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清香は昨年のクリスマス以来、姫路の家で夜中にシルビアと一緒に楽しくお勉強をしているのだが、ある日尋ねた。
「なんでシルビアたちっていつも銀色の服を着てるの?持ち物も銀色ばかりだよね」
「私たち銀色千里のグループは銀色の女神・大月姫様に仕えているからその制服なんだよ」
「へー」
「私たちの姉妹グループで金色千里のグループは金色の女神・朝日姫様に仕えているから全部金色の服なんだよね」
「ああ。金色の子には会ったことある」
清香は一度オーリタに会って、一晩だけ男の子に変えてもらったことがある。ちんちんで遊ぶの気持ち良かったなぁと思い出す。あんなの持ってるなんて男の子はずるいよ。
「私たちの持ち物は何でも銀色、ボールペンも手鏡も腕時計も銀色」
「ああ、銀色のボールペン使ってるね」
「これシェーファーのボールペン。インクがダマにならなくていいんだよ」
と言って銀色のボールペンを見せる。
(値段の高い金色のカートリッジを使った場合。安価な銀色のカートリッジはダマができやすい)
「こんなのもある」
と言ってシルビアはスカートをめくるとレッグホルスターから銀色の銃を取りだして見せた。
「凄いところに銃を入れてるね」
「女にしか使えないホルスターだね」
「確かに男ではスカート穿くわけにはいかないから」
「ジェームズ・ボンドがスカート穿いてたら怪しすぎるね(*3)」
(*3) ボンドの女装は無かったと思うが、ボンドの敵役の男スパイが女装したことはある。「サンダーボール」(1965)の冒頭アクション。背中に取り付けて空を飛ぶ装置(ジェットパック)が出てくるエピソード。死んだ大物スパイの奧さんに変装して自分の葬儀をしていた。かなり無理のある女装だった。多分わざと女装に無理のある役者さんを使っている。
(この人物が運転手にドアを開けさせるのではなく自分で開けたので「女ではないのでは」とボンドが気付くということになっている:西洋では女はドアも開けてはいけないのか?と思った)
"I don't think you should have opened that car door by yourself."
なおこのシーンで使用されたジェットパックは、映画登場の20年ほどのちに本当に飛べる物が開発されており1984年のロサンゼルスオリンピックのオープニングでも使用された。
「でも銀色の銃は多い気がする」
と清香。
「多くの銃が黒か銀色だね」
とシルビア。
「確かに」
「鉄は錆びやすいからコーティングした。そのコーティング材が黒かったんだよね」
「ああ」
(正確には銃に使われる青い塗料が空気に触れると黒く変色する)
「でもステンレスが発明されるとコーティングの必要が無くなって素材そのままの銃が登場した。これもステンレスの銃だよ。ジェームズ・ボンドが愛用したワルサーPPKのシルバーモデル」
「なるほど」
「この銃の中には本物の銀で出来た銀の弾 silver bullet を入れてるけどね」
「おお。凄い」
「狼男が現れたらこれで倒してあげるよ」
「狼男との遭遇はなかなか無さそうだ」
と言ったらシルビアはスーザンを召喚して2人でマイクを持って歌い出す。
「♪男は狼なのよ、気を付けなさい♪」(『SOS』作詞:阿久悠)
「アリスSOS。なつかしー」
「この曲、元々は30年くらい前のヒット曲なんだよ。ピンクレディという2人組のアイドルが歌った」
「へー」
(ピンクレディ世代に説明するとこの曲は1998年に『アリスSOS』というアニメの主題歌に使用された。清香たちが小学2年生の時である)
「でも女の子の前で狼と化す男と狼男は多少意味が違うような」
「なあに金玉に銀弾(ぎんたま)ぶち込めば沈黙する」
「沈黙はするだろうけど、沈黙しすぎる気が」
「なあに金玉潰したくらいでは死なないから大丈夫」
「そうかな」
「ついでにもう一発撃って身体に穴開けてやったら男とセックスできるようになるかもよ」
「ああ、狼男から羊女への変身だな(*5)」
「まあ銃を使わなくてもハイヒールで蹴り上げるか踏みつけるだけでも沈黙するけどね。ハイヒールでおしおきよ(*4)」
「その程度で勘弁してやろうよ」
(*4) 説明するのも野暮だが「ハイヒールでおしおきよ」は『美少女戦士セーラームーン』のセーラー戦士のひとり、セーラーマーズ(火野レイ)のセリフ。戦闘力の高い巫女という意味では、火野レイはロビンのモデルのひとりである。赤だし!(他に『うる星やつら』のさくらや『イティハーサ』に出てくる女戦士・夭古などもモデルのひとり)
(*5) 映画『9時から5時まで』(1980)のでは女性社員(演:ドリー・パートン)がセクハラ上巳に銃を突きつけて「一発ぶち込んで性別を変えてやろうか」というセリフがあった。
原文は「I'm gonna change you from a rooster to a hen with one shot!」。直訳すると「一発撃ち込んで、あんたを雄鶏(おんどり)から雌鶏(めんどり)に変えてやる」。
「一方で【銀の弾丸など無い】という言葉もある(*6)」
「ほお」
「銀の弾丸で狼男が倒せるという設定が狼男映画を起点にフィクションの世界で広がったから西洋では困難な問題を解決する画期的な方法のことを比喩的に“銀の弾丸”silver bulletと言うようになった。日本語なら快刀乱麻か葵の御紋か」
「ふむふむ」
「でもそんな都合のいい解決策なんて無いから地道な努力が必要だという事」
「『学問に王道無し』なんかと同系統の言葉か」
「そそ。剣道も勉強も日々努力するしかない」
「うん。頑張る」
(*6) コンピュータのシステム開発で数々の名言を残したフレデリック・ブルックスの言葉。ただ彼はソフトウェアの生産性をあげるためにコンピュータの端末(TSS端末)をソフト技術者1人に1台割り当てることや高機能言語の開発・利用を提言している。彼が今のソフト開発環境を見たら泣いて喜ぶだろう。技術者が1人1台のパソコンを使えるようになったのは1990年代半ば以降である。現在のPerlやPHPで200-300行で書けるプログラムは1960年代のFORTRAN, COBOLなら数万行が必要だった。処理時間も段違いである。
万奈が千里の家にやってきたが、喪服を着ていたのでとうとう針間工務店の社長が亡くなったのかと思った。
「今葬儀から帰ってきたところで」
「光太郎さん亡くなったの?」
「いや、うちの親爺はピンピンしてるんですけどね」
針間光太郎さんの飲み友達が亡くなったらしい。
「その人がやってた工務店を合併して引き継いでくれないかと奧さんに頼まれたんですよ」
「ああ」
「しあわせ工務店というところなんですが」
「なんかいかにも詐欺っぽい名前だ」
「幸福町に店があるから“しあわせ”なんですよ」
「なるほどね」
「社長の名前は鬼木なんですが」
「落差が大きいな」
「職人さんが10人ほど居て彼らを路頭に迷わせたくないから何とかお願い出来ないかと言われて」
「大きな会社だね」
針間工務店なんてほとんど万奈ひとりでやっている。
「ただそこ借金も大きいんですよ」
「なるほどー」
それで千里はきーちゃんと一緒にそこの整理に乗り出したのである。
借金の中でミンタラ製材(旧・横浜製材所)や播磨アルミへの未払い金については免除してあげることにした。それから未払い給与については実は払うべきであった金額が不明であるという困った問題が発覚する。ここの給料はきちんとした給与計算がされておらず極めて適当に払われていた。タイムカードどころか出勤簿も無かった。また欠配も多かった。酷い時は結婚している人に10万、独身者に5万渡して「金が無いから今月はこれで勘弁して」などという月もあったらしい。
万奈は職人さんの代表と話しあい、しあわせ工務店への給与債権を放棄してもらう代わりに合併?後の新会社“3丁目工務店”で今後最低1年は継続雇用することと、入社お祝い金として一律100万円払うことで妥協してもらった。
残った日本政策金融公庫(旧・中小企業金融公庫(*7))や地場の信用金庫・金融業者などへの借金は天野産業が代理返済した。金融業者には怪しげな会社もあったので弁護士を連れて行き、法外な利息を付けていた所はちゃんと引き直しさせた。
(*7) 中小企業金融公庫は2008年10月(この物語とほぼ同時期)に日本政策金融公庫に改組統合された。
それで新会社は針間光太郎(事実上は万奈)と千里が出資をした会社として設立されることになった。(全然合併ではない。引き継いだのは社員だけ)
なお、しあわせ工務店の社長の奥さんは自分は年金で何とか暮らしていきますと言っていた。ただ住まい(アパート)だけ万奈が借りてあげた。そして半年間だけ万奈が家賃を払ってあげた。引越は元社員さんたちがしてあげていた。(社長の自宅や社屋の土地は信用金庫からの借金の抵当になっていたので万奈や九重たちの手で更地にして引き渡した)
また元社員さんたちはしばしば奥さんのところに、色々食べ物(干物とかハムとか、またパックの御飯とか)などを持っていってあげていたようである。
しかしこれで万奈の工務店には約10年ぶりに人間のスタッフが加わったのである。
(針間工務店は仕事も無く給料も出ないので光太郎に恩義がある万奈以外の人間はみんな辞めてしまっていた。万奈は九重や清川から食べ物を分けてもらっていたし泊めてもらっていた)
彼らにはしばらくハウスユニットの製作会社“ユーニン”で作業をしてもらった。その後、新会社(3丁目工務店)の店舗を建ててもらった。場所は針間工務店の旧社地を使用する。
針間工務店の旧社屋は今にも(物理的に)潰れそうだったので2006年2月に隣地にユニットハウスを置いてそこに引越し、古い建物は崩していた。その跡地に新しいお店を建てることにした。新社屋の構成は事務棟と建材置き場で、事務棟には男女の更衣室とロッカー、事務室、設計室兼資料室、それに男女別のお風呂とトイレ、食堂などである(信じがたいことにこんな会社に女の作業員も居るので女子トイレや女子浴室が必要)。これをユニットの組み立てで作り上げる。
ユニット工法というのにみんな馴染みが無く「プラモデル作ってる気分」などと言っていたが、そういう建て方に慣れてくれたと思う。またこれをやってもらいたいから、先にユニット作りをしてもらったのである。社屋が出来た後は、再びユーニンやまた山山家具などで作業をしてもらった。家具作りに投入されたメンバー(比較的年齢の高い職人や女性)は「机とかタンスとか作るのも面白いね」と言ってくれた。正確さを要求するユニット作りには比較的若い職人を投入している。みんな会社が無くなったから頑張らなきゃという意識は持っていてくれたので、不満は出ていなかった。むしろ
「この会社は毎月給料もらえるから素敵だ」
などと言っていた。どうも世の中には酷い会社が結構あるようである。そういえば播磨製紙とかも千里が経営を引き継ぐ2〜3年前からは給料遅配・欠配が常態化していた。社員さんたちはクレジットで物を買わないようにしていた。針間工務店だって、万奈だけということもあり、給与というシステムは存在しなかった。ここ2年ほとは万奈には千里が御飯をあげてたし。また会社にお金が無いから、建材や釘・墨・塗料などの代金も千里が出してあげていた。(クライアントからの入金は千里と万奈で山分けしていた。この2年間に万奈が千里からの依頼以外で建てた家は4軒である:2×4が2軒とユニット工法が2軒。いづれもコネで依頼されたもの。万奈は安易な妥協をしないし法令遵守だからしっかりした家ができている。むろん九重や清川も作業を手伝っている。無料奉仕だが)
また3丁目工務店では健康保険証を渡したのも喜ばれた。前の会社は保険証が無く、みんな国民健康保険に入っていたということだった。しかもそれで保険料滞納して無保険になっていた社員さんも半数ほどいた。(滞納分は入社祝い金でほぼ払ったらしい)
この3丁目工務店はこの後10年ほど播磨工務店の別働隊のような感じで存続し、後の2019年にムーラン建設に吸収された。だから小浜のミューズシアターなどの建設にも参加している。ユーニンに出向していた人たちはそのままムーラン・ハウジングに合流した。ごく一部山山家具に残った人もいる。
法人格としてはしあわせ工務店が社名変更して3丁目工務店になっており(但し100%減資の上で新株は万奈と千里で引き受けた)、針間工務店は大力(だいりき)工務店と社名変更して休眠会社化した。のちにムーラン建設は3丁目工務店の法人格を引き継いでおり、一方、大力工務店を2012年に播磨工務店と社名変更して活動再開している。大力は万奈の苗字?である。“万奈”というのは八大龍王のマナスヴィンから光太郎さんが命名したものだが、この龍王は漢字語では大力龍王と呼ばれている。