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(C)Eriko Kawaguchi 2014-11-09
夕食が終わった後で少しおしゃべりしてから、暢子・夏恋たちと一緒にお風呂に行く。服を脱いでから浴室に入ると、既に1人浴槽の中に浸かっている。今日は貸し切りなので、当然N高の部員と思い
「お疲れー」
と言って声を掛けると、向こうも
「お疲れ様ー」
と言って振り向いた。
その顔を見て、千里たちは一瞬立ち止まる。
「薫!?」
「あんた女湯に入るんだっけ?」
「男湯に入ろうとしたら、お客様こちら違いますと言って追い出されたから、こちらに入ってみた」
「あんた、おちんちん付いてるのでは?」
「付いてるけど」
「タックしてるんだっけ?」
「してないよ」
「じゃ、おちんちんがブラブラしてる状態?」
「うん。でも他人の目に触れさせない自信あるよ」
敦子が浴槽を覗き込んだが、お股には何も見当たらない。
「付いてるように見えないけど」
「股はさみ隠しという男の娘には必須の技術だよ」
「うーん。。。」
取り敢えずみんな身体を洗って中に入る。
「夏恋ちゃん、今日はかなり頑張ってたけど、少し頑張りすぎたでしょ?」
と薫が言う。
「うん。けっこう消耗したかな」
「私、ツボが分かるから押さえてあげるよ。後でそちらの部屋に行っていい?」
「うん。歓迎!」
「薫、ツボ押しできるなら私のもやってくれない?」
と暢子が言うと
「OKOK」
と言っている。
その後、今日の男女の試合についておしゃべりしていたのだが、
「薫、女の子と一緒にお風呂入っても全く緊張してない」
という声が出る。
「お風呂入るくらいで緊張しないよ」
と本人の弁。
「もしかして女湯の常習犯?」
「常習犯ってことないよ。常用者と言ってもらえば」
「おちんちん付けたまま女湯に入るって凄いね」
「そう簡単に取り外せないから仕方無い」
「千里さんは女湯に入る時は、おちんちん外してるとか中学の頃は言ってましたね」
と雪子が言う。
「それって既に本物は除去済みで、偽装用のおちんちん付けていたからでは?」
と薫が言う。
「なるほどー」
「本物そっくりに見えるのがあるんですよねー。男になりたい女の人が使う奴。大きくしたり小さくしたりできるタイプもありますよ」
「ふむふむ。そういうのでずっと偽装していたわけか」
千里は取り敢えず笑っておいた。
「そうだ。昭ちゃんはどうしたの?」
「夜中、人がいなくなってから入ると言ってた」
と薫。
「夜中、どちらに入るつもりだろ?」
「そりゃ夜中に女湯に拉致してけばいいんだよ」
「インハイの時も女湯に入ったんだから、大丈夫だよね?」
「遅くまで起きてたら、ベンチから外されるからやめといた方がいいよー」
その後、そろそろあがろうかと言って一緒にあがったのだが、薫は身体の向きをうまく使い、タオルも上手に使って、お股に付いているものを誰にも見せないようにして脱衣場まで行く。そして「危ないもの」を全く女子たちの目に一切触れさせないまま、ショーツを穿いてしまった。ショーツを穿いてしまえば、もうその上から男性器は確認できない。
「見えなかった!」
「かなり注意して見ていたのに!」
という声があがる。みんな半分は怖いもの見たさで薫のお股を見ていたのだろう。
「ね、実は既におちんちん取ってるということは?」
「それなら千里と同様に女子選手として登録してるよ」
と薫は笑って言っていた。
「だけど胸が無いよね」
と言って、みんなから触られている。
「女性ホルモンやりたいんだけどねー。そしたら取り敢えず乳首だけでももう少し大きくなると思うし」
「うん。胸の無い女子でも、女子であれば乳首がもう少し大きいんだよね」
「これ男子の乳首だもん」
「この胸曝して、女湯で不審に思われたことは?」
「今日は今更だしと思ってさらしてるけど、ふだん女湯に入る時は胸も隠してるよ。念のためニプルスも付けておく」
「ニプレス?」
「違う違う。ニプレスは存在する乳首を隠すアイテム。ニプルスは存在しない乳首を付加するアイテム」
「そんなものがあるのか!」
夜中。薫はふと目が覚めた。トイレに行ってくるかと思い起き上がる。奥の窓側に南野コーチは寝ているが、入口側の昭ちゃんの布団は空っぽである。お風呂でも行ったかなと思い、枕元に置いていたバッグを持ち部屋を出てトイレに行った。
当然女子トイレに入り、個室の中で用を達しつつ少しボーっとしていたら今日見た試合の様子が頭の中でプレイバックされる。いいなあ。私もまた試合に出たい、という気持ちが強くなった。
ペーパーで拭き、ショーツを上げ、体操服のズボンを上げて水を流し、トイレから出る。部屋に戻ろうとしていて、薫はふと途中の部屋が何だか気になって、つい立ち止まってしまった。
私、何でこんな所で立ち止まったんだろう?と思う。障子の向こうの部屋の中が不思議な色の光に満ちている気がして、薫はついその障子を開けてしまった。そこには思いも寄らぬ風景があった。
何これ?
その時、薫の肩に触る手がある。
ビクッとして振り向くと、千里であった。
千里が唇に指を1本立てて「シーッ」というポーズを取る。
「そのまま振り向かないで」
と千里が小さな声で言い、そっと障子を閉めた。
「行こう」
「うん」
かなり歩いてから薫が尋ねる。
「あれ、何?」
「忘れた方がいい」
「まるで、よ・・・」
と言った所で、千里は薫の唇に直接指を当てて、その単語を口にするのを停めた。
「薫、霊感があるんだね?」
「そんなこと言われたことはある」
「でも世の中には気付かない振りをしておいた方がいいものもあるんだよ」
薫は歩きながらしばらく千里の横顔を見ていた。
「ね、タック教えてよ」
と薫は言った。
「いいよ。実地に教えてあげようか?」
「うーん。それでもいいけど、ちょっと事情があって、あまりあそこを見られたくないんだよね」
ああ、やはり去勢しちゃったのかな?と千里は思った。登山さんが見たという例の病院で年齢でもごまかして手術したのだろうか?あるいは東京に居る内に手術していたのだろうか。でもタックしたいということは、おちんちんの切断まではしてないのか。
「じゃ、実演用のおちんちんを使ってやってみせるよ」
「実演用のおちんちんって?」
「薫と同じ部屋に泊まっている子が、おちんちんもタマタマもあるでしょ?」
「なるほどー」
今日は久しぶりにのんびりとお風呂に入れたなあと思い、湧見昭一は《女湯》から出て、自分の部屋の方に戻った。他の人にあまり見られたくないので夜中に入浴するというのは最初から考えていたのだが、直前までは夜中の《男湯》に入るつもりだった。ところが実際に男湯に行ったら、従業員さんが脱衣場に居て「君、こちらは男湯!」と言われてしまった。
それで、つい「すみませーん。間違いました」と言って男湯を出て、「言われたし、いいよね?」と自分を納得させて、女湯に入ってしまったのである。女湯には昭一が入っている間、誰も入ってこなかった。一応浴室に入る前にテープでタックしたものの、浴槽に浸かっている最中にふやけて外れてしまった。
でも、おっぱい欲しいなあ。おっぱいがあれば、きちんと接着剤でタックできるようになったら女湯行けるよね?などと、いけないことを考えながら部屋に戻ると、薫が起きているし、千里も居る。
ふたりはそのまま昭一を外に連れ出すと、部屋の障子を閉めた。
「昭ちゃん、ちょっと来て」
「何ですか?」
「静かに」
「みんな寝てるからね」
「ちょっと楽しいことしようよ」
「何するんですか〜!?」
「だから静かに」
それで昭一は千里や暢子たちが泊まっている部屋に連行されて行った。
土曜日。準々決勝と準決勝が行われるが、この日の試合は男子と女子が同じ会場である。
最初に女子の準々決勝が9:00からと10:30からの時間帯で隣り合うコートで並行して行われた。千里たちN高校は9:00からの時間帯だった。そして、このあたりから、強い所と当たり始める。
千里たちの相手はインターハイ予選では決勝リーグで当たった帯広C学園である。卓越したシューター武村さんがいるチームだ。この学校は男子の方は一昨年ウィンターカップ代表になっているのだが、女子の方はずっと地区大会でくすぶっていたのが、武村さんの加入で今年の春初めて道大会まで上がってきたのである。
戦力的にはインターハイ予選の時とほとんど変わっていない。武村さん自身は6月より上手くなっているが、N高校側も進化している。彼女を前回と同様にマークする暢子は、相手の3−4倍の運動量で完全に封じ込んだ。ボールは武村さんに全く渡らないので、仕事のしようがない。
暢子が武村さんを抑えている間に、千里も揚羽も点を取りまくる。雪子も自ら得点するし、夏恋もスリーを2つも放り込んだ。
終わってみれば90対23というクアドルプル・スコアの大勝であった。
女子の準々決勝の後は男子の準々決勝が12:00からと13:30から2試合ずつ、女子と同様に隣り合うコートで4試合行われた。
そして15:00からは、女子の準決勝2試合である。ウィンターカップの代表は1校なので、これに勝ち、更に明日の決勝戦にも勝たないと東京体育館には行けない。
この準決勝の組合せは旭川N高校対釧路Z高校、旭川L女子高対札幌P高校であった。
Z高校は昨年のインターハイ道予選では決勝リークでN高校に勝ち、N高校と同様1勝2敗となったが得失点差でN高校を上回ってインターハイに進出した。しかしウィンターカップ予選では準決勝でN高校が勝っている。
そして新チームになった後、新人戦でN高校がゾーンの練習を兼ねて堅い守備を敷き、一方で暢子と千里が大量得点して、大差をつけて勝ったため、Z高校はリベンジに燃えて物凄い練習を重ね、今年のインターハイ予選ではブロック決勝でP高校を苦しめ、P高校がまさかのインハイ代表落ちという事態の伏線となった。
N高校との対決は新人戦以来になるが、6月のインハイ予選では直接対決できなかったので、今度こそ勝ってやると物凄い気合いの入りようであった。
最初に整列してキャプテン同士、暢子と向こうの松前さんが握手した時も松前さんは
「今日はそちらをギタンギタンに叩きのめすから」
と言った。
暢子は
「まあうちは負けないから」
とだけ答えた。
第1ピリオド。いきなり激しい攻防が広げられる。相手はまるでラストスパートで頑張っているかのような雰囲気だった。点数としては18対19とN高校が1点リードしていたものの、相手の気魄にこちらのメンバーがタジタジとなる場面が多々あった。
「向こうさん、明日の決勝戦のことは考えてないね」
とインターバルに寿絵が言う。
「うん。この試合に勝てたら後はどうでもいいと思ってる」
と千里も言う。
「仕方無いね。この試合に負けたら元も子もないし、こちらも全力でいくか」
と暢子は言った。
それでこの試合はどちらも全力投球の試合になった。ボディチェックも激しく向こうの凄まじいアタックに、揚羽や夏恋が吹き飛ばされるが、さすがに相手のファウルになった。揚羽がそれで相手を一瞬キッと睨んだが、暢子は
「向こうから仕掛けられても絶対にエクサイティングするな」
とメンバーに命じる。実際問題として揚羽をほとんど殴り倒したに近かった相手のセンターは悪質なファウルということで一発退場になった。
試合は荒れそうな雰囲気だったが、N高校側が冷静なので、何とか持ちこたえて進んでいく。実際こちらはここまで1つもファウルをおかしていない。Z高校はまだ第2ピリオドというのに5ファウルでの退場者が出た。
第2ピリオドは14対18で、前半合計は32対37となっている。
「インターハイ予選までと、インターハイ以降とで、うちのチームのファウルが激減したよね」
と南野コーチはハーフタイムに言う。
「インターハイ予選までは5ファウル退場って結構あったのに、本戦では1度も無かったし、ウィンターカップの地区予選でも秋季大会でも退場者ゼロだった」
と寿絵。
「やはりブロックとかスティールの練習をハンパないくらいやってみんなのプレイの精度が上がったのが大きいと思います。正確に、腕に当たらないようにボールを叩くからファウルにならない」
と千里は言う。
「出場時間の分散の効果も大きいんじゃないですか? 昨年は実際問題としてスターティング5以外の選手の出場時間は短かったけど、インハイ本戦では、センターは留実子と揚羽、ポイントガードは久井奈さんと雪子、スモールフォワードは穂礼さんと寿絵、と結構交替しながら出ていたから、ファウルが累積しにくくなった」
と敦子は言う。
「でも、やはりできるだけクリーンな試合をしようよ」
と暢子は言う。
「特にうちみたいに層があまり厚くないチームは主力が退場になると、その後が辛いんだよ。だから、みんな安易なファウルは避けて欲しい。特にこういう相手が仕掛けて来る時こそ冷静になろう」
と暢子はあらためてみんなに言った。