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■娘たちの努力の日々(10)

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1月6日、千里はひとり早朝V高校を出て、7:50の函館行きに乗った。そして11:25の奥尻島行きに乗り継いだ。
 
30分のフライトで奥尻空港に到着する。
 
奥尻空港はほぼ島の南端にある。千里は空港を出ると3kmほどの道を歩いてそのいちばん南の青苗岬まで歩いて行った。
 
実は北海道南西沖地震の津波被害はこの青苗地区がいちばん酷かったのである。春美さんの家族や親戚は全員この地区に住んでおり、両親と姉、双方の祖父母、伯父夫婦と従兄、叔母夫婦と従妹2人の合計14人が全員津波で死亡したらしい。
 
その被害が激しかった地区は現在公園となっていて、不思議な形のモニュメント《時空翔》が置かれている。レンズ型の石の中央に凹みがあるが、ここは地震のあった7月12日にここにちょうど太陽が沈むように設置されているのだという。地震が起きたのは1993年7月12日22:17:12で、奥尻島は推定震度7であった。
 
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公園にはもうひとつ背の高い石のポールが立っている。
 
これは《洋々美徳》というもので、1880年に有栖川宮威仁親王殿下が乗船なさっていたイギリス海軍シナ海艦隊旗艦「アイアン・デューク」がここで座礁したものの、殿下自身が身の危険を顧みず乗員救出に尽力なさったのを記念するものだということである。
 
それらと「津波館」を見てから千里は、春美さんの家族親族のお骨と位牌があるお寺に向かう。春美さんの経済力ではお墓を作るのは困難ということでお寺がお骨を預かってくれているらしい。桃川家代々の墓も存在したのだが津波で墓地が破壊されて古い遺骨も墓石も行方不明と聞いた。
 
春美さんからは、お寺に「もしかしたら友人がそちらを訪問するかも」とお寺に話をしているということであった。
 
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が、お寺の門を見ただけで引き返す。
 
神社体質の千里はお寺に入る場合は自分を「オフ」にする必要がある。霊鎧をまとうのに似た操作なのだが、小学生の頃はこれがうまくできなくてお寺自体に足を踏み入れることができずに困っていたこともあった。通常の状態で入ろうとしても、バリアに跳ね返されてしまう感じなのである。
 
ちなみに教会に入る時はこの操作をする必要が無い。なぜだろうと思い美鳳さんや藍川さんなどに尋ねてみたことはあるものの、
 
「私はふつうにお寺にも教会にもそのまま入るが」
とどちらからも言われた。
 
しかし貴司のお母さんは「私はお寺に入れないから葬式の時に困る」と言っていた。無理に入ると気分が悪くなり、途中退席することになってしまうらしい。貴司のお母さんも教会は平気らしい。
 
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ちなみに千里はタイで寺院観光したが、タイの寺院は全然平気だった。また、高校の修学旅行で京都に行った時は多数のお寺に入っているがその時も平気だった。もしかしたら観光客の多いお寺は大丈夫で、純粋に宗教施設として活動しているお寺はダメなのかもと思う。
 

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そういう訳で、千里はお寺に入るには自分と外界との関わりを閉じる必要があるのだが、閉じてしまうと、楽曲の復元に必要な「あちらの世界とのチャンネルをつなぐ」作業ができない。
 
それで千里は結局さっきの地震慰霊碑《時空翔》の所に戻った。
 
ここで復元作業をしようと決意する。
 
春美さんのノートの該当ページを開く。
 
心を楽にする。先日も浮かんだ、日が照る中で雪が降っているシーンが思い浮かぶ。千里は「何か」をずっと「探して」いた。
 
あれ?
 
と思う。千里は雨宮先生にメールした。
 
《つかぬことをお聞きしますが、桃川春美さんって性転換してます?》
 
するとすぐ返事が来た。
《なぜそれを今更訊く?》
 
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今更って教えてくれなかったじゃん、とぶつぶつ文句を言う。
 
しかし春美さんが元男性であるなら、今捉えた「これ」でいいようだ。
 

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千里はその「端緒」を捕まえたイメージの糸を丁寧にたぐっていった。それに合わせてメロディーが千里の脳内で再生される。
 
それを大急ぎで書き留めた。
 

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この作業をした時、千里はあきらかに通常の創作の時のチャネリングとは感覚が違うことを感じていた。食事にたとえると、他人の茶碗と箸で食べているような、妙に心地悪い気分なのである。
 
しかしその違和感を感じながら書いたことで、千里はこれは春美さんが捉えたイメージと近いものではないかという気がした。彼女がこれを書いたのは2007年11月で、今から2年ほど前、千里が高校2年の時らしい。
 
千里は楽曲を書き上げた後で、再度お寺の所に行った。山門の前で本堂のある方角に向かってお辞儀をしてから立ち去ろうとする。
 
その時
 
「もし」
という声を聞いた。
 
振り返ると、お寺のお坊さんのようである。70-80歳に見える。
 
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「さきほどもここまでいらっしゃいましたよね。もしかして桃川さんのお友達?」
 
千里は笑顔になる。
 
「はい。そうです。でも私、巫女なので、中には入れないんですよ。この山門が通さんと言ってます」
「だったら、裏口から来ない?」
「裏口ですか!」
 
「裏口入門だな」
 

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ご住職に教えられて裏手に回る。そこに小さな木戸があった。住職が戸を開けて待っている。千里はそこなら通れそうな気がした。
 
「どうぞ、入って下さい」
とご住職が言う。
「お邪魔します」
と言って千里はそこを通った。
 
そのままお寺の住居部分に通される。
 
「本堂の方に近づかなければ大丈夫でしょう」
「はい。一時的に『閉じて』しまえば、巫女ではなくなるので、本堂にも行けると思うのですが、今回は閉じることのできない用事でこちらに寄せてもらったんですよ」
 
「もしかして音楽関係のご友人ですか?」
「ご住職鋭いですね。私は桃川さんの姉弟子のようなものです。年齢では向こうがずっと上ですけど」
「なるほど」
 
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「実は2007年11月に、桃川さんが自殺未遂をした時に、直前にここのお寺に寄って、そこで美しい曲を書いたということで、その曲の復元作業をしているんですよ」
 
「おお」
「それで桃川さんが使っていたノートを持って、桃川さんの気持ちになって慰霊碑を眺めていたら、なにやら美しいメロディーが流れて来たので、彼女が感じ取ったメロディーの記憶かも知れないと思って書き留めました」
 
と言って、千里は慰霊碑の前で書き留めた五線譜を見せる。
 
「あの子は小さい頃一度死にかけているんですよ。それで霊感のようなものが開いてしまったようで。だから同じように霊感を持っている人が同じ場所に行けば、ひょっとすると似たものがキャッチできるのかも知れませんね」
 
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と住職は言った。
 
「ええ。それを期待して五線譜に書き留めてきたんです。でもどのくらい近いものが拾えたかは未知数ですけどね」
 
「あなたは物凄い霊感の持ち主のようだ」
と住職は言う。
 
「時々そう言われます。私自身は、その霊感とかは全然分からないんですけどね」
「ああ、そういう無自覚の霊感人間もけっこういるんですよ。多くは守護霊が物凄く強いんです。自分の霊感を意識しなくてもやっていけるくらい強いと、結果的に無自覚になるんですよね」
 
「なるほどー。じゃ私、守護霊さんに感謝しなくては」
「うんうん」
 

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住職は2年前のことを語った。
 
桃川さんが明らかに思い詰めたような顔でお寺を訪れ、親や祖父母などの永代供養料にと100万円渡そうとしたが、わざと半分返したという。
 
「まだ自分のすべきことが残っていると思って欲しかったからね」
「確かに全てを精算してしまえば、心残りが減りますからね」
 
「それでお守りに勢至菩薩の姿が見える房玉をあげたんだよ。こんな感じの」
と言って千里に透明な玉をひとつ渡す。
 
千里は玉を覗き込む。
 
「大日如来ですか?」
「よく見ただけで分かるね!」
「お名前が伝わってきました」
「さすが、さすが。それあげるよ。未年生まれの人の守護本尊だし」
「私が未年生まれって分かりました?」
「うん。そんな気がした」
「ほんとにご住職凄いです」
 
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「桃川君はあの時あげた玉を紛失したと言って謝っていた。しかしその玉があの子を守ってくれたんじゃないかって気もするね」
 
「それはありそうですね。それと似たようなことを私も経験したことありますよ。九死に一生を得て、持っていたはずのお守りとか身代り人形が無くなっていたりとか」
 
「うん。その手の話は時々あるんだよ」
 

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「しかし、さっき津波館で地震当時の資料とかを見ていたのですが、奥尻島は津波被害も酷かったけど、復興も早かったようですね」
 
「うん。あれは全国から物凄い義援金が集まったので助かったんだよ。あれで船を無くした人も、新しい船を作るのにその費用の9分の8が助成されたし、家を建て直す人にも1250万円の補助が出たんだよ」
 
「それは凄いです!」
「こういうのを今後大きな災害があった時のモデルケースにして欲しいよね」
「全くですね」
「亡くなった人への弔慰金も、5回に分けて支払われたけど、最終的な合計で死者1人あたり300万円くらい出たはずだよ」
 
「手厚いですね」
 
と言いながら、千里は微妙な違和感を感じた。その違和感の正体にすぐ気づく。
 
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「ご住職、桃川さんもその弔慰金を受け取ったはずですよね?」
「うん。あの子は両親・姉、双方の祖父母で7人亡くなっているから、2100万円は受け取ったはず。伯父・叔母とかのはどういう扱いになったか分からないけど」
 
このお寺で預かっている遺骨は桃川さんの直接の親族である両親・姉・祖父母の7人の分で、他の7人の遺骨は別のお寺で無縁仏に準じて管理されているらしい。確かに伯父叔母・従兄妹まではとても手が回らないだろう。
 
「そのお金はどうしたんでしょう?」
 
「実は僕もそれは疑問に思っていたんだよ。あの子、ずっと貧乏暮らしだったみたいだから。ひとつ考えたのは性別変更に使った可能性だけど、性転換手術っていくらくらい掛かるのかね」
 
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「私もよく分かりませんが、手術代自体は100万円くらいみたいですよ。タイで手術する人が多いので、その渡航費とか、手術後の休養期間の生活費とか入れてもせいぜい200万もあれば充分でしょう」
 
「だったら違うな。もうひとつ考えていたのは、あの子、音楽系の大学に行ったから、その教材費とか、授業外のレッスン費とか、あるいは楽器を買うお金とかで使ってしまったのかも。音楽とか美術とかって無茶苦茶お金がかかるから」
 
「確かに。楽器は凄いですね。私の友人(麻里愛)が持ってるヴァイオリンとか5000万円したらしいですよ」
「恐ろしい世界だ」
「私なんて15万円で買ったという友人から譲ってもらったお古のヴァイオリン使っているのに」
 
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「それはさすがに安すぎる気がするよ」
と住職は笑っていた。
 
「でもその前は3万円のヴァイオリン使っていたんです。壊れちゃったけど」
「そんな安いヴァイオリンがあるの!?」
 

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住職との話はけっこうはずんで、結局千里はこのお寺に泊めてもらうことになった。住職の奥さん、40代くらいの息子夫婦、高校生の孫娘と中学生の孫息子2人と一緒に夕食も頂いた。
 
「嘘〜!U19日本代表の村山千里選手ですよね?」
とその孫娘から言われる。
 
「あらあ、バレたか。って私を知っているということは、バスケット関係者ですか?」
 
「私もバスケット部なんです。いつも地区大会で1回戦負けだけど」
「ああ。私も中学1−2年の頃はそんなものでした」
「へー!1回戦負けのチームから世界へかぁ。凄いなあ。私、去年のインターハイ予選で旭川N高校と札幌P高校の試合見たんですよ」
 
「わあ、あの試合見たんだ?」
 
2008年のインターハイ道予選は札幌近郊の岩見沢市でおこなわれた。
 
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「物凄い接戦で最後は村山選手のスリーで逆転勝ち。P高校が負けることあるんだ!って、びっくりしたんで、よけい印象に残ったんですよ」
 
「まあP高校は全国大会に照準合わせているから、道大会ではまだエンジンが掛かってないからね」
と千里は笑いながら言う。
 
「やはり手抜いてたんですか?」
「手抜くというより無理しなかったんだと思うよ。あとの2チームには負けることはないから、どっちみちインターハイには行けると踏んでたんだと思う。まあ90%くらいかな。こちらは必死だったけど」
 
「90%であれか。凄いなあ」
 
彼女が千里のサインをねだったので、スケッチブックに書いてあげたが
 
「美し〜い」
と言って、喜んでいた。
 
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彼女ともバスケットのことで話がはずんで、結局寝たのは12時近くである。千里はさすがに疲れが出て熟睡していたが朝4時半頃、目が覚める。
 
まだあたりは暗い。
 
千里は部屋の中にある文机が気になった。
 
勝手に開けるのはいけないかなあ、などと思いながら引出しを開ける。そこに1冊のノートがあった。
 
何となく開く。
 
「これは・・・・・」
 
そこには『雪の光』と書かれた詩が書かれていたのである。但しかなりの修正が入っており、大きく線でくくって矢印で移動を指示したり、何種類かの色のペンで何度も書き直したりした後がある。
 
これは桃川さんがこの曲の歌詞を推敲したあとだ!
 
と千里は確信した。
 
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娘たちの努力の日々(10)

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