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■少女たちの代役作戦(9)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-05-29
 
2学期に入ってすぐ、結果的には千里が参加して2回目の練習の時に衣装合せもした。馬原先生が前の学校で大きな業績を残しているおかげで、予算もついたらしく、この衣装代も学校から費用が出るらしい。おかげで千里は「合唱サークルの衣装のスカート買うお金ちょうだい」などといったことを母親に言って悩ませずに済んだ。
 
学校で用意してくれる衣装は上がペールピンクのチュニック、下はえんじ色のスカートである。合わせて着ると、どこかの私立女子校の制服のようで、凄く可愛い。これ結構良いお値段がしたのでは?と千里は思った。
 
ウェストを測られて千里は
「あんた背が高いからLかと思ったけどSでいいみたいね」
と言われる。
 
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「この子、細いんですよ」
と蓮菜。
「もっとご飯食べなきゃダメだよと言うんですけどね」
とリサ。
 
リサはピアニストなので、歌う子たちとは別の服になる。彼女はピアノの発表会で着たドレスを着ると言っていた。
 

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一方、学習発表会でやる劇の方は、4年1組の出し物は『白雪姫』と決まった。
 
「ね、ね、白雪姫に王子様がキスして起こす所はどうすんの?」
「キスするふりで」
「でも顔が至近距離になるよね」
 
「そうだ。王子様はるみちゃんにやってもらおう」
「ああ、それならいいか」
 
白雪姫役は男子たちの推薦でクラス1の美人の優美絵と決まる。美人だが、はにかみ屋さんなので、こういう役は大丈夫かなと千里を含めて何人かの女子が心配したものの、本人は頑張ってみますと言っていた。
 
お后様役はクラス委員の玖美子が
 
「誰もやりたがらないだろうし、私がやるよ」
と言ってそれで決定。
 
王様は高山君、猟師が田代君、鏡は原田君、7人の小人が蓮菜・恵香・佳美、中山・元島・佐藤、に千里、そしてナレーターは穂花と決まった。
 
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「まあ小人って性別はわりとどうでもいいから」
「村山に男役はさせられんけど、女役させると色々問題があるかも知れないし」
「いや、問題は無い気もするけど」
 
それ以外の子は、大臣とか、お城の舞踏会に出る貴族・貴婦人とかの役を割り当てられる。白雪姫の代わりに猟師に撃たれて心臓を取られる鹿の役を鞠古君が割り当てられていた。
 

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8月27日(日)。合唱サークルの地区大会が行われる。
 
小学校の参加校はそんなに多くもないので、留萌・上川・宗谷の三支庁合同の予選が旭川で行われる。1位になれば来月札幌で行われる道予選に進出することになる。
 
この日は保護者の車数台に分乗して旭川に向かった。千里は出場するメンツには入っていないものの「応援に行くから」と言ってあった手前、蓮菜のお母さんのセドリックに、蓮菜・佐奈恵・穂花と一緒に乗って旭川に向かう。
 
朝7:00に留萌を出て旭川に8時半すぎに到着する。大会は9時からである。
 
出場するメンバーは6年生9人・5年生7人・4年生6人の合計22名。それに6年生の鐙さんがピアノを弾く。馬原先生が指揮である。
 
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この他、応援ということで、千里のほか、6年生の飛内さん、5年生の阿部さんと長内さん、それに4年生で2組の亜美が来ていた。
 

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「じゃ会場に入る前にここで少し合わせようか」
と言って馬原先生がみんなを集める。
 
「全員そろってるかな・・・って何か人数が足りない?」
「5年生の小塚さんと赤津さんに、6年生の横井さんと鐙さんがまだ到着してないようです」
「あら?どうしたのかな?」
 
「その4人は**集落なので、たぶん横井さんのお母さんの車に乗ったんじゃないかな」
 
先生が電話してみると、その横井さんのお母さんの車が道央自動車道で起きた事故のため身動きが取れなくなっているという。
 
「ほんの300mほど先で事故が起きて車線がふさがっていて。今警察が誘導して後ろの方の車から順に前のICまで戻って行っている所なんですよ」
と4人を乗せた横井さんのお母さんの話。
 
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「きゃー、どうしよう?」
 
N小の出番は、2番目なのである。その状況では本番に間に合わない可能性が高い。
 
「仕方ないですね。その4人抜きでやりますか?」
とサポート役に付いてきてくれている工藤先生が言う。
 
「それが、鐙さんはピアニストで・・・」
「ピアノを弾く人がいないんですか!?」
 
「それと参加資格が・・・」
と6年生の部長・小野さんが言う。
 
「資格?」
「この大会は20人以上で参加しないといけないんです」
「あら」
 
と言ったものの、工藤先生はすぐに言う。
「応援に来ている子が何人かいますね。その子をステージに立たせればいいですよ」
 
「それしかないですね」
と小野部長も言い、人数合わせのため、何人か立ってということにする。幸いにも衣装は別途持って来ていたので、本来の出場メンバーと一緒にその子たちにも着替えてもらおうという話になる。
 
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「でもピアニストはどうします?」
と小野部長が尋ねる。
 
「私がピアノを弾いて指揮を誰かに頼もうかな」
と馬原先生。
 
「じゃ私が指揮をしましょうかね」
と小野さんが言うが、同じ6年の深谷さんが
「それでは高音部が足りなくなります」
と主張する。
 
事故による通行止めに引っかかって遅れている3人が全員高音部なのである。更に高音部の小野さんまで抜けると、高音部の人数が極端に減る。
 
「じゃ低音部の人で・・・野田さん、指揮いいかな?」
「あ、はい」
 
それで同じ6年生の野田さんが指揮をすることになる。
 
「代わりにステージに立つ3人は誰々にします?」
「できたら高音部の声が出る子が助かるけど」
 
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「千里は歌えるよね?」
と蓮菜が言う。
 
「『キタキツネ』はこの一週間一緒に練習したけど、課題曲の『大すき』は何度か聞いただけだよ」
 
「千里なら聞いていれば歌えるはず」
「うーん。。。。」
「制服のスカート穿きたいでしょ?」
 
千里は笑って
「じゃ、やるよ」
と答えた。
 
この写真を母が見ることがありませんように、と思う。
 
「じゃ、村山さんお願い」
と馬原先生が言う。
「はい」
 
あと2人は6年生の飛内さんとコハルがすることになった。
 
「深草さんも歌えるよね?」
「私も聞いていただけですよ」
とコハルは言うが、もともと歌も楽器もうまいコハルなので、そう悲惨なことにはならないだろう。飛内さんは合唱サークルに入ろうかどうかと迷っている子で元々一緒に練習していたので問題無いようだ。
 
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通行止めに引っかかったメンバーが出たので指揮と伴奏者を交代したいというのを先生が事務局に申し出、了承を得た。
 
その間、児童たちは、急いで更衣室に指定されているサブ体育館に行き、衣装を配って身につける。ペールピンクのチュニックを着て、えんじ色のスカートを穿く。千里はスカートは最近わりと穿いているものの、実は学校のみんなの前で穿くのはこの日が初めてだったので、けっこうドキドキした。
 
「千里、スカート姿に違和感が全くない」
「えへへ」
 
だいたいみんな着替え終わった所で、小野部長が
 
「よし行こう」
 
と言い、更衣室を出てホールに行く。最初の学校が歌っている。千里たちはこの次だが、結局練習無しのぶっつけ本番になってしまった。
 
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前の子たちが歌い終わって下がる。N小の低音部の子たちが入って行く。それに続いて千里や蓮菜・コハルなど高音部の子が入って行く。
 
馬原先生がピアノの所に座る。指揮をする野田さんが入って来て聴衆に一礼し指揮棒を構える。先生とアイコンタクトをして先生が伴奏を始める。野田さんは、ここでいきなり拍を間違ってしまった!
 
正確にいうと、ちゃんと合っていたのに、先生の伴奏を聞いてから、間違ったかと思って拍のタイミングを変えてしまったのである。それで伴奏と指揮がずれてしまった。
 
先生も焦ったようだが、ここで弾き直す訳にもいかない。やり直すと制限時間内に終わらない可能性が出てくる。
 
一瞬メンバーはピアノと指揮のどちらに合わせるべきか、視線を交わす。が、小野部長が自分の右手でリズムを取り、ピアノ側に合わせるよ、という指示を出す。それでみんな混乱無く、馬原先生のピアノ伴奏に合わせて歌い出す。
 
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一方の野田さんは自分が拍を間違ったことに気づいて修正しようとするも、更に修正し間違って、もうむちゃくちゃになってしまう。しかし歌唱者はみな指揮は気にしないことにして、ピアノ伴奏にだけ合わせて、何とか最後まで課題曲を歌いきった。
 
課題曲が終わった所で野田さんが座り込んで泣き出してしまう。
 
急に言われたので無理もない所、大失敗をして自分が抑えられなくなったのだろう。小野部長が出て行き、ハグしてあげたら、少し落ち着いたようである。コハルも心配して出て行く。
 
「ねえ、コハルちゃん指揮代わってくれない?」
などと情けないことを言い出す。
 
「大丈夫だよ。次はちゃんとできるよ。そうだ。私、ゆみちゃんのそばに付いててあげようか?」
と言ってコハルは篠笛を取り出した。
 
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「これ吹くので前に立っているのはOKだよね?」
とコハル。
「うん。楽器演奏者ならここに居てもいい」
と部長。
 
それでコハルが野田さんのそばに残り、小野部長は自分のポジションに戻る。歌唱者は1人減ってしまうが、20人以上いるので大丈夫である。
 
そして2曲目の自由曲『キタキツネ』の演奏を始める。
 
今度は野田さんも焦らずに指揮することができた。馬原先生のピアノ、そしてコハルが吹く篠笛の音に合わせて、みんな熱唱する。千里は合唱っていいなあと思いながら歌っていた。
 

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終わると物凄く大きな拍手があった。野田さんは緊張が解けたところでまたまた座り込んでしまったものの、コハルに促され、肩を抱かれるようにして何とか立ち上がると、観客席に向き直り、涙を浮かべながらコハルと一緒に深くお辞儀をした。
 
千里たちが退場してサブ体育館で着替える。
 
「みんな本当にごめん」
と野田さんは謝るものの
「ドンマイ、ドンマイ」
とみんな声を掛ける。
 
「でもドンマイってどういう意味だっけ?」
「英語でDon't mind. 気にするなってことだよ」
「へー」
「それが日本人にはドンマイと聞こえる」
「ほほお」
 
「うどんがうまいの略かと思った」
「なぜ、うどんが出てくる?」
 
「ドンってスペイン人の名前にあるから、人の名前かと思った」
「それどういう人よ!?」
「きっとよく失敗していた人の名前」
「伝記を見てみたいな」
 
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「ドン・マイ、1756-1821。スペインのドジ地方ミス村に生まれる。生来失敗が多くあいつには物事は任せられないと言われて不遇な生活を送っていたが、1808年ナポレオンの支配に対抗するスペイン独立戦争、バイレンの戦いで、彼がうっかり落としたトマトの箱がフランス軍の司令官の頭に当たり、司令官が死亡。その混乱に乗じてスペインはナポレオンの軍に対して劇的な勝利をおさめた。これをもって、失敗しても、それが何かの成果に通じることもあるとして、失敗した人にはドン・マイと声を掛けるようになったのである」
 
とコハルが言う。
 
「それ本当?」
「今考えた」
「凄い」
「まるで本当の伝記だ」
 

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少女たちの代役作戦(9)

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