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決勝戦を観戦している間に、在ロサンゼルス日本総領事さんが来てくれて、日本選手団を祝福してくれた。
「いつ帰国なさいますか?」
「明日13時の便です」
「ああ!では大使は間に合わないか!」
「すみませーん!」
ワシントンD.C.からロサンゼルスまでは飛行機で6時間ほど掛かるので、朝一番の飛行機に乗っても日本選手団がロサンゼルスを離れるのに間に合わないのである。
「メンバーの中に15日からチリで開かれる別の大会に続けて参加する者がいるもので」
「忙しいですね!」
21時から閉会式が行われる。
現地の女子大生たちによるパフォーマンスが行われる。開会式の時はアヴリル・ラヴィーンだったが、今日はアメリカが産んだ偉大な作曲家ガーシュウィンの『サマータイム』に乗せて、美しいマスゲームが披露された。
見ていた千里たちもその華麗なパフォーマンスにしばし酔った。
「そういえば開会式の時のパフォーマンスでは男の娘が混じっていたって言ってたね」
と彰恵が言うと、近くに居たアメリカのフィオリーナが
「今日のパフォーマンスでも混じっているよ。私の知っている範囲であの中に3人男の娘(trannie girls)がいる」
と言った。
「アメリカは多分日本以上にそういう子たちがいそう」
と江美子。
「アメリカ人はわりと自分の身体を加工することに抵抗ない人が多いから、簡単に手術してしまうかもね」
と斉江が言った。
「手術してくれる病院も多いんでしょう?」
「たぶん日本よりはずっと多い。タイほどじゃないかも知れないけど」
やがて今日まで残った8チームが入場して式が始まる。
お偉いさんの挨拶の後、まずは個人表彰が行われた。
「Scoring Leader, Kimiko Takahashi from Japan, Rebounds Leader, Sandy Summit from United States of America, Blocks Leader, Irina Kovtunovskaya from Russian Fedration, Assists Leader, Diana Greenwood from United States of America, Three point field goals Leader Chisato Murayama from Japan」
王子は自分の名前が呼ばれたことに気付かず、純子に言われて慌てて前に出た。千里はアメリカのサミットとグリーンウッド、ロシアのコフツノフスカヤ、それに王子と握手を交わした。5人がひとりずつ賞状と賞品をもらう。
賞品はパーカー(Parker)の名が入っている、銀色の筆記具である。クリップ部分はピンクだ。3P Champion 2011 FIBA world Under-21 Championship for Women という文字が刻まれている。世界に1つしか無いものである。王子のものはScoring Championと刻まれていてクリップ部分はグリーンであった。
千里はこれをもらった時は、てっきりボールペンかと思ったのだが、後で万年筆であることを知って驚いた。銀色だったのは本当に銀製(スターリングシルバー)だからであった!ピンクの部分はピンクゴールド、王子がもらった緑色のはグリーンゴールドであった(サミットのがイエローゴールド、コフツノフスカヤのがホワイトゴールド、グリーンウッドのがローズゴールド)。この大会のために特別に5本だけ制作されたものらしいが、似た仕様の市販品は8〜9万円するようだ。表面は変色しにくいようにより純度の高い銀で銀メッキをした上で、宝飾品などにあるようなミラー仕上げではなく、傷が目立ちにくいサテン仕上げであり、実際に使うことを想定した作りになっている。
この万年筆はその後千里が多数の名曲を生み出すのに使うことになる。
「All-Tournament Team, Sandy Summit (C), Diana Greenwood (PG) from United States of America, Anna Kuzina(PF) from Russian Federation, Reomi Sato (SF), Chisato Murayama (SG) from Japan」
ベスト5に選ばれた5人が前に出る。お互いに握手する。千里とサミット、グリーンウッドの3人は個人賞とベスト5のダブル受賞である。
クジーナはリバウンド3位・得点4位・ブロック5位、玲央美はアシスト2位・スティール1位・得点3位・シュート成功率4位と、2人とも複数の部門で上位の成績だったことからここに選ばれたようである。王子は得点もあげているが「スティールされた数」も含めたターンオーバーが多い。コフツノフスカヤはシュート成功率が低いし、彼女もよくスティールされている。クジーナや玲央美は総合力が高い。
ベスト5もまた賞状と賞品をもらった。こちらの賞品はハミルトンの腕時計のようである。これは市販品と同じ仕様(但し特別色)で銘だけ刻まれたもの。同等の市販品は8万円くらいのものらしい。
千里はU18の時にティソの腕時計をもらっているが、ハミルトンもティソも同じスウォッチ・グループである。しかしハミルトンはアメリカ生まれのブランドなので、この大会で選択されたのかもと思った。
「Most Valuable Player, Sandy Summit from United States of America」
優勝したアメリカチームのキャプテンでもあるサミットがMVPに選ばれ、前に出て表彰された。賞状と何か賞品をもらったようだが、何かはよく分からない(後で聞いたらハミルトンの懐中時計で、20万円くらいする市販品の特別色に銘が刻まれたものだったようだ)。
どうも今大会はU21世界選手権の最後の大会だったことと、地元のスポンサーが付いていたことなどもあり賞品も豪華になったようだ。
いよいよ、チーム表彰になる。
横幅の長い表彰台が運び込まれてくる。
「Champion, United States of America」と呼ばれ、大きな歓声を受けて、アメリカ選手団が観客に手を振りながら表彰台のいちばん高い所に登る。そして優勝カップ(今大会が最後なのでこれはそのままアメリカで保管される)、賞状、ウィニングボール、様々な副賞が贈られる。そして白いドレスを着た美人のプレゼンター(ミス・カリフォルニアと言っていた)から金メダルを掛けてもらい、FIBA会長・事務総長と握手した。
続いて「Runner up, Russian Federation」と呼ばれてロシア選手団が表彰台の左側に乗る。多数の三色旗(*2)が振られている。賞状・楯・副賞をもらった上で、やはりミス・カリフォルニアから銀メダルを掛けてもらい、会長・事務総長と握手する。
そして「3rd place, Japan」と呼ばれて、日本選手団がその表彰台の右側に乗る。日本応援団から凄い歓声がある。多数の日の丸が振られている。キャプテンの朋美が賞状、副主将の彰恵が記念の楯、玲央美と千里が副賞のカタログをもらう。玲央美が受け取ったのはナイキ製のウィンドブレーカー、千里が受け取ったのはアップルのiPad2(特別仕様)だった。
千里は、もらったカタログに印刷されている写真の物体が認識できず
「これゲーム機か何か?」
と言うので、玲央美は
「取り敢えず(静電気の凄まじい)千里は絶対に触らない方がいいものだ」
と言う。千里は訳が分からず首をひねった。
(このiPadはその後《きーちゃん》が使うことになる)
そして、ミス・カリフォルニアから、ひとりひとり銅メダルを掛けてもらい、FIBA会長・事務総長と握手をした。
千里もこれまでたくさんのメダルをもらったが、これまでで最高の栄誉だろう。本当は金色のメダルが欲しい所だが、今の日本の実力からすると、メダルを取れたこと自体が、幸運すぎるとも思えた。
事前に玲央美と「日本は何位くらいかな?」と話し合った時、ふたりとも5位を予想していたのだが、準々決勝で幸運にもフランスに勝てたおかげでベスト4になった。さすがに準決勝でアメリカに負けたものの、3位決定戦でオーストラリアに勝てたのも、幸運の部分が大きい。オーストラリアにしてもフランスにしても、日本をあまり研究していなかったことと、低い身長の相手との戦いにあまり慣れていなかったふうなのがあったかも知れないと千里たちは後で分析した。
しかし研究不足が今回の日本躍進の主たる原因であれば、この後が怖いと千里は玲央美や彰恵たちと話し合った。
日本が充分強いことをこの後の大会では他の国が認識した上で倒しに来る。
日本選手団が銅メダルを掛けてもらった後、国旗掲揚が行われる。
中央に星条旗(*1)、その左側に白・青・赤の三色旗(*2)、右側に日章旗が掲げられ、UCLAの吹奏楽団によるアメリカ国歌『星条旗』(*1)の演奏とともに高く掲揚された。
国旗掲揚が終わった後は、大きな拍手が送られる中、選手は退場し、ロビーでしばし様々な国の選手が混じって束の間の交歓をした。
(*1)アメリカ国旗は The Stars and Stripes, アメリカ国歌は The Star-Spangled Banner と呼ばれるが、どちらも日本語では『星条旗』と訳されている。スーザ作曲の愛唱歌『星条旗よ永遠なれ』は Stars and Stripes Forever で国旗の名称の方を使用している。
(*2)ロシアの三色旗は上から白・青・赤、フランスの三色旗は左から青・白・赤。
垂直分割(tierced per pale)の国。
フランス(青白赤)、ルーマニア(青黄赤)、チャド(青黄赤)、ギニア(赤黄緑)、イタリア(緑白赤)、アイルランド(緑白橙)、マリ(緑黄赤)、ベルギー(黒黄赤)、コートジボワール(橙白緑)
水平分割(tierced per fess)の国。
ロシア(白青赤)、ブルガリア(白緑赤)、ドイツ(黒赤金)、オランダ(赤白青)、ハンガリー(赤白緑)、ルクセンブルク(赤白水)、イエメン(赤白黒)、セルビア(赤青白)、アルメニア(赤青橙)、ボリビア(赤金緑)、エストニア(青黒白)、リトアニア(黄緑赤)、シエラレオネ(緑白青)、
閉会式が終わったのが22時すぎだが、ロサンゼルス総領事さんがお祝いにと言って、市内のレストランに招待してくれてそこでお食事を頂いた。シャンパンを開けて乾杯するが、未成年の選手もいるし、女子ばかりでお酒を飲まない子も多いので、シャンパンを実際に飲んだのは篠原監督・高田・片平コーチ・高居代表とキャプテンの朋美だけで、他はソフトドリンクを注いでもらって乾杯した。
総領事さんからは「大使から言われて急遽調達したものですが」と言って、補欠の3人も含めて全員に素敵な銀色のネックレスを頂いた。トップは赤白青のトリコロールの3mmくらいのボールである。
「大使個人からのプレゼントということにしてくれと言われました」
「ありがとうございます!」
「これ銀ですか?」
「ごめんなさい。ステンレスです」
これが銀ならどうみても400-500ドル(3-4万円)くらいはする。ステンレスなら多分100ドル(8000円)くらいか。
「いや、銀よりステンレスの方がいいと思う。変色しにくいし」
「特にネックレスは汗が付きやすいもんね」
「このトップのボールがバスケットボールみたい」
「それ家内がアクセサリーショップで見て、そんなこと言っていたんですよ。問い合わせたら15個あると聞いたので、買ってきました」
と総領事さんは言っていた。
お料理の方も、とても美味しかった。王子が遠慮がちに「お代わりとかできます?」と聞いたが「どんどんお代わりしてください」と総領事も言い、若手3人やサクラなどがかなりの量お代わりしてもりもりお肉を食べていた。千里や玲央美は「厨房が大変なことになっているかも」などと話した。