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■娘たち・各々の出発(2)

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「入試どうだった?」
と千里は訊いた。
 
「合格したよ」
と宮原君は微笑んで答えた。
 
「おめでとう!」
「ありがとう」
「私に恋人がいなかったらキスしてあげてもいいくらい」
「彼と復縁できたんだ?」
「うん。その件では文彦君にも応援してもらったね。ありがとう」
 
双方車で来ていないことを確認して、ワインを頼み、合格祝いに乾杯した。
 
彼は本当は医学部志望だったのを昨年前期試験で落ちてしまい、後期試験で理学部に入った。それで仮面浪人していたのだが、千里たち数人の友人から大学の勉強しながらでは中途半端になりかねないと言われ、後期は大学を休学して受験勉強に専念していたのである。それで再びC大学医学部を受けて、見事合格したということであった。昨日15日に入学手続きしたらしい。
 
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「みんなより1年遅れになるけど頑張るよ」
「去年の前期に取得した単位は振り替えてもらえないの?」
「外国語とか数学・化学・心理学とかは振り替えてもらえるみたい。他の人より少しだけ楽にはなるけど、まあ卒業できる年は短くならない」
 
「その空いた時間に余分に勉強すればいいんだよ。でも医学部はそもそも浪人組多いでしょ?」
「そういう話みたい。その分気楽かなという気もする」
「でもそもそも6年掛かるし、卒業して国家試験に合格した後5年間の研修があるし、医者になるのも大変だね」
 
「うん。スポーツ選手とかSEなんかが現役引退し始める頃に、医者はやっと新人なんだよ」
「大変だなあ。でもほんとに良かった。頑張ってね」
「うん。ありがとう」
 
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桃川は牧場のオーナー夫妻にも付き添ってもらい、網走警察署を訪れた。しずかの素性が分かった件に付いて警察側に経過報告をするためである。
 
「なるほど、ご友人のお子さんでしたか」
と対応してくれた生活安全課の警部さんが笑顔で言った。
 
「子供が3人いる夫婦なんですが、その3人を知人宅に1人ずつ置き去りにしたみたいで。私は彼とはしばらく交流が無かったので、子供たちの顔も知らなかったんですよ。何か手紙でも託してくれていたら良かったんですけどね。恐らくあの子を保護した時にも、近くで様子を見ていたんじゃないかという気がします」
 
「なるほど、なるほど。じゃ3人とも、別のご友人の所に保護されている訳ですね」
「そうなんです。各々の場所で取り敢えずその地域の学校や幼稚園と話し合って4月からそこに入学させてもらう話ができています」
 
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「そのご夫婦の所在は?」
「分かりません。借金に追われて逃げ回っているみたいで」
「ああ」
「おそらく子供の分まで食べ物を確保できないし、宿も確保できないしというので、子供は知り合いに託したのだと思います」
 
「そちらは捜索とかはしなくていいですか?」
「奥さんの方は親族ではお母さんが1人いますが、認知症で現在施設に入っていて、実際問題としてまともに普通の話ができる状態ではないみたいなんです」
「ありゃあ」
「そちらは他には全然親族が居ないんですよ」
「大変だなあ」
 
「旦那の方はお祖母さんがいて、実は長女はそこに置き去りにされたんです」
「おお」
「お祖母さんも少し怒っていて、うちに来て土下座くらいするなら許してやると言ってますよ。まあ子供がいるからその子供たちを置いて心中したりはしないと思うんですよ。だから、ほとぼりが冷めたら出てくるんじゃないでしょうかね」
 
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「じゃ捜索願いとかは出さなくてもいい?」
「お祖母さんは、探さなくてもいいと言っているみたいです」
 
一応函館の方の住所電話番号も提示したので、網走署の警察官が、ミラさんとも少し電話で話したようである。
 
「凄い元気なおばあちゃんでしたが、何歳ですか?」
とその警察官が言う。
 
「大正8年生まれの90歳ですよ」
「凄い!矍鑠(かくしゃく)とした感じでした」
 
それで、しずかに関する迷子の保護者捜しの件は、警察としても積極的には探さないものの、本人達からの連絡があったら桃川に連絡してくれるということになった。
 
また教育委員会の方とは山本オーナーが話し合ってくれて、身元は分かったものの、親が住所不定・放浪中で連絡不能状態なので、こちらが保護者代理となって学校に通わせたいということを言い、了承してもらった。
 
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それで結局、しずか(戸籍上は真枝和志)は、桃川しずかとして4月から美幌町内の小学校に1年生として通えることになった。ただ桃川はしずかに言った。
 
「ここにいる間は女の子させてあげるけど、いつかはお父ちゃん所に戻って、向こうでは男の子しなければいけないと思う。それは考えておいてね」
 
しずかは少し考えているようだった。
「私、ずっとママの所に居たいなあ」
「私もずっとしずかと一緒に居たいけど、世間が許してくれないからね」
「セケンって大変なんだね」
 
一方、函館の理香子も4月から地元の小学校に2年生として編入される。旭川の織羽も海藤天津子が居候している神社で暮らしながら4月から地元の幼稚園(年長組)に通うことになる。
 
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なお、天津子は中学生でさすがに織羽の保護者にはなれないので、天津子の叔母の司馬光子が保護者代理となり、幼稚園側と話し合って保護者と苗字が違うと余計な好奇心の対象になるからということで、司馬織羽の名前で幼稚園には行くことになった。同様の理由で、函館の理香子も餅屋理香子の名前で小学校には行くことになった(美鈴が保護者代理となる)。
 
なお、織羽の学費生活費として、桃川は天津子に毎月5万払うと言ったのだが、天津子はそんな贅沢もさせないし給食費込み1万で充分と言い、それで妥結した。また神社の宮司さん(光子の夫の父)が旭川の教育委員会に掛け合ってくれて、知人から子供を預かっているので、1年後には小学校に入れて欲しいと申し入れ、これも認められた。実はこの神社が子供を保護して一定期間預かり、学校に通わせたことは過去にも数回あったのである。それに神社の宮司は地元の名士でもあるので、すんなり認められた感じもあった。
 
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男は配送用トラックをコンビニの駐車場の端に留めると、伝票を確認しながら荷物をコンビニの中に運び入れ始めた。
 
「ああ、ありがとう。そのあたりに置いて」
「はい」
 
彼はコンテナを1個ずつ持ち、何度もトラックと店内を往復しながら作業していたのだが、中身が重たい雑誌などのコンテナは結構ふらふらしながら運んでいた。その内、お店の人が言う。
 
「ねえ、あんたもう少し一度にたくさん運べないの?」
「すみません。あまり腕力が無いので。その分頑張って何度も往復しますから」
「でもそれで長時間店の前に駐められると困るんだけど。うち駐車場あまり広くないからさ」
「すみません!できるだけ急いで運びます」
 
しかし男が作業している内にとうとう、お店の人が怒り出した。
 
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「もういい。俺が運ぶから」
と言ってお店の人はトラックに乗り込んでくると、伝票を確認して自分の店の分を男が一度に運んでいた量の4倍くらい一気に持つと店内に運び入れた。それであっという間に納入作業は終わった。
 
「あんた、こんな作業の仕方をしてたら、他の店でも文句言われるよ」
「すみません!頑張ります」
 
「あんた病気か何かでもしてたの?ありえない腕力だよ」
「いえ、病気はしてないのですが」
「じゃさっさと車出して。駐車場空けてくれないと困るから」
「はい。すぐ出します」
 

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家の解体作業の現場は、木材関係を出し終わって、家の基礎部分のコンクリートの解体作業に入っていた。小型のショベルカーを入れ、ショベルカーで崩しきれないところは電動ドリルで手作業で壊していく。これまで建っていた家がかなり古いもので、この基礎もあちこちひび割れていたりして、そのままは使えないのでいったん壊して撤去し、新たな基礎を作り直す必要がある。
 
この基礎の解体作業で出るコンクリートの破片はこれまで運んでいた木材の破片に比べて何倍も重い。これを拾い上げ運びトラックの荷台に置くのは、ベテランの屈強な男たちでも、周囲に気を配る余裕が無くなるほどの辛い作業である。
 
現場監督は、さすがにこのコンクリート運びは女には無理ではないかと思った。むしろ誤って足の上に落としたりして怪我されては困ると思った。ところが試しに女が持つ一輪車に乗せてみると、彼女はそれを平気で運んでいき、トラックの荷台に両手を使ってだが、ちゃんと投げ入れていた。
 
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「あんた、ほんとに力あるね」
「力は無いですけど、重たいコンクリートでも気合いですよ」
「大したもんだ。いい人を派遣してもらったよ」
 
と現場監督は楽しそうに彼女に声を掛けていた。
 

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3月20日(土)。千里は早朝からインプで浩子のアパート近くまで行き、彼女を拾って千葉駅に行った。車の回送は《こうちゃん》に頼み、浩子と2人で5:06の総武線快速に乗る。5:44に東京に着き6:04の《やまびこ41》に乗った。
 
「今回の参加費と遠征費を出してもらったの、凄く助かる」
と浩子は千里に言った。
 
「まあ練習サボりがちだし、このくらいは出してもいいかなと思ってね」
と千里は言う。
 
発端は協会の登録費の件であった。クラブチームを維持するためにはクラブ自体の登録料、メンバーの登録料、コーチ・審判の登録料で合わせて2万円ほど掛かり、これを毎年春に納めなければならない。
 
これを昨年までは(中途入部者分を除き)設立者の堀江希優が経済的な余裕があるのでと言って個人で払ってくれて、更に実は各種大会の参加料にと浩子に10万ほど預けてくれていた。それで関東クラブ選手権の参加料まではそのストックが使えた。
 
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しかし彼女は昨年途中からジョイフルサニーに移籍してしまったため(運送会社で働いていて荷物を届けに行って相川真璃子に会い、スカウトされたらしい。正式登録はこの4月から)、それでローキューツの方は今年からはそちらで適当に頼むと言われたのである。
 
そしてその登録料の前に今回の全国クラブ選手権の参加料が2万円掛かる。実は先月の関東クラブ選手権も参加料が2万円必要で、これは希優が渡してくれていたストックが1万円ちょっと残っていたので、それをある分使い、残りは浩子が自分で出した。
 
しかしそれに続き今回の2万円で浩子個人では辛い金額なので、みんなからカンパを募ろうかなどと悩み、先日の関東クラブ選手権の時に、麻依子・千里の2人に相談したら、千里が「それどちらも私が出そうか」と言ったのである。
 
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「千里、4万も大丈夫?」
「うん。実はお金が余って困っている」
「え〜〜!?」
「何なら今度の福島への遠征費も出そうか?」
「困るほど余っているならよろしく!」
 
ということで千里が出資することにした。ついでに関東クラブ選手権の浩子自腹分も千里が出してあげた。
 
しかし千里がチームに出資していることを知られると他のメンバーが千里に遠慮するかも知れないと千里が言うので、代わりに千里が今度設立する会社フェニックス・トラインがローキューツのスポンサーになるという形にしたのである。みんなにはうちの試合を見て、社長さんがうちのファンになってくれたらしいと説明した。
 

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「千里、困るくらいお金が余っているならユニフォームも作らない?」
と麻依子は言い出した。
「ああ。実はユニフォームの件は今回も注意された」
と浩子。
 
本来ひとつのチームであれば同じデザインのユニフォームを使用しなければならない。ところがこのチームは2007年度組・2008年度組・2009年度組がいるし、同じ2009年組でも4月に加入した麻依子、6月に加入した千里、10月に加入した誠美・来夢、12月に加入した薫と、加入時期がずれ、その度に新しいユニフォームを頼んでいる。毎回同じ所にユニフォームの制作を頼んでいるのだが、どうしても作る度に微妙な色合いが違ってしまい「同じデザイン」とは認めにくい状況になってしまっているのである。
 
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「じゃ4月から背番号も振り直して、新しいユニフォームにしようか」
と千里が言う。
 
「ああ。振り直した方がいいかもね」
と浩子。
「あるいは各自好きな番号を取るというのもいいかも」
と麻依子。
「それもいいなあ」
と浩子。
「抽選をしてその順に希望番号を取っていくというのは?」
と千里。
「あ、それ採用」
と浩子は言った。
 

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それで先日の関東クラブ選手権の打ち上げの場で抽選をした所、1番くじを引いた誠美が伝説的センター、ルー・アルシンダーの33番を取り、次いで引いた国香がマイケル・ジョーダンの23番。以下次のような番号を新しいユニフォームでは使用することになった。
 
4.浩子ひろこ(PG) 7.茜(PF) 11.玉緒(SF) 34.夏美(SF) 10.沙也加(SF) 32.夢香(PF) 23.国香(SF) 14.菜香子(PF) 5.麻依子(C) 8.千里(SG) 33.誠美(C) 17.薫(SF)
 
茜は「宮城リョータの7番だから今のまま変えない」と言って7番のまま。流川楓の11番は玉緒、三井寿の14番は菜香子が取った。浩子は実は3番くじを引いて32を取ろうとしたのだが「キャプテンは4番がいい」と言われて4番にした。麻依子も「副キャプテンは5番」と言われて5を押しつけられたが「いつの間に私、副キャプテンになったの〜?」と言っていた。シャキール・オニールの32番は夢香、アキーム・オラジュワンの34番は夏美が取った。沙也加は「番号変えるの面倒だから今のままで」ということでこれまでと同じ番号である。
 
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千里が8になったのは「千里の千を1000と書いて2進数で読んだら8」というよく分からない理由である。自分で選ぶ前に夢香が勝手に決めてしまった。千里は8なら国体で優勝した時につけた番号だなと思い、結構ゲンが良いかもと思った。
 
千里はN高校で2年のインターハイでも8をつけ、3年のインターハイでは副主将ということで5番、ウィンターカップでは3年生の特別出場で17番をつけている。この17は道大会では薫がつけて本戦で千里がつけた。今回薫はその17を選んだ。彼女にとっては女子高生選手としてその番号を付けてウィンターカップ道予選に出て準優勝した記念すべき番号だ。
 
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娘たち・各々の出発(2)

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