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■娘たちの衣裳準備(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2018-11-17
 
千里と貴司は、2013年12月23日の早朝一緒にチェックアウトした。この日は実は大阪実業団リーグの最終戦があるのである。今年もこの最終戦の相手はAL電機である。千里は試合前にMM化学の控室に入り、選手のみんなにチキンを配ったら「よし。やるぞ!」とみんな気合いが入っていた。
 
試合は昨年MM化学に負けて連続優勝が途切れたAL電機が頑張り、最後まで接戦が続いたが、最後の最後で、貴司からパスを受けた石原主将がファウルを受けながらもボールをゴールに放り込み、逆転勝利。
 
それでMM化学が大阪リーグを2連覇した。
 

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この日は試合を途中から見に来ていた社長も入って祝勝会が行われたが、千里は遠慮して新幹線で東京に戻った。
 
この日、東京の国士館ではローズ+リリーのライブが行われ、青葉と彪志が見に行った。
 
年末は桃香も短期間のバイトに出ていたので、結局この日は朋子が千葉のアパートにひとりで放置され、散らかっている部屋の片付けなどをしてくれていた。
 

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2013年12月23日(祝).
 
龍虎たちのバレエ教室で発表会が行われた。
 
龍虎のこの日の予定は、最初の行進曲に出た後、中国の踊りを踊って、最後は花のワルツに出るということになっている。
 
「先生、和絵ちゃんが階段から落ちて踊れないそうです」
「先生、花丸君が風邪で寝込んでいるそうです」
 
「嘘でしょ!?」
 
なんと主役の金平糖の精およびクララ役の和絵(中2)と、くるみ割り人形役の花丸君(中3)がどちらも休んでいるというのである。
 
「代役、どうする?」
と先生たちが急ぎ話し合っている。
 
「蓮花ちゃん、金平糖踊れない?」
と中1の蓮花に先生が尋ねる。
 
「無理です〜。あんな難しいの」
 
金平糖の精の踊りには、最後に大きな円を描きながらくるくると回転を繰り返していくという難しい動きがある。あれはふだんからレッスンをサボりがちな蓮花には無理だろう。
 
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「だったら芳絵ちゃんは踊れない?」
「私の体力では無理です」
 
確かに芳絵は基本的には上手いのだが、筋力が無いのが欠点である。
 

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「中1のふたりが踊れないということは・・・・」
と言って先生たちが悩み、チラッと龍虎を見る。
 
ちょっとぉ!!
 
「佐藤君は金平糖踊れない?別にスカート穿かなくてもいいよ」
とひとりの先生が言った。
 
「踊ったことないから無理だと思います」
 
確かに佐藤君なら基本的に上手いし筋力もあるので“練習すれば”できる気がした。しかし今から練習している時間が無い。
 
蓮花が言った。
 
「龍ちゃんなら踊れると思います」
 
うっそー!?
 
先生のひとりも
「うん。実は田代さんなら踊れるんじゃないかという気はした」
と言っている。
 
「でも私、トウシューズも履いたことないですよ」
「ふつうのバレエシューズで踊っていいよ。トウで立たなければいいだけのこと」
 
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「ちょっとやってみようよ」
と蓮花は言っている。
 

それで龍虎は普通のレオタードのまま、金平糖の精の踊りを踊ってみせた。最後の大きな円を描いていくところも完璧である。
 
「何て正確に踊るの!?」
「凄いきれいな円を描いた!」
「あんた、もしかしてこの教室でいちばん上手いのでは?」
 
などと先生たちから言われる。
 
(半分は本人をその気にさせるために言っている)
 
「龍がこの教室でいちばん上手いのは間違いないですよ」
などと蓮花まで無責任に言うが、芳絵も
 
「私もそう思ってた!」
などと言っている。
 
白鳥の湖の「黒鳥」などは32回のグランフェッテがあり、高い技術力を要求されるが、くるみ割り人形の「金平糖」は技術も表現力も要求する難しい踊りである。
 
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「でもボク男の子なんですけどー」
と龍虎は言うものの
 
「龍はおちんちん無いし、おっぱいあるし、4月からはセーラー服着て中学に通学するらしいから、実質女の子」
などと鈴菜が言っている。
 
「どこからそんな根も葉もない噂が」
「いや、おっぱいがあるのは明らか」
 

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それで結局、クララは芳絵が演じ、金平糖の精を龍虎が踊ることにする。つまり和絵のパートを2分する。元々クララと金平糖は別の人が踊る演出もあるのである。またくるみ割り人形は佐藤君が踊ることになった。
 
「つまり龍ちゃんは、行進曲で舞踏会の客を踊り、中国の踊りを踊ってから金平糖ね」
「分かりました」
 
「でも衣裳は?」
「そうか!和絵ちゃん、168cmだもん。あの子の衣裳は145cmの田代さんには無理」
 
「昨年の雪乃さんの衣裳は使えません?」
「ああ。あの子は156cmだったから、田代さんでも行けるかも」
「すぐ持って来ます!」
と言って衣裳係の人が飛び出して行った。
 
「あのぉ、金平糖の精踊る時、下はふつうのレオタードでもいいですか?」
と龍虎がおそるおそる訊くが
「金平糖はこの劇の主役だからね。しっかりスカート穿こうね」
と先生が言うと
「あんたスカート好きだから良かったじゃん」
と付き添いの母に言われてしまった。
 
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お昼を食べた後で13時から発表会が始まる。
 
最初に低学年の子を中心とした、単発の踊りが30分ほどにわたって演じられたあとで、いよいよメインの『くるみ割り人形』が始まる。
 
結局龍虎は最初の行進曲は免除になった。ともかくも龍虎は今日のプリマ(*1)になってしまったので、プリマが群舞の中に混じるのはおかしいということになった。
 

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(*1)時々混同されるが、プリマドンナPrima donna(直訳するとfirst woman)はオペラの主役を意味し、バレエの主役は、プリマバレリーナ Prima ballerinaである。
 
現在、一般には各劇団のトップの女性踊り手をプリマバレリーナと呼んでいるが元々は卓越した技術力・表現力・品格を持つ踊り手に与えられた称号であった。
 
プリマバレリーナより更に上の称号として、プリマバレリーナ・アソルータ Prima bellerina assoluta という称号もあるが assoluta は英語の absolute で、そう呼ばれたバレリーナは、マイヤ・プリセツカヤなど過去に13人しか居ない。
 
ちなみに・・・龍虎は男の子のはず(?)だが、今日は「今回の公演のトップ女子踊り手」になってしまっている!?
 
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そういう訳で龍虎は練習着のまま、みんなが行進曲のために出て行くのを、(女子更衣室で)見送った。
 
「さて、中国の踊りに着換えなきゃ」
と独り言を言って、衣裳を衣裳担当の人からもらう。
 
「中国のB3なんですけど」
「はいはい。B3はこれね」
と言って渡された服に着替えようとして、ボトムがスカートであることに気付く。
 
「すみません。これ下がスカートなんですが、ボクが使うのは下がズボンになっているタイプなんですけど」
 
「あら?ズボンのがあったの?ちょっと待って」
と言って探してくれるが、中国の衣裳は全てスカートのようである。
 
「なぜ〜〜?」
と言っている内に、行進曲が終わって鈴菜と日出美も来る。
 
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「龍ちゃんまだ着換えてなかったの?」
「ズボンのが無いみたいなんだけど」
 
ともかくも来ている中国の踊りの衣裳を3つとも出してみると少し大きいのが1つと小さめのが2つだが、新調したっぽい少し大きめの衣裳が鈴菜用、小さめのが龍虎と日出美用のようだが、3つとも下はスカートである。
 
「あれ?採寸の時は確かに1つズボンと言っていたよね」
と鈴菜も言っている。
 
「こないだの衣裳合わせの時は、ちゃんとスカートのが2つとズボンのが1つだったよ」
 
「でもここにあるのは全部スカートですね」
 
鈴菜が少し考えるようにしてから言った。
 
「龍ちゃんスカートでも踊れるよね?」
 
「え〜〜!?」
 
「1.ここにはスカートのしか無いからそれを着るしかない。2.そもそもプリマは女の子のはずだから、男物の衣裳を着けて他の踊りをするのはおかしい」
 
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「うーん・・・」
 
「3.悩んでいる時間が無いから、もう着換えよう」
 
「分かった」
 
それで龍虎と日出美が小さめの衣裳をつけ、鈴菜が大きめの衣裳を着けて、舞台袖に行って中国の踊りにスタンバイした。
 

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スペインの踊り、アラビアの踊りを経て、中国の踊りになる。
 
中国の踊りは前面に、鈴菜を中心に左右に龍虎と日出美が並んで3人で踊る。後方には3年生以下の子たちが並び群舞をする。
 
実は練習をしていた時、龍虎はずっと疑問だったことがある。
 
主役は中央で踊る鈴菜のはずなのに、男の子である龍虎は左側で踊っていて、やたらとジュテ(跳躍)とかもあり、動きが目立ち過ぎる気がしていたのである。ところが今日、女子の衣裳をつけてこの踊りを踊ると、女子の衣裳なので女子の振り付けで踊るのだが、日出美と龍虎が鈴菜の引き立て役に徹するので、踊りがきれいにまとまってしまうのである。
 
この方がきれいじゃん!と思いながら龍虎は踊っていた。
 
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つまりこの中国の踊りは、現在のこのバレエ教室の構成では、女3人で踊る方法が、まとまりが良いようであった。
 

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踊りが終わって(女子更衣室に)下がる。龍虎はすぐに金平糖の衣裳に着替える。それで取り敢えず中国の衣裳を脱いで、ステージショーツも脱ぎ、ボディ・ファンデーションとタイツだけの状態(その下にアンダーショーツは着けている)になった時、鈴菜がいきなり龍虎の股間に触った。
 
「わっ」
 
「やはり付いてないよね?」
「小さいから目立たないだけだよー」
「小さいって何cmくらい?」
「うーん。体表には出てないからなぁ」
「ああ、割れ目ちゃんの中に収まっているのね」
「割れ目ちゃんなんて無いけど」
「今更隠さなくてもいいのに。中学は女子として通学するんでしょ?」
「男子だよー」
 
「でもこないだ制服採寸会に居たし」
「ああ、あの時、すずちゃんも居たの?ボクはサイズが小さすぎて男子制服の既製品が使えないからサイズ計ってもらって作ることにしたんだよ」
「やはり男子制服では合わないから女子制服を作るのね?」
「作るのは男子制服だよ〜」
「恥ずかしがらなくてもいいのに」
 
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ともかくもクラシック・チュチュ型の金平糖の衣裳を着けた。
 
「今気付いた!金平糖は、鈴菜ちゃんも踊れたはず。踊っているの見たことある」
 
「踊れるけど、私より龍ちゃんの方が絶対うまいもん」
と鈴菜は笑顔で言った。
 
やがて蓮花と芳絵がフランスの踊り(葦笛)を終えて下がる。
 
龍虎が出て行く。チェレスタとバスクラが奏でる静かで美しい調べに合わせて踊る。このバリエーション(ソロ演技のこと)は、白鳥の湖のオディールのような派手さは無いものの、ひたすら表現力を問われる踊りである。本来はトウシューズで踊るものだが、それを普通のバレエシューズで踊っているので、技術的な見せ場がひじょうに少ない。それを更に表現力でカバーする。龍虎はお菓子の国の女王になりきった気持ちになって踊っていった。
 
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そして最後の回転しながら立つ位置の軌跡が大きな円になるように踊る所では演技の途中なのに、たくさん拍手が来る。そして最後まで踊りきった所で、物凄い拍手、そして「ブラーヴァ!」という掛け声もたくさん掛かって、龍虎は笑顔で膝を曲げて観客に挨拶し、下がった。
 

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続けて舞台はフィナーレとなる、花のワルツの曲が掛かり、全員がステージにあがる。龍虎はフランスの踊りの衣裳からクララの衣裳に替えていた芳絵と手を繋いで舞台に戻り、みんなと一緒に華麗にワルツを踊った。最後はくるみ割り人形の佐藤君を真ん中にはさんで、クララの芳絵、金平糖の龍虎と3人で舞台前面中央に立ち、挨拶をした。
 

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発表会が終わってから分かったこと。
 
昨年の中国の踊りは最初女の子2人と男の子1人の予定になっていたので、最初、女の子の衣裳2つと男の子の衣裳1つが作られていた。ところが女の子の1人Aちゃんがお父さんの転勤に伴い、直前に教室を辞めたので、女1男2に変更された。その時、男の子は身体が大きいこともあり、完全に新しく男の子の衣裳が制作された。つまり昨年の段階で衣裳は実は男2女2があった。
 
今年鈴菜と龍虎・日出美が踊ることになり、鈴菜の衣裳は新たに作られた。そして龍虎と日出美の衣裳は昨年の男の子の衣裳と女の子の衣裳を手直しして使用することになった。それでその作業を経て、今月上旬に衣裳合わせをした。この時、龍虎はちゃんとズボンタイプのものを着ている。
 
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ところがこの時、龍虎が穿いたズボンはゴムを交換したのに、それでも緩すぎて演技中にずり落ちそうになった。それでもっとゴムを短くして下さいといって調整に出された。その再調整したものは誤って同様に再調整があったアラビアの踊りの衣裳の所に一緒に格納された。
 
発表会の当日、中国の衣裳を持って出ようとして、担当者が2つしかないことに気付いた。それでもう1着はどこだろう?と探していたら近くに《中国B3》と書かれた衣裳があったので「あっこれか」と思い、持って出た。
 
実はそれは本当は昨年Aちゃんが着る予定だった衣装であった。
 
それで女の子の衣裳3つになってしまったのである。
 
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娘たちの衣裳準備(5)

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