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■女子高校生・冬の宴(7)

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翌日12月23日(土・祝・友引・ひらく)、立花K神社付属結婚式場の和室で、翻田和弥と平田真弓理の結納式が行われた。和弥は紋付き袴、まゆりは振袖を着た。和弥の方は両親が出ているが、まゆりは父も祖父も亡いので、母・祖母と、親族代表で越智総次夫妻が出てくれた。花嫁の父の口上なども越智さんが代理で述べてくれた。
 
(結納の品物はだいたい語呂合わせで決められている:熨斗(鶴)・寿栄廣(亀)・御帯(結納金)(松)・家内喜多留(御酒料)(竹)・松魚(御肴料)(梅):最近はレンタルですませるケースも多い。結納式の双方の口上は定められた物があり、その通り述べる必要がある。なお結納式は結婚式とは異なり、基本的には家と家とのやり取りである。だから主役は双方の親!)
 
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結納金は民弥が150万円用意した。また婚約指輪が先々週できあがり、花絵が代理で受け取ってきていたので、それをこの場で和弥がまゆりに填めてあげ、お返しにまゆりは和弥に旅行バッグを贈った。飛行機の機内に持ち込めるサイズで、サイドの収納にはA4サイズのパソコンが収まるすぐれものである。“ジェット禰宜”の和弥にはとても実用的な贈り物だ。
 
なお結婚式は来年7月1日(日・みつ)に留萌で挙げることを決めたことが和弥・まゆりから伝達され、了承された。中旬になると夏祭りとぶつかってしまうので、その前に式を挙げようということになった。実を言うとふたりは結婚式を留萌で挙げることを決めたので、結納式は姫路ですることにしたのである。また祝賀会は留萌でした後、姫路でもすることにした。“披露宴”ではなく“祝賀会”の方式とするので、経済的な負担も比較的小さい。
 
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なお、結納式の定められた手順が完了したあとは料理が運び込まれ、ささやかな宴が行われた。料理の提供は母里食堂である。お酒は母里酒造の最高級品・母里太兵衛が使用された。
 

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結納式が行われている間、玲羅は千里と一緒に大阪に出て、お好み焼きを食べて通天閣に登った。また心斎橋筋の商店街を歩き、お洋服などを買ってもらった。
 
「あ、凄い。クレカ持ってる」
「神社から巫女さんの給料毎月もらってるから、作れるって銀行の人が言ってた」
「なるほどー」
 
“ついでに”と言われて、卓球のシューズもねだられ、買ってあげた。お洋服は安いのでノーサインだったが、こちらは1.2万円もしたので暗証番号で認証した。
 
「へー。今はサインじゃないんだ」
「サインなんて誰でも書けるし」
「だよねー」
「まあ練習頑張りなさい」
「うん。ありがとう」
「これお年玉代わりね」
「うん」
 
最後は屋台のたこ焼きもおごってあげた。
「これでお好み焼きとたこ焼き食べに大阪に行って来たと言える」
などと玲羅は言っていた。
 
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24日(日)は千里は午前中、玲羅のピアノを見てあげて、午後からは清香と2人で道場で稽古していた。午後、玲羅は公世と一緒に町に出ていたがケーキを買って帰って来た。百合さんがフライドチキンを作ってくれたので、それでこの日は16時くらいからクリスマスとした。
 

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民弥夫妻と玲羅、それにまゆりと光子は日曜日(12/24)の夕方、コリンの運転する車で神戸空港に向かい、桜模様のビーチ400XPで旭川空港に飛ぶ(フライドチキンを民弥夫妻とまゆりたちにお裾分けした)。そしてサハリンの運転する車で留萌に到着した。民弥は仕事が、玲羅は学校があるので、日曜日のうちの帰還となった。まゆりと光子は常弥および神前に、結納を受け取ったことのご挨拶をした。
 
「凄い。こちらにも立派な結婚式場ができてる」
「姫路のと同じサイズのを作るんだと村山さんが張り切ってたよ」
と常弥は言った。
 
つい先週、千里が持ち込ませたという金屏風も見たが
「可愛い!」
と鳳凰の絵を見てふたりは言っていた。
 
「作者はかなり高名な方なのでは」
「何百万と金を積まれても依頼を受けないことで有名な人らしいよ」
「へー」
「それで作家の団体とかにも入ってないから公式には単なる“趣味の絵描き”らしい」
「面白ーい」
「千里ちゃんはこの人のお兄さんを偶然知ってて、それで特別に描いてもらったらしい」
「凄いですね」
「代金は彼女の笛の演奏だったらしい」
「昔話にでもありそうな話だ」
「でも村山さんって人脈が凄いみたい」
「あれは彼女の財産だろうね」
 
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常弥はまゆりを光辞の部屋に案内した。
「あんたも和弥と結婚するなら、望む望まないとは関係無く、これに巻き込まれてしまうから見せてあげるよ」
と言って、桐箪笥に入っている光辞のコピーを見せる。
「何ですか、これ」
「富嶽光辞あるいは略して単に光辞ともいう。遠駒来光という人が昭和20年頃から足かけ15年ほどを掛けて自動書記した文書なんだよ」
「文書なんですか?」
 
そこに書かれているものは、およそ文字には見えない。
 
「神秘学者の間では出口なおさんのお筆先に匹敵する重要文書と評価する人が多い」
 
すみません。その“お筆先”を知りません。
 
「しかし読めないんだよね」
「ああ、やはり読めませんよね」
「書いた本人にも読めなかったらしい」
「うーん」
「来光さん本人は亡くなってしまったけど、奧さんの恵雨さんがチャネリング能力のある人で少しずつ解読を進めている。しかし千里ちゃんはこれがスラスラと読めた」
[凄い子ですね]
 
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「それで光辞の写しを送ってもらい、3年がかりで千里ちゃんが朗読してそれをラジカセで録音し、テープを送り返した。その関係で、ここに光辞の写しが残ったんだよ」
「なるほどー」
「写しは送り返そうと思ったら、光辞はできるだけ分散して保存したいからこちらにはそのまま保管してほしいと言われたのでそのまま置いている」
「ああ」
 
「しかしここに写しがあるのは知られているから去年の暮れには荒っぽい連中が来て、これを強奪していこうとした。高木紀美ちゃんが一喝して追い返したけどね」
「凄い子ですね」
「彼女は実は来光さんと恵雨さんの曾孫で教団の中ではとても尊敬されているんだよ」
「それで彼女はここにいるんですか」
「いや彼女自身、その手の揉め事に関わりたくないからこんな田舎に逃げて来た」
「ああ」
「でも結果的に光辞の守護者になっているね」
「なるほどー」
「ああいう荒っぽい連中はまた来ると思う。その時、まゆりちゃんがいたら、この桐箪笥を渡して」
「渡しちゃっていいんですか?」
「ここに納められているのはただのPPCだから。このコピーでは千里ちゃんも読めない」
と言って、常弥は光辞には“写し”と“コピー”があることを説明した。
 
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(A) 来光の孫の真理さんが原本から書写したもの
(B) (A)から千里が書写したもの
(C) (B)の書写をした時同時にカーボン紙で写したもの
(D) (A)をコピー機でコピーしたもの
 
「桐箪笥に収めているのはこのD。ABCからは千里ちゃんも読めるがDからは読めない」
「人が描き写したものからしか読めないのか」
「それでいちばん価値が低いものを大事そうにここに桐箪笥に入れている」
「うまいですね」
「ABCは別の場所にある。僕しか知らない場所や、千里ちゃんしか知らない場所もある。全ての所在場所を知る人ができないようにしている」
「すごーい」
 

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実際の所在はこのようになっている。
 
A:姫路の立花元町の司令室地下金庫
B:鈿女神社の地下倉庫(高木姉妹の家から隠しエレベータでアクセスする)
C:P神社の倉庫(4つある)のどれか
D:AのPPC(*1):P神社の桐箪笥
E:Cを作った時のカーボン紙(陰影が残る)菊子の実家の地下収納
 
(*1) PPC: Plain Paper Copy 普通紙コピー。コピー機で取ったコピーのこと。元々は昔の感光紙を使った“青焼き”に対する言葉。この分野ではゼロックスが先行したので普通紙コピーのことを全部ゼロックスと言う人も昔はよく居た。
 
Aは千里しか知らない。Eは常弥しか知らない。Bは千里・常弥・紀美のみが知る(貞美は知らない)ただし、常弥は事実上アクセスできない(女性の家に勝手には入れないから)。なおこの地下倉庫の建設はわざわざ札幌の工務店に頼んでいる。
 
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P神社には4つの倉庫(夏祭りの神輿用・秋祭りの姫奉燈用を含む)があり、光辞の写しはその中のどれかに入っている。残り3つには、小春の“いたづら書き”が納められている!(狐のお筆先?)小春が書いたものも素人目には凄くそれっぽい。本物を見分けられるのは千里や紀美などである。常弥自身も既に分からなくなった!!
 
この倉庫に収める際、4つの箱セットは常弥が用意し、どれをどこに運び込むかは、世那に指示してもらった。だから、常弥も世那も、どこに本物が運び込まれたかを知らない。全て桐の箱に入っている。箱の中には防虫剤と除湿剤が入っており、半年に一度交換している。こういう箱とか除湿剤とかの費用は千里が払っている。本当は恵雨さんが払いたかったが、恵雨さんが払っていると、恵雨さんの所有物と認定される可能性があり、恵雨さんが亡くなった時、法定相続人から返還を求められる危険がある。千里が保管費用を払うことで千里のものと認定される可能性が高まる。一般に手紙の所有権は宛名人にあるとされる。ここにある写しは基本的には、真理さんが代筆した、恵雨さんから千里への手紙である。
 
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なお玲羅は旭川に到着した後、天子のアパートに行き、24日はそこに泊まり25日は半日ほど“お祖母ちゃん孝行”して(早めのお年玉をもらった!)から高速バスで留萌に戻った。
 
(玲羅ちゃん、学校は?)
 
家に戻ると
「これ買ってもらった」
と言って、たこ焼きのパックを出した!
 
「買ってもらったのはこれだけ?」
「卓球のシューズも買ってもらったけどね」
「ああ。まあ練習頑張りなさい」
「うん」
 
母はシューズって3000円くらいかなと思った。
 
玲羅は年末年始はほとんどP神社に居て、ご祈祷の笛を吹いた。(そして巫女控室でお餅とかおせちとか食べている)
 
なお今年の天子の家のおせち料理は28日にVが行って作って来た。
 
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玲羅はP神社に居ないときはrの家に行って、ゲームをしたり、お餅を食べていたりする。村山家とrの家の間の細い道はたまにヒグマが出ることがあるので、“北海道組”の霊山という子にガードをさせている。ただ、玲羅には夕方以降はできるだけ通らず表側の道から回り込むように言っている。(ヒグマ以上に変質者が出る危険もある)
 

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まゆりと光子は24日は社務所に泊めてもらい、翌日(12/25)、夏川の車で旭川空港に向かい、桜模様のジェット機で神戸空港に戻った。この後、立花K神社はお正月の準備で多忙になる。
 
12/25の夕方には“東の千里”が東京に呼び出され、旭川空港から羽田に飛んだ。そしてDRKの音源修正を行い、27日にはウインターカップを観戦した。こちらの千里は28日には留萌に戻った。28日は貴司の家に泊まったが29日以降は実家に戻った。またこちらの千里はQ神社に出ている。東の千里が貴司の家に泊まったとグレースから聞いたロビンは「乱れてるなあ」と思った。
 

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