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お花を捧げるのは葬儀の最後のほう、みんなの焼香が終わってからなのでまだ時間があるということであったので、その黒いドレスの格好のまままたロビーに行く。そこで会場を見ていたら、受付の所に立っていたお姉さんが
「これあげる」
と言ってジュースを2本くれたので
「ありがとうございます」
と笑顔で答えて受け取り、ふたを開けて飲む。
このお姉さんは昨日遅れてやってきて、間違って隣の葬儀場に入ってしまったとか言っていた人である。
お姉さんは
『その子、素直そうでいい子ね』
と千里に《心の声》で語りかけてきた。
『あれ?お姉さん、これが使えるんだ?』
と千里も同じく《心の声》で応じる。
『君、美郷ちゃんだっけ? 君はどうやってこれ覚えたの?』
『小さい頃、神社で遊んでたら、凄くきれいなおばあさんに教えてもらった』
『そのおばあさんって、人間?』
『ああ、人間じゃないと思う。姿は見えなかったから』
『姿が見えなくてもおばあちゃんと分かったの?』
『見えなくても、ふいんきで分かりますよ』
『ふんいき(雰囲気)かな?』
『あ、そうかも。私生身の人間とこの話し方で話したの初めて』
『なるほどね〜』
「そうだ、君ちょっと変わったお猿さん持ってるね」
と彼女は普通の声で言った。
「これですか?」
と言って千里は昨日天子からもらった猿の根付けを取り付けている合鍵ごと出す。
「ちょっと貸して」
「はい」
彼女はしばらくそれを握って目をつぶっていた。
「この子、疲れているみたいだったからメンテしてあげたよ」
と言って千里に返す。
「ありがとうございます」
と言って千里は笑顔で受け取った。
そんな会話をしていた時、入口の方から
「まだ始まってないかな?」
と言って小走りで走り込んで来た中年の夫婦があった。昨日ホテルの大浴場の中で遭遇した克子さんと、その夫の鐵朗さん(啓次さんの息子)だ。
「まだ大丈夫ですよ」
と受付の女性。
「あら、晃子ちゃん、来れたの?」
と克子さんが彼女に訊く。
「たまたま道内に用事があってきていたので。済みません。昨日はお客さんに呼び出されたものだからちょっと顔出しただけで帰っちゃって」
「へー。あんたも忙しそうだもんね」
「でもちょっと面白いもの見られたから」
と言って、晃子と呼ばれた女性は千里をチラっと見た。
克子さんも千里も気づく。
「今日は可愛いドレス着たね」
「なんかお花を供えるのをしてと言われました」
「あ、そうよね。玲羅ちゃんとふたりでするのかな?」
「え?どうだろう。玲羅も何かするみたいですけど」
「でもこういう服を着ていたら、さすがに息子とは言われないね」
「そうですね!」
それで克子と鐵朗は式場の中に入っていった。
やがて告別式が始まる。晃子さんも受付は郵便局関係者の洋子さんに任せて式場内に入った。その時、晃子さんが凄く大きな数珠を持っているのを見て、千里は「何だかすごーい」と思った。
お坊さんが入って来てお経が始まり、やがて弔電の紹介がある。それが一通り済んだところで焼香が始まる。最初に喪主の天子さんが焼香する。天子さんは目が見えないと聞いていたが、普通に歩いて行き焼香台の所でお香を取って目の前くらいに掲げたあと、香炉の中に投じた。そして振り返って導師にお辞儀をすると喪主席に戻る。本当にこの人目が見えないの〜?と千里は疑問を持った。
そのあと施主の武矢と津気子、それから弾児と光江、それから他の親族が続き、一般の参列者(多くが郵便局関係)が続いた。晃子さんも親族と一緒に焼香していた。
やがて加藤さんがやってきて千里を呼んだ。
「もうすぐだから来て」
「はい」
それで加藤さんに連れられて、式場奥の導師などが出入りするドアの所に行く。千里と同じようなドレスを着た少女がいる。こちらに顔を向けるのを見ると玲羅である。
「え!?」
と千里も玲羅も声をあげる。
「どうかした?」
と加藤さんは言ったのだが、ちょうどその時、焼香が終わったようである。最後を締めくくるように葬儀委員長を務める、加藤さんの旦那さんが焼香をしていた。
「はい、出番よ」
と加藤さんが言って、ふたりに花束を渡す。それを千里と玲羅がひとつずつ持つ。司会者が
「それでは最後に故人に花束の献花をします。献花するのは、村山美郷ちゃんと村山玲羅ちゃんです」
と言った。
それで千里と玲羅が花束を持って導師口から入る。喪主席の所にいる母が仰天した顔でこちらを見ているのを見るが千里はどうしたのかな?などと思いながら玲羅と一緒に花束を故人の棺の上に置く。そのまま一礼して導師口に戻った。
「ふたりともお疲れ様。こちらで着替えようね」
といって、千里と玲羅を事務室に連れて行った。
「じゃ着替えたらふたりとも会議室の方に行っててね。そちらであと少ししたらお昼が出るから。私は参列者のお見送りに行ってくる」
と言って加藤さんは出て行く。
「ケンカってお花をささげることだったの?」
と千里が尋ねる。
「そうだけど、なんでお兄ちゃんがドレス着て私と一緒にお花を捧げるのよ?」
と玲羅は逆に尋ねる。
「え?分からないけど、お花捧げてと言われたからはいと言ったんだよね」
「ドレス着せられて変に思わなかった?」
「別に。私、ドレスは今までも何度も着てるし」
「うーん・・・」
と玲羅は悩んでいるようであったが、千里は何を悩んでいるのだろう?と不思議に思っていた。取り敢えず、ふたりともドレスを脱いで、葬儀場まで来る時に着ていた服に戻った。
そういう訳で、千里はこの件に付いては何か変なこと(?)が起きていたこと自体に気づかないまま過ぎてしまったのであった。
実は千里はこの手の「本人も意識しないまま」起きている事件がわりと多い。
なお、本来、玲羅と一緒に献花をするはずだった美郷の方は、そんな役割に自分が指名されていたことなど全く知らないまま、控室で他の親戚の子供たちとおやつを食べたりおしゃべりしたりしていた。また千里の父は美郷ちゃんが千里と似た顔立ちだなと思ったものの、まさかそれが千里本人とは夢にも思わなかったのであった。加藤さんも美郷と千里を勘違いしたことには最後まで気づかないままであった。
しかし結果的には十四春は自分の孫娘(?)2人に送ってもらえたのである。
千里は4月に放送委員の鐘江さんに誘われて剣道部に入ったのだが、大してやる気のないまま入っているので、練習には月に2〜3度程度しか顔を出していなかった。
それでも元々運動神経が良いので、結構上達していく。更に気合いが凄いので、5年生の女子から「千里ちゃんと対峙すると勝てる気がしない」などと言われる。千里と同じクラスで、3年生の時から剣道部に入っているクラス委員の玖美子なども
「私負けそう」
などと言っていた。
「村山は気合いは凄いけど、実際には技術がまだまだだから、恐れずに打ち込んでいけば勝てる」
と鐘江さんなどは言うものの
「その打ち込みに行く以前の段階で気合いで負けちゃうんですよ」
と玖美子は言う。
それでも千里と玖美子はお互いちょうどいいくらいの練習相手ということで、千里が出てきた日には熱心に対戦していた。剣道部の練習は夏休みに入ってからも週3回くらいやっていたのだが、千里は週1回しか出ていっていなかった。
8月上旬の月火、千里たちの学校の4年生は近隣のキャンプ場にキャンプ体験に行った。任意参加ではあったが、4年生54人の内、44人が参加した。付き添いの先生は1組担任の我妻先生、2組担任の近藤先生、体育の桜井先生、それに教頭先生である。
本来は体育の三国先生と家庭科の菅原先生の予定だったのが、三国先生が先日の遠足の時に酔っ払ってしばらく校外活動は謹慎らしく、代わりにキャンプ指導で桜井先生が入り、男手も欲しいということで教頭先生が入ったらしい。
一行は月曜日の朝8:30に学校に集合して、そこから歩いてキャンプ場を目指す。例によって班単位でまとまって行動し、GPSも持たせるが、念のため各班で班長ではなくていいから機械に強い子が扱うように指示し、事前に操作方法のレクチャーも行った。
千里たちは遠足の時と同じ、高山君・鞠古君・田代君に、千里・留実子・蓮菜の6人で、班長は高山君だが、GPSは田代君が持つ。
遠足で行った白銀丘よりも距離的には遠いのだが、あの時ほど急な坂は無く、なだらかな傾斜が続いたので、そういう意味では楽だったが、食材を分担してリュックに入れているので重量があり、結果的にはキャンプ場に着いた頃にはみんなへばっていた。
少し休憩した後、お昼ご飯のカレー作りを始める。場所はキャンプ場そばの河原を使う。かまど作りに使う石がふんだんにあり、鍋を洗う水が調達できるし、火を使っても安心という一石三鳥の環境なのである。
ある程度の人数が必要なので、各クラス2グループずつ4グループに別れて作業した。1グループが11名である。
主として男子が石を組んでかまどを2つ作り、火をおこす。その間に主として女子が野菜やお肉を切って鍋に投入する。千里はもちろん他の女子と一緒に調理係、留実子はもちろん他の男子と一緒にかまど作りをした。留実子は1組の両方のグループのかまど作りに呼ばれた。
「花和、石の組み方がうまい。前やったことあるの?」
「父ちゃんに習った。空気の通る穴を開けておくのがコツだよ」
「へー。凄いね」
「何度か家族でキャンプしたよ」
「アウトドア派なんだ!」
「千里、ジャガイモの皮むきがうまい」
「いつもやってるからね」
「おうちでお料理手伝ってるの?」
「この春からうちのお母ちゃんがパートに出たから最近は毎日私が夕飯作ってる」
「主婦なんだ!」
お米は無理して飯盒などは使わず、キャンプ場の電気ジャーを借りて別途炊いたので、作業を始めてから1時間ほどで食べられるようになる。
「美味しい美味しい」
「山で食べるご飯は美味しいね」
「自分たちで作ったから美味しいのもあるね」
「学校から2時間半歩いたから美味しいのかも」
各班のカレーの出来を味見して回っていた桜井先生が
「ここのカレーはいちばんの出来かも」
などと言うので、隣のグループからまで「一口食べさせて」などと言って味見に来ていた。
食事が終わった後、主として女子は鍋や食器を川で洗い、その間に主として男子はかまどを崩して燃え残りの炭を集め、管理人さんに処理を依頼する。かまどの跡には水を十分掛けておく。
そういった作業が終わったのが1時半頃で、その後「宝探しゲーム」をする。キャンプ場の敷地内に多数の「宝」を隠してあるのを探し出すのである。但し必ず2人以上で行動すること、敷地の外には出ないことということであった。千里は留実子と組んで、あちこち歩き回った。
途中で蓮菜と田代君のペアに遭遇する。
「何か見つかった?」
と蓮菜から訊かれるので
「まだ3つしか見つからない」
と言って千里が「宝のカタログ」を3つ見せると
「うっそー。こちらはまだ1つも見つけてないのに」
と言われる。
「じゃ2個あげようか?」
と言ってカタログを2つ渡す。
「2個ももらっていいの?」
「どうせすぐまた見つかると思うし」
「どうやって見つけてるのか、見せて!」
と蓮菜が言うので、しばらく4人で行動する。
「あ、ここにあった」
と言って木の枝に引っかけてあるカタログを千里が見つける。
「あんなの良く見つけるね!」
「何か違和感があるんだよ。それで気づく。るみちゃん取れる?」
「任せて」
と言って留実子が木によじ登ってそれを取る。
「千里が探索係、るみちゃんが回収係か」
「ある意味、最強のペアかも知れん」
「ふつうの女子のペアだと、あんな高いところにあるやつは見つけても回収できないもんなあ」