ、そうだ。虎退治しなきゃ。お前ちょっと来い」
「虎?」
「そうそう。虎がこのあたりをうろつき回っているんだよ。何か居るなと思って昨日の夕方探していた時に、その虎に襲われて斜面を滑り落ちたという子供を助けてさ。それで虎だと分かって。でも子供助けたので昨日はもう日没になってしまったから、朝になってからあらためて探そうと思ってたんだよ」
「そんなの退治できるの?」
「まあ俺に掛かればね。だからお前も来い」
「私が何か役立つの?」
「俺が近づけば警戒する。だからお前をおとりにしておびき出す」
「そんな怖いこと嫌!私、ゲームしてる」
それで仕方なく羽衣はひとりでロッジを出て山道に入っていった。
天津子は教団の人たちの儀式が長く掛かりそうなので、ひとりで勝手にその場を離れた。管理棟の方に戻ってロビーで本でも読んでようと思い、山道に入っていく。
歩いている内に、うっかり変な道に入ってしまったようである。あまり人が通っていない感じで、道にかなり雑草が生えている。
あれ〜。私、めったに道に迷わないのにと思いながらも、管理棟の方角は波動で分かるのでそちらに向かって歩いて行く。
その時、天津子は気づいた。
「あら、可愛い猫」
と言って、その子を拾い上げた。
「あれ?あんた猫じゃないみたい」
『俺は虎だ』
『あんたしゃべるの?』
『お前も俺の声が聞こえるということは強い霊感持っているな』
『あ、そもそもあんたの姿は普通の人には見えないかもね』
『今日はむしゃくしゃしてるんだ。お前、食べちゃうぞ』
『いくら虎でもあんたみたいな小さな子には私は負けないよ』
『くっそー。俺は力が欲しい』
『力が欲しいのは私もだなあ。私、男に生まれたかった。それで強くなりたい』
『だったら俺をお前の眷属にしないか?力は与えてやるぜ』
『ペットにだったらしてもいい』
『ペットだとぉ!?』
『小さい猫の癖に文句言うんじゃないよ』
『くっそー。昨日あんな小娘にやられてなければ・・・』
『あんた小さいから、名前はチビにしようかなあ』
羽衣がその場に行った時、小さな虎の精霊が5−6歳の女の子に抱かれているのを見た。なんであんなに小さくなっているんだ?と疑問に感じる。しかしこいつはどう見ても人を何人か喰っている虎だ。
「君、危ないからその虎から離れなさい」
「おじいさん、誰?」
「せめておじさんと言って欲しいなあ」
「この子猫ちゃんは私のペットだよ」
「それ猫じゃなくて虎だから。危険だから」
「この子どうするの?」
「癖の悪そうな虎だから消滅させる」
「私がこの子の保護者だから。おじさんには渡さない」
と天津子は羽衣を睨み付けるようにした。
「うーん」
と羽衣は考える。そしてあらためて少女を見た。よく見ると、かなり強い霊感を持っている。そもそもこの「虎」が見えて、触ることができるということ自体霊感人間ではあるのだが。羽衣はこの子は10年に1度の逸材ではないかという気がした。昨夜の男の娘とは違うタイプだ。昨夜の男の娘は霊媒タイプ、こちらは霊能者タイプである。
「分かった。だったら飼ってもいいけど、ちょっとその虎貸しなさい」
少女は羽衣を睨み付けるようにして虎を放さない。
「大丈夫。変なことはしないから。約束する」
すると天津子は
「おじさん、信用できそうだね」
と言って、虎を羽衣に手渡した。
「おい、虎。今日の所は見逃してやるが、この子に絶対服従することが条件だ。誓えるか?」
『分かった。誓う』
「この子に万が一にも危害を加えたり、この子の言うことを聞かなかったりしたら、即俺がお前を消滅させるからな。いいな?」
『うん。この子に従う』
「よし」
それで羽衣は天津子に虎を返した。
「名前は付けた?」
「うん。チビという名前にする。ちっちゃいから」
「すぐ大きくなるぞ。餌はちゃんとあげろよ」
「餌って何あげればいいの?」
「こいつは悪霊とかを食べるんだよ。君、どこか宗教団体の子?」
「うん。おばあちゃんが教会長してる」
羽衣は天津子の「向こう側」を見るようにした。
「なんか怪しげな教会だなあ」
「おじさんもそう思う? 私もそう感じてる」
「だったら、その教会にはきっと悪霊がたくさん集まってくるから、そういうのを食べさせればいい」
「分かった」
「あと、町とかに連れて行くと、人の集まる所には悪い霊もたくさん集まるから、そういう所で食べさせるといいよ」
「ありがとう」
「ねね、それとついでみたいに言うけど、君、僕の弟子にならない?」
「弟子ってよく分からないけど、おじさん、まともそうだからなってもいいよ」
「よし。僕は吉田羽衣、君の名は?」
「私、海藤天津子です」
と言ってふたりは握手をした。羽衣が弟子を取ったのは15年ぶりであった。
その日、千里は夢を見ていた(ようであった)。
自分が寝ている周囲におばあさんが4人座っている。しばらく4人の会話を聞いている内に、千里の枕元、北側に座っているのがウメさん、左手、東側に座っているのがサクラさん、足下、南側に座っているのがモモさん、右手、西側に座っているのがキクさんというようである。4人は千里を取り囲むように、内側を向いて座っている。
ウメさんってもしかして自分のひいおばあさんのウメさんかな、などと思う。そして確か十四春(千里の祖父)のお姉さんにサクラさんっていたよなというのも思い出す。どちらも既に亡くなっている人である。もしかしてモモさんとかキクさんというのもその親族だろうか?
おばあさん4人に囲まれているというのが、なんとも居心地が悪く、千里は逃げ出したい気分だったが、身体は動かないようである。どうも金縛りのような状態になっているようだ。
「でもこの子、面白い子だね」
「男の子なのに女の子のドレス着て、十四春に献花してくれた」
「でもドレス姿がすごく似合ってた」
「この子、むしろ男の服を着せても男装した女の子にしか見えないと思う」
「でもこの子、本当に男の子なの?」
「どれ確かめてみよう」
と言ってキクさんが千里のズボンを脱がせる。ちょっとぉ!
「あら、女の子のパンティ穿いてるじゃん」
「この子、女の子の服を着るのが好きみたいですよ」
「でも女の子の服だとおしっこするのに困らない?」
「この子は男の子みたいに立ってはしないんです。女の子みたいに座ってするんですよ」
「へー。面白い」
「でも男の子が女の子パンティ穿いたら、膨れるよ。その子、お股に何もないみたいに見える」
「じゃ脱がせてみようか」
それでキクさんは千里のパンティまで脱がせてしまった。きゃー!!
「可愛い!」
「ちゃんと付いていたのか」
「男の子だったね」
「でも小さくない?」
「うん。この年齢の子にしては、小さいと思う」
「こんなに小さいのなら、無くてもいいんじゃない?」
「うん、いっそのこと取っちゃったら?」
「おしっこするのにも使ってないのなら、要らないよね」
「ああ、この子はおちんちん無くしたいみたいだよ」
「たまにいるよね。女の子になりたいと思っている男の子って」
「だったら、おちんちん私たちで取ってあげようよ」
「それもいいかもね」
「ちょっとモモさん、包丁か鎌か無い?」
包丁か鎌で切るの!?
「はさみでも良ければ」
「よし、それで切ろう」
「じゃ、あんたこのちんちんの先持ってて」
「じゃ私がこれ根本から切っちゃうね」
千里はドキドキしていた。
「はい。切っちゃった」
きゃー。切られちゃったよ!
でも物凄く痛いんですけど!?
千里はあまりの痛さに身体を少し動かそうとしたものの、動けない。ずっと金縛りが続いているようだ。
「これどうするの?」
「どこかに捨てる?」
おばあさんたちがそんなことを言っていたら、上品そうなお姉さんが近づいてきて言った。
「それ私が預かってもいいですか?」
「ちんちんなんか、どうすんの?あんた自分のお股に付ける?」
「私、男になってみたこともありますけど、あまり面白くなかったですよ」
「へー。私は男はしたことないね」
とりあえず千里のおちんちんは、その上品そうなお姉さんが預かったようであった。
「この子の切ったあとの傷口には、この薬を塗ってあげてください」
と言って、そのお姉さんはモモさんに貝殻に入った薬を渡した。モモさんがそこに薬を塗ってくれると、千里の痛みは随分楽になった。
「あとはナプキンでも当てとけばいいか」
「でも便利なもんができたよね」
「ほんとほんと、私たちの頃はこんなもん無かったから、月の物が来た時は毎月大変だったよ」
千里はナプキンって、ファミレスなんかに行った時にテーブルに立ててある紙のこと?などと思って、あんなのをどうしてお股に当てるのだろうと不思議に思った。
「でもこの子、おちんちん切っちゃったから、これからは月の物の処置もしなくちゃね」
「たぶん1年くらい先には月の物も来るようになるんじゃない?」
千里はお股の所に柔らかい布のようなものの感触を感じた。そして月の物って何だろうなどと考えていた。
北海道の学校の夏休みは短い。だいたい20日をすぎると2学期が始まる所が多い。今年は8月21日の月曜日から2学期の授業は始まった。
まずは9月中旬に行われる学習発表会(昔でいう所の学芸会)の準備である。千里は4年1組でやる劇と、合唱サークルの合唱に参加することになった。
「私、合唱サークルじゃないのに」
と千里は言うが
「サークルだけじゃ人数少ないからさ」
と蓮菜は言う。
「私、下手だよ」
「千里が歌は下手だという話は嘘であることがとうにバレている」
「どこからそんな根も葉もない噂が」
「だってこないだビリーフやった時は凄く巧かった」
「しまった!」
「それにさ、合唱サークルはおそろいのスカート穿くから」
「参加する!」
合唱サークルの練習は毎日の昼休みである。千里はそれにも出て行き、高音部で歌った。曲目は滝廉太郎の『花』と高倉田博作曲・合唱組曲『蝦夷の春』から『キタキツネ』である。
ピアノは小さい頃からレッスンを受けていたリサが徴用されていた。合唱サークルの本来のピアニストは6年生の鐙(あぶみ)さんだが、学習発表会では歌唱の方に参加させたいということで、別途ピアニストをというのでリサが頼まれたらしい。リサは歌は下手だが、ピアノが上手いので、伴奏役にはぴったりなのである。また彼女は背が高いので、合唱の列に並べるとひとりだけ頭ひとつ飛び出してしまう。ピアノの前に座らせるのが色々な意味で落ち着く。
それで練習していたのだが、馬原先生から言われる。
「村山さん、すごく歌がうまい。ふだんの合唱サークルにも入らない?」
「私、スポーツ少年団で剣道してるから時間無いです」
本当は千里は剣道部には月に数回しか顔を出していない。
「うちの練習は基本は昼休みだけだから、スポーツ少年団とも両立できるよ」
「そうだなあ」