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(C)Eriko Kawaguchi 2016-05-28
千里が管理棟に戻ってきたのはもう18:30くらいである。
あぁ、完璧に入れ替えタイムは終わっちゃったね。もう女子の入浴タイムじゃん。さすがに他の女子と一緒に入る訳にはいかないなあ。お風呂はパスかな。などと思いながら、洗面台の所に置いたタオルとシャンプーセットを取りに行く。ところがそこにリサが通りかかって声を掛ける。
「シサト、どこ行ってたの?お風呂行くよ」
「あ、えっと・・・」
「豚汁作っている最中に、サトイモの皮剥いてもらおうと思ったらシサト居ないからさ。亜美が頑張ったけど、サトイモ半分くらいになっちゃった。最後の鍋はサトイモ少ない」
「ごめんねー。子供が迷子になったとか言って、それ探すの手伝ってたんだよ」
「へー。シサト、人探すのうまいもんね」
それで何となくリサとおしゃべりしながら浴室方面に歩いて行っていたら、恵香と美那がやってくる。
「あ、千里先に来てたんだ?」
「ごめーん。ちょっと頼まれごとしてたんだよ」
「千里が居ないから、豚肉の切り方が適当になった」
「みんな脂身の所がうまく切れなくてさぁ」
「最後の鍋は豚肉の塊が大きすぎるかも」
それで結局恵香たちともおしゃべりしながら浴室の付近まで行く。他にも数人追いついてきて、結構な人数になる。
「私、ここにこれ置いてたんだよね」
と言って千里は洗面台の所に置いていたタオルとシャンプーセットに着替えのビニール袋を取る。
「あ、そこに置いてトイレに行ってたの?」
「そうだ!トイレ行くの忘れてた」
「それは大変」
「お風呂に入る前にトイレ行っておいた方がいいよね〜」
それで千里は
「これちょっと持ってて」
と言って愛用のキタキツネの髪留めをリサに預けてから、集団から離脱し、浴室の隣にあるトイレ(当然女子トイレ)に入る。
千里は学校では自粛して男子トイレを使うようにはしているものの、学校の外では女子トイレしか使わない。キャンプは学校の延長なのか外なのか微妙であるが、友人たちと一緒という気安さで、千里は女子トイレに入った。
千里がトイレに行っていた間に、他の子たちはもう浴室の中に入ってしまったようであった。それで千里はそのまま取り敢えず玄関そばの小ホールの所にでも居ようと思い、管理棟の廊下を戻る。
それで玄関近くまで来た時、スタッフさんから声を掛けられる。
「あ、君君、さっきカオル君を見つけてくれた子」
「あ、はい?」
「あの子のご両親があらためてお礼をしたいと言っているから、ちょっと来てもらえる?」
「いや、大したことしてないですけど」
「いや、大したことだよ。あそこは廃止された散策路だったから、普通では見つからなかったと思う。日没までに発見できなかったら命の危険もあったよ」
それでそのスタッフさんに連れられて事務室まで行った。
カオル君は手足に軽い擦り傷をしていたらしいが、よく水で洗った上で消毒薬を塗ってもらっていた。
千里が入って行くと、お父さんが上半身が水平になるくらいの深いお辞儀をして、千里に感謝のことばを言った。
「いや、良かったですね。子供って、勝手に行くなと言っても走って行っちゃいますもんね」
と千里は言う。
カオルと両親以外に、彼を斜面から助け上げてくれた初老の男性も一緒にいた。
本人はもう元気になって、ジュースなど飲んでいたが、千里はご両親と15分ほど話していた。お礼に商品券か何か送りますから住所を教えてくださいと言われたので、住所と名前を書いておいた。
「でも山道は怖いですよね。道が細いし、ちょっと踏み外すと下まで滑り落ちたりするし」
と職員さんが言うと、カオル君がこんなことを言った。
「トラと会ったんだよ。それで逃げようとして足を踏み外した」
「トラ?」
「トラとかライオンとかのトラ?」
「うん。びっくりした」
みんな顔を見合わせる。
北海道の山の中に熊は出るかも知れないが、虎なんて普通居ないだろう。何かと見間違えたのだろうか。
カオルを助け上げた初老の男性が何かを考えるかのように腕を組んでいた。
「もしかしたら大型の野犬とかいたのかも」
「ちょっと明日探してみよう」
「猟友会の人にも応援を頼んだ方がいいかも」
と職員さんたちは言っていた。
それで結局千里が事務所を出たのは、もう18:50である。
「さて、どうしたものか」
と千里は独り言を言った。
女子の入浴時間が19:00までで、その後はキャンプファイヤをすることになっている。それを1時間ほどして20:00から夕食である。
千里が廊下で悩んでいたら、通りがかりのスタッフの女性が声を掛けてきた。
「君、どうしたの?」
「いえ。さっき見つけてあげた迷子の子のご両親と話している内に入浴タイムがもう終わりかけているなと思って」
「ああ、だったら、その後の一般女性の入浴時間帯にまたがって入っちゃえばいいよ。本来はN小学校の児童は19:00までということになっているけど、別に女の子であれば、他の女性客と一緒でもいいでしょ? だから今から入って、あがるのは19時15分か20分くらいでもいいんじゃない?」
うーん。「女の子であれば」という所にひっかかるんだけど、と千里は思うものの
「そうですね」
と取り敢えず相槌を打っておく。
「キャンプファイヤには遅刻するけど、いいよね? ご飯の時間までには間に合うでしょ」
「確かに」
そんなことを言っていたら、別の女性スタッフさんがやってくる。
「あ、君、N小の子だっけ?」
「はい、そうですが」
「N小の炊飯器の電源がね、コンセントを占有しすぎてて、他のお客さんが困っているから、悪いけど少し移動してもらえないかと思って。こちらでやってもいいけど、N小の子に立ち会ってもらった方がいいかなと思ったから」
「すみませーん!動かします」
それで千里はスタッフさんと一緒に調理室に行く。一部電源の延長コードを入れたりして、コンセントを一方の壁側にまとめるとともに、炊飯器の内の1個は容量を超えそうということで、事務所のコンセントを使わせてもらうことにして、そちらに移動した。
「お手数おかけしました」
と千里はスタッフさんに言う。
「うん。そちらこそお疲れ様」
とスタッフさんは言った。
で、結局時計を見るともう19:02である。キャンプファイヤが始まるようで、花火の音も聞こえた。
しかし・・・・結果的にはN小の女子はもうみんなお風呂からあがったはずである。
だったら、私、他の子と顔を合わせずに入れるじゃん!
千里は顔見知りにさえ会わなければ女湯に入っちゃってもバレない自信があった。疑われたらヤバいのだが、そもそも千里の場合、性別を疑われること自体がまず無い。
それで千里は、お風呂場に行き、中に入る。
一般の女性客の時間帯なので、大人から子供までいろんな人が脱衣場には居る。ただ人数はそう多くない。10人程度である。千里はふつうの利用者のような顔をして、かごをひとつ取ってくると、服を脱いだ。
「今日はずいぶん汗掻いたよなあ」
などと独り言を言いながら浴室の中に入る。空いている流し場を見つけてそこで身体を洗い、髪を洗う。コンディショナーを掛けている間に、顔を洗い、あの付近も丁寧に洗う。そのあとでコンディショナーを洗い流す。
手早くしないとキャンプファイヤー始まってるよなあと思う。それで浴槽に身体を沈めると手足の筋肉をもみほぐしながら100数えて上がった。余分な汗をかかないようにするため、一度水をかぶって身体の表面を冷やしてから浴室を出て脱衣場に移動する。
身体をタオルで拭いて手早く新しい下着を身につける。ズボンとポロシャツを着て、夜は冷えるだろうしというのでトレーナーも着る。そしてお風呂場を出ると急いで集会所に行き、自分の荷物の所に着替えやシャンプーなどを置く。見るともう19:20である。キャンプファイヤーは結構進んでいるはずだ。急いで千里は中庭に出た。
千里がキャンプファイヤーの所に行くと、桜井先生から声を掛けられた。
「千里ちゃん、どこか行ってたの?」
「すみませーん。トイレ行ってました」
「もうすぐフォークダンス始まるよ」
「あ、はい。あ、それから」
と言って千里はキャンプ場の人に言われて炊飯器の電源を移動させたこと、炊飯器のひとつは事務所の電源を使わせてもらったことを先生に報告した。
「了解了解。対応してくれてありがとうね」
それまではキャンプファイヤを囲んでみんな適当に座り、歌を歌ったりしていたようである。だいたい男子同士・女子同士で3〜4人で座っている子たちが多かったが、中には男女で2人で座って、歌も歌わずにお話している子たちもいた。蓮菜は田代君とふたりで他の子たちから少し離れた場所に陣取って何やらお話していた。あのふたりケンカもよくしているみたいだけど基本は仲良しなんだろうな、と思って千里は見ている。
リサが数子と何か話しているのを見かけて、手を振って寄って行く。
「あ、これ預かってたの」
と言ってリサが髪留めを返してくれるので
「ありがとう」
と言って受け取り、まだ乾ききっていない髪をそれで留めた。
「お風呂今あがったの?」
「実はそうなのよ。あれこれ用事を頼まれて遅くなっちゃって。一般のお客さんの時間までずれ込んじゃった」
「へー」
千里が来た時は「オタマジャクシはカエルの子」を「空飛ぶ飛行機機械です」のあたりまで歌っていたのだが、それが終わると
「はーい。フォークダンスを始めますよ〜。外側に女子、内側に男子、二重の輪になって」
と桜井先生が言う。
それでみんな立ち上がり、何となく輪を作っていくが、1組同士、2組同士が集まるような感じになった。
「なお、女子か男子かは自己申告でいいから、生物学的に男子であっても女子の方で踊りたい人は女子の輪に入ってね。その逆もOK」
などと桜井先生は言っていた。
今回の参加者は「学籍簿上」は男子25名・女子19名なので、女子の輪の方が人数が少ない。ここで千里は当然女子の輪、留実子は当然男子の輪に入っている。千里は蓮菜と穂花の間に入った。留実子は鞠古君と元島君の間に入っている。男子の何人かがジョークで女子の輪に入り、また男子の輪に入った女子も数人いたので、結局外側は21人、内側は23人になったようであった。
人数を数えていた桜井先生が
「今女子が2人少ないけど、あと1人女子になりたい男子いない?今なら性転換手術の割引券もあげるよ」
などと言う。
すると鞠古君が
「俺、手術の割引券もらいに女子の方に行こうかな」
と言ったのだが、彼の隣にいた留実子が
「鞠古はここに居ろよ」
と言った。
「うん、まあいいけど」
と鞠古君は不思議そうに答える。
結局、2組の祐川君が「僕が女子に入ります」と言って移動し、男女が22人ずつになった。
「祐川、性転換手術するの?」
「手術したらお嫁さんにしてくれる?」
「手術が終わった後、可愛くなっていたら考えてもいい」