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その日の午後、千里は今年やっと初めて大学の講義に出席できた。この日受けたのは、3時間目(12:50-14:20)の児童心理学(文学部での受講)と4時間目(14:30-16:00)の集合論3であったが、集合論の時間に朱音たちに捕まる。
「さて、千里ありていに白状しろ」
「何何?」
「確かにC大男子バスケ部、女子バスケ部のホームページを見てみても千里の名前はなかった」
「私が女子バスケ部に入れる訳ないじゃん」
と千里は言っておく。
「ああ。確かにいくら女らしい子でも性別が男なら女子選手にはなれないよね」
と真帆。
「でもそれならバスケの合宿ってどうなってんのさ?」
と朱音。
「私はクラブチームに入っているんだよ」
「へー!」
「千葉周辺の大学生や会社員で作ってる自主的なクラブ」
「でも大学と無関係のクラブ活動が公用として認められるの?」
「うーん。。。。じゃ他の子には広めないでね。あまり騒がれたくないからさあ」
と言って千里は日本代表の招集状を見せてあげた。そこには
《村山千里・平成3年3月3日生。右の者をバスケットボール日本代表候補として招集する/日本バスケットボール協会・会長麻生太郎》
と書かれている。
「日本代表候補として招集するって書いてある」
「すげー!」
「千里ってそんな凄い選手だったのか?」
「去年もそれで国際大会でタイまで行ってきて。ちょうど前期の期末試験にぶつかったから、期末試験は全部レポートに代えてもらったんだよねー。今年も代えてもらうことになる。今年はインドとかチェコまで行ってこないといけない」
「この麻生太郎って、総理大臣やってた麻生太郎?」
「そうそう。総理はやめたけど、バスケ協会の会長はやめてない」
「麻生さんってバスケするの?」
「しない。あの人はクレー射撃の選手。でもバスケ協会の改革に強力な指導力を持つ人が必要だというので、総理大臣に就任する少し前にバスケ協会の会長に乞われて就任したんだよ。それでかなり強い改革を押し進めている」
「それは知らなかった」
「男子のトップリーグが5年前から分裂して大揉めしていたのを何とか1つにまとめる話し合いがまとまりそうな雰囲気」
「へー。総理大臣としてはどうも頼りなかったけど、そういう仕事もしてたのか」
招集状にはうまいことに「女子バスケット」とは書いてないので、千里はこの場は何とか切り抜けることができた。
なお、この時居たのは、朱音・玲奈・友紀・真帆の4人で、桃香と美緒はこの話を聞いていない。朱音たちは一応千里の説明で納得してくれたし「騒がれたくないから広めないで」という話を尊重してくれたので、この話は4人以外には広まらなかったようである。そもそも桃香と美緒は女子の噂話にあまり参加しないタイプである。
(この日桃香は健康診断を受けた後、バイト先に直行して講義には出てきていない)
同じ4月12日。旭川N高校女子バスケット部のメンバーは昨日入部したての1年生も含めて全員で、南野コーチに率いられ、スーパーカムイに乗って札幌に出た。そのあとバスで北広島市のナイキのショップに入る。
「こんにちは。旭川N高校ですが」
「はい。伺ってますよ。では全員測定して合わせましょう」
女性スタッフは南野コーチ自身を含め全員のバストサイズを正確に測り、また生理の前か後か、そしてきつい方が好みかゆるい方が好みかなども尋ねて、各人に合うブラを選定していった。
主力の数人については買い直しするケースも考えた上でジャストサイズのものを、それ以外のメンバーについてはサイズの調整ができるタイプのものを選ぶ。
ひとり「とってもバストの小さな子」が恥ずかしがっていたが、ナイキのスタッフさんは、特に他の子と区別はせずに、ちゃんと彼女に合うサイズのものを選んであげていた。
「私に合うサイズがあるとは思わなかった!」
と感動しているのは、戸籍上は男子の部員、横田倫代である。
「みっちゃんも、ちゃんと納豆とか豆腐とか食べていたら、おっぱい大きくなるよ」
とソフィアが言ってあげると、また少し恥ずかしがっていた。
このスポーツブラジャーの代金、そして北広島市までの往復交通費は全て千里が出してあげたものである。
4月17-18日にはインターハイに向けての旭川地区大会が行われたが、この大会にメンバーはこの高機能スポーツプラを付けて臨んだ。
するとメンバーの動きが明らかに違っていた。
「なんか物凄く動きやすいです」
「胸がまるで無くなったかのように動ける」
「なんか小学生頃の感覚が戻ってきたみたいな感じ」
と各人は言っていた。それで、決勝戦のL女子校との試合までは主力が出なかったにも関わらず快勝快勝を続け、決勝戦でも
「N高校さん、何があったの?みんな見違えた」
とL女子校のキャプテン黒浜さんが尋ねてくるほど、みんなの動きが良かったのである。
絵津子は「実は全員に高機能のナイキのスポーツブラを買ってあげたんだよ」と黒浜さんに教えてあげる。
「すごーい!それ高いの?」
「実は千里先輩がお金出してくれたんだよね。1個7000円くらいみたい。札幌のナイキショップまで行って全員測ってもらって買ったんだよ」
「すごーい!12人分なら8万円くらい?」
「ベンチ枠関係無く、部員全員50人分2枚ずつで70万くらいかな」
「きゃー!でもそれ学校に相談してみる!」
と黒浜さんは言っていた。
一方千葉市。同じ4月17日(土)の朝、千葉市内の体育館に千葉ローキューツのメンバーが集まった。この日は初顔合わせのメンツがいた。今年加入した5人である。
16.PG.馬飼凪子(旭川L女子校)麻依子の後輩
20.SF.島田司紗(旭川N高校)千里の後輩
34.C.長門桃子(旭川A商業)国香の後輩
22.PF.五十嵐岬(高崎S高校−J大学)浩子が学内でナンパ!
24.PF.岸原元代(茨城M高校−S大学)夢香が学内でナンパ!
岬は中学高校とバスケをしていて高校時代は群馬県のベスト4までは行ったことがあるらしい。しかしもう高校まででバスケは辞めようと思っていた所を浩子にナンパされたらしい。元代は中学高校ではソフトボール部だったらしくバスケは中学時代に何度か助っ人で大会に出たものの、高校になってからは体育の時間しかしたことがないと言った。しかし173cmの長身なので、夢香がナンパしたのである。
「茨城M高校なら、向井亜耶さんって知らない?」
と千里は訊いた。
「あ、2つ上の学年のバスケ部主将ですよ。向こうはこちらを知らないかも」
「今ジョイフルゴールドという関東実業団1部のチームにいるよ。正確には昨年まで2部だったけど、今年1部に昇格したんだよ」
「すげー。あの人、そんな凄い所に行ったのか。でもうちのバスケ部は県BEST8までしか行ったことなかったのに」
「まあ卒業してから伸びたのかもね。それにバスケって1人だけ凄くても5人いないと、どうにもならないから」
「ですよねー」
これでローキューツの選手は17名となった。昨日できあがったきた新しいユニフォーム(濃淡2着セット)を配布する。
「もしサイズ合わない人居たらすぐ言って。作り直してもらうから」
「色合い変わったりしない?」
「念のため背番号と名前を染めてない予備を数枚確保してもらっているんだよ」
「なるほどー」
このあたりも予算が潤沢に使えたのでできたことである。
「リバーシブルじゃなくて、ちゃんと濃淡があるんですね」
と岬が言う。
岬は高校時代はホーム・アウェイの濃淡がリバーシブルになっているユニフォームを使っていたらしい。
「リバーシブルは協会の方から、公式戦ではできるだけ使わないでくれという通達が出ているんだよ」
「へー。でもお金が掛かりますね」
「まあスポンサーが出してくれるから自己負担が要らないし」
「それは助かります」
全員着てみて、お互いにチェックし合う。
「全員サイズ問題無いみたいね」
「良かった良かった」
「じゃ背番号変更の必要もないし、エントリーシート出してくる」
と言って浩子が走って事務局まで行った。
今日は千葉県春季クラブ選手権である。11チームが出場しており、トーナメントで試合をおこなう。ローキューツはシードされて1回戦不戦勝なので、午後からの2回戦から出て、それに勝てば明日、準決勝→決勝と進むことになる。
全員そろった所で、長身の誠美を初めて見た元代が
「凄い背が高いですね」
と感心したように言う。元代だって173cmで女子としてはかなり背が高いのだが、誠美はその元代が見上げる感じである。
「186cmかな」
「すごーい!」
「その子はU18日本代表で、元プロだから」
と国香が言う。
「え〜〜!?ここそんな元プロとかのいるチームなんですか?」
と言ってから
「ちなみに女子ですよね?」
と小さい声で訊く。
「性別に疑問があるなら、試合終わってから、みんなで一緒にスパにでも行く?」
などと言って誠美は笑っている。
「誠美がスパの入口で男湯のロッカーの鍵を渡される確率は7割くらいある」
などと国香は言っている。
「ちなみにそちらのロングヘアの千里は、U18アジア選手権とU19世界選手権でスリーポイント女王になって、現在A代表候補で活動している」
と麻依子が言う。
「え〜!?そんな日本代表とかのいるチームなんですか?私、楽しくバスケしようよといわれて勧誘されたのに」
と元代。
「うん。だから楽しくバスケするチームだよ」
と浩子。
「ほんとに?」
と言って元代は不安そうである。
「試合に出なくても、テーブルオフィシャルとかいって試合の記録をするお仕事もあるよ」
などと玉緒が言う。
「ああ、私、その専門でもいい気がしてきた」
実際この日の午前中は、予定していたクルーが1組来られなくなったという話でローキューツのメンツが1試合テーブルオフィシャルを務めた。これは夏美・夢香・司紗・凪子の4人でやってきた。司紗は高校時代、公式戦には1度も出ていないもののテーブルオフィシャルは大得意で、この日も最も神経を使う24秒オペレーターをしっかりこなした。元代は許可を得て、その様子を見学していたが「これも大変そう!」と言っていた。
午後の2回戦の相手はブレッドマーガリンである。余暇にバスケをしているチームなので、主力は出るまでもないだろうということで、
玉緒/司紗/沙也加/茜/元代
というメンツで出たが、司紗と沙也加が20点ずつ取る活躍で快勝した。元代はまだルールもよくは分かってないようで、一度バックパスのバイオレーションを取られてしまったものの、出ている内にだいぶ感覚をつかんだようで、笑顔でプレイしていた。得点も6点取ってご機嫌であった。
大会は2日目に入る。
この日まで勝ち残っているのは、ローキューツ、フドウレディース、サクラニャン、暴走ギャルズの4チームである。フェアリードラコンはフドウレディースに、サザン・ウェイブスはサクラニャンに敗れて準決勝進出はならなかった。サクラニャンは今年入った現役女子大生の加納さんという人が卓越していて、それでレベルアップしたようである。
千里たちの準決勝の相手はそのサクラニャンであった。
“少しだけ”本気を出して、凪子/国香/夏美/夢香/桃子というメンツで出て行く。加納さんはなかなか凄かったが、国香の敵ではなかった。まだ本調子ではない国香でも充分押さえることができる。その間に夏美・夢香・桃子といったメンツがどんどん点を挙げていく。
玉緒・茜・沙也加・菜香子・岬・元代といった面々も交代で出して行くが、千里・麻依子・誠美という主力3人は最後まで出番が来なかった。
結局16点差で快勝して、ローキューツは決勝に進出する。
もうひとつの準決勝を勝ったのは暴走ギャルズである。
別に暴走族とかのチームではなく暴走は房総のシャレである。ここと当たるのは昨年の夏季選手権以来である。あの時はダブルスコアで勝っているが、ここも新規加入の選手に強い選手がいるようだ。フドウ・レディースに勝ったのは凄いと千里たちは思った。
浩子/司紗/薫/岬/桃子というメンツで出て行く。
“多少”本気の陣営である。そして試合では岬と桃子が序盤から点を取りまくる。その様子を見ていて千里と麻依子は
「私たち出る必要無いみたいね」
「じゃ今日はのんびりと見学で」
ということで、応援に徹していた。
試合はやはりダブルスコアでローキューツが勝った。
結局この大会では、千里・麻依子・誠美の3人は1度もコートには立たなかった。
春季クラブ選手権が行われた翌日、4月19日(月)。バスケ協会からU20の日本代表が発表された。こちらはもう「代表候補」ではなく「代表」である。10月のU20アジア選手権に参加することになるが、その前の9月にA代表の世界選手権があるので、もし両方に出ることになったら、かなり忙しい。
メンツは昨年U19世界選手権に出たのと同じメンツであった。
4.PG.入野朋美(愛知J学園大学)
5.PG.鶴田早苗(山形D銀行)
6.SG.村山千里(ローキューツ)
7.SG.中折渚紗(茨城県TS大学)
8.SF.前田彰恵(茨城県TS大学)
9.PF.橋田桂華(茨城県TS大学)
10.SF.佐藤玲央美(ジョイフルゴールド)
11.PF.鞠原江美子(大阪M体育大学)
12.PF.大野百合絵(神奈川J大学)
13.PF.高梁王子(岡山E女子校)
14.C.中丸華香(愛知J学園大学)
15.C.熊野サクラ(ジョイフルゴールド)
発表にはなかったものの、実はこれに補欠として下記の3人が合宿には参加することになっている。
16.C.花和留実子(H教育大旭川校)
17.SF.竹宮星乃(神奈川J大学)
18.PG.森田雪子(東京N大学)