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お正月に千里Rが留萌に行っている時、玲羅が千里に相談した。
「お父ちゃんがNHK学園の授業をテレビで見てるでしょ。それで電気が止まっててテレビが見られないと凄く機嫌が悪いのよ」
「ああ」
千里は津気子と話し合い、電気代の引き落としを千里管理の口座に戻すことにした。電気や水道がしょっちゅう止められるので、2005年秋にこれらの料金の引落しは、津気子名義ではあるが千里が管理している口座からの引き落としに変更していた。しかし2006年春、津気子はお前も高校進学でたいへんだよね、と言って、自分が管理している口座に戻していた。それを再度千里管理の口座に移動させることにした。
「私は神社のバイトで毎月お給料もらってるから何とかなるから」
「すまないね」
玲羅は
「これで今年はエアコンが使える。凍死しなくて済む」
と言っていた。
もっとも玲羅自身は秋以降は20時に神社を出た後は21時過ぎまでrの家でテレビを見て御飯も食べていたりする、rの家は電気料金はちゃんと毎月千里の口座から引き落とされているので安心であるし、御飯も確実に食べられる(自宅では御飯があるかどうか怪しい。お腹空いたらカップ麺食べてとか言われる)。更にここはソーラーで大半の電気を自給している。
「うちにもソーラー入れられない?」
と千里は玲羅に訊かれたことがあるが
「屋根の構造の問題で難しい」
と答えておいた。
rの家は屋根が寄棟作り(四方向屋根)で屋根に南面する部分があるので、そこにソーラーパネルを載せている。しかし村山家は切妻(2方向屋根)で西面と東面だけなので、そこにソーラーを載せても効率が良くないのである。
(朝か夕しか発電できない上に太陽高度が低くて作れる電気が小さい)
それでも青龍に相談してみたら、彼は勝手口(南側にある)そばに武矢が日曜大工で建てていた物置の上にソーラーパネルを2枚載せてくれた。
「お母ちゃん、この青いコンセントは北電じゃなくてソーラーだからテレビはここから取って」
と千里は母に言った。
それで武矢は安心してNHK講座も『必殺』も見られるようになったのである。
ところが、津気子はこのコンセントに炊飯器、更にはホットカーペットまでつないでしまった。
ソーラーの電気は昼間は発電しているが、夜間はバッテリー頼りである。それがホットカーペットで使い切ってしまう。かくして炊飯器を使う朝にはもう電気が無くなっているという事態が起きる。
玲羅は朝はパンでもいいのだが、朝食に御飯が食べられないと武矢の機嫌が悪い。相談されたrは
「ホットカーペットなんて無茶」
と言って、玲羅にその電源は外させたものの、今度は炊飯器がスタートはしたものの、炊飯中に電気が無くなり炊飯が失敗するという事故が起きるようになる。rは再度玲羅に言い、
「とにかくお父ちゃんの機嫌が悪くならないようにしようよ」
と言ってもらった。それで母も
「夜中もお日様出てればいいのに」
などと無茶な事を言いながらも、炊飯器は北電のコンセントから取るようにした。こうして無料で炊飯しようという母の野望はついえたのである。
(母はホットカーペットのみをソーラーから取るというのも試みたが、武矢は朝のニュースが見られずご機嫌が悪かったので1日で諦めた)
2月初旬。
千里は太田フルート工房から
「金のフルートできたよ」
と連絡を受けたので取り敢えず行ってみた。黄金のフルートは思っていた以上に立派なものだった。
「こんな凄い物を800万円では申し訳無いです。あと400万払います」
と言って、千里は結局このフルートに1200万円払ったのである。
しかし吹いてみると・・・
「吹けない」
「あはは。金とかプラチナのフルートは早い人でも吹けるようになるのに1ヶ月はかかるよ」
「頑張ります」
それで千里はこのフルートで取り敢えず音が出るように練習を始めたのであった。
このフルートは狐のレリーフがあるので、金のほうを“金狐 Golden fox”、金メッキの方は“金色狐Gold color fox”と呼ぶ。
なお、一般に銀のフルートはスターリングシルバー(Ag925)の純銀メッキ(銀の銀メッキ)だが、“金狐”は23.6Kの純金メッキである(金の金メッキ)。
2月中旬、千里に西川さんという人から連絡があった。
「こんにちは。私先日北海道の旭岳でお会いした西川と申しますが」
「ああ。お世話になります」
「村山さん、姫路に住んでおられるそうですね。うちのCMに出てもらえませんか」
千里も名前を聞いただけで分かった。商店街にある“西川”というお店である。一応“西川デパート”と自称しているが、実際にはデパートというほど大きなお店では無い。1階は主として若い女性向けの服、2階には文房具売場・サンリオショップ、手芸用品店とCDショップがあり、3階はレストランである。1970年代頃、多くのレストランが注文して料理が来るまで1時間くらい待たされていた時代に、予め半分くらい調理して冷蔵・冷凍しておき注文を受けたらレンチンすることで10-15分程度で料理を提供するという、今のファミレスのような方式を採用して、短時間で食べられるレストランだというので人気になった。現在でもこの“西川レストラン”がコア店舗の働きをしている。
詳細は、きーちゃんに交渉してもらった。CMの内容は、千里が西川の店員さんの制服を着て、玄関のところで「いらっしゃいませ」と言ってお客さんを迎え入れるところ、エレベーターガールをしているところ、そして高校生の制服風の衣裳でレストランで食事をしているところを撮影する。
それと合わせてテーマ曲を歌ってもらえないかと言われた。
「伴奏は?」
「弾き語りとかできませんよね」
「それ弾き語りするより伴奏は伴奏だけで録って、それを聴きながら歌った方が良い」
「じゃそれでお願いします」
それで千里はスタジオでエレクトーンでこの歌の伴奏を弾き、その録音をした。そして続けてその伴奏に合わせて歌った。
「エレクトーンも歌も上手いね!」
と西川さんは感心していた。歌は単純なもので
「洋服、文具、お食事に、私もあなたもみんなも行こう。明るいデパート、西川デパート♪」
などといったものである。ローカルなお店のテーマ曲は変に格好いいけど何の曲か分からないのより、こういう安直なのがいいよなと千里も思った。
もっともこの歌には楽譜が存在せず、社長の奧さんが10年前(30年前だったりして)歌ったというテープを聴き、そこから千里が楽譜を書いて、それで演奏した。社長は
「オタマジャクシが書けるって凄いですね」
と感心していた。
撮影モデル・歌・伴奏(+採譜・編曲)と3〜4人分仕事したような気もしたが、ギャラは60万だった。まあローカルなお店だから仕方無いだろう。報酬はきーちゃんと山分けにした。
3月1日、全国の多くの高校で卒業式が行われた。H大姫路でも、剣道部の横山元部長や、双葉の姉の島根芽依などが卒業した。横山さんは県内の一般企業に就職するが、島根芽依は大阪体育大学への進学が決まっている。そこで体育の先生の免許を取ると言っている。
(現在の部長は2年の武原さん)
「ふーん。大阪体育大学。そういう大学もあるのか。双葉は志望校決めてる?」
「そこも候補のひとつに考えてる。近畿大学もいいなと思ってる」
「へー。それどこにあるの?」
近畿大学というと、鮪の養殖に成功した所というのしか千里は知らない。
「東大阪市。大阪体育大学は熊取町(くまとりちょう)」
「うーん。地理が分からない」
「熊取町は泉佐野市の近くだよ」
「ごめん。泉佐野市が分からない」
「関空の近く」
「へー。かなり南だね」
「あるいは京都の同志社もいいなと思うけど私では頭が足りない」
「それは難儀だね」
「千里の成績なら同志社も行けると思う」
「いや、千里には同志社は厳しい」
「やはりかなりレベル高いの?」
「レベルの問題では無く、同志社はキリスト教の大学だから」
「キリスト様かぁ!」
「千里は神道だからね」
「関係無いと思うなあ。ミッションに通ってる仏教徒なんてごまんと居るし」
「確かに」
そういえば高校進学の時、ミッションの旭川L女子高も候補だったよな、と千里は思った。
なお、清香は大学は無理っぽいが、警察OBの越智さんから警察に勧誘されている。本人もわりと乗り気である。
(越智さんは千里たちが朝練に出ている立花K神社境内を会場とする立花剣道錬成会の師範である)
「私、聖書少しは分かるよ。『初めに賢きものござる』」
「何それ?」
「ああ。ヨハネの福音書だね」
「凄い訳(やく)」
「"In the Beginning was the Logos"だね。現代では『はじめに言葉ありき』とか訳すけど、案外昔の訳が名訳だったかも。logos自体難解な単語。これだけで論文1本書ける」
「しかし千里が般若心経読んでるの聴いたことあるけど祝詞(のりと)にしか聞こえなかった。お経を読んでも祝詞にしてしまう人だから、きっと聖書も祝詞になる」
「かけまくも賢き、天にまします神、イエス・キリスト、神聖なる聖霊の前にてかしこみかしこみ申さくって感じか」
「それ取り敢えず三位一体を正しく把握してるだけでも偉い」
「ああ。父なる神と母なるマリア様と幼子・イエス様と思ってる日本人多いよね」
「いやそれキリスト教徒にも居そうな気がする」
「マリア様、人気高いからね」
「古代の大地母神とかの女神信仰がマリア信仰に偽装して生き残ったのもあるしね」
「ヨーロッパに多いノートルダム教会、英訳すればour lady とか凄く意味深」
「あれは実はアフロディーテ神殿だという意見の人も居るね」
「インドならカーリー神殿、日本ならお稲荷さんだな」
「その説には賛同しかねる」
「うん。反対意見多いと思う」