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千里Rは、3月上旬
「不動産屋さんのCM撮るよ」
と言われて、金狐と金色狐を持って出ていった。太田さんも乗せて、きーちゃんの車で神戸市郊外の住宅展示場に向かう。
「へー。3階建てですか」
「うん。一般に2階建てまでは軽量鉄骨で、3階建て以上は重量鉄骨で作る」
「へー」
それで“金狐”で千里が『ペールギュント』の『朝』を吹くと、太田さんが
「吹けるようになったのか」
と驚いていた。
「最初は音が出ませんでしたけど、龍笛吹くみたいな感じで吹いたら吹けました」
と千里は言う。
「ほほお」
「銀のフルートだと篠笛吹くのと同じ感じでも音が出るんですが、金のフルートは龍笛吹く感覚が必要です」
「篠笛・龍笛というのは僕はよく分からないけど、金やプラチナのフルートを吹くには強い息の力が必要なんだよ」
それでこの家のお庭、1階リビング、2階の子供部屋、3階の寝室でこの金のフルートを吹いた。曲は『ペールギュント』の『朝』のほか、『屋根の上のフィドル弾き』から『Sunrise Sunset』も吹いた。
「金のフルートって凄い迫力ですね」
と藤沢さんが言っていた。
2時間ほど撮影してからスタジオに移動して録音をする。太田さんは言った。
「金メッキでは無く、撮影に使ったのと同じ金のフルートで録音しよう」
「そうなんですか」
実際金のフルートと金メッキフルートの音を聴き比べて藤沢さんも
「迫力が違います。金のフルートにしましょう」
と言い、千里は録音も金のフルートで行なったのである。ピアノ伴奏してくれた小泉さんも
「凄い迫力ですね」
と言っていた。
結果的に千里はこの後も“金色狐”の方は、せっかく作ってもらったのに、あまり吹く機会が無かった。
CMの方は小泉さんが
「朝の歌なら『In the morning』とかもありますね」
と言ったので、ビージーズの『In the morning』も録音した。ついでに追加撮影もした!
「仕事増やしてごめんなさい」
と小泉さんが言っていた。千里は「誰も岸田智史の『きみの朝』とか思いつきませんように」
などと思っていた。
3月8-13日、旭川の“東の千里”は京都・奈良・東京に修学旅行に行った。この中で千里はいくつかの体験をした。
・嵯峨野で不思議な女性と出会い、笛を交換した。この笛は千里以外の誰も吹けなかった。
留萌市は同市内三泊地区に建設していた小型の風力発電所が試験発電に成功したと発表した。この電力は三泊地区に建設予定の養殖場のほか、高圧線(6600V)で運んで市民病院、留萌ケーブルテレビなどに非常用電力として供給すると共に、三泊地区の一般家庭にも供給するとして、留萌市自然電力会社(略称:市電)を設立、加入者を募集するとした。電力の供給は北海道電力と同じ100V,50Hz で(だから電化製品はそのまま使える)、料金は北電より2割程度安い。
津気子は言った。
「2割も安くなるなら、そちらに切り替えようかな」
それで津気子は郵便受けに入っていた葉書に丸を付けて投函した。
常弥は千里の携帯に電話して尋ねた。
「どう思う?」
千里は易卦を立てた
「水雷屯(ちゅん)です」
「分かった。ありがとう」
ということで常弥は神社の電力を切り替えるのは保留したのである。千里は週末にP神社に行くと、白石たちを動員して宴会場と社務所の屋根(うまい具合にどちらも南面している)に太陽光パネルを30枚並べた。これで神社全体(結婚式場を含む)で通常使う程度の電力は充分カバーできる。
「太陽の電気は美味しいなぁ」
と大神様は言っておられた。
「電気に味があるんですか」
「うん。水力の電気はわりと美味しい。火力はあまり美味しくない。天然ガスはまだマシだが、石炭はひどい。私は食べたことがないが、原子力はかなり不味いらしい」
「へー」
神様って電動なの??
風力発電所はここまで“留萌漁協三泊支部桜組”から土地を借りて運用していたのだが、本格営業開始にあたって土地を買い取りたいという連絡があったので、売り渡すことにした。それで桜組がもらった土地代金は100万円である。この部分を買った時は300万だったのに。規定の計算方式で計算したものらしいが、市ってケチだなと思った。
留萌漁協三泊支部“桜組”のメンバーは3月中旬、陸上養殖場の造成作業を行った。
千里は雪に慣れている“北海道組”のメンツを動員して、養殖場予定地の雪掻きをさせた。彼らは腕力があるので、根雪なども平気で崩してしまう。千里は「硬い所はガスバーナーとか使って」と言っておいたのだが、必要無かったようである。
「すごい。きれいに雪掻きされてる」
と桜組のメンバーが驚いていたが、彼らはそこに重機を持ち込み、自分達で水槽用の穴を掘った。田舎はこういう機器の扱いに慣れている子がわりと多い。そのあと、プラスチックの板を組み立てて水槽を作った。安くあげるのなら掘った穴の壁や底にセメントを塗って水槽化したいところだが、北海道ではセメントが凍ってしまうので無理である。凍らない季節まで待とうとしたら7月になってしまう。北海道では6月でも雪が降る。またスタッフの安全性のため、ヒグマが寝ている内に仕上げたかったのでこの時期になった。それでプラスチックの板を熔接で組み立てて水槽とすることにした。組み立てる時、接着剤を使うのは強度の問題と魚への影響が懸念されるので、熔接とした。板と板の間に繋ぎのプラスチックを入れて両方融かしてくつつける。
養殖場は斜面に造成し、その構造はこのようになっている。
貯水槽−メイン調温槽−サブ調温槽−飼育槽−第1排水槽−第2排水槽−
これはこの順序で高い所から低いところへ並ぶ。水は基本的に重力で流れていく省エネ設計である。サブ調温槽と飼育槽はセットだが、結局8分割した。5号以下の名前は、のびた・どら・しずか・たけしである(1−4号は、みつお・ブービー・すみれ・法然)。
まず海水をポンプでいちばん高いところにある貯水槽に汲み上げる。メイン調温槽で水温をあらかた調整してサブ調温槽に流す。ここで最終的に温度を調整した上で飼育槽に流す。
温度調整は低すぎる場合はヒーターで温め、高すぎる場合は冷水槽からの水で冷やす。基本的には温度調整は自動である。
排水槽に出て来た水は、パイプで1km沖合まで運んで排水する。これは湾内の漁業に影響が出ないようにするためである。これは特に湾内でホタテ稚貝の養殖をしている人たちから要請されたものである。
温度の調整は昨年1年間、湾内の水温をずっと記録していたので、それを基準に、設定する季節に合わせて調整する。桜鱒にリアルの季節の水温変化と同じものを擬似的に体験させるのである。
(最終的には敷地を拡張して飼育層は12分割した。そして、1ヶ月ずつ内部の時間をずらすことにした。屋根・壁も付けて人工照明で昼と夜の変化も付けた。これらの制御はコンピューターでおこなうことにした:なかなか意図通りに動かず、担当の杉田君は苦労していた。6月頃まで人手でリカバーしていた。田崎君の提言で、水温や照明をマニュアルでも変更できるように作っておいたので何とかなった)
(9.Q 10.キテレツ 11.モジャ 12.マミ)
排水槽が2つに別れているのは魚の死体や餌の食べ残し・大型ゴミ等を回収しやすいようにするためである。(作業効率の問題で最終的には6分割した)
その日、玲羅は遅くまでrの家で、コタツでテレビを見ながらゲーム機をしながら漫画を読みつつ、ジンギスカンを食べていた。ところが21時半頃、母から携帯に電話があり叱られる。
「あんたこんな遅くまで人様の家に居たらご迷惑でしょ。いい加減帰ってきなさい」
玲羅としては家に帰ると母と父がいつもケンカしているのであまり帰りたくないのだが、叱られたらやむを得ない。rに
「帰るね」
と言い、おにぎり5個とポテチにチョコパイをバッグに放り込み、rの家を出る。ガード役の霊山を呼ぶのにホイッスルを吹くと、別の子が来た。
「こんばんは。ぼく山鏡です。霊山君の代わりに来ました。玲羅さんをガードします」
「ほんと?よろしく」
この子は岡山の白川漁業に出張中の山錦の弟である。
玲羅は夕方以降は表道を通れとは言われていたものの「こんな遅い時間はきっと熊さんも寝てるよ」と思い、自宅方面に行くショートカットの細い坂道を登った。
ところが半分くらいまで登った時、10mくらい先に、何か大きい“もの”が居るのを見た。
いやーん、何あれ?猫にしては大きいし。そうだ。パンダかも。うん。きっとパンダよ。
玲羅ちゃん、北海道に野生のパンダは居ないよ。
パンダはおとなしい動物だから平気よね(*2)、などと思いながらそちらへ歩いて行く、するとその大きな“もの”は立ち上がった。玲羅が悲鳴をあげる。ヒグマがこちらに来る。山鏡は玲羅の前に立つと、飛びかかってきたヒグマを掴んでポーンと放り投げた。
(*2) 中国ではパンダの檻に入ってレポートしていた女性レポーターが足を噛まれて大怪我する事故が起きている。やはりパンダは熊である。甘く見たら危険。
玲羅の悲鳴を聞いて千里姉(r)が駆けつけて来た。(実際はテレポートしてきた)
「どうしたの?」
「ヒグマが」
「だからこの道通るなと言ったのに」
「ごめんなさい」
「あれ、山鏡君だ」
「ヒグマは僕が放り投げました」
「ありがとう。どこに?」
「海のほうに投げたから海に落ちたかも」
「海なら問題無いね」
そのあと千里姉は自宅前まで玲羅を送って行ってくれた。
海岸を見回りしていた青年団のメンバーたちは海から何かが出て来たので懐中電灯を向けた。するとヒグマなのでギョッとする。ヒグマが道路によじ登り、道路を横切って山の方に行ったのを見送る。その時、また何かが海から出て来た。再度懐中電灯を向けると今度は人間である。
「どうしたの?」
「釣り船に乗ってたんですが転落して」
「ありゃ」
「海の中でもがいてたら誰か助けに来てくれたみたいで」
「ほお」
「その人に捉まって何とか岸まで来ました。お礼をしたかったけど、どこか行ってしまわれたみたい」
青年団のメンバーは顔を見合わせた。
「それほんとに人でした?」
「え?なんか毛深い人だなあとは思いましたが凄く力強い人でしたよ。お陰で助かりました」
それで翌日の留萌新聞にはこんな記事が掲載されたのである。
『ヒグマが人命救助!?』
その羆は冬ごもりしていたが、暖かい気がして、そろそろ春かなぁと思って洞穴から出てみた、少しお腹が空いたなあと思いながら歩いていると美味しそうな匂いがする。そちらに行ってみると、道の向こうからいかにも美味しそうな人間の女の子が歩いてきた。今日の御飯は決まり!と思って女の子がこちらに歩いてくるのを待つ。やがて女の子は立ち止まって悲鳴をあげた。仕方無いのでこちらからその子に寄っていく。すると突然何かよく分からないものに掴まれ、遠くに放り投げられた。
海に落ちる。
冷たい!
しかし溺れたらたまらないので必死に泳ぐ。
泳いでいる内に何かが足を掴み、海の中に引きずり込もうとしたが、引きずり込まれてなるものかと、頑張って泳いだ。やがて何とか岸に泳ぎ着いた。人間が居て光を当てられたが疲れているので放置して道路から山に逃げ込んだ。彼の意識はそこで途絶えた。
(この羆が玲羅の匂いを覚えた可能性が高い(羆はしつこい動物で一度襲った物は再度襲う習性がある)ので千里は眷属たちに命じて付近に居る羆を全て処分するように言った。玲羅を守るためには仕方無かった。この羆は襲った相手が悪かったとしか言いようが無い。巻き添えをくった奴もいたかも知れないがそれもやむを得ない。またそもそも眷属たちは羆狩りが大好きである。ただ千里は山鏡に次からは確実に仕留めろと注意した)