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(C)Eriko Kawaguchi 2015-05-31
メダン市内のヘリポートを離陸し、ヘリコプターは南方に進路を取る。前の方に円錐形の山が見える。
「あれはシナブン(Sinabung)山」
「スマトラ富士とか名前を付けたい感じだ」
「うん。実際にこの山をスマトラ富士と呼んだ人もいる」
「おお!」
「もうひとつ、南スマトラのデンポ(Dempo)山をスマトラ富士と呼ぶ人もあるらしい。僕はこちらのほうが似てると思うんだけどね」
「へー」
「この山はこれから行くトバ(Toba)湖の所にあった火山のたぶん外輪山のひとつ」
「大きな山があったんですか?」
「現在のトバ湖が100km x 30kmの大きさだから。それだけのカルデラを作るだけの火山だったということだよね」
「琵琶湖より大きいですか?」
「面積で琵琶湖の2倍くらいかな。琵琶湖がだいたい64km x 22km」
「なんか凄い!」
「この火山が7万年前に大爆発を起こして、大量の火山灰を成層圏に吹き上げ、それから何年もの間、地球ではひたすら冬が続いた」
「インドネシアではクラカタウ(Krakatau)火山の噴火の時も、そのあと深刻な冷害になりましたよね?」
「うん。1883年かな。でもトバ湖を作った火山の噴火はクラカタウ噴火の更に5倍以上と言われる。広島型原爆7万発分。そしてこのトバ噴火の影響で地球は1000年もの間、氷河期に突入するんだよ」
「ひゃー!」
「そして、この気候変動のために、地球の人類はそれまで100万人くらい居たのが1万人以下に激減する」
「ひー!!!」
「生存率1%ですか!?」
「原爆7万発というのも凄すぎてよく分からない」
「でも火山噴火はエネルギーだけでは語れない。火山灰が空を覆い、太陽の光が地上まで届かないから植物が育たない。それを食べている小動物がエサが無くて死に絶える。そういう状態が10年ほど続く。深刻な食糧不足で人間だけでなく多くの動物が絶滅したと思う」
「人間もそれ事実上一度絶滅したようなものですね」
「だと思う」
そんなことを言っている内にそのトバ湖が見えてくる。
「大きな島がある」
「サモシール(Samosir)島。火山ドームだよね」
「つまりあのあたりから噴火した訳ですか」
「しかしその大災厄を生き延びた人たちも居たんですよね」
「人類は消滅寸前の状態からまた復活したんだよ」
「どうやって生き延びたんだろうね」
「想像を絶するサバイバルだったと思う」
「食べられるものは何でも食べたんだろうなあ」
千里はその火山ドームを見ながら「同調しない」ように気をつけた。これを「見て」しまったら自分はたぶんその悲惨さの衝撃に耐えられない。しかし生命の強さというものも千里は感じていた。
「なまこを食べるようになったのはその時からかも」
「あ、そうかも!!」
「軟体動物とか棘皮動物とかは、わりとその手の変化にも強いかもね」
「プランクトンがいれば何とかなるでしょうね」
「人間が服を着るようになったのはこの時からだと言う」
「そうか。寒さから身を守るのに服を着ることを覚えたのか」
「寒さをしのげるだけでもかなり違うよね」
「そうそう」
「当時は男女の服って違いがあったんだろうか?」
「特に無いんじゃないの?」
「最初は倒した獣の皮とかをかぶってたんじゃないの?」
「そういう地区と、木の皮とかを使った地区とがあると思う」
「ああ、そうかも」
「でも最初はワンピース型やスカート型だろうね」
「男でもスカートか」
「ズボンというのは乗馬のために発達した服というから」
「まあスカートで乗馬はしにくいよね」
「きっとスカートの裾からちんちん出して大きくして見せびらかしていたのでは?」
「なんか、やだー」
「夕方女子高生の前に現れるコートマンって、その頃の時代に昔返りしたんだよ」
「7万年前から進歩してない訳か」
「でも多分大きなおちんちんは力のシンボルだから、女の子たちは男の子たちのちんちんを見比べて、誰々のは大きくて格好良いねとか品評してたかも」
「ありそうで怖い」
女子たちの暴走会話に高田コーチはもう聞こえないふりをしている。
「でも服を着るようになる前なんて、男も女もお股出して歩いていた訳ですよね?」
「別にそれが普通なら恥ずかしくもなかったのでは?」
「性欲抑えられないよね?」
「抑えるつもりも無かったと思う」
「人間って発情期が無いから、毎日やりまくりだったのでは?」
「まあ生理なんて経験してなかったろうね、当時の女性って」
「ひたすら妊娠し続けるわけか」
「そしてひたすら出産するわけか」
「女性は寿命も短かったと思うよ。たぶん」
「だよねー」
「きっと30歳までも生きられなかったと思う」
「いや、それは多分男も同様だよ」
「かも知れないね」
ヘリコプターが湖岸の少し高くなった台地に着陸した。トバ湖を一望できる場所だが、湖と反対側に滝が見える。
「シピソピソの滝 (Air terjun si piso piso)というらしい」
「かなり大きな滝ですね」
「落差120mだって」
「華厳滝と同じくらい?」
「あれより少し大きいかな」
「この滝が落ちている崖は7万年前の火山爆発の時にできたものと言われているんだよ」
「ということはこの滝は7万年前からあるんですか?」
「それまではごくふつうの川だったんだろうね」
「華厳滝はいつできたんだろう?」
「男体山(なんたいさん)の噴火は1万4000年前と言われているからその時かもね」
「あそこ男体山と女体山があるんだっけ?」
「うん。女体山とも言うけど、近年は女峰山という呼び方で定着している」
「女のほうが峰なのか」
「高さはほぼ同じなんだけどね」
「へー!」
「女峰イチゴの語源」
「おお!」
「筑波にも男体山・女体山ってありますよね?」
「うん。あちらも男体山と女体山は高さがほぼ同じ」
「男女同権なんだな」
「世の中には女は男より弱いと考える風潮があるけど、それって間違ってると僕は思うよ。日本の男子バスケって全く世界に通用しないけど女子は昔から結構世界で活躍している。1975年の世界選手権では女子代表が準優勝したし。君たちのチームもこのアジア選手権を制して、更に来年の世界選手権も優勝しようよ。そしてロンドンオリンピックにも行こう。君たちは強い」
と高田コーチは熱く語る。
「来年のU19代表って、このチームがそのままなんですか?」
と早苗が尋ねる。
「基本的にはそう。今の12人が第1優先。出られる人は基本的にそのまま出てもらう」
と高田さん。
今居る4人はその言葉に同様に唇を噛みしめていた。実際問題としてメンバーの中には来年のU19代表には今回怪我で離脱した竹宮星乃、インターハイ準優勝・静岡L学園の赤山ツバサ、今回は落選したJ学園の大秋メイや1つ下の学年の篠原美津江、そして千里のチームメイトでもある森田雪子あたりが入るのではといった空気があった。篠原・森田あたりは成長途中なので、来年の夏頃には今回のチームの選手レベルを凌駕する可能性がある。今回落選した富田路子もポテンシャルが高い。
「筑波ねの峰より落つる男女川(みなのがわ)、 恋ぞつもりて淵となりぬる」
と玲央美が言う。
「そうそう。陽成天皇の歌」
「小さな恋もやがて積み重ねで大きな思いになる」
「小さな練習も積み重ねていくと、大きな結果になる」
「そうだね。頑張ろうか」
4人は悠久の大地をただ轟轟と落ちる大瀑布を見ながら一様に言った。
翌日。11月8日。試合が再開される。今日は準決勝の2試合が行われる。先に日本対台湾が行われ、そのあと中国対韓国が行われる。
日本は早苗/渚紗/彰恵/桂華/サクラというメンツで始めた。
実力差が大きいので、あまり叩きすぎないようにする。インド戦やマレーシア戦ほどではないが、八分くらいの力で戦う。渚紗は撃たないと調子が出ないということだったのでスリーを8本撃って6本入れたが後半に出た千里は敢えてもっと内側から撃った。センターはサクラ→華香→誠美→サクラの順に使ったが、リバウンドを8割方取っていた。
試合は90対53で勝った。
これで日本は2位以上が確定し、来年のU19世界選手権の切符を手にした。
「世界選手権ってどこであるんだっけ?フランスかどこか?」
「来年はバンコク」
「タイかぁ」
「悪くはないけど、ヨーロッパかアメリカに行きたかったね」
「前回はスロバキアだったんだよね」
「若干微妙な場所のような気もする」
「招集してもらえるかどうかは分からないけど、取り敢えず手帳に日程を入れておくか」
「そうだね〜。今回のメンバーって結構気に入っているし、一緒に行けたらいいなあ」
そんな声に篠原監督も微笑んでいた。
「私、その日デートの予定入れてたけど、そちらはキャンセルしよう」
などと言っている子もいる。
「凄い先までデートの予定が決まっているんだね」
「いや、デート希望者が多くて整理番号を配ってるから」
「ボクは性転換手術の日程入れてたけど、延期しようかな」
とサクラが言うと
「それ、冗談と思ってもらえないから、やめときなよ」
という声が出ていた。
「でもサクラ、男から女に性転換するの?女から男に性転換するの?」
「うーん。どっちにしようか?」
着替えた後で中国と韓国の準決勝を見たが、こちらも最初から大きく点差の付く展開である。魏さんと王さんが競い合うように点を取り、第1ピリオドで既に25対12。後半中国が主力を休ませたので韓国が頑張るものの点差は全く縮まない。結局101対69と、こちらもダブルスコアで決着した。
王さんがひとりで32点、魏さんも26点取っている。
これで明日の決勝戦の相手は中国と決まった。
11月9日。メダンではこの日先に1部と2部の入れ替え戦が行われた。
11時から行われた1部5位のマレーシアと2部2位のフィリピンの対戦は70対69の1点差でマレーシアが勝ち1部残留を決めた。しかし13時からのインド・カザフスタン戦ではインドは2部1位のカザフスタンに84対67でやぶれ、インドは1期だけで2部に再転落してしまった。
「残念だったね」
と千里たちは彼女らに声を掛けた。
「悔しーい」
「今日は結構勝つつもりだったんだけど」
「またU22や世界選手権で会おうよ」
「うん。また頑張る」
そんな会話を交わして彼女たちと別れた。
15時からは3位決定戦が行われた。韓国が94対73で台湾を下して、世界選手権の3枚目の切符を獲得した。
そして17時。日本と中国の決勝戦が行われる。中国は1996年以来この大会を6連覇している。当然7連覇を狙っている。千里たちは試合前、向こうのベンチの雰囲気が予選リーグの時より随分盛り上がっている感じなのに気付いた。
「向こう、随分テンション高くない?」
と桂華が言う。
「たぶん決勝戦に照準を合わせて集中力を高めてきたんだよ」
「横綱相撲ってところか」
すると篠原監督が言う。
「日本は2002年大会では4位だった。2004年大会では3位、2007年大会(*1)では2位だった。そしたら今回は?」
(*1)2006年の大会は日程の都合で2007年1月にずれこんだ。
「1位ですね」
と江美子。
「そして2010年大会は0位だな」
と彰恵。
「それって選外なのでは?」
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女の子たちのアジア選手権(9)