[*
前頁][0
目次][#
次頁]
実際試合が始まると、初期段階では試合が一方的になった。こちらは浩子/千里/国香/来夢/麻依子というベストメンバーで出て行ったのだが、実際問題として、勝負になっているのは千里と麻依子だけである。浩子は福石さんに圧倒されているし、国香もまだ病み上がりで完全では無いので、瞬発力の弱さを読まれてマッチングで全敗、来夢は相手から最大危険人物とみなされたようで1番の山岸さんが彼女に付いて何もさせない。千里にも12番の川原さんが付いて厳しいマークをしている。
第1ピリオドは24-12と完璧にダブルスコアになってしまった。
「これどうするよ?」
とインターバルの間に話し合う。
「諦める?」
と麻依子が訊くが
「諦めるのは試合が終わった後で良い」
と国香が名言っぽいことを言う。
「取り敢えず浩子と来夢は消耗しているし、夢香と夏美に出てもらおうか」
「国香も消耗してるでしょ?」
「じゃ、菜香子よろしく」
第2ピリオとで、千里たちは相手のボールマンにダブルチームしてボールを奪うという作戦に出た。ボールを奪った後は麻依子や千里が速攻で点を奪う。するとこれで点数が拮抗し始めたのである。
千里には最初第一ピリオドと同様に川原さんが付いていたものの、千里が本気を出すと楽々と振り切ることができるので、途中で向こうは控えのポイントガード、18番の木ノ瀬さんを入れて、正ポイントガードの福石さんが千里に付いた。さすがに福石さんは上手い。なかなか千里をフリーにしないものの、それでも千里は相手の意識の隙をうまく付いて彼女を振り切り、速攻を重ねた。
とにかくダブルチーム、そして速攻、というので点数を重ね、第2ピリオドは18-17と競った点数で進んだ。前半終わって42-29である。
ハーフタイムを経て第3ピリオドになると浩子・国香・来夢が復帰する。そしてここまでずっと出ていた、福石・山岸の両エースがこのピリオドは休んでいた。
そこでローキューツ側は、このベストメンバー5人でゾーンを作って防御するとともにやはり、ボールマンにダブルチームする作戦を使う。ゾーンを組んでいると、ダブルチームに行って他の選手にボールを回されても残りの3人のゾーンが何とか防御するので、これで失点が物凄く減った。
それで第3ピリオドは16-26とこちらが大きくリードする状態となる。これで一気にここまでの劣勢を取り返し、58-55と3点差になり、勝負の行方は全く分からなくなった。
「疲れてるでしょ?交代する?」
「いや、もう交替できない」
「でも国香無理だよ」
「だったら夏美前半出て」
「うん。頑張る」
体力の無い来夢も交代して、夏美・夢香を使う。
向こうは当然最強メンバーで来るのだが、千里はわざと大きく走り回って福石さんを消耗させる作戦に行く。すると彼女が大きく息をするのが見て取れる。またダブルチームに行く時、必ず夏美か夢香が参加するようにする。すると残りの3人のゾーンはあまり防御力が落ちない。
それで第4ピリオド前半を8-8のタイで乗り切り、ここでタイムを取って選手交代。こちらもベストメンバーが復帰する。向こうは交代しない。この相手には疲れていてもベストメンバーでないと勝負にならないと踏んでいる。
その後お互いに激しい戦いが続く。
残り1分になった所で82-80と点差はわずか2点である。向こうも2人対1人の状況にならないようにボールマンのそばに必ず誰かいるようにしていたが、千里が福石さんが一瞬味方の方に視線をやった瞬間、ボールを奪い、自ら独走してスリーポイントラインの所でジャスト立ち止まり、そこからシュートして3点。とうとう82-83とこの試合で初めてこちらがリードする状況になる。
福石さんが声に出して「くそー!」と言うのが聞こえた。
向こうが攻めて来る。慎重にボールを運んで福石さんが山岸さんにパスして山岸さんがしっかりゴールを決める。84-83と再逆転。残りは32秒。
こちらは敢えてゆっくり攻める。千里がドリブルしていると、福石さんがその前に回り込んで激しいディフェンスをする。そして千里の「死角」から山岸さんが忍び寄り、スティールしようとした。
しかし千里にはそもそも「死角」が存在しないのである。その山岸さんの身体を逆にスクリーンに使わせてもらって福石さんを交わし、そのまま空いたスペースに侵入。しかしすぐ川原さんがフォローに来る。長身の彼女に防御されるとゴールそばからはシュートできないので、麻依子に戻す。麻依子がシュートして84-85とまた逆転。残りは10秒。
相手の攻撃に対してローキューツは最後の力を振り絞ってプレスに行く。しかし相手は何とか6秒でボールをフロントコートに進める。ローキューツは疲れた身体に鞭打って戻ってディフェンスする。防御が物凄くて相手がなかなか撃てない。それでも山岸さんが強引にシュート。
それに対して来夢のブロックが決まる。
ボールが転がる。
千里と麻依子、川原さんと福石さんがボールに飛びつく。
ボールに最初に触れたのは麻依子だったが、福石さんがそれを奪い取った。
彼女がシュートするのと同時にブザー。
ボールは長い滞空時間を経て、ゴールに飛び込んだ。
千里たちが天を仰いだ。
しかしブザービーターを決めた福石さんも目を瞑って天を仰ぐようにしていた。そして千里に声を掛けてきた。
「今日は試合には勝てたけど勝負では負けた。あんた凄いね。合宿頑張ろうね」
「はい。頑張って、私も福石さんもロースター枠をぶんどりましょう」
「うん。そうしよう。あ、私のことはユカでいいから」
「ありがとうございます。私のことも千里、あるいはサンでいいですので」
「OKOK」
(アバウトに)整列する。
「86-85で女形ズの勝ち」
「ありがとうございました」
「くそ〜。勝てなかった」
「くそって下品だよ。女の子なのに」
「じゃ、ちんこ」
「なぜそうなる!?」
「どうせ、ちんこ付いてないし」
「ちんこということばも下品だ」
「だったら陰茎」
「訳が分からなくなって来た」
着替えた後でひたすら寝て3位決定戦に備える。男子の準決勝を経て、女子の3位決定戦と決勝戦が同時進行で行われる。
もうひとつの準決勝は江戸娘が勝った。それで千里たちの3位決定戦の相手は美濃鉄道フェアレイルズである。美濃鉄道に実際に勤務している女性で結成されたチームで、クラブチームとして運用されているものの、会社から多少の支援はされているようだ。半ば実業団ということのようである。
「背が高いなあ」
と夏美が言ったのは、相手センター、23を付ける野町さんである。
「182-3cmあるね」
「あの人は関東実業団一部のレピスにいたよ。オールジャパンでぶつかったことある」
と来夢が言う。
「あんなに背が高いのに、Wリーグに来なかったんですか?」
「シュートは上手いしリバウンドも強いけど、足が遅いのと、マッチングが下手なのが欠点でさ」
「ほほお」
「むしろ32を付けてる宮岸さんが怖い。あの人は2年間だけだけどビューティーマジックに居た」
「じゃ、その宮岸さんは来夢さんにお任せ」
「分かった」
「野町さんは私の担当かな」
と麻依子が言った。
スターターはこのようになった。
RC:PG.浩子/SG.千里/SF.国香/SF.来夢/C.麻依子
FR:PG.弓取/SF.弥生/SF.平良/PF.宮岸/C.野町
ティップオフは野町さんと麻依子でやったが、身長で6cm、手を伸ばした長さでは8cmほど差があるので、さすがに向こうが取り、攻めて来る。こちらはそうなることは想定済みで素早く、各々あらかじめ決めていたマーカーに付く。
浩子−弓取、千里−弥生、国香−平良、来夢−宮岸、麻依子−野町
という組み合わせである。
ボールを運んで来た弓取さんが野町さんにパス。その野町さんが中に侵入してくるが、麻依子が鮮やかに彼女からボールを奪う。その時は千里はもう走り出している。そこに麻依子から勢いよくパスが来る。千里はそれをもうセンターラインを越えた所でキャッチ。数歩ドリブルで進んでからスリーポイントラインの所からシュート。相手はまだ誰1人戻って来ていなかった。
0-3.
試合はローキューツが先行して始まった。
野町さんに付いている麻依子が、ただならぬ相手だと見たフェアレイルズ側はむしろ宮岸さんを使った攻撃に切り替えてきた。この人は来夢が「怖い」と言っただけあり、来夢をかなり抜いた。その彼女が途中で「あっ」という感じの表情をした。どうも向こうも来夢のことを思い出したようであった。他のメンバーに何か囁いていて、それで他のメンバーも来夢を見ていた。
ローキューツの攻撃に対しては、相手は特に誰が誰を相手するというのは決めていなかったようだが、長身の麻依子に対してはやはり野町さん、そして来夢の相手は宮岸さんになり、他の3人は適当に近くに居た人がマークする形になった。
しかしここまでの様子で、どうも向こうはこちらの準決勝の試合などはチェックしてないなというのが想像つく。
第1ピリオドでは結局向こうは宮岸さんを軸にした攻撃で16点、こちらは千里と国香が得点の中心になって15点を挙げて、接戦となった。
来夢が連続稼働できないので、第2ピリオドでは、浩子と来夢を休ませ、夏美がポイントガード役、そして夢香が来夢の位置に入るが、国香が宮岸さんの相手をする。むろん国香の技量ではとても宮岸さんを停めきれないのだが、それでもかなり攻撃の邪魔をすることができた。
このピリオドでは疲れてきた麻依子を抜いて野町さんも得点を重ね、20-14と結構な点差が付いた。前半を終えて36-29と7点差である。
ハーフタイムを経て第3ピリオドでは麻依子・国香を休ませ、菜香子に野町さんの相手をさせ、来夢が再び宮岸さんの相手をする。こちらのラインナップは
浩子/千里/夏美/来夢/菜香子
である。千里はずっと出ているが、この試合では千里は最初から40分間出続けるつもりでいた。
菜香子は結構野町さんといい勝負をしていたのだが、それでもやはり向こうが優勢である。第3ピリオドの半分まで行った所で点差が10点を超えたので、ここで向こうは野町さんと宮岸さんをいったん下げた。
こちらは第2ピリオドもずっと出ていた夏美を下げて沙也加を使う。沙也加は相手のスターター平良さんとマッチアップしたのだが、恐らく相性の問題もあったのだろうが、沙也加がこの彼女をうまく封じてくれた。すると平良さんは相手チームで攻撃にバリエーションを付ける役割をしていたため、相手の攻撃が単純になりがちになる。
それで結果的にはパワーバランスがローキューツ側に来て、このピリオド後半では相手の点数を低めに抑えている間に、千里と来夢の高度なコンビネーションプレイがどんどん決まる。ほんの2分ほどの間に一気に8点挽回、慌てて向こうは宮岸・野町を戻すも、勢いに乗るローキューツはこのあと相手といい勝負をして、結局第3ピリオドを終えて点数は59-56となった。
これで勝負の行方は全く分からなくなった。
「千里ずっと出続けてるよね。短時間でも誰かと代わる?」
「私はこのまま延長3回くらいまで出っぱなしでもいいよ」
「来夢さん、少し休みます?」
「私はこのピリオドがこのチームでの最後だから、全部出させて」
「浩子、少し休む?」
「いや、ここは一気に勝負を掛けたいから、頑張る」
それで気合いを入れて出て行く。向こうも円陣を作って「頑張るぞ!」と大きな声を掛けていた。
このピリオドでは国香が司令塔役を務め、浩子はスモールフォワード的な位置でプレイした。国香は第3ピリオドを休んで体力が充分にあるので、よく動き回り、いちばん良い位置にいる選手にボールを供給する。
千里が相手選手との間に少しでも空間を作っていると、即ボールを送り、千里はすぐにシュートを撃つ。
来夢もこれが最後ということで必死になってプレイしている。麻依子も第3ピリオドを休んだお陰で体力が回復している。
これで第4ピリオド前半からローキューツの猛攻という感じになった。得点は一気に65-72まで行く。
そこから相手も必死になって反撃するも、宮岸さんにさすがに疲れが出てきてスピードが落ちているので、来夢が彼女をほとんど通さなくなる。それで後半になってもローキューツの勢いはほとんど落ちず、結局最後は71-87と大差をつけて、ローキューツが勝利を手にした。