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留萌P神社で秋祭りの後、神様会議に行っておられた大神様がお戻りになってから、千里は大神様に尋ねた。
「和弥さんが初日羽衣みたいな服を着ていたようですが、あれは何ですか」
「明治時代までの秋祭りの宮司衣裳だよ。私も久しぶりに見て懐かしかった。きっとどこかに保管されていたのがたまたま落ちてきたんだろうな」
「偶然落ちてきたんですか」
「そんなこともあるさ」
「あれどうするんですか」
「和弥は結構似合ってたし、来年からあれを着てもいいと思うぞ」
「マジですか」
「あるいは末尾巫女に着せるか?豊受姫の象徴の旗も持つし」
「ああ。巫女が着たほうが平和です」
ということで羽衣は来年からは末尾巫女が着ることになった。
ロビンも姫路に帰った後で、グレースは大神様に尋ねた。
「祭りの期間中、和弥さんが女性になっていたようですが、あれはなぜですか」
「ああ。結婚前に睾丸を本人の遺伝子を持つ睾丸に変えてあげようと思ってな」
「どういう意味ですか」
「お前は覚えてるだろ?6年前の事故の時、和弥の睾丸が失われたから、和弥には父ちゃんの民弥の睾丸を入れておいた」
「ああ。ドミノ移植ですね」
「しかし神様の力で性転換を掛けた場合、男を女に変える場合は新しい卵巣や子宮、女を男に変える場合は新しい睾丸や陰茎が完全に作られる。その時は本人の遺伝子情報が使われるから。本人の遺伝子を持つ卵巣なり睾丸になる。だから和弥を女から男に変えると、和弥は自分の遺伝子を持つ睾丸を獲得できる」
「ああ、そういうことか」
「しかし女から男に変えるためには、予め女に変えておかなければならないから、いったん女にした」
「それで分かりました」
「6年前の事故の時はこういう面倒な操作をする時間が無かったんだよ。それに性転換は本人の体力もかなり使うから、事故で大怪我をしている状態ではとてもできなかった」
「なるほどー」
「ロビンとグレースも2度性転換されてるから自分の遺伝子の卵巣を持ってるよ」
「母の卵巣は?」
「それもある。だからお前たちの身体には2系統の女性器があるのさ」
「へー」
この時はさすがのグレースにも、それが何を引き起こすか、分かっていなかった。
千里は本格的な冬が来る前に、柳里君・佐々木君など、桜鱒プロジェクトの中核メンバーをC町の奥にある旧早川ラボに連れて行き“フェンス”を見せた。
「なるほど。ソフトフェンスの内側に金属フェンスがあるのか」
「そして金属フェンスには高圧電流を流してる。金属フェンスだけだと、バックパッカーとかがやられる危険があるから外側にソフトフェンスがある。タヌキとか猿もこれでお帰りになる。これを破るのはヒグマかエゾシカくらい」
「うまいね」
「だいたい毎月ヒグマやエゾシカが1〜2頭死んでる。お肉は峠の丼屋さん行き」
「それで熊カレーができるのか」
「陸上養殖場にもこれと同じ構造のフェンスを作ろう」
「かかった熊や鹿は私が1頭10万円で引き取るよ。毛皮とか骨とかも売却ルートを持ってるから」
「養殖プロジェクトのメイン収入になったりして」
「そして“しぐまプロジェクト”と改名したりして」
「あと死にきれてなかったら、とどめをさしてあげるのが親切」
「猟友会の人に相談してみよう」
ロビンは11月の中旬。札幌近郊にある老人の家を訪れていた。
「ある人からこれを見せるといいと言われました」
と言って愛用の龍笛(TS No.210)を見せた。
「おお、これは兄貴が作った龍笛じゃ無いか」
ということでこの人は龍笛制作者・梁瀬龍五の弟で、梁瀬天六という。
「兄貴は自分の気に入った客にしか笛を売らなかった。その笛を持っているということはあんたは兄貴が気に入った人と言うことだ」
「まあ私は直接買ったのでは無く買った人から頂いたのですが」
「いや、兄貴はちやんと買いにきた人の向こうに最終的に吹く人が見えていた」
と天六さんは言う。
「私の所まで来るのにかなりリレーされてますが」
実際にはこの笛は梁瀬龍五が亡くなった後、息子が“ゴミ”を処分しようと清掃業者に頼んだものをA大神が丸ごと買い取り、その中で完成していた作品を千里に渡したものである。息子は無価値な民芸品と思い、業者に10万円“払って”引き取ってもらったが、業者はこれは楽器として売れるかもと思い、誰かに鑑定させようと思っていた。そこにA大神のしもべの人間が行き“古笛保存協会”などというもっともらしい名刺を渡して、3000万円での買い取りを提案したので業者は売り渡した。業者さんにはまた似たようなのがあったら買い取ると言っておいたので、その後梁瀬作品ほどの名品は無かったものの、別の作家の尺八や篠笛の作品群を500万円と600万円で買い取っている。こちらは適当な笛制作者に調整してもらって楽器店に売却して1700万円の売上になっている。大神は差額の半分を調整してくれた人に渡した。
「まあいいよ。とにかく兄貴の笛を持っている人なら話を聞くよ」
と梁瀬天六は言う。
「実は絵を描いてほしいんです」
「何の絵?」
「俗なもので申し訳ないですが、神社の結婚式場に置く金屏風の絵なんです。絵の内容はお任せします」
「屏風に描くの?」
「原画を描いていただけたら、屏風作りの職人さんが転写します」
「いや直接屏風に描きたい」
「ではそれでお願いします」
それで千里は業者さんに無地の金屏風を作ってもらい、梁瀬さんの所に持ち込んだ。天六はこの屏風に直接筆で鳳凰のつがい(鳳が雄・凰が雌)の絵を描いてくれた。
「ありがとうございます。可愛い鳳と凰ですね」
「結婚式場ならつがいがいいだろうし」
と天六さんは言っていた。
千里はこの屏風に防水加工をさせた上で12月下旬にP神社に持ち込んだ。
「この絵は印刷や転写ではなくて直描きではないか」
と常弥が驚いていた。
「だからこの絵は1枚だけですね」
天六さんは自分の絵が何枚もコピーされる可能性を排除したかったから直描きを選択したのかもと千里は思った。
「知り合いの趣味の絵描きさんに描いてもらいました」
「へー。でもこの絵はプロ級だよ」
梁瀬天六は画家の団体などにも入ってないし、各種人名録にも掲載されていない。知る人ぞ知る作家である。実際には彼の作品は数百万円で取引されている。彼を見込んで絵を描いてほいという依頼は時々あるが、何百万積まれても描いてくれないという。千里はA大神から龍笛を見せなさいと指示された。千里は彼に謝礼として300万円渡したが、梁瀬さんは「生活費にもらっておく」と言って100万だけ取り200万は千里に返した。代わりに笛の演奏を所望されたので千里が“赫夜(かぐや)”で15分ほどの曲を吹くと
「やはりあんたは兄貴に選ばれた人だ」
と言って感動していた。
2006年11月、和弥は毎週伊勢と姫路をコリンの車で往復したのだが、伊勢で車を駐めておく場所として千里は伊勢市内に月極駐車場を借りようと思った。しかし和弥は、
「送迎してもらうのだけでも助かるのに、そういう余計な経済的負担まで掛けては申し訳無い」
と言って、駐車場付きアパートを借りて、そこに引っ越した。そして伊勢と姫路の往復用ウィングロードはそこに駐めておくようにした。また車の合鍵を貸してもらい、車は姫路に置いている間に花絵が満タンにしておくようにした。
花絵が車を給油に持ち出すのは原則土曜日の夕方とした。実は氏子さんの間で
「青いウィングロードが駐まっている時は男神主さんが居る」
という情報が広まっていたので、昼間持ち出すのを避けることにしたのである。
やはり車祓いなどの祈祷の依頼は和弥がいる時の方が多いようであった、それで和弥は12月以降も月2回程度姫路に来ることになる。
まゆりは姫祭りの時の報酬として10万円、11月の給与として30万円を和弥に払い、和弥はもらったお金を全部姉に渡した、しかし指輪代の完済にはまだまだ遠い。