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N高校が攻め上がる。
T高校はここでゾーンプレスを掛けずに通常のディフェンスを選択した。ゾーンプレスは突破された場合に速攻されるのでその危険を避けたのであろう。雪子がドリブルしながら全体の状況を見ている。目の端でチラっと残り時間も確認している。
千里の所は竹宮がしっかり付いている。暢子の所も萩尾が本当に最後の力を振り絞ってマークしている感じだ。絵津子の所には森下、不二子の所に吉住がいる。
雪子は不二子にボールを送る。不二子は一瞬の心理戦を制して吉住を抜いてゴール近くまで走り寄る。そこに森下がフォローに来て、高い壁でガードする。不二子はシュートするかのように見せてジャンプし、空中でシュートの体勢からパスに切り替えて絵津子にボールを送る。萩尾がフォローに来る。しかし絵津子はボールを受け取るとその勢いを利用してそのままボールを暢子に送った。
暢子は今萩尾が絵津子の方に向かって走っていったことによって一瞬フリーになっている。そこから不二子の前までドリブルで走り込む。そして不二子を壁に使ってシュートを放った。
ところがこれを森下が物凄いジャンプを見せて叩き落とす。
萩尾と絵津子がそのボールに飛び付く。
一瞬早く絵津子がボールを確保するも体勢は崩れている。暢子にボールを送るが暢子はそれを雪子に戻す。そして雪子は受け取るとすぐに千里に送った。
ゴール近くで激しい動きがあったにも関わらず、竹宮は千里を警戒して千里のそばから動かずにマークし続けていた。千里は竹宮を押しのけるようにしてボールを受け取る。試合の残り時間はもう3秒を切っている。
千里は一瞬のフェイントで竹宮を抜いて制限エリアの中に飛び込んだ。向こうから萩尾が物凄い顔をしてフォローに来る。
しかし千里はそのままVカット気味にエリアの外に走り抜けると、制限エリアの外からジャンプしながら長めのミドルシュートを放った。
千里がシュートを撃った瞬間、試合終了のブザーが鳴った。
ボールはバックボードに当たってからきれいにゴールに飛び込んだ。
審判が2点ゴールのジェスチャーをする。スコアボードの点数表示が80-81になった。
暢子が万歳の姿勢からそのまま千里に飛び付いた。続けて絵津子と不二子も千里に飛び付く。千里は思わず「重いよ」と言った。雪子も駆け寄ってきて彼女にしては珍しく千里に抱きついた。いつもクールな彼女もこの勝利は物凄く嬉しかったのであろう。
審判が整列を促す。
が萩尾はその場に倒れてしまっていた。会場に待機していた医師が出てきて彼女の様子を見、動かしても大丈夫そうということで担架でとりあえずベンチの所に運ぶ。それで彼女以外の4人とN高校の5人で整列してから主審が
「81対80で旭川N高校の勝ち」
と告げる。
こうして旭川N高校は2試合連続の1点差勝負を制して、ウィンターカップ本戦の決勝戦に進出することができたのである。
「ありがとうございました」
と挨拶した後、N高校のメンツも一緒に萩尾さんの様子を見に行く。
看護師が体温・脈拍と血圧を測っている。
「大丈夫ですか?」
と千里が声を掛ける。
医師が「脈拍はしっかりしているし、単純な疲労のように見えますね」と言う。看護師に血糖値の測定をするよう指示している。看護師がキットを取り出そうとしたが、測定用のチップが切れている。「済みません。取ってきます」と言って医務室に走って行った。
『びゃくちゃん、この子大丈夫?』
と千里は後ろの子に尋ねる。
『純粋に力を使い過ぎただけ。意識は30分もあれば回復すると思うし、この程度なら、この子、元々の体力があるみたいだから2〜3日も休めば体力も元に戻ると思う。ショックで生殖機能が一時停止してるけど・・・OK。リスタートさせた。でも千里右手で彼女の手を握ってあげなよ』
と《びゃくちゃん》が言うので千里は言われた通り右手で萩尾さんの手を握る。恐らく左手には封印の梵字を書いているので、そちらからはパワーを渡せないのだろう。千里は彼女の手を握っている間、自分のパワーが彼女の方に流れ混んでいくのを感じていた。逆に言うと自分が彼女の疲れの一部を引き受けているようなものだ。
するとそれが効いたのか、千里が彼女の手を握って1分もすると萩尾さんは意識を回復した。
「あ、気がついた」
「萩尾、病院に行こうか」
「大丈夫です。少し休んでいたら治ると思います」
その時、やっと看護師が戻ってきた。耳たぶの所を少し切って血糖値を測定する。血糖値は一応90ある。千里は手を握ってあげた効果かなと思った。
「大丈夫とは思いますが、しばらく医務室で休みませんか?」
と医師が言う。
「そうします」
取り敢えずブドウ糖を1包食べさせる。むろんこれはチョコレートより即効性がある。
「でも今日はどうしたんですか?」
と千里が尋ねる。
「いや面目無いです」
と萩尾さんが言う。
「ハーフタイムに控室でトイレに入ってて、ちょっとお腹の調子が良くなかったんで少し籠もってたら、その間にみんな控室を出て行ってしまっていたんですよ。それで鍵が掛かっていて」
「ああ」
「いや、盗難とかの心配があるから選手が出たら鍵を掛けるでしょ?その時、誰もいないのを確認したつもりだったんだけど、トイレにこいつが入っていたとは気づかなくて」
と向こうのコーチが申し訳無さそうに言っている。
「それで私、窓から出られないかなと思って窓を開けてよじ登ろうとしたら足が滑ってしまって」
と萩尾さん。
「それで私が控室に入って行った時、こいつが倒れているんでびっくりしたんですよ」
「それで介抱されて気がついたんだけど、もうゲーム始まっていると聞くと、恥ずかしいのを通り越して怒りの感情が湧き上がってきて、それでもうこの自分に対する怒りをそのまま試合にぶつけてN高校を倒すぞと思ったんですけどね」
「いや、もう負けそうだった」
と暢子。
「凄い勢いでしたね」
と千里。
「スーパー萩尾になってた」
と竹宮さんも言っている。
『その倒れた時に変なのに取り憑かれたんだろうな』
と《りくちゃん》は言っている。
それで結局萩尾さんは「貧血気味だから頭を上げない方がいい」ということで担架に乗せられたまま医務室に運ばれた。その後であらためて両軍が全員でお互い相手ベンチに挨拶し、応援席にも御礼をしてから、フロアから引き上げた。
控室に戻る前、千里はトイレにでも行くような顔をしてみんなから離脱し、ロビーの柱の陰で「決勝進出おめでとう」とメールしてきていた貴司と話した。
「おめでとう。やったね。凄いね」
「ありがとう。浮気者さんのこと忘れて無心で頑張ったから勝てたのかもね」
「千里、言葉がきつい」
「別に私たちは今夫婦でも恋人でもないから、貴司が誰とデートしようと自由だけどね」
貴司はギクっとする。今日これから自分が芦耶と一緒に車を見に行くのがバレてる?
「あ、えっと・・・・千里って何か好きな車ある?」
「車の車種?」
「うん」
「そうだなあ。私あまりよく分からないのよね〜。フェラーリとか気持ち良かったなあ」
と言って千里は雨宮先生のエンツォ・フェラーリを運転した時のことを思い出す。
貴司はさすがにフェラーリなんて予算オーバーなので焦る。
「もう少し安い車で好きなのは?」
「フェラーリって高いんだっけ?」
「うん」
「あ、もしかして貴司車を買うの?」
「取り敢えずちょっと見てこようかと思って」
「ふーん。彼女と一緒に?」
「う・・・」
なんだ。図星か。
「まあいいけどね。でも私、車のことはホントさっぱり分からないのよね〜。あ、ボルボとかは?」
ボルボは旭川から札幌まで運転したことがある。
「少しは安いかな」
「外車はやはり高いのかな。あ、そうだ。国産車ならクラウン・マジェスタとかも(運転した時)気持ち良かったよ」
千里はマジェスタで紀伊半島の海岸沿いの道を串本から紀伊長島まで100kmほど運転している。実はあれが運転初体験だ。
「それも高い!」
「ごめーん。ほんと私そういうの分からないのよ」
などと言っていた時、千里は背中に突然熱いものが接触するのを感じて
「あち!」
と声を挙げた。
見ると絵津子がニヤニヤして立っている。売店で買ったのか肉まんの袋を持っている。
「千里さん、南野コーチが探してましたよ」
「ごめーん」
と絵津子に言ってから、貴司には
「ごめん。呼ばれているから行くね。また」
と言って電話を切った。絵津子が肉まんを1つ取り出して
「私、お腹空いてお腹空いて。千里さんもひとつどうぞ。資金源は教頭先生ですから」
と言って渡した。
「ありがと」
と言って千里も笑顔で肉まんを受け取った。
一方、貴司は千里の最後の言葉を考えていた。
今千里は何て言った?アディとかと聞こえたような気がしたけど・・・・
と思った時、ちょうどそばに置いていたパソコンの画面にアウディのCMバナーが表示されている。
あっそうか!アウディか! それなら車種によっては行けるかなあ。千里ってやはりパワフルな車が好きなんだろうな、と思い、貴司はアウディのサイトを開いてみた。
千里たちが控室で汗をかいた服を着替えてから客席に行くと、既に札幌P高校と岐阜F女子高との試合が始まっていた。
試合はロースコアで進んでいた。どちらもよく攻めるのだが、よく守るのでなかなか点数が入らないのである。伊香秋子と神野晴鹿、渡辺純子と鈴木志麻子はお互いマーカーになってしのぎを削っている。P高校の佐藤玲央美にはF女子高の大野百合絵が付いているのだが、ここも激しい戦いである。
第1ピリオドで13-12、第2ピリオドで11-11とロースコアで進行して前半は24-23で岐阜F女子高が1点のリードである。第3ピリオドでもお互いに攻めあぐねる展開。9-10でP高校が1点多く取り、これで33-33の同点になってしまった。
第4ピリオド、晴鹿がスリーを撃ち込む。しかしすぐに秋子もスリーを撃ち込んで対抗する。ところがここでF女子高の攻撃中に純子がきれいに志麻子からスティールを決める。速攻で攻めて行くものの、前にF女子高の彰恵が立ちはだかる。すると彼女は後ろにボールをポーンと放り投げる。それを玲央美が取ると純子を壁に使ってスリーを撃つ。これで3-6でP高校がリードを奪う。
そしてこの後両軍とも点を入れることができず、結局P高校の玲央美のスリーが決勝点となり、39対36という「それ20分の試合ですか?」と言われそうな低い点数でこの試合は決着したのであった。
これでP高校が決勝進出。F女子高はあと少しの所で涙を呑んだ。
そういう訳で、明日の3位決定戦は東京T高校と岐阜F女子高で争われ、決勝戦は旭川N高校と札幌P高校という北海道勢同士の対決となることになった。
なおスリーポイント女王争いでは、千里は今日7本入れて合計35本、晴鹿は2本入れて合計27本、秋子は1本入れて16本である。またT高校の萩尾が今日10本も入れたことで合計19本となり、秋子を抜いて3位に急浮上した。
ちなみに萩尾は医務室で寝ている間に血液と尿を取られドーピング検査を受けさせられたものの、変な薬物は検出されなかったし血液組成にも異常は見られなかったということであった。ただ乳酸が極めて多くphも強く酸性に傾いていて、激しい疲労をしていることがうかがわれた。
彼女は検査を受けた後でブドウ糖の点滴をしてもらい、夜10時頃まで医務室でほぼ半日寝ていたらしい。森下さんとメール交換している留実子によれば、医務室では教頭先生が付いていてくれた他、両親も駆けつけて来て付き添っていたらしいが、目が覚めてから、お父さんの車で一度自宅に戻りたくさん御飯を食べて(鶏の唐揚げを1人で2kgぺろりと食べてお母さんが今度は胃は大丈夫?と心配していたらしい)、夜12時過ぎに学校内の宿舎に戻ったということだった。
T高校は地元ではあるが、チームの一体感維持のため、ウィンターカップ中は校内の研修施設に部員全員で泊まり込んでいる。
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女の子たちのウィンターカップ・接戦と乱戦(10)