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4月5日(金).
龍虎たちの学校で新学期が始まった。龍虎たちは6年生である。6年生ではクラスの再編成はおこなわれず、5年生のクラスがそのまま持ち上がりとなった。そして6年1組の担任は、昨年5年1組を担任した増田先生であった。
彩佳と桐絵は
「楽しくなりそう」
とひそひそ話をしていた。
「あんたら、何か悪だくみしてない?」
と麻耶が訊く。
「別に」
と言って彩佳たちは龍虎の方を眺めていた。
そして4月8日(月)には入学式が行われたが、ここで6年生は鼓笛隊の行進で新1年生を歓迎した。
もちろん龍虎は青い制服に白いショートスカートを穿いてベルリラを演奏した。(もちろん女子たちと一緒に着換えた)
4月10日、日本バスケット協会は5月の東アジア・バスケットボール選手権および(そこで上位に入れば出られる)7月のアジア・バスケットボール選手権に出場する男子日本代表12名を発表した。
“代表候補”ではなく、いきなり“代表”である。
貴司の名前はそこに入っていた。
千里はすぐ貴司に電話をし
「おめでとう」
を言った。
「すぐ合宿始まるの?」
「ゴールデンウィークに第一次合宿がある」
「東アジア選手権の直前じゃん」
「まあまさかそこで大きく負けることはないだろうということで」
「なるほどー」
「だから今回は“代表候補”じゃなくて“代表”なんだよ」
「じゃ頑張ってね」
「うん。今月はもうずっと週末も市川に泊まり込むつもり」
「それがいいかもね。移動しない分休めるでしょ?」
「そうそう。それもある」
と貴司は答えていたが、千里は彼の話し方に何かひっかかりを覚えた。
千里(せんり)のマンションで、阿倍子は掃除機を掛けながら独り言を言っていた。
「社員バスケット選手って、こんなに忙しいのか。道理でこれまでも私の所になかなか顔を見せなかった訳だわ」
3月30日にここに“押し掛け女房”し、その日の内に貴司が“便利屋さん”を手配してくれた。申し込んだ翌日ということで貴司は特別料金を払ってくれたようである。一方貴司は閉店間際の運送屋さんに飛び込み、段ボール箱を大量に買ってきた。そして30日の夜間に阿倍子と貴司の2人で実家の食器や本などを頑張って箱詰めした。そして31日に便利屋さんの男性2人が荷物をあらかたこのマンションに運び込んでくれた。向こうのガス・固定電話・NHKも解約した。
実質1日で引越完了である。
(電気と水道の契約だけ維持する:時々行って掃除などするためでもあるが、こちらが料金を払い続けることで最終的に裁判になった場合に“取得時効が中断していない”ことを主張できるようにするためというのもある)。
それで阿倍子はスイートホームまでは期待しないものの、当然夜は求められるだろうし、毎日貴司さんの御飯を作って・・・と思っていたものの、貴司は
「悪いけど、平日は日中は仕事、夕方からは練習で家に戻れないから」
と言い、全くマンションに戻って来ない。だったら週末だけ居るのかと思ったら金曜日のお昼にちょっと戻ってきて郵便物をチェックした上で「日本代表候補に選ばれたから土日もずっと練習しないといけないから」と言う。その時
「御飯は?」
と訊いたが
「すぐ会社に戻らないといけないからパス」
と言って行ってしまう。
結果的に阿倍子は4月1日からずっと、このマンションに“1人で”暮らしているのである。
千里はグラナダの育成チームで日々練習をしているのだが、むろん育成チーム同士での試合もある。トップチームの試合は秋から春に掛けてがメインであるが、この育成チームの場合は、むしろ春から秋にかけてがメインである。試合は観客が1000-2000人程度入る会場を使い有料入場者を入れておこなわれるが、実際には観客はまばらである。
スペインに行った翌週には最初の試合がコルドバのチームと行われた。
この試合、コラ(千里)はいきなりスターターで出してもらったが、相手チームの選手をどんどん抜くし、スティールも決めるし、スリーも調子良く入れて勝利に貢献した。
「コラ、すごーい」
「相手をほとんど翻弄してたね」
「でも向こうも強そうな人は最後まで出て来なかったし」
と千里は言った。
それは実はこちらもそうだったのである。
「まあこの時期はお互い戦力調整期だからね」
「でも今日の試合でコラは充分レギュラー枠に近づいた」
4月21日(日).
高野山の★★院で、瞬嶽の葬儀が行われた。葬儀は午前9時からでスペインでは夜中の(21日)2時なので、予め《こうちゃん》に★★院に行ってもらっておき、彼との入れ替わりで千里も参列。焼香をした。
青葉も当然参加しているが、千里に気付かなかったようである。焼香のあと帰ろうとしたら、玄関を出た所でバッタリと虚空と会う。彼女は喪服姿で誰かに電話していたようだが、千里を見ると電話を切った。
「今日は制服じゃないんだ?」
「高校は3月で卒業したから」
「わぁ、おめでとう!」
「ありがとう」
「じゃこんな場で申し訳無いけど、卒業祝い」
と言って千里が祝儀袋を渡すとびっくりしていた。祝儀袋には《祝御卒業》と“プリンタで印刷”されている。
(文字を手書きしたものを渡すほど不用心では無い)
「なぜこんなのがあるの〜?」
「誰かに渡すことになりそうな気がしたから持ってた」
「やはり千里ちゃんは凄い子のようだ」
「早紀ちゃんの足の小指程度だと思うけど」
彼女は千里を見ながら何か考えているようだった。
「そしたら今月からは女子大生?」
と千里は尋ねる。
「ううん」
「まさか男子大学生とか?」
「それも楽しそうだけど。でもボクは大学にはいかない。歌手になろうと思って」
「へー!」
「だから東京に出て、あちこちのプロダクションに売り込み活動しようかと」
「私、作曲家のはしくれだけど、どこか紹介してあげようか?」
「うーん。。。どうにも見つからなかったら頼るかも知れないけど、取り敢えずひとりで頑張ってみる」
「ふーん。むしろ“お仕事”のために東京にいるのが都合よいのでは?」
「さすが鋭いね」
「歌手なんて隠れ蓑でしょ?」
「そうだね。千里ちゃんが学生を隠れ蓑にしてバスケと作曲家やってるようなものかな」
ふたりは友好的に(?)微笑みあった。
早紀が唐突に言った。
「ところで焼香の時に気がついたけど、遺体が無いみたいね」
「え?なんで?」
「ひょっとして床の下に埋めたのに誰も気付かなかったとか」
「まさか」
と言ってから千里は尋ねる。
「教えてあげた方がいい?」
「放置で。きっと100年後にはあの山の守り神になる」
「それでもいいかもね〜」
ふたりは「またね」と言って別れた。
千里はそのまま市川ラボに転送してもらった。
市川ラボでは、貴司が数人のドラゴンズのメンバーと練習をしているようだった。現在AM11時である。千里は普段着に着替えると、取り敢えず壁に貼ってある自分のヌード写真(いつの間にこんなの撮ったのよ?と思っている)は裏向きにして!、市川ラボの1階駐車場に駐めているSuzuki Gladius 400 ABS(この市川ラボに置いておく用に30万円で買った)に乗ると、近くのマックスバリュまで行き、牛肉を1kgと、白滝、ネギ、白菜、花麩、焼き豆腐などを買う。そしてラボに戻ってすき焼きを作り始めた。
2階の体育館で練習していたメンバー、貴司と七瀬・青池の女性(?)3人がこの匂いに気付く。
「なんか美味しそうな匂いがする」
などと言っていたら、千里が登ってきて
「皆さん、すき焼きが煮えてきたから、一息入れませんか?」
と言った。
「おお、それは素晴らしい!」
といって3人とも下に降りてきて《細川》という表札(げんちゃんが作った)の掛かった部屋に入り、4人ですき焼きを食べた。
「ちなみにあなたは貴子ちゃんの妹さんか何か?」
と七瀬さんが訊くので
「妻ですよ」
と千里が答えると
「え?女同士で?」
と七瀬さんは言う。
ん?と千里は思ったものの、話を合わせておく
「私たちレスビアンですから」
「へー!そういうのもいいよね」
などと七瀬さんは言っている。
「ユバちゃんもバイだよね?」
と七瀬さんが青池さんに話を向けると
「うん。私は男の子、女の子、男の娘、女の娘、女の息子、男の息子、ふたなり、どんな子ともいけるよ」
などと青池さんは言っている。なんか良く分からない概念もある。
30分ほどおしゃべりしながら食事をした後
「じゃ私たちは午後から神戸に行ってくるから帰るね」
と言って、七瀬さんと青池さんは帰っていった。
そして彼女らが帰った後で千里は貴司に言った。
「いつの間に“貴子”ちゃんって、女の子になっちゃったの?」
「ごめーん。変なことするつもりはない。でもここに最初きた時、なぜか女の子だと思われてしまって」
「ふーん」
と言ってから、千里はいきなり貴司の胸に触る。
「わっ。びっくりした」
「おっぱい無いね」
「無いよ!」
「ちんちんもあるし」
「そちらはもっと触って欲しい」
むろんすぐ触るのをやめる。
「女の子だと思われたのなら、性転換でもしたかと思ったけど、してないようだ」
「まだ男やめるつもりはない(実際はやめさせられている気がするけど)」
「どうやったら貴司が女に見えるんだろう?」
「女の子と間違われたのは初めてだよ」
「トイレはどっち使ってんの?」
「ここにいる間は女子トイレ使う」
「それで他の女子の水音を聞いて楽しんでんだ?」
「そんな趣味は無いよ!」
「だったら女装してなら今日一緒に買物デートとかしてもいい」
「勘弁して〜。それに今日は買物デートよりバスケデートしたい」
千里も頷いた。
「確かにその方が楽しいよね」
それで千里もバスケットウェアに着換え、貴司も汗を掻いた下着と練習着を着換える。千里が貴司のブラをパッチンしたら「わっ」と驚いていた。
「ブラパッチンの経験は無いのか?」
「これブラパッチンって言うの?」
「そそ。女の子同士では軽いふざけあい。男の子がちんちん握りあう程度」
「男同士でちんちん握り合ったりはしないよ!」
「え?そうなの?」
貴司は龍良さんには握られたなあ、などと思い起こしていた。
「あれ?女物の下着つけなくていいの?」
「少なくとも千里の前では男でいたいから」
「貴司が女の子になっても私大丈夫だよ。私レスビアン覚えるから」
「いや、本当に女になる気はないから」
「射精させてその絶頂でスパッと切り落としてあげようか?」
「・・・」
「今一瞬迷った?」
「迷ってない、迷ってない。それきっとショック死する」
「今貴司が私の上で死んでくれたら、永久に私のものにできるな」
「まだ死にたくないから勘弁してぇ」
それで、洗濯機を回してから、ふたりで上の体育館に行く。最初軽くウォーミングアップ、組んで柔軟体操などした上で1on1をやる。
すると千里と貴司は、ほぼ互角であった。
「千里、強ぇ〜! 久しぶりに手合わせしたけど、かなり進化している」
「貴司少し弱くなったんじゃない?もっと頑張りなよ」
「自分では強くなっていたつもりだった。でも全くなってないことが分かった」
貴司も市川ドラゴンズのメンバーとの練習で進化しているが、千里もレオパルダの育成メンバーとの練習で、世界と戦った勘がどんどん戻って来つつあった。
この日はシュート練習、パス練習、なども混ぜながら、マッチングを100本くらいやった。