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この時点でマッチアップはこのようになっている。
千里−アンティピーナ
玲央美−クレスリーニャ
王子−クラスティーニャ
彰恵−チュミカ
純子−マティーサ
日本はこの攻撃のチャンスをしっかり決めて65-65の同点とする(45秒)。
そして相手の攻撃だが、向こうは速攻で来た。チュミカ、タラソバからアンティピーナにつないだものの、千里がピタリとマークしているので、どうにもシュートができない。
バウンドパスでマティーサにつなごうとしたが、純子がうまくカット(38秒)。こぼれ球を彰恵が拾って速攻。彰恵から王子につないだのだが、王子のシュートは入ったように見えたのがボールがゴールから飛び出してしまった(32秒)。
「うっそー!?」
と王子が叫んだが、リバウンドを取ったのはクラスティーニャである。
ラトビアはゆっくりと攻め上がる。ゴールを決めた後、日本にできるだけ時間を残さないためである。結局23秒掛けてマティーサがダンクでゴールを決めた。純子とノーチャージ・セミサークルの“わずかに外側”で激突したものの、審判はファウルを取らなかった。
得点は有効で残り9秒で67-65である。
ラトビア側は全員急いで戻っている。
日本も急いで攻め上がるが、相手はここでゾーン・ディフェンスを選択し、がっちりと制限エリアを守り、ひとりアンティピーナだけが、怖いスリーのある千里に付いている。
司令塔役の彰恵が玲央美にパスする。
玲央美がスリーを撃つ体勢に入る。
玲央美はこの試合2つスリーを決めている。
そうだ!こいつも危なかったと思い出したかのように慌てて近くに居たマティーサが玲央美に突進してプレッシャーを掛ける。マティーサが飛び出して出来た穴を、アンティピーナが埋めに走る。
玲央美はジャンプシュートをするかのように見せて、空中でパスに切り替え、アンティピーナが離れて一瞬フリーになった千里に送った。
千里がシュートする。
千里に駆け寄ったクレスリーニャが思い切りジャンプしてブロックを試みる。
同時に試合終了のブザーが鳴る。
全員が千里の撃ったボールの行方を見る。
千里のシュートはブロックを避けるように高い軌跡を描き、ダイレクトでゴールに飛び込んだ。
千里の近くにいた純子が千里に飛びつく。
ラトビアの選手が天を仰ぐ。
日本側の他の選手もみんな千里に飛びついた。
「68 to 67, Japan won」
と主審が告げた。
お互いに握手をして健闘を称え合ったものの、ラトビア選手たちが本当に悔しそうであった。日本選手はみな歓喜に沸いており、ベンチにいた選手たちからたくさん叩かれる。特に最後にゴールを決めた千里とアシストした玲央美は袋叩きされる感じであった!
こうして日本は貴重な1勝をもぎ取ったのである。
Japan_ 18 17 14 19 |68 Latvia 19 15 21 12 |67
3日目の結果。
LVA67×−○68JPN AUS81○−×61UKR RUS82○−×68BRA
暫定順位 1.RUS(3勝) 2.BRA(2勝) 3.AUS(2勝) 4.JPN(1勝) 5.LVA(1勝) 6.UKR(0勝)
日本とラトビアは同じ1勝だが、直接対決で日本が勝ったのでラトビアを上回って4位に浮上した。
また今日の時点でロシアの決勝トーナメント進出が確定した。ロシアは残り2試合に負けても4位以下になることはない。
・ウクライナは最大勝っても2勝である。
・日本は3勝になってもロシアとの直接対決に敗れている。
・ラトビアがもしあと2勝して3勝になった場合、ブラジルは最大3勝にしかなれず、ブラジルはロシアに負けている。従ってラトビアとブラジルの双方がロシアを上回ることはできない。
つまりロシアより順位が下のチームが確実に3つあるので、3位以上であり、ロシアの決勝トーナメント進出が決まったのである。
A組の結果。
CHN88○−×65EGY CAN83×−○88ESP USA85○−×82FRA
暫定順位 1.ESP(3勝) 2.USA(3勝) 3.FRA(2勝) 4.CHN(1勝) 5.CAN(0勝) 6.EGY(0勝)
A組ではスペイン・アメリカの決勝トーナメント進出が確定した。エジプトとカナダはもう3勝以上になれないので、現時点で3勝しているチームは4位以上が確定である(実際にはアメリカは3位以上が確定している)。
フランスは残りスペインと中国に敗れ、カナダが中国とエジプトに勝った場合、2勝で3チームが並んで得失点率の勝負になる可能性がある。
日本チームは自分たちの試合が終わると、残りの試合は見ずにすぐに練習場所に指定されている中学校の体育館に行き、かなり濃厚な練習をした。
個人対個人の勝負というのは、明日・明後日の試合でも恐らく要求されるので今日相手に負けていた絵津子とサクラが、玲央美と彰恵を相手に練習する。純子、華香も江美子、星乃を相手に練習する。王子は百合絵や海島斉江などとやっていた。他の面々も各自マッチングやシュートの練習を重ねた。
今の日は少し気分を変えて、郊外のキャンプ場に行き、バーベキューをした。
「自分はもっともっと強くなりたい」
と王子(きみこ)が言っている。
「キーミンは、高校卒業したら、またアメリカに留学するといいかもね」
と玲央美が言う。
「それやりたいです」
「多分藍川さんも賛成してくれると思うよ」
「でも私、たくさん藍川さんに支援してもらっているのに、いいんですかね?」
「全然問題無い。藍川さんは、強いバスケ女子を育てたいんだよ。ジョイフルゴールドを作ったのも、それが目的。だから、キーミンは高校卒業したら、籍だけうちに置いて給料もらって、夏の間は代表活動、冬の間はアメリカの大学リーグNCAAとかで鍛えるといいと思う」
と玲央美は言う。
「全然ジョイフルゴールドの試合に出なくてもいいんですか?」
「キーミンが活躍していれば、それがちゃんと会社の広告塔になるから問題無い。キーミンがユニフォーム姿で、笑顔で写っているポスターが銀行の支店内に貼られて、キーミンのグッズが定期預金してくれた人に配られたりして」
「あ、それいいなあ」
と王子。
こういうのを恥ずかしがる子と、そういうのがむしろ好きな子がいるが、そういうのが好きな子の方が“スタープレイヤー”向きである。
「サインの練習しなくちゃね」
と絵津子が言うと、王子は不安そうな顔になる。
「私、字が凄い下手なんですけど、どうしましょう?」
「ボールペン字講座でも受講する?」
「ちょっとやってみよう」
「まあタイミング合えば、オールジャパンにだけ出るとか」
と玲央美。
「オールジャパンだけに出るというのは横綱相撲だな」
と高田コーチが言う。
「いや、そのくらいやった方がいいと思う」
と千里も賛成する。
「日本のリーグにこだわっていたら、世界に通用する選手はなかなか育たないよ。きみちゃんは、強い所で揉まれた方がいいと思う」
「まあNCAAの男子リーグに行くか女子リーグに行くかが問題だな」
などと純子がおちょくる。
「男子とやりてぇ」
と王子。
「性転換する?」
「性転換したーい。生理も面倒くさいし。でも性転換したら、母ちゃんに泣かれそう」
「諦められていたりして」
千里は食事が終わってホテルに戻った後、今日の試合成績を見て、フィオリーナが今日は2本しかスリーを決めていないことに驚いた。
3ポイント成績
日本・村山 19本
アメリカ・フィオリーナ 14本
オーストラリア・ハモンド 13本
スペイン・フェルナンデス 11本
フィオリーナは昨日までは千里と1本差だったのだが、今日の試合で千里がスリーを6本入れたのに対して、フィオリーナは2本しか入らなかった。それで今日は5本差になってしまったのである。
千里はフィオリーナに電話してみた。
「ハイ!シャーロット。今日は体調でも悪かったの?」
「ハイ!チサト。それがさあ。今日はどうにも不可解(beyond my understanding)でさあ」
「不可解?」
フィオリーナは少し考えていたようだが、千里に訊いた。
「もし良かったら、私のシュートを見てくれない?今から」
「今から?OK。どこに行けばいい?」
夜間の外出は禁止されているが、ライバルの失調は千里としても放置できないので高田コーチに相談したら、高田コーチが付き添って、指定された体育館まで一緒に行くことにした。
もう22時近いのに、アメリカチームはまだ練習していたようだ。さすがチャンピオンはそれなりの努力をするもんだなと思った。
それでフィオリーナがシュートするのを千里は見ていたのだが、彼女は練習で撃ったシュートは100%入れてしまう。
「どこもおかしくない。フォームも腕の使い方も正確」
と千里は言った。
「やはり?何で試合中全然入らなかったんだろう」
「ビデオとか撮っていますか?」
と高田コーチが訊く。
アメリカチームのスタッフさんが、今日の試合を録画したビデオを再生してくれた。
千里はそのビデオをじっと見ていた。
「シャーロットが外した時って、いつも近くに相手チームのガスレスタがいましたね」
アメリカチームの数人の選手が顔を見合わせた。
「こんなこと言ったら、頭おかしいのではとか言われそうだけど、ガスレスタって何か魔法の類いを使ってない?」
とキャプテンで千里とも顔見知りのサミットが言う。
「あ、それ私も感じた」
と副キャプテンのカーター。
「私も外す筈の無いランニングシュートが外れた時に、近くにガスレスタが居て、こちらをじっと見つめていたんだよ。その視線がちょっと気味悪かった」
「今日はとにかく全員シュートの精度が極端に悪かったんですよね。それでも充分な力の差があるから何とか勝ちましたけどね」
とアメリカのコーチは言っている。
今日のフランスとアメリカのスコアは82-85である。アメリカにしては随分苦戦した感じである。
「ガスレスタって2年前のU19の時もいましたっけ?」
「いや、居なかった。実は今大会に登録されるまで、全然知らなかった」
「ここ1年で急成長したみたいですね」
千里は高田コーチに訊く。
「うちもフランスと当たる可能性ありますよね?」
「準々決勝で当たる可能性があると思う。向こうがA組2位、こちらがB組3位とかになった場合」
「まあ急成長は、うちのフィオリーナとかもそうだけど、ガスレスタの場合はひょっとしたら何か別の要素があるかも知れませんね」
この日はせっかくここまで来たからというので、フィオリーナと千里がスリーポイント勝負をやってみた。
1本ずつ交代で撃って、30本撃った時の入った本数の勝負ということにしたのである。
ところが30本撃っても、千里もフィオリーナも全く外さない。
「これこのまま続けたら200-300本撃つハメになるよ」
と高田コーチが言う。
「じゃ強制的に精度を落とさせよう」
それでスモールフォワードのジンジャーとペパーが出て、その2人がディフェンスしている状態でシュートする方式に変える。するとさすがに2人とも全部入れるということはできなくなる。
30本撃った結果、千里が22本、フィオリーナが19本であった。
「負けた!」
とフィオリーナが素直に敗北を認める。
「でも私はそちらの選手に未知だったアドバンテージがあったと思う」
と千里。
「未知だったのをかなり知ることができた」
と向こうのコーチは言っている。
「いや2年前に見た時より遙かに巧くなっている」
とサミットが言う。
これに対して千里は
「少しくらいネタバレした所で、日本とアメリカがぶつかった時の試合結果がひっくり返るとは思えないから全然問題無いです」
と言ったので、高田コーチが苦笑していた。向こうの選手やコーチたちはどんな顔をしていいのか分からず困ったような感じであった。
しかし千里は最後に
「今年まではですね」
と付け加えた。
それでアメリカの選手たちの顔が一様に引き締まった。
アメリカと日本がユニバーシアードで延長戦にもつれる接戦を演じることになるのは、4年後、2015年7月である。
「決勝戦で会いましょう」
「ええ、それを楽しみにしましょう」
と言って高田コーチと向こうのコーチが握手してこの日は引き上げた。アメリカのスタッフが2人をホテルまで車で送ってくれた。