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さて今日の相手のフランスだが、2年前のU19世界選手権の時は予選リーグで当たり、85-84の1点差で敗れている。1月の海外合宿の時にフランスのユースチームと対戦してこの時は72-54で負けているが、この時は絵津子・純子・王子の3人を使っていない(この時向こうはU24に近かった。またガスレスタは入っていなかった)。
さて、今大会でのフランスの登録選手(Roster)は下記である。
PG 8.ミロ169 13.ギレ172 SG 7.ルダン178 14.ガスレスタ166 SF 5.シャルピー184 9.イザール185 PF 4.ドゥ・デーメル186 10.ポワトロー185 C 6.バラ190 11.サルボ190 12.マルタン189 15.プティ197
「プティというけど大きいですね」
「197cmだからね。まあ名前と背丈は関係無い」
「きみちゃんも王子(おうじ)と言うのに女だし」
「まあ本当に女なのかについては若干の疑義があるが」
「でも15番ということは、それほど強いという訳では無いのかも」
「チーム内では強くないかも知れないが、フランスのナショナルチームに召集される以上、我々よりは遙かに強いと考えた方がいい」
「でも背の高い選手とやり合うのもかなり慣れましたよ」
「結局私たちが手の届かないような高い所でボールを運ばれても、その選手の足は床に着いているから、背の低い私たちにも、それを止めることができるんですよね」
「そうそう、それを忘れてはいけない。相手が長身であっても、スピードでこちらが勝っていれば、対抗できる」
と篠原監督はまとめた。
実際この試合では、日本は
朋美/千里/彰恵/江美子/華香
というメンツで始めた。華香以外は全員160cm代(朋美は159cm)である。
すると実際相手は、かなりやりにくそうであった。特に初期段階でフランスは日本からかなりボールをスティールされた。しかも「え!?」という感じの顔をしているのである。
人間の頭の縦サイズはだいたい25cmくらいなので、190cm台の選手の視界に160cm台の選手の顔は見えにくい。それで近くに居ることに気付かずボールを奪われてしまうのである。これは特に最も身長の低い朋美がかなりやってくれた。千里や玲央美も気配を殺して近づき、さっと斜め後ろからボールを取ってしまう。
その結果、第1ピリオドは12-24というまさかの大量得点差で日本がリードした。
第2ピリオド、フランスは向こうも身長の低い選手5人でメンバーを揃えてきた。
ミロ169/ルダン178/ガスレスタ166/シャルピー184/マルタン189
これでこちらの姿が相手の視界に入りにくいという問題は解消される。しかし身長差が無いとなると、こちらは「普通に」戦うことができる。このくらいの身長の選手が揃ったチームなら、日本国内にも普通にいる。そしてこの場合、スピードと瞬発力ではこちらが上回る。
それで第2ピリオドも3分過ぎた所で4-10で日本がリードしている。
会場がかなりざわついている。ここまでフランスが日本にやられるというのは多くの観客にとって想定外であろう。
相手のマルタンが何とか2点取って6-10とし、日本が攻め上がる。この時点でマッチアップはこのようになっている。
ミロ−早苗
ルダン−千里
ガスレスタ−絵津子
シャルピー−純子
マルタン−華香
絵津子と純子が同時に制限エリアに侵入し、早苗は絵津子にパスした。絵津子が華麗なステップでシュート。
ところが入ったかと思われたボールがリングの内側に当たって跳ね返り、外に飛び出してしまった。
リバウンドをシャルピーが取ってターンオーバー。マルタンが決めて8-10と2点差に迫る。
千里は後ろの子たちに尋ねた。
『見た?』
『もちろん。でもあいつがシュートする所まで見たい』
『うん』
日本側が速攻で攻め上がり、今度は華香がシュートしたが、千里の目にはゴールの直前で誰かがタップでもしたかのようにボールの軌道が変わり、ボールはリングにも当たらずバックボードで跳ね返って落ちてくる。マルタンがリバウンドを取って攻め上がる。
この時、千里は絵津子を掴まえて囁いた。
「ガスレスタから少し離れて守って」
「はい?」
それでボールを運んで来たミロは、千里がルダンに激しい近接ガードをしている一方で、ガスレスタと絵津子の距離が空いているのを認識する。それでガスレスタにパスする。
ガスレスタがスリーを撃つ。
このシュートはゴールに届かないと千里は思った。
ところがボールがゴールの直前で不自然に浮き上がり、ゴールネットに飛び込んでしまったのである。
これで11-10とフランスが逆転。
フランス側の応援団が沸く。
千里は再度後ろの子たちに訊く。
『どう?』
『見た。後は俺たちに任せろ』
『よろしく』
日本側が攻め上がる。
今度は早苗から純子にパスが行き、純子がシャルピーを振り切って中にカットイン。そのままシュートの態勢に行く。
ガスレスタがそれをじっと見守る。
ゴールに入りかけたボールが唐突に浮き上がって、滑るようにして向こうへ行ってしまうかと思われたのだが、そこから急に戻ってきて、結局ゴールに入ってしまった!
審判がゴールのジェスチャーをしたものの、フランスのキャプテンマークを付けているマルタンが抗議する。
「ボールの動きがおかしかった。どうなってるんですか?」
すると、日本側の早苗も審判に
「さっきから、何かそのボールの動き変です」
と言った。
審判が3人で協議している。
千里は、ガスレスタが真っ青な顔をしているのを見た。
「ボールを交換する。今のゴールは有効」
と主審は言った。
フランスはゴールを有効とされたのには不満があるようだったが、ボール交換で良いことにした。
11-12でフランスのスローインから再開される。
ミロがボールを運んで来る。絵津子がまたわざとガスレスタから離れて守っている。そこでパスが行く。ガスレスタがスリーを撃つ。千里はこのシュートは強すぎると思った。
実際ボールはバックボートのかなり上の方に当たりそうになったのだが、急に鋭い角度で落下して、バックボードのサポートエリアの四角形内部に当たり、ゴールネットに入る・・・かと思われたのだが、そこから更に微妙に角度が変わり、結局リングの手前側の端に当たって、物凄い速度のボールが撃ったガスレスタの所に飛んできた。
そしてガスレスタの顔面に衝突した。
ガスレスタが倒れる。
審判が笛を吹いてゲームを停めた。
ガスレスタが起き上がらない。
千里が後ろの子たちに訊く。
『片付いた?』
『全部片付けた』
『なかなか手強かった』
『まあ多人数で掛かればイチコロだな』
ふーん。多人数で掛からないといけないほど強い相手だったのか、と千里は思った。
どうも、かなり激しい戦いがあったようなのだが、千里にはそういうのが全く見えないのである!
フランスのチームメイトたちが声を掛けているが、ガスレスタは意識を回復しないようである。結局担架で運び出された。
試合はヘルドボール扱いになり、オルタネイティング・ポゼッションに従い、フランスのスローインで再開される。ガスレスタの代わりにはイザールが入った。
そして・・・この後は、やはり日本優勢の状態で進行した。結局第2ピリオドは18-23で終了した。前半合計で30-47である。なんと17点差だ。
ハーフタイムの休憩中に玲央美が千里に言った。
「凄い戦いだったね」
「レオ、見えた?」
「完全に見えた訳ではないけど、最初のバトルでは2匹の大蜘蛛みたいなのと龍のようなのが4体で戦って、大蜘蛛みたいなのはバラバラにされてしまった。2度目のバトルでは、蜂みたいなの3体が龍とか虎・亀みたいなの7体と戦って蜂みたいなのは全部動かなくなった」
「なんか特撮映画でも作りたいような戦いだね」
と千里はまるで他人事のように言った。
「でも千里、えっちゃんにわざと離れて守るように指示したでしょ?」
と玲央美が言う。
「相手の“お道具”が姿を現すようにね」
と千里は答える、
「あれ結局何だったんですか?」
と絵津子が訊く。
「相手が邪法を使っていたから、それをやめさせただけだよ。スポーツはあくまで人間の勝負。超能力バトルじゃないから」
と千里は言う。
「こないだ、アメリカの選手たちと言っていた話か」
と高田コーチが訊く。
「はい。全部処理しましたから、ガスレスタも、もうおかしなことはできないと思います」
と千里は言った。
ハーフタイムが終わった時、ガスレスタはベンチに座っていた。どうにか意識を取り戻したようだが、顔色がよくない。というよりも不安げな表情である。
第3ピリオド、彼女は出てきたが、精彩を欠いた。千里はみんなにガスレスタのシュートはどうせ入らないから好きなように撃たせればいいと言った。実際彼女はスリーを3回撃ったものの、方向がまるで違ったり、距離が合わなかったりで全く入らない。それで早々に代えられてしまった。
しかしこの第3ピリオドでは、フランスはポイントガードを2人使い、ミロが司令塔、ギレは背の高い選手に日本選手の位置を報せる役目と割り振ったようであった。それで190cm台の選手たちが、容易にはスティールされなくなった。
これで何とかゲームは均衡して進むようになる。
実際、第3ピリオドは18-16とフランス側が2点リードで終わったのである。ここまでの点数は48-63と15点差である。
第4ピリオド、ずっと出ていたミロを下げて、172cmのギレの他は、背の高い選手を4人入れて、総攻撃態勢で来た。ギレは司令塔ではなく、単に注意係である。それでフランスが猛攻を見せ、一時20-8まで行き、3点差に迫る。
しかしここで日本側も千里/玲央美/絵津子/純子/王子という点取り態勢で対抗する。それで結局このピリオドは 32-24という大量得点がマークされたのであった。
試合終了のブザーが鳴った時、プティが遙か離れたゴール目掛けて思いっきりボールを投げたものの、バックボードにも当たらずボールはフロアを転々とした。
整列する。
「87 to 80, Japan won」
と主審が告げた。
FRA 12 18 18 32 | 80 JPN 24 23 16 24 | 87
そういう訳で、日本は前半の貯金のおかげで、フランスの猛追を振り切り、BEST4に進出することができたのであった。
試合終了後、体育館のトイレで!フランス側のキャプテン、エリゼ・ドゥ・デーメルに遭遇した。彼女とはU19の時も1月のフランス遠征の時も会っているのでこれまで何度も言葉を交わしたことがあった。
「2年前にも接戦だったけど、今回は完璧にやられた」
とドゥ・デーメルがややドイツ語っぽい訛りのあるフランス語で千里に言うので
「まあ勝負は時の運だけどね(Ce n'est pas toujours la plus forte gagne). 実力ではまだまだかなわない。でもそちらが日本をまだ舐めてると思ったから、そこを突いた」
と千里は少し日本語っぽい!?フランス語で答える。
千里は幼い頃にフランス語を話す友人(フランス系日本人)がいたのでフランス語は実は英語よりも得意である。但し発音はわりと適当である。
「うん。私たちはここは注意しないと怖いと言ったんだけど、監督はU24チームが1月に対戦して、このチームは大したことないことが分かっている。日本ごときにお前ら負けるつもりか?とか言って。序盤でやられてしまったから、あとから挽回できなかった。うちはもっと背の低いチームとの練習もしなければならない」
そういう練習をしたフランスは怖いよなと千里は思った。
「ガスレスタ、大丈夫そう?」
と千里は尋ねる。
「ありがとう。実際医務室に運んだらすぐ彼女は意識を回復したんだよ」
と彼女は言う。
そして少し困惑するような顔をして言った。
「ところがさ、あの子意識を回復したら、ここどこ?なんて言うのよ」
「へ?」
「それで話をしてたら、自分がナショナルチームに選抜されて世界選手権に出ていたということを全然知らないという話で」
「え〜〜〜!?」
「今日来ていた観客の中に、彼女の中学時代の同級生がいて、その子が様子を見に来てくれたんだけど、その子と話していて分かったのが、あの子、ここ1年ほどの記憶が飛んでいるらしい」
「うーん・・・・」
「それであんたはU21世界選手権のフランス代表なんだけどと言ったら、『うっそー!(Ce n'est pas possible!!)』と驚いていた」
「もしかして、何かに精神を乗っ取られていたとか?」
と千里は言ってみた。
するとドゥ・デーメルは少し考えるようにしてから言った。
「あの子、この大会の前まであまり目立ってなかったんだよね。直前に怪我した子がいて、交代で急遽メンバーに入れたんだけど」
と彼女は言葉を選ぶようにして言う。
「あの子のシュートはどうも不規則な動きをするのが不思議だという声があったんだよ。何か物理法則に反するような動きで。しかもあの子と対戦するチームの選手のシュートが不思議な外れ方をすることも多くて。あの子、ひょっとしてサイコキネシスか魔法でも使っているんじゃないかという噂があってさ」
「きっとその魔法が破れたんだよ。というよりも、悪魔か何かにでも憑依されていたのが抜けたんじゃないのかな?あのボールが顔面に当たった時に」
「ああ、そうかも知れないね」
「そうだ。彼女の御守り代わりにこれあげるよ。日本の神社で出しているものなんだけどね」
と言って、千里はポーチの中から水晶の勾玉を出すと、ドゥ・デーメルに渡した。実は強い悪魔避けの念が込められている。ついでに本人の潜在能力を引き出すパワーも込められている。
「わあ、きれいだね!じゃ渡しておくよ」
「まあ今日がガスレスタにとっては、新しいバスケットボール・プレイヤーとしての第一歩なのかもね。悪魔の力が無ければ、今までのようには行かないだろうけど、一度ナショナルチームに入った経験は、きっと本人を成長させるだろうし」
「シサトは性善説なんだね」
とドゥ・デーメルは笑顔で言った。
「エリゼもだいたいポジティブ思考だよね」
「まあ、私は楽天的すぎると言われるけどね。次はアメリカ戦、頑張れよ」
「ありがとう。そちらもこの後は全勝で」
それで千里とドゥ・デーメルと堅い握手を交わした。