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翌日、11月5日はインド戦である。
この日の試合は和気藹々としたものとなった。インドチームとは最初にメダンに着いた日に食事の席で一緒になり、あれこれ話したが、その後2度も食事のタイミングが合ったし、一度は一緒に練習したりもした。お互いに仲良くなっているので、整列した段階でお互いに手を振り合ったり笑顔であった。
スターターはインド側は
PG.ジョーティー/SF.パルミンダル/SF.レーミャ/PF.アルカ/C.ステファニー
と背番号4-8の選手を並べてきた。恐らくベスト5なのだろう。シューターが居ないが、向こうのメンバー表にはそもそもシューティングガードが登録されていない。単にガードとして登録されているのが161cmのジョーティーと159cmのラースラーだけで、ふたりとも実質ポイントガードのようである。日本側は
PG.早苗/SG.千里/SF.玲央美/PF.桂華/C.誠美
というマジなオーダーで始める。
誠美とステファニーでティップオフ。誠美が取って早苗がドリブルで攻め上がる。千里にパスしていきなりスリーを撃つ。入って3点。日本の先制で試合は始まった。
実力差が明確なので、こちらとしても無理はしない。むしろ基本を再確認するようなプレイを心がけた。マッチアップした時も、軽くどちらかに1回フェイントを入れてから反対側を抜く。ディフェンスもマンツーマンで付く。無理なパスカットもしない。千里もあまり変則的なシュートの撃ち方はせずに基本に忠実な撃ち方をしたので、それでマッチアップしたレーミャがブロックに成功してインド応援団から歓声があがったりもしていた。
それでも第1ピリオドで既に36対8である。
「この戦い方は結構良い気がする」
と第1ピリオドに出たメンバーから声が上がる。
「うん。ふだん物凄い欺し合いとかしてるから、たまにこういう基本に立ち返るりのもいいんじゃないかという気がした」
「じゃこの後も同じ路線で」
第2ピリオドは朋美/渚紗/彰恵/江美子/サクラというメンツで始める。向こうも5人全員入れ替えてきた。実力差は第1ピリオド以上にあった感じではあったものの、向こうの控えポイントガードのラースラーさんが結構な得点能力があり、ピリオド開始早々6点1人で取る。彼女はポイントガードなのだが、自分にマーカーが付いていないのを見て自ら進入してきた。こちらはサクラをゴール下に置いて他の4人でPG以外の4人をマークしていたのだが、この攻めを見てサクラは相手センターのアーラーサーナーさんに付き、彼女に付いていた彰恵がラースラーさんに付く、完全マンツーマンにすると、さすがにラースラーさんも《ややマジ》の彰恵には歯が立たず、その後は向こうも攻めあぐねる展開になり、24秒近くになると、フォワードのパルプリートさんが入っても入らなくても構わないという雰囲気でスリーを撃った(でも1本入った)。
それで前半が終わって68対23となる。
第3ピリオドでインドは前半に出ていなかった2人を出して来た。これで全員出場である。向こうはピリオド途中での交代はせずに、どうも各メンバーが1ピリオドはずっと出ている方式のようである。こちらはタイムは取らないものの、ファウルやヴァイオレーションで試合が停まったタイミングで適宜交代させながらプレイをしていた。
第4ピリオドは向こうは第2ピリオドと同じメンツにしてきた。するとラースラーさんは、彰恵との3度目の対決で初めて彰恵を抜くことに成功する。彼女が得点すると随分客席が沸いていた。しかし抜かれたことで彰恵は《少しマジ》になったので、その後はラースラーさんは1度も彰恵を抜けなかった。結果的にまたパルプリートさんがスリーを撃って攻撃を終えるパターンになるが、このピリオドでは彼女はスリーを2本入れた(通算で彼女は11本スリーを撃って3本入れたので、充分シューターを名乗れる成績である)。
終わってみると45対125と、まあまあの得点での決着となったが、結果的にはパルプリートさんはチーム得点の半分近くをひとりで稼いだ。
彼女はまだ16歳ということで、2-3年後は優秀なシューティングガードになっている可能性もあるね、などと千里たちは言い合った。
11月6日。アジア選手権は予選リーグの最終日を迎える。対戦相手はここまで日本同様4勝0敗の中国である。この試合に勝った方が予選リーグの1位ということになる。向こうの登録メンバーはこのようになっていた。
PG 馬(4.マー176) 白(9.パイ171) SG 林(5.リン187) 孫(10.スン184)
SF 魏(6.ウェイ182) 張(11.チャン182) 勝(15.シェン174)
PF 王(7.ワン196) 陳(12.チェン193) 宋(14.ソン192)
C 劉(8.リュウ201) 黄(13.ファン198)
センターの2人はどちらも見上げるような感じである。女子でこの身長は凄いと千里は思った。男子でもこんなに背の高い人はめったに居ない。実際、こんなに背の高い選手はオーストラリア遠征でも出会わなかった。強化合宿の過程で一度東京の男子プロチームに練習相手になってもらった時に経験したことがあるだけである。
最初は中国は馬(4)/林(5)/張(11)/宋(14)/黄(13)、日本は朋美/千里/玲央美/江美子/誠美と、日本側はマジ度120%のオーダーで始める。中国はやや様子見の感じもあった。
ティップオフは黄さんが取って馬さんがドリブルで攻め上がってくる。日本はゾーンで守る。千里はいつものように左前方を守っているのだが、その付近には向こうの張さんがいて、この試合では最初の内彼女や、その後交代で入った魏さんとの対峙が多かった。
背の高いチームということでいえば、2日目に対戦したマレーシア・チームも背が高く、平均身長で言うと向こうの方が凄かったのだが、中国チームはさすがにみんな鍛えられており、背が高い上に巧い。これは大変な相手だぞ、と千里は思った。
試合は序盤、中国側が優勢で進む。やはり長身の選手同士でパスを回されるとけっこうきつい。また誠美も頑張るのだが、身長で10cmの差があるとリバウンドはどうしても中国側が有利である。
しかしこの夏のインターハイ・国体で長身のQ女子高との対戦で「スピード・バスケットボール」をやった玲央美と千里がそのスピードでやられた江美子も含めて3人で高速なパス回しを始めると中国側の選手はボールの動きに付いていけなくなる。
それで相手ディフェンスにほころびが出てきた所に玲央美が進入してシュートを放つと、相手はブロックが間に合わない感じであった。向こうは最初中国選手とも引けを取らない長身の誠美に警戒していたので、玲央美への防御がやや弱くなっていた。しかし玲央美が立て続けに点を取ったので、そちらに警戒していくと今度は江美子が相手の手の下をかいくぐるようにして中に入っていき、華麗にシュートを決める。
長身の玲央美と背の低い江美子のどちらからでも攻撃が来るとなると向こうのディフェンスはやや混乱した。結局朋美・千里を半ば放置して、玲央美と江美子に2人ずつ付くディフェンスになる(もうひとりが誠美に付く)。そこで朋美は千里にボールを送る。ノーマークなので千里は美しいフォームからスリーを決める。
このスリーを中国側は「攻めあぐねてやむを得ず撃って偶然入っただけだろう」と最初思った感じであったが、このパターンで千里が3本連続でスリーを入れると、これはやばいという感じになって、192cmの宋さんが千里にマークについた。
しかし長身の選手との対峙はけっこう慣れっこである。千里は緩急を付けた動きで相手のマークを外してブロックできない位置からスリーを撃つ。結局このピリオドだけでも千里は5本のスリーを放り込み、これも含めて、第1ピリオドは後半で日本が頑張ったので、20対23という、日本が3点リードする展開で終了した。
「いや、こないだは弱い男子チームとやってる感じだったけど、今回は男子の強豪を相手にしている気分だ」
などという声がインターバルの間に選手の中から出る。
「うーん。いっそみんな性転換して男になったつもりで頑張ってみる?」
などと高田コーチが言う。
「ああ、それもいいかもね」
「何かの間違いで性転換手術されちゃってもボクは生きていける気がするなあ」
などと言っている子もいる。
「千里、せっかくちんちん取ったのに、また付けないといけないよ」
「うーん、面倒くさいなあ」
第2ピリオド、向こうは馬(4)/林(5)/魏(6)/王(7)/劉(8)というオーダーで来た。本気っぽいオーダーである。こちらは江美子・玲央美を休ませて、彰恵・百合絵のF女子高コンビで行く。センターはサクラに交代する。
このピリオド、中国は林・魏・王の3人が入る入らないを気にせずどんどんシュートを撃ってくるという作戦で来た。外れたら201cmのセンター劉さんがリバウンドを取って放り込めばいいという考え方である。
普通なら201cmのセンターには誰も対抗できないので、これはある意味開き直った強烈な戦術だ。ところが劉さんとリバウンドを争う(自称)180cmのサクラが21cmもの背丈のハンディにも関わらず、絶妙なポジション取りで、結構なリバウンドを取る。ディフェンスリバウンドの3割くらいをサクラは取った。
第2ピリオド7分ほど経ったところでリバウンド争いでサクラが取ったのだが、隣で劉さんが倒れた。笛が鳴る。
審判はサクラのブッシングを取った。サクラは一瞬首をひねったものの素直に手を挙げてファウルを認める。そして倒れていた劉さんに手を差し伸べて立たせてあげる。「プーハオイーシー(済みません)」と声を掛けたら、劉さんが何だか焦ったような顔をした。
その表情を見て彰恵が千里のそばに寄ってきてささやいた。
「今のは多分フロッピング(当たった振りをして派手に倒れること)だよ。素直に謝られたんで、彼女もちょっと罪悪感を感じたんじゃないかな」
「なるほどー」
「千里も絶対仕掛けられるから気をつけなよ」
「分かった」
向こうはその後、こちらの攻撃の際のゴール下の密集地帯で百合絵がシュートを放ったそばで林さんがまるで押されたかのように倒れた。百合絵が撃ったボールはゴールに飛び込んだものの、ファウルが取られてノーゴール。向こうのスローインから再開される。
相手はまたかなり遠くからゴールを狙い外れる。リバウンドをサクラと劉さんで争うが、さきほどファウルを取られたのでサクラが少し消極的になった。それで劉さんがボールを確保して自ら放り込む。このゴールで中国はとうとう逆転して35対34とした。
日本が攻め上がる。朋美がセンターライン付近から先行する千里にパスを送る。ボールを受け取った千里はそのままドリブルで相手陣地へ急速に進入する構え。そこに王さんが猛然とチェックに来る。マッチアップ。
と思われた所で千里は急停止してボールを胸に抱えた。その時、王さんが派手に転んだ。
笛が鳴る。
が、王さんと千里の距離はまだ1m以上あった。むろん千里が急停止していなければ、あのタイミングくらいでふたりは超接近していたはずである。
ふたりの審判が顔を見合わせて何か話し合っている。千里はじっとその話し合いの結論を待った。
審判は王さんの背番号を示した上でテクニカルファウルのジェスチャーをした。あわせて審判は選手に集まるように言い
「今後、どちらのチームもフロッピングと見られる行為をした場合は厳重に処置する」
と警告した。この判定に向こうのキャプテンの馬さんが「今のは王はすべっただけだ。なぜそんなのがテクニカルファウルになる?」と抗議した。
即、馬さんにもテクニカルファウルが宣告される。中国チームの監督が頭を掻いていた。
バスケットでは審判に抗議する行為は禁止されている。審判の判断は絶対かつ最終的であり、コート上では審判がルールのようなものである。しかしそれでこの後、中国側は大袈裟に倒れる演技はしなくなった。結果的にこの後は日本側の攻撃がスムーズに行くようになったし、サクラも積極的に劉さんとリバウンドを争い、気合いで残り時間はリバウンドの半分を確保した。
それで前半が終わってみると41対51と点差は開いてしまった。
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女の子たちのアジア選手権(7)