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(C)Eriko Kawaguchi 2016-11-26
試合終了のブザーが鳴ると同時にコートにいた5人が抱き合って喜びを分かちあう。結局第4ピリオドの点数は12-31という凄まじいものであった。
終了後お互い挨拶してベンチに戻ると、ベンチに居たメンバーとも抱き合う。監督・コーチとも握手し、そのふたりとも感激のあまり抱き合う子もいる。
こうして千葉ローキューツは、社会人選手権の切符を手に入れたのであった。
なお決勝戦の方は女形ズが江戸娘を破った。福石さんはひとりで30点取る活躍であった。それで順位は1位女形ズ、2位江戸娘、3位ローキューツ、4位美濃鉄道となり、3位のローキューツまでが11月に行われる全日本社会人バスケットボール選手権に出場することになる。
試合が終わった後、まずは新幹線で東京に戻ってから、結局千葉市内の居酒屋で打ち上げ兼・来夢と美佐恵の送別会をした。
「私と同レベルと思っていた美佐恵が卒業するというのは寂しい」
などと茜が言っている。
「そこは玉緒を鍛えて」
と美佐恵。
「玉ちゃん、私より上手くなるかも知れないなあ」
と茜。
「来夢さん、背番号とか決まったんですか?」
「うん。今このチームで付けてる21番をもらえることになった」
「へー!エレクトロウィッカ時代の17じゃないんですか?」
「やはり私はここで再生した気がするよ。半年だけだったけど、色々と学び直したものがあった」
と来夢は言っている。
「じゃ今度新しく作るユニフォーム、21番・RAIMUも作って、そちらにお渡ししますよ」
「わあ、それは記念にもらっちゃおう」
「永久欠番?」
と質問が出るが
「次にユニフォーム作り直すまでの欠番かな」
と浩子。
「3−4年間の欠番かな」
と麻依子。
実際には次に新しいユニフォームを作ったのは2015年春で、ローキューツを冬子(ローズ+リリーのケイ)が所有することになってからであった。この2010年版ユニフォームにはフェニックス・トラインのロゴ(三角形の中に描かれた朱雀)が上着の肩布とパンツの裾の所に入っていたが、2015年版のユニフォームでは代わってサマーガールズ出版のロゴ(ビキニの女の子2人の絵)が入ることになる。なお、須佐ミナミは2016年加入なので、朱雀ロゴの入ったユニフォームを着ていない。
「薫は今年戸籍を直すんでしょ?」
とさりげなく国香が訊く。
「うん。誕生日過ぎたらすぐに申請するつもり」
と本人。
「あれ?薫ってもう性転換手術終わってたんだ?」
と菜香子が訊く。
「あ、えっと・・・・」
「まあ多分本当は手術は終わってるんだろうね、とみんな言ってたね」
と麻依子が笑いながら言う。
「あれって手術した後、2年くらい安静にしておかないといけないんじゃないの?」
「さすがに2年ってことはない!」
「まあ普通は2〜3ヶ月だよ」
「へー。そんなものか」
「傷そのものよりホルモンバランスの崩れで苦しむ人はあるけどね」
「そちらがきつそうだね」
「でも、2〜3ヶ月にしても、いつ手術したんだろう?」
「大学に入ってすぐ手術したのではというのに1票」
「実は高校時代に手術していたのではという説に1票」
「実は中学くらいで手術したのではという説に1票」
「実は小さい頃に自分で切り落としたのではという説に1票」
「それは無茶!」
「やはり自分で切ったら痛いのかなあ」
「それは無茶苦茶痛いのでは?」
「まあ昔の中国では宦官になりたくて、でも手術代が無くて自分で切り落とした人もいたらしいよ」
「やはりそういう人いるもんなんだ?」
「多分自分で切った人のほとんどはそのまま死んだと思う」
「だろうなあ」
「太い血管が通っていて、その止血が素人ではできないし、もっと怖いのが傷が治る時に尿道口を塞いでしまうと、その後は医者でも助けることができなかったんだよ、当時の技術では」
「おしっこが出せないと、どうにもならないね」
「それを防ぐために針を尿道に挿しておくんだけど、そのあたりも素人ではうまくできない。尿道口が無ければ苦しみながら死ぬしかなかったと思う」
「壮絶だな」
「おちんちん付いてると大変だね」
「私たち、おちんちん無くて良かったね」
千里は全日本クラブ選手権が終わった翌日の23日に電車で東京に出ると代々木体育館そばの岸記念体育会館を訪れた。日本体育協会と日本オリンピック委員会の入っているビルだが、ここに日本バスケットボール協会ほか、多くのスポーツの国内統括団体の本部がある。
千里がここに来るのは、高2のインターハイ前に性別に関する事情聴取と検査を受けさせられた時以来まだ2度目である。U18アジア選手権の時もU19世界選手権の時も、バスケ協会の幹部さんとは、北区の合宿所や関空・成田などでしか会っておらず、文部科学省にも行っているのに、バスケ協会には来ていない。
「なんだかこのビル、今にも崩れそうだなあ」と思いながらエレベータで5階に上がるが、千里がそんなことを考えていたら《こうちゃん》が
『何なら今すぐ崩そうか?』
などと言うので
『余計な親切はやめとこう』
と言っておいた。
バスケ協会の部屋に入り、受付で来意を告げると、最初に出てきたのは以前千里の性別診断をしてくれた医学委員の由里浜さんである。
「ご無沙汰しております」
「こちらこそご無沙汰。ちょっと話しません?」
「はい」
それで応接室に入り、由里浜さん自ら紅茶とケーキを持ってきてくれた。
「わ、すみません」
「村山さん、大活躍だね」
「あ、いいえ。色々運が良かったりしたのもあると思います」
「日本代表でもU18アジア選手権で優勝、U19世界選手権で7位、チームの方も旭川N高校はインターハイ2年連続3位、ウィンターカップで準優勝、そしてそれ全部でスリーポイント女王。2008年のオールジャパンでもスリーポイント女王」
「それ花園亜津子さんの出てない大会や、出ていても偶然向こうの出場試合が少なかった時ばかりなんですよ」
「今所属しているチームでも、関東クラブ選抜で優勝、関東クラブ選手権で2位、昨日行われた全日本クラブ選手権で3位で、社会人選手権出場決定」
「こちらはいいチームメイトに恵まれました」
「ここは今年できたチーム?」
「3年前からあるのですが、今までは全然大会に参加してなかったんですよ」
「それはまたなぜ?」
「大会当日5人そろわないことばかりだったそうで」
「あらあら」
「でもあの後、何度も性別検査受けさせられているみたいね」
「いや、もう慣れました。7月にタイで受けたのがいちばん凄かったです。頭のてっぺんから足の先まで、睾丸がどこかに温存されてないかチェックしていたみたいです」
「ああ。大変ねぇ」
とLさんは同情するように言ってから
「あなた戸籍はいつ変更するの?」
と尋ねる。
「私早生まれだから20歳になるのは来年の3月なんですよ。だからそれ以降になると思います」
「なるほど、なるほど。じゃ戸籍上の性別変更が済んだら、私に連絡して下さい。もし私が退任していた場合は、その時点の医学委員長に伝えてもらえば、対処出来るように申し送りしておきますから。それであなたの性別に関する処理は完了します」
「はい。よろしくお願いします」
「そうだ。何人も担当が代わったりして、話が通じていなかったら、私の個人の携帯に電話して。私の方で、その時点の担当者とワタリを付けますから」
「はい」
それで彼女とは携帯の番号・アドレスを交換した。
「じゃ戸籍を変更したらすぐ女性のパスポート取って下さいね。あなた頻繁に海外の大会や合宿に行くことになるから、その度にチケットの手配担当を悩ませることになるし」
と由里浜さんは言った。
「ああ、パスポートは女になってますよ」
「え?なんで?」
「これが私のパスポートです」
と言って千里はバッグの中からパスポートを出し由里浜さんに見せる。
「ほんとにFになってる!なぜこうなってるの?」
「さあ。私がパスポート申請する時に、性別女と書いたからかも」
「でも申請書が女になってても、戸籍が男なら男で発行されるよね?氏名や性別を確認するのに健康保険証か何かチェックされなかった?」
「ああ。私の健康保険証は女ですよ」
と言って千里は国民健康保険の保険証を出してみせる。
「女になってる!」
と言ってから由里浜さんは悩む。
「あなた既に戸籍上、女になっているのでは?」
「え〜?そんなことはないと思いますけど」
「あなた、何か自分が戸籍上男だと証明できるようなものある?」
「中学の生徒手帳は男になっていた気がしますが、もう持ってません」
「どっちみち古すぎる。高校の生徒手帳は?」
「最初から女になっていたんですよねー。男に訂正してくれと言っても、戸籍と一致してないといけないよと言われて、直してもらえなかったんです」
「だったら、あなたとっくに戸籍は女になっていたのでは?」
「うーん。。。。自信が無くなってきた」
「あなたちょっと戸籍抄本を取ってみてもらえない?そして私宛に郵送して」
「分かりました。取り寄せます」
「あ、戸籍謄本にして。あなたに双子の兄弟とかいないか確認させて欲しい」
「はい。じゃ謄本を取ります」
そういえば高校時代、村山千里双子説ってあったな、と千里は思い起こしていた。
男子の試合に出ていた村山千里と女子の試合に出ている村山千里は双子だとか元々男の双子だったが、片方は性転換して女になったとか、元々男女の双子だったが、男の方は睾丸か陰茎の癌で、治療のために男性器は切除し、更に再発防止のために女性ホルモンも投与していたので、胸も膨らんで女性体型になっていたとか。