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■娘たちの悪だくみ(10)

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千里はレオパルダ育成チームのメンバーと日々練習していて、日に日に自分が“研磨”されていくのを感じていた。それは今まで5cmレベルの精度で済ませていたようなアクションを3cmレベル、2cmレベルまで精密さをあげていくような作業なのである。
 
「こういう場合、こうすればいい」というのが頭で分かっていても、身体がちゃんとそれをできていなかった。それをきちんと正確にやる。それがこのレベルの仲間たちとやっていて、認識させられていったことであった。
 
最初は2〜3割しか勝てなかったリディアにも、5月下旬頃には半分近く勝てるように進化していた。
 
「コラは成長が速い!」
「コラのスリーは最近簡単にはブロックできなくなった」
 
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などとチームメイトから褒められるが、それでいい気になったりせず、自分を引き締めていた。そしてまだ自分の力では勝てない数人のチームメイトに勝てるようになるべく頑張っていた。
 

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そのまだ勝てないチームメイトの中に中国籍のシンユウ(Lin Xinyu 林心玉)が居た。2年前に1度トップチームに入れられたが半年でリターンしてきたなどと言っていた。トップチームにもいたというだけあって本当に強かった。
 
ひじょうに背の高い選手で中国ではアンダーエイジの中国代表候補に召集されたこともあるらしい(代表にはなれなかったという)。同じ東洋人ということで結構親しくなった。
 
5月上旬、そのシンユウから
「チェンリー(“千里”の中国語読み)、長期間スペインに滞在するなら、車を1台持っておくといいよ」
と言われた。
 
彼女は高校時代、日本に住んでいてインターハイにも出たことがあるらしい。それで日本語が(わりと)できるので、千里と彼女の会話は、日本語・スペイン語ミックスで進んだ。彼女は九州に居たらしく「〜ばい」とか「〜たい」とかいった語尾がしばしば混入するが問題無い。「おっとっと、とっとってっていっとうたとに、なんでおっとっととっとってくれんかったとっていっとうと」を美しく可愛く発音した。
 
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「免許は持ってる?」
「一応日本で国際免許証を発行してもらってきた」
「ああ。それで半年は乗れるんだよ」
「半年?」
「そそ。それを過ぎそうになったらスペインの免許に切り替えればいい」
「へー」
 
千里は中古車でいいと言ったのだが、ヨーロッパでは日本と違ってかなりボロボロになるまで乗る人が多いから、中古車は状態が酷いのが多いよと言う。
 
「日本の中古車とはかなり違う。特にお金に困ってないなら、絶対新車を買った方がいい」
と彼女は言った。
 

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それで彼女と2人でセアト(SEAT)の販売店に行った。セアトはスペインを代表する自動車メーカーである。彼女はセアトのタラコ(Tarraco)に乗っているということだったが、実際にタラコを見てみると、かなりでかい!
 
「私はもう少し小さいのがいいなあ」
と千里は言う。
 
「そだねー。千里(チェンリー)は背が低いから、もう少しコンパクトな車の方が合うかも」
 
ということで、お店の人とも話しながら試乗もさせてもらって決めたのはセアトのベストセラーカー、イビサ(Ibiza)の1.6L 6MTである。ヨーロッパはMT車が多い。これはだいたいトヨタアクアなどと似たサイズの車だ。支払いは“例のカード”で払ったがシンユウは「凄いカード持ってるね」と言った。納車は半月ほどかかると言われた。
 
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「でも私はこの車は窮屈だ」
とシンユウは言うが、まあ身長192cmの彼女には狭いかも知れない。
 
「この車に同乗する時は後部座席に乗って足を伸ばすといいよ」
「そうさせてもらう」
と言ってから彼女は言った。
 
「でもスペインは縦列駐車(aparcamiento en paralelo)が多いから、特に慣れない内は小さい車の方が楽なことも多いかもね」
「なんか、あれ凄いね!」
 
日本だと縦列駐車する場合、車と車の間は1m程度空いているものである。しかしスペインでは縦列駐車の車間は数cmである。要するに駐める時も出る時も前後の車にぶつけて動かす!のが常識になっている(従って縦列駐車した時はパーキングブレーキは掛けないのがマナー)。概してヨーロッパの人はバンパーはぶつけるためにあると考えており、それが他の車とぶつかることを誰も気にしない。
 
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日本女子代表候補24名は5月1日からナショナル・トレーニング・センターで今年の第一次合宿に入った。
 
「レオちゃん、千里のこと何か聞いてない?なんで村山が入ってないんですかって監督に聞いても、召集候補リストに入ってなかったからだとしか言わないし、強化部長に聞いたら、今は言えないというし。本人に直接電話しても、あいつ出ないしさ」
 
と花園亜津子が初日のお昼の時間に言ってきた。千里の話題なので三木エレンも寄ってくる。
 
「ちょっと事情があって、特別コースで練習してるんだよ、あの子は」
「特別コース!?」
「何か故障でもしてリハビリ中?」
 
「うーん。故障の一種かなあ」
と玲央美は言いつつ、心の故障かも知れないなと思う。
 
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「なんか手術受けたという噂も聞いたけど」
「ああ、性転換手術受けたみたいよ」
「嘘!?あの子、男になっちゃったの?」
「いや、性転換手術を受けて女になったらしい」
「元から女じゃん」
「そうなんだよね〜」
 
「だから今は候補の中に入ってないけど、最終的にはロースター争いに入って来ると思うよ。エレンさんもあっちゃんも、千里がいないからと気を抜いていたら、直前に落とされるよ」
 
その玲央美の言葉で、ふたりとも顔が引き締まった。
 

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一方男子の方は5月11日から合宿開始だったのだが、市川ラボで合宿用の荷物をまとめながら、貴司は気が重いなあと思っていた。
 
またまた龍良から、貴司の“性別疑惑”を追及されそうという気がしていたのである。きっとまた合宿所に入る前におっぱいは消えてくれるんじゃないかという気はするが、ちんちんは何とか誤魔化さないといけない。
 
さてどうやってうまく龍良さんから逃げよう・・・と思っていたら思いがけないニュースが飛び込んでくる。
 
龍良さんが怪我をして、東アジア選手権はパスすることになり、代わりに永石選手が緊急召集されたというのである。
 
「よかったぁ。今回は性別追及されなくてすむ」
と思い、貴司はホッとした。
 
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それで取り敢えずお見舞いのメールを送っておいた。
 

そういう訳で貴司は11日から13日までNTCで合宿をおこない、14日に韓国の仁川(インチョン)に渡った。貴司は練習中以外クロノグラフが勝手に腕についてしまうのだが、それ以外に自主的に酸化発色ステンレスの指輪を左手薬指につけておいた(試合中は携帯につけておく)。千里も阿倍子も見ていない時なら、つけておいてもいいよね?と不思議な理屈を考えていた。
 
指輪って空港の金属探知機で引っかからないかな?と心配したものの探知機は反応しなかった。
 
「細川君、ずっと指輪つけてるね」
と前山から言われる。
 
「ええ。村山と交換したんです」
「おぉ!結婚したんだ」
「そうなるのかなあ」
「結婚したんじゃないの?」
「籍は入れてないんですけどね」
「へー。ペーパーレス婚なの?」
「うーん。これは何になるんだろう?」
 
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「僕はむしろその腕時計が気になる。それ凄く高そう」
と山崎さん。
 
「実はエンゲージリングの御礼にもらったんです」
「おお、だったら、かなり高いものでしょ?」
「正確な値段は聞いてないですけど、40-50万したみたいです」
「すげー!」
 

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「これ40-50万したんじゃないかなあ」
とその日届けられたギター(Yamaha LS56)を見て田代幸恵は言った。
 
「すごーい。そんなのもらっちゃっていいのかなあ」
と龍虎は驚いたような顔をして言う。
 
「まああんたが練習するならいいんじゃない?」
「うん。少し頑張ってみようかな」
 
「上島さんから一昨年頂いたフルート(Yamaha YFL877 定価88万円)よりは安い」
「あれ、高そうだった!」
「でも美事に吹きこなしたからなあ。あんたやはり音楽の才能あるよ」
「えへへ」
「でもどうして急にギターやりたいと思ったの?」
「・・・」
「いや、言いたくなければいいよ」
「高岡のお父さん(龍虎の実父・高岡猛獅)がギターやってたから、ボクも弾きこなせたらいいなあと思って」
「なるほどね。お父さんの演奏のCDとか聴いた?」
「youtubeで見た」
「CD棚の確か一番奥の棚にワンティスのCD並んでいたと思うよ」
「聴いてみようかな」
 
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5月9日(木).
 
龍虎たち6年生は社会科見学の一環として市内の複数の工場を見に行った。貸切バス3台で移動するが、行く順番はクラスごとに違う。これは3クラス104人で一度に来られると工場側が対応できないので1クラスずつ時間差で見学するためである。
 
龍虎たちのクラスが最初に行ったのは市内のアイスクリーム・メーカーの工場である。食品工場なので雑菌対策が厳重だ。全員まず手をアルコールで消毒した上で、白衣に布の帽子をつけマスクもする。髪の長い子は全ての髪を帽子の中に納めるのに結構苦労していて最終的には友だちに手伝ってもらっていた。工場の製造部分に入る時はまずコロコロで衣服のほこりを取ってから、エアーシャワーを通る。本当は専用のゴム長靴に履き替えるのだと説明された。
 
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製造工程はガラス越しに見るので、本当は単に見学するだけならここまでしなくてもいいのだが、製造ラインのある部屋に入る前にすることを疑似体験できるように、一世代前のエアシャワーを見学者用に開放しているのである。
 
北海道甜菜糖やスキムミルクなどの原材料をミックスし、熱を加え圧力を加えながら材料を均質になるように混ぜていく。加熱殺菌した上で冷まし、更に冷やしていく。型に流し込み、棒を挿し零下32度まで冷やして固める。
 
工程の中で加熱攪拌する機械は工場内の高い位置に設置されており、冷ます過程は下の方に置かれている。熱い空気は上に昇るから、合理的だね、と龍虎たちは言い合った。
 
最後に自動で袋詰めされて製品は完成。検査過程を通った後、段ボール箱に自動で詰められる。基本的には全て機械が自動で動いており、工程内にいる人間の数は少ない。主として製品の途中検査や機械がちゃんと動いているかの監視などがお仕事である。帽子の色で担当が分けられていて、一般作業者は青、見習いは緑、責任者は赤、外部検査官や研究者は紫と説明された。
 
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製造されたアイスクリームはいったん冷凍倉庫内にストックされ、これが工場に直付けされたトラックに自動で積み込まれていく。
 
一通りの過程を見るだけで1時間掛かっているが、最後に今製造したばかりの箱を1つ取り出してきてアイスクリームが見学者に配られると歓声があがっていた。
 
「やっぱり出来たてのほやほやを食べると美味しいね」
「アイスクリームは“ほやほや”ではないかも」
「だったら“つめつめ”?」
「うーん。。。そんな単語は無い気がする」
 

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11時頃、今度は自動車工場に移動する。
 
この工場では車の最終的な組み立てが行われている。ロール状の板金をカットしてプレスし外板やドアなどの形にしていく。それを電気溶接し、更に塗装する。この塗装も最初に電着塗装といって水溶液の中に車体を沈めて細かい部分までもれなく皮膜が作られるようにし、その後、シーラー塗装、ベース塗装、クリア塗装と進む。全て自動だが、随時人間が(軍手をして)手で触り、塗装漏れや凸凹などがないか確認している。
 
一方他の工場で作られた、エンジン、ガラス、座席、オーディオなどなどが用意され、これらがあるいは自動で、あるいは人間の手で車体に取り付けられていく。最後にドアを取り付け、タイヤを取り付ければ完成である。組み立て終わった車は人間が運転して検査工程に進む。
 
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「人が運転するのか!」
「まあ運転できなかったらやばいね」
「お料理の試食と同じだよ」
 
「試食をしない癖の人っているよね」
「うんうん。味は食べてみてのお楽しみって人」
「でも料理好きの人にはそのタイプが割と多い」
「あれ作るのが好きなのであって食べることにはあまり興味が無い」
 
「自動車はそれでは困るな」
「動くかどうかは運転してのお楽しみ」
「それはあまりにも怖すぎる」
「いや車の改造マニアには時々そういう人がいる」
 

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娘たちの悪だくみ(10)

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