広告:まりあ†ほりっく 第6巻 [DVD]
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■娘たち・各々の出発(9)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-12-03
 
広子が入学式に出るためそろそろ出かけようかなと思っていたら、ドアをノックする音がある。
 
広子はドアホンに向かって「どなたですか?」と聞いた。
 
「私」
という声に広子はドアを開ける。
 
「入学式おめでとう」
と言って陽子が薔薇の花を1輪くれた。
 
「わあ、ありがとう」
 
「もう出かけるでしょ?根の方だけバケツか何かで水に浸けておくといいよ」
と陽子は言う。
 
「うん、そうする」
と言って広子は花を持って風呂場に行く。
 
「車で来てるから大学まで送るよ」
「さんきゅー。でも待って。お化粧しなくちゃ!」
 

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それで広子が身支度するのを待って、陽子の車で一緒に大学まで行く。
 
「わざわざ美幌から出てきてくれたんだ?」
「まあついでに用事も頼まれたけどね」
「なるほどー」
 
「でも陽子ちゃんも大学行けば良かったのに」
と広子が言うと
「私、そんな頭無いしね〜」
と陽子は言う。
 
「今の牧場での生活が気に入っているから、当面このまま行くよ。広子ちゃんは勉強頑張ってね」
「うん」
 

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2010年4月。千里は1日から11日まで東京北区の合宿所で日本代表の合宿に参加していた。合宿開始前の3月31日夜の自主練習でベテラン組対ヤング組の試合をしたら、ヤング組が圧勝してしまったため、ベテラン組の顔色が変わった。そして4月1日朝、田原ヘッドコーチは
 
「当選確実は誰も居ない。落選確実も誰も居ない。Wリーグで活躍していようとWNBAに行っていようと関係無い。実力だけで選ぶ。今から最終メンバーを発表する9月1日まで生存確率50%の熾烈な戦いが始まる」
と言明。
 
常勝ビューティーマジックを長年指揮し、そのあと中位でくすぶっていたレッドインパルスをトップ争いをするチームに鍛え上げた名将の言葉に、24人のメンバーは厳しい顔で練習を開始した。
 
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なお、昨日居なかった月野さんはこの日朝から参加した。また本来は頭数に入っていない王子が3日までは一緒に練習することになったが、田原さんは王子に「君も状況次第では追加招集するから、取り敢えずインターハイでBEST4になりなさい」と言ったが、王子は「優勝しますから招集して下さい」と言い、田原さんは笑顔で頷いていた。高校生で日本代表になるケースはこれまでも何度かあった。2005年には現在フラミンゴーズに所属していて今回も招集されている寺中月稀(東京T高校)が高校3年で日本代表になり、東アジア大会に出場している。
 

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メンバーの中にはU24と兼任の人がいた。その寺中月稀、佐伯伶美、石川美樹、そして花園亜津子の4人で、彼女たちは3月15-25日のオーストラリア遠征を終えて一息ついたと思ったら今度はA代表の合宿というので忙しい。
 
「サンやレオはU20との兼任でしょ?忙しいね」
と亜津子は言っていた。
 
「だからA代表の方は今回はお試しみたいなものかなと思ってたけど、田原さんの言葉にちょっと燃えてるよ」
と千里は亜津子に言う。
 
「取り敢えずシューティングガード枠1つは確保できる気がしない?」
と亜津子は千里に意味ありげに言う。
「私は2枠空けて、あっちゃんと私とで世界選手権に行きたい」
と千里は言う。
 
「よし。頑張ろう。でも1人だけ行けた時も恨みっこ無しね」
と言って亜津子は千里と硬い握手をした。
 
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また、千石一美と月野英美はU24(Univ)の方の代表候補に入れられている。実は月野さんがあやうく卒業しそこなう所だったのは、そちらの活動が忙しすぎたせいで、それ故に大学も考慮してくれたようである。彼女は「何とか卒業証書もらえた!」と言って笑顔で千里たちに見せていた。
 
千石さんは4月からステラトスラダ、月野さんはフラミンゴーズに加入した。卒業はしても、今年まではユニバーシアードに出る資格がある。
 

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3日の夜の練習で王子は代表と一緒の練習を終えて合宿所を後にしたが、王子の実力を肌で感じた代表候補の特にフォワード陣は、かなりの危機感を感じていたようである。
 
「あの子、インターハイを終えた後、絶対正式招集されるよね?」
と月野さんは言っていた。
 
月野さんはパワーフォワードなので、まさに王子と枠を争うことになる。
 
「でも9月1日には最終的なロースター発表だから、アピールの機会は1ヶ月しかない」
「でも逆に、マジでインターハイ優勝したりしたら、ロースター確実じゃない?」
「だからエミちゃんも頑張ろう」
と亜津子は言っていた。
 

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「え?じゃ向こうの実家の所在が分からないんですか?」
と桃川は電話口で美鈴に訊いた。
 
理香子・しずか・織羽の三姉妹を預かっていること、ヤクザからの借金は清算されていることを亜記宏たちに伝えるため、美鈴は実音子の亡くなった兄嫁・有稀子の実家に実音子が連絡を取るケースも考えて、そちらに連絡しておこうとしたのだが、その連絡先が分からないらしいのである。
 

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亜記宏たちの事情は美鈴の方でもつかんでいなかったのだが、亜記宏たちが理香子を置き去りにして姿を消したことから、美鈴は現地に行き、調査をした。
 
その結果、亜記宏の妻・実音子の両親、騨亥介と洲真子の夫婦が経営していた飲食店が倒産し、亜記宏も含めて親族の行方が分からなくなっていることが判明した。手がかりを求めて近所の人たちに尋ねてまわった所、その店の従業員をしていた、加藤という老人を紹介してもらった。加藤さんは強烈な浜言葉を話す人で、一応浜言葉の言語圏に住んでいるものの札幌出身の美鈴にはなかなか聞き取りにくかったのだが、加藤さんの娘さんに「通訳」してもらって何とか聞き出したのは、このような内容であった。
 
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・3年ほど前に「若社長と若奥様の乗った車が事故を起こしておふたりが死亡。相手にも大怪我をさせ、この補償で大将が個人的に大きな借金を抱えた」。若社長の娘・多津美は、お母さんの実家に預けられた。
 
・お店は「婿さんが継ぐことになり、大将の古い知人で稚内でラーメン屋をしている人の所にしばらく修行に行っていた」
 
・1年ほど後、お店でガス爆発が起きて、怪我人は無かったものの、設備が大破して結局店は閉めることになってしまった。
 
・「お店の負債、大将自身の負債が凄まじく、それを苦にして大将が首をつった」。
 
・「ショックで女将さんが惚けてしまい、一時病院に入れられていたが、その後施設に移された」。
 
・「婿さんたちの行方が分からなくなり、従業員も最後数ヶ月の給料と退職金をもらっていない」
 
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加藤さんは、店の関係者の固有名詞を認識しておらず、美鈴は彼の言うことを解釈するのに苦労したのだが、まず下記の家族関係を下敷きにして
 
・騨亥介(大将)と洲真子(女将)の子供が、駆志男(若社長)と実音子。
・駆志男の妻が有稀子(若奥様)でその間の子供が多津美(3歳)
・実音子の夫が亜記宏(婿さん)でその間の子供が理香子・和志・織羽(7,6,5歳)
 
起きた事件はこのようであったと推測された。
 
・駆志男とその妻の有稀子の乗る車が事故を起こして死亡。相手の車の人にも大怪我を負わせ、その補償金の支払いで、騨亥介は大きな借金を負った。
・店は亜記宏が継ぐことになった。
・ガス爆発事故で店は廃業することになった。
・騨亥介が自殺し、一連の事件のショックで洲真子は認知症になり、施設に入れられた。
・亜記宏と実音子の行方が分からない。
 
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加藤さんは美鈴に、未払いの給与・退職金を払ってもらえないかと言ったものの、美鈴はこちらはお店とは無関係であるとして拒否した。感情的には少しくらい払ってあげたい気分ではあったものの、少しでも払った場合、債務を引き継いだとみなされて、巨額な債務を負うことになりかねないと美鈴は判断したのである。
 

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美鈴は桃川の問いかけに対して答えた。
 
「そうなのよ。元々何も交流が無かったから、手がかりが無くて。実音子さんのお母さんの入っている施設に行って事情を話したんだけど、お母さん自身はもう惚けてしまって話せる状態ではないし、住所録か何か持ってませんかと職員さんに聞いたけど、個人情報保護法で直接の肉親以外には見せられないと言われて」
 
「うーん・・・・」
 
「仕方ないから、いったん亜記宏と実音子さんの捜索願いを出すことにしたのよ」
「出したんですか!」
 
「ミラさんの孫を探す、理香子の両親を探すということだから、正当な理由になるしね。それで警察に頼んで、お母さんの所持品を調べてもらって、やっと有稀子さんの実家の住所が書いてあるのを見つけた。それで取り敢えず手紙を出してみたんだけど、宛先不明で戻って来た」
 
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「ということは、転居して郵便局には転居届けを出してないか、あるいは1年以上経ってしまったかですね」
 
「うん。そうだと思う。警察の方ではこれ以上は調べようがないと言われた。それで弁護士さんに依頼して、有稀子さんのお父さん川代竜太さんの住民票を取ってもらったら、住民票は移動していないことが分かった」
 
どうも美鈴もかなりの費用を掛けて調査しているようである。
 
「じゃ住民票はそのままにして、どこかに移動しちゃったんですか?」
「そういうことだと思う。弁護士さんの話では、ひとつはそちらも借金などを抱えていて、逃げ回っているケース。もうひとつは町内の小さな移動だったので、住民票を放置しているケース」
 
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「でも住民票を移動していなかったら、町からの連絡も受け取れませんよね、それに子供の学校はどうしてるんだろう?」
 
「駆志男さんと有稀子さんの娘の多津美ちゃんはまだ3-4歳なんだよ」
 
「ああ。未就学ですか」
「それに今は借金から逃げたり、あるいは夫のDVから逃げたりで、住民票を移動させないまま、引っ越している人が結構居るから、就学年齢に達した場合、各々の現地の学校と話せば、就学させてもらえることも多いらしい。おそらくそういう扱いになるかも。まあこちらの三人も似たようなものだし」
 
「だったらいいですけど。じゃそちらには伝えようもないですね」
「うん。どうにもならないね、これ」
と美鈴は困ったように言った。
 
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東京北区の合宿所。
 
4月5日の夕方、日中の練習が終わって夕食になった時、千里は携帯にメールが着信していることに気づく。赤坂司法書士からで、会社の登記が完了したことの連絡であった。すぐに会社印も登記し、提携している社会保険労務士・税理士に社会保険庁と税務署に行ってもらったことも付記してあった。これで千里の健康保険は国民健康保険から社会保険に切り替わることになる。国民健康保険は毎月5万円以上支払っていたので、これだけでも随分節約になる。健康保険証はこちらに送ってくれるということであった。
 
この日、母に頼んでいた戸籍謄本がこちらに届いていた。それで夜の練習を休ませてもらって、バスケ協会に行き、由里浜さんに渡してこようかと思ったのだが(本人が帰っていても、残っている人に由里浜さんの机の上に置いておいてもらえば事は足りるはずである)、ふとそこに記されている内容を見て、千里は眉をひそめる。
 
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そこには「村山千里・続柄長女」という文字が印刷されていた。
 
ふっとため息をつくと、千里は出羽山のほうを正確に向いて、美鳳さんに話しかける。
 
「ちょっと物事の混乱を大きくするような悪戯はやめてもらえませんか?」
 
美鳳は目をそらしていたものの、頭を掻きながらこちらを見て言った。
 
「女の戸籍になってた方がいろいろ便利じゃない?」
「混乱の元です」
 
「仕方ないなあ。こちらがお母ちゃんが役場でもらったもの」
と言って美鳳は本物の戸籍謄本を千里に渡してくれた。
 
「村山千里・続柄長男」と印刷されている。
 
千里はそれを封筒にしまった。
 
「でもそのちゃんと女になっている戸籍謄本も、使い道あると思うし、それはそれで持ってなよ」
と美鳳さんは言う。
 
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「じゃもらっておきます」
と言って、そちらは合宿用バッグのポケットにしまい、美鳳が今渡してくれた「本物」を持って、千里はバスケ協会に向かった。
 

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千里の健康保険証は合宿所に送ってもらったが、7日到着した。昼休みに受け取ったので、すぐに健康保険証が切り替わったことを事務局に届けておく。
 
「村山千里、平成3年3月3日、性別女。記載事項は変わってませんね」
と両方の健康保険証を見比べて事務の人が言う。
 
「名前は結婚したら変わるかも知れませんが、ふつう生年月日や性別は変わりませんから」
と千里。
「だよねー。生年月日が変わったという人はまだ聞いたことない。最近はたまに性別が変わる人もいるみたいだけどね」
「ああ、最近はよく聞きますね−」
 
と言って笑っておいたが、内心は結構冷や汗を掻いていた。
 

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娘たち・各々の出発(9)

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