広告:ここはグリーン・ウッド (第1巻) (白泉社文庫)
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■女の子たちの冬山注意(12)

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「特進コース・進学コースの生徒の場合、過去10年以内に全国大会に進出したことのある、女子バスケット部、女子ソフトテニス部、男子野球部の3つに限りこれまで成績20位以内であれば、3年生の夏の大会まで出場を認めていたのですが、これを40位以内に緩和します」
 
留実子にこの件は話していなかったので、留実子の目が燃えるのを感じた。
 
「新設する短大コースの場合は、過去5年以内に道大会に進出したことのある、ここに集まっておられる部のみなさんに限り、成績80位以内であれば3年生の夏の大会までの出場を認めます」
 
「厳しい!」
という声が多数あがる。
 
「バスケ部、ソフトテニス部でも男子はダメなんですね」
「全国大会に出場するか、あるいは性転換してもらえば」
 
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笑い声が上がる。校長も冗談がきつい。
 
「質問です」
とバレー部の部長さんが手を挙げる。
 
「3年生の1学期は短大コースに入っていて2学期に普通の進学コースに変わることは可能ですか?」
 
これは切実な質問だと思った。
 
「成績の条件さえ満たしていれば可能ですが、勉強の上では不利であることを充分承知の上で判断して下さい」
 
短大コースに入る子は事実上進学コースだけど、部活をやりたいからそちらに在籍するという子ばかりになったりして。
 
「クラス分けはどうなりますか?短大コースは3組でしょうか?4組でしょうか?」
「4組です」
 
またざわめく。4組に入るということは、つまり授業は進学コースの子たちと一緒に受けることになる。
 
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「4組ですが、進学コースの場合と違って、0時間目・7−8時間目には出席する必要がありません」
と校長。
 
「出てもいいんですか?」
「教室の定員に余裕があれば出ても構いません」
 
現在1−3組の生徒も教室に余裕がある限り、進学・特進コース向けの0時間目、7−8時間目の補習に参加することができる。それに準じた扱いになるようだ。
 
「なお短大コースの希望者が多い場合、ひょっとしたら3組を短大コースの生徒専用にする可能性もあります」
と校長。
 
「それが2学期には進学コースにそのままクラスごと衣替えしたりして」
という声が出て、笑い声が起きる。
 
「そのあたりは実際に希望する生徒の数なども勘案して調整していきます」
 
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「成績80位以内というのは、どのテストの結果ですか?」
という質問が出る。
 
「3月の振り分け試験が第1基準です。12月の実力試験、あるいは3月の期末テストの成績が80位以内であれば、振り分け試験は120位以内でもクリアしているとみなします」
と教務主任から説明がある。
 
つまり、その3つの試験の中のどれかで80位以内の成績を取らなければならないことになる。
 
しかし進学コースだと40位以内でないと認めないのを短大コースを希望すれば80位以内でも3年の前半に部活ができるというのは大きい。来月末に実力テストを控えたこの時期に、部活動している2年生を集めてこういう話をしたのは、秋の大会がだいたい終わって一息ついた所で、勉強も頑張れ、ということでもあるのだろう。
 
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「みんな、どうする?」
と微妙な成績の川南が訊く。
 
「私は短大コースに行くぞ」
と暢子が言う。彼女は現在ビジネスコースだが、あれこれ資格試験を受けなければならないのが煩わしいようである。前回の振分試験は36位で、担任からは随分進学コースに変更しないかと言われたらしい。実際彼女の成績なら、国立下位やMARCH・関関同立クラスなら合格できるはずである。
 
実際問題としてこの短大コース新設は暢子のようにビジネスコースや情報コースの上位に居る子の底上げも目的のひとつではないかという気もする。
 
「僕も短大コースにする。進学コースで40位以内を取る自信がない訳じゃないけど、補習の時間に練習したい」
と留実子。彼女は前回の振分試験は49位だったが、20位以内を目指して入院中猛勉強していた。
 
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「お母ちゃんと相談かなあ」
と川南が言うと、葉月も
「右に同じ」
と言う。2人は札幌市内の大学志望で進学コースにいるため3月いっぱいで退部やむなしと思っていたものの、部活に対する意欲はある子である。
 
寿絵・夏恋・メグミ・敦子・睦子は現在のビジネス/情報/福祉コースをそのまま維持の意向のようである。
 
「私はどっちみち2年生いっぱいで部活は引退しようかと」
と明菜が言うと
「私も同じかも」
と萌夏も言う。この2人はベンチ枠には厳しい所だ。C学園戦には川南・葉月と交替する形でベンチに入ったが、宇田先生の恩情という側面が強かった。2年生まではベンチに入れなくてもふだんの練習に参加しているだけで楽しいが、3年生になると、いろいろ悩んでしまう所だろう。
 
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久井奈さんたちの学年でも、ベンチ枠に入れない子は大半が3年進学の時点で退部した。ベンチ枠に入れないままインターハイまで頑張ったのは、美々さんと靖子さんの2人だけである。
 

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部活の2年生たちに短大コースの話があった日の放課後、部活は臨時に休みになったので、千里は鮎奈・蓮菜と3人で町に出てぶらぶらと買物公園通りを歩いた後、ロッテリアに入った。京子も誘ったのだが塾に行くということだった。
 
「へー。じゃ3人になっちゃうかと思ったら4人でスタートしたんだ?」
 
「そうそう。美空ちゃんともうひとり小風ちゃんという子の2人になっちゃった後で、和泉ちゃん・冬子ちゃんという2人を追加するという話になっていたんだけど、冬子ちゃんが辞退して結局11月5日に和泉・美空・小風の3人で、新しい名前 KARION というのでユニットを正式に結成したらしい。ところがさ」
 
と鮎奈は従妹の美空から聞いた内容を話す。
 
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「何だかよく分からないんだけど、実際の音源製作を10日から始めたら、その辞退したはずの冬子ちゃんが来ていたんだって」
 
「へー! じゃ、やる気になったんだ?」
 
「音源製作の場にまでわざわざ押しかけてきたんだから、そうだと思うよ。それで4人で音源製作して、記念写真も撮ったし、サインも作って、この土日は4人で赤羽とか大宮とかでやってたイベントで歌ってきたらしい。次の週末は単独ライブやるって。CDショップの付属ライブスペース使った無料イベントだけど」
 
「おぉ、いよいよ活動開始か」
 

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「4人で書いたサインの写真送ってもらった」
と言って鮎奈が見せる。
 
「おっ、なんだか格好良い」
「あとで1枚実物を送ってくれるらしい」
「あ、私もちょうだい」
「私も」
ということで、結局美空はこの最初期のKARIONのサイン(4分割サイン)を3枚送ってくれた。日付は2007.11.10と記され、宛名も「琴尾蓮菜さんへ」・「前田鮎奈さんへ」・「村山千里さんへ」と書かれている。宛名は代表して和泉が書いたらしい。蓮菜も鮎奈も千里もこのサインは大事に保存しており、ちょっとした宝物である。
 
「でも凄くハーモニーがきれいだよ。デモ音源を送ってもらった」
と言って鮎奈がmp3プレイヤーを再生して、ヘッドホンの片方ずつを蓮菜と千里で聴いた。
 
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「凄い。美しい」
と蓮菜が言う。
 
「これ誰の作曲?」
と千里は(敢えて)尋ねた。
 
「この曲は、ゆきみすず作詞・東郷誠一作曲の『小人たちの祭』という曲だって。美空ちゃんはデビューCDに入れる3曲の中でこの曲がいちばん好きだと言っていた。ただし、制作過程でゆきさんがかなり楽曲にも手を入れたって」
 

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なるほどー。ゆき先生の手にかかると、こう修正されるのかと思って千里はその曲を聴いていた。この曲は実は今月初めに新島さんから夜中電話が掛かってきて、ちょっと手が回らないから手伝ってと言われて『恋人たちの祭』というタイトルで千里が一晩で書いた曲である。但し使用したモチーフの大半は先日青島・東京・名古屋と旅をした時に思いついて書き留めておいたものであった。
 
しかし『恋人たちの祭り』と聞いていた(新島さんからそうメールでもらったので間違い無いと思う)のに『小人たちの祭り』になってる!曲先で千里の曲にゆきみすずさんが歌詞を付けたようだが、どこかで伝達ミスが起きたのだろうか。
 

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11月下旬の連休。北見市の隣、美幌町で町のイベントが行われていた。ゲストが歌手のしまうららさんというので、近隣の網走市・釧路市などからも見に来るファンもいたようである。
 
11月下旬の道東はもう完全に冬である。屋外ではとてもイベントなどできないので、町のスポーツセンター(体育館)がメイン会場になっていた。田舎の祭りというと民謡や演歌の人がたくさん出て来そうに思うかも知れないが、実際にはポップス系の出演者が多い。
 
会場内の壁際には出店が並んでいる。地元の商店・飲食店など、あるいは高校生のグループなどによる出店だ。フロアにはパイプ椅子が並べられ、主として中高生や40-50代の女性などが座っている。多くは町内会から動員を掛けられた人たちだろう。
 
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出演者も、オープニングが地元の中学の吹奏楽部の演奏だったし、その後、地元の老人ホームのスタッフによるコーラスユニットとか、中学生が組んでいるバンド、などが登場して、だいたい80-90年代のポップスを中心とした曲目が演奏される。しまうららさんの曲も演奏されて、ゲスト席のしまさんが大いに喜んでいた。
 

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イベントが進行していき、あと出演者は3組という所で、
 
「次はMF牧場のツイン・チェリーズです。牧場で牛のお世話をしている魅力的な女の子たちのユニットだそうです」
 
という紹介がある。ツインというので2人かと思ったら出て来たのは5人の女性だ。その内4人は16-18歳くらいかなという感じ、もうひとり30歳前後の人は伴奏者のようで、キーボードの前に立った。
 
青い服を着た2人が前に立ってハンドマイクを持っている。顔が似ているので双子なのだろう。赤い服を着た2人が後ろに立ち、スタンドマイクを前にする。前の2人がボーカルで後ろの2人はダンス&コーラスという感じか。
 
オートリズム・フィルインに続けてバンプによる前奏、そして歌が始まる。
 
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が会場内にざわめきが起きる。
 
前にいるふたりはハンドマイクを持って楽しそうにしている。
 
が歌っていない!
 
後ろのふたりが踊りながら歌を歌っている。
 
曲は津島瑤子の今年の大ヒット曲『See Again』だ。音域が広く、結構歌唱力を要求する曲であるが、後ろのふたりの歌唱力が素晴らしく、ひじょうに質の高い演奏になっていた。
 
やがて終曲すると、物凄い拍手がある。
 
しまうららさんがゲスト席から出て演奏者のそばまで近寄る。司会者がしまさんにマイクを渡す。
 
「あの、お話を聞かせて下さい」
 
前のふたりは笑顔でしまさんを見ている。後ろにいた女の子たちが前に出てくる。
 
「私が説明します」
とその内の1人が言う。
 
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「ツインとかいうから2人かと思ったら5人いるし」
「前で歌っている2人が双子なのでツイン、後ろの私たちは名前が桜木と桜川なのでチェリーズです」
 
「でも前の2人は歌っていませんよね?」
「はい。でもふたりがメインボーカルです。ただし譜面上は全休符なんです」
 
「ジョン・ケージみたい!」
と、しまさんが驚く。
 
「私たちコーラス隊には歌詞が設定されています」
「あなたたち2人はあくまでコーラス隊なんだ!」
「ええ。私たちはパフォーマーです」
「どういうこと?」
 
「実はボーカルの星子さん・虹子さんは、言語障碍でしゃべることができないんです」
と八雲が説明する。
 
「わあ、そうだったの?」
「しゃべれないけど歌は好きなんで、私たち4人で一緒に歌を歌っているんですよ」
と陽子も補足する。
 
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「キーボード弾いた人は?」
「私は陰の男!」
と後ろでキーボードを弾いていた女性が答えるので
「男なの!?」
としまうららさん。客席からも笑い声が起きる。
 
「でもコーラスの2人、凄く歌がうまい。プロみたい」
「いや、実はプロとしてデビューする予定だったんですけど、不祥事を起こしてデビューがキャンセルになっちゃって」
と八雲が頭を掻きながら言う。
 
「不祥事って何したの?」
「えっと、私はお腹が空いて太陽を食べちゃって」
と八雲。
 
「私はネズミに怯えて、地球破壊爆弾を爆発させちゃって」
と陽子。
 
会場で爆笑が起きる。とりあえず会場にドラえもんの読者が結構いることは分かった。
 
「あんたたち、すごい犯罪者だ!」
と、しまうららさんは楽しそうに言った。
 
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