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(C)Eriko Kawaguchi 2014-11-10
試合終了のブザーであった。
みんな大きく息をしていた。
千里はボールを受け取ったまま、向こうのゴールの方を見ていた。すぐ近くに佐藤さんがいる。ゴール下には雪子、少し離れた所に竹内さんと寿絵が居る。
みんな動かないので、審判が整列するように促す。それでもみんな動かない。
審判に再度促されてから5−6秒たった所で、佐藤さんが最初に動き出した。それを見てP高校の他のメンバーも動き出す。千里はため息をついて「みんな、整列だよ!」とN高校の選手達に呼び掛ける。それで時が止まったかのように停止していた他のメンバーも、そしてベンチに居た選手も出て来て整列した。
「96対93で札幌P高校の勝ち」
「ありがとうございました」
キャプテン同士の握手は竹内さんと千里でする。その後、千里は佐藤さんとハグする。徳寺さんにも握手を求めたら、一瞬嫌な顔をしたが、ちゃんと握手してくれた。その他、揚羽・リリカが宮野さん・河口さんと握手、雪子も竹内さんと、寿絵も片山さんと握手していた。
こうしてN高校はあと少しの所でP高校に敗れ、ウィンターカップ出場はならなかった。宇田先生は先に帰っている川守先生に《冬冠登頂ならず》という短文メールを送っていた。
「だけど、ここまでP高校と対等に勝負できたのは、やはりこのチームの成長を示しているよ」
と寿絵は言ったが、千里はただ黙って体育館の窓を見詰めていた。
試合後、念のため、千里は宇田先生に尋ねる。
「例の佐藤さんのボブスレーはトラベリングじゃないんでしょうか?」
「あれは審判も迷ったと思うよ。ボールを持ったまま倒れて短い距離滑ってしまうのは意図した滑走でなければ、ふつうトラベリングを取らない。ただあの滑走はやや長すぎた感もあって微妙」
と宇田先生。
「まあトラベリングを取る取らないは微妙だけど、審判の判断は絶対だからね」
と寿絵。
バスケットではプレイヤーやコーチが審判に抗議する行為は認められていない。審判の判断は絶対かつ最終的であり、抗議すれば、テクニカルファウルを取られるだけだし、審判の心証を悪くして不利にしかならない。審判は敵対するものではく、味方に付けるべきものである。
「でも身体で着地しちゃったけど佐藤さん大丈夫ですかね?」
「佐藤さんなら身体が頑丈そうだから平気でしょ。あそこは気も入っていたし。打ち身くらいしたかも知れないけど」
物理的な衝撃に対するダメージは「気が入っている」かどうかでまるで違う。先日の試合で留実子が単純なことで骨折してしまったのは、気が抜けていたからであろう。
「うちの雪子なら入院コース」
「いや、君たちは無理なプレイしないように」
「でも負けた〜。鍛え直さなきゃダメ」
と千里が言うと
「合宿でもする?」
と寿絵が言った。
「どうでしょうね? 宇田先生」
と千里は先生に投げた。
「地獄の合宿をしようか?」
と先生。
「地獄なんですか?」
「阿寒湖に地獄ってあったな」
「釧路Z高校はそこで合宿してたみたい」
「地獄の合宿ってそうだったのか!?」
フロアを出てから南野コーチに電話するが、つながらない。恐らくまだ病院への移動中なのであろう。
「でも佐藤さんも審判の死角をうまく使うなあ」
と控室で荷物を片付けながら千里は言った。
「あの外したシュート何かされた?」
と寿絵。
「ボールを離す絶妙の瞬間にユニフォーム引っ張られたね。私の所からは見えたけど審判からは死角」
となぜかここに居る薫が言う。
「まあ審判が見てなければどうにもならないよ」
と寿絵。
「J学園戦で日吉さんにもやられた」
「高等テクニックだな」
と薫。
「あくまで何もしていないかのような顔でですよね?」
と揚羽。
「他の所に視線をやって、さりげなく、かな」
と寿絵。
「演技力の勝負」
「但し死角でも殴ったり肘打ちしたり足を踏んだりはNG」
「ええ。暴力はいけないです」
「ユニフォーム掴むのとか、軸足を動かすのとかは、まあよくある行為」
「ちゃっかりダブルドリブルするのとかね」
「私も覚えるべきだろうか」
と千里は戸惑いながら言う。
「必要無いと思うよ。普通のプレイで圧倒すればいいんだ」
と薫。
「だよねー」
「まあ勝負所で目立たないようにやれば」
「うむむむむ」
「ところで、薫はなぜここに居るんだっけ?」
と川南が訊く。
「いつも居るじゃん」
と言いながら薫はボールをドリブルしている。足の間を通したり、背中側でドリブルしたりなど、なんだか器用なことをしているので蘭や志緒が見とれている感じもある。
「みんな着替えてるんだけど」
と葉月。
「私もいつも一緒に着替えているし」
「まあいいか」
「お風呂も一緒に入ったんだし」
「確かに」
「薫の女体疑惑も追及したいな」
と寿絵。
「そういえば昭ちゃんは?」
「ああ、連れ込もうとしたけど逃げた」
「宇田先生に何か頼まれてみたいで荷物運んでたよ」
「昭ちゃんに着せてあげようと思ってせっかく可愛い服を用意していたのに」
「君たちそういうことには熱心だね」
と薫が少しあきれたように言う。
「薫じゃ、いじり甲斐が無いもん」
「薫って恥じらいとかが無いよね〜」
「まあ、生娘じゃないし」
という薫の発言に一瞬、川南たちが色めき立つ。
「あんた、体験してんの?」
「え?高校生にもなればセックスくらいみんな体験してない?」
「そんなの体験してんのは千里くらいだよ」
と川南。
「ちなみに薫、相手は女の子?男の子?それとも男の娘か女の息子か」
「私はノーマルだけど」
この「ノーマル」という単語について、川南たちはかなり悩んでいた。
試合後、千里は旭川に居る留実子に電話した。
「サーヤ、決勝戦、P高校に負けちゃった」
「そう」
「ごめんね。頑張れなかったよ」
「何対何?」
「96対93」
「あと少しだったね」
そこで寿絵が横から電話と千里の顔の間に割り込むようにして言う。
「サーヤが出てたら勝ってた所だったけどな」
「ごめーん」
「インハイでリベンジしようよ」
「うん。僕も頑張る・・・ね、暢子どうかした?」
さすが留実子は勘が鋭いと千里は思った。この場に自分と寿絵だけというので感づいたのであろう。
「うん。実は試合中に倒れて病院に搬送されちゃったんだよ」
「どうしたの? 怪我?」
「ううん。盲腸みたい」
「間が悪いね!」
「全く」
取り敢えず南野コーチから連絡があるまで待機する。それで20分ほどしてから電話があり、16時くらいから手術を受けることになったということだった。
「取り敢えずそれまでは薬で抑えておく」
「手術はするんですね」
「うん。最近では手術せずに薬で散らしてしまう治療法もあるんだけど、それだと完治までに時間が掛かるのよね。それに本人結構苦しんでいるし」
「手術が夕方になったのは、麻酔の関係ですか?」
「そうそう。暢子ちゃん、朝ご飯に牛丼3杯も食べていたみたいだから」
「ああ、食べてたね」
と傍でメグミが言う。
「試合前にそんなに食べて大丈夫?と聞いたら、たくさん走り回らないといけないから燃料を満タンにしておくとか言ってた」
と川南。
「暢子が倒れた時、最初食べ過ぎで腹痛では?と思った」
と葉月。
「全身麻酔する場合、ふつうは御飯を食べてから6時間必要らしいんだけど、お肉や油物は消化に時間が掛かるから8時間置かないといけないんだって」
朝食は7時頃食べている。8時間後は15時になる。今は12時である。あと3−4時間は薬で抑えておくことになる。盲腸の手術は最近は手術跡が小さくて済む腹腔鏡を使用する方法が主流だが肺を圧迫して自力で呼吸することが困難になるので全身麻酔が必要である。
「お母さんに連絡したら、すぐ行くということで、多分15時くらいに着くのではないかということ」
「それ結構飛ばすのでは?」
「私も心配して安全運転で来てくださいねと言ったよ」
現在行われている男子の決勝はあと30分くらい掛かるだろう。13時から表彰式が予定されているが、千里は暢子のそばに付いていてあげたいと言った。
そこで、話し合った結果、表彰式は寿絵がキャプテン代行として準優勝の賞状を受け取ることにして、千里とメグミが宇田先生と一緒に病院に行き、なりゆきで病院まで付いていった永子・来未をこちらに返すことにした。こちらの事務手続き関係は白石コーチにお願いして3人でタクシーを使って病院に向かい、そのタクシーに永子と来未を乗せて会場に戻すことにした。
宇田先生と一緒に病院に向かうタクシーの中で千里は独り言でも言うかのように言った。
「悔しいです」
宇田先生はしばらく黙っていたが、やがて答える。
「それを糧に来年のインターハイ頑張ろう」
「はい」
メグミが
「私も頑張るよ。私がもう少しレベル上げられたら雪子の負担も軽くなるし。先生、ポイントガードの練習ってどうすればいいんでしょう?」
と言う。
「広中君の場合、ドリブルやパス自体の技術は充分高い。あとはゲームメイクのセンスを磨くことだと思う。過去のインターハイやウィンターカップの試合の録画がバスケ部の資料室には大量にあるから、それをたくさん見てごらん」
と宇田先生は言う。
「やってみます!」
千里たちが病室に入っていくと、暢子は苦しそうな顔をしながら
「千里、試合はどうなった?」
と訊いた。
千里は宇田先生と一瞬顔を見合わせたが、宇田先生が頷くので答える。
「ごめーん。負けちゃった。96対93」
「あと3点か」
「私がスリー外しちゃって」
「罰金3000万円だな」
「えーー!?」
「ウィンターカップ本戦に出ないといけないし速攻で治さなきゃと思ったんだけど」
と暢子が言うと、宇田先生が言う。
「若生君、負けてしまったからウィンターカップには行けないけど、負けたから今度は総合に出ることになるぞ」
「あ、そうか。いつでしたっけ?」
「予選は12月1日」
「よしそれまでに全快させる」
「うん。だから、まずはしっかり治そう。手術頑張って」
「はい、頑張ります」
しかし!今回のウィンターカップ予選は、地区予選決勝で留実子が怪我するし、道予選決勝で暢子まで倒れて、どうなってんだろう!? 呪われてないか?と自問したのだが
『別に呪いとかは無いよ。ただの偶然だよ』
と《せいちゃん》は言った。
宇田先生から頼まれた表彰式の準備作業と一部撤去作業を手伝った後、湧見昭一は体育館の廊下を歩いていて、サブ・アリーナに人が居ないことに気づいた。一昨日はここでも一部の試合が行われたのだが、昨日も今日も試合では使用されず、練習用になっていた。そこにボールが1個転がっていることに気づいた昭一は「あれ片付けなきゃ」と思い、中に入る。そしてボールを拾って用具室の方に持って行こうとしたのだが。。。。。バスケットのゴールを見ると、強い衝動が湧いてくる。
ボールをセットする。
撃つ。
外れる!
うーん。と思いながら昭一はボールを再度拾うとスリーポイントラインまで離れて再度撃つ。
また外れる!
くっそうー。
昭一はまたボールを拾ってはスリーポイントラインまで行く。
男子の決勝を見ていたものの、途中で飽きてきた川南と葉月は誘い合ってトイレに行ってきますと言って客席を離れた。
廊下を歩いていたらゴールが鳴る音がする。覗いてみたらサブアリーナに昭ちゃんが居る。かなり離れた距離の所に立ちボールをセットするとシュートする。ボールはバックボードに当たってから、きれいに入る。
「あ、ここに居たんだ」
と川南は声を掛けた。
「うん。でもボール片付けなきゃ」
と言って、昭ちゃんはボールを用具室の中のボール入れに入れた。
「ね、ね、昭ちゃん、かっわいいスカートがあったのよ。穿いてみない?」
「あ、穿かせて〜!」
笑顔で言うと昭ちゃんは川南たちと一緒に控え室の方に行った。
それを見送るかのようなサブアリーナの客席を離れた人物がいた。札幌P高校の狩屋コーチだった。
「旭川N高校の部員だったのか。あの子、今回は出てなかったよな。やはり村山君という絶対的なシューターが居るからベンチにも入れないのだろうか?」
と狩屋コーチはつぶやいていた。
病院では暢子は苦しそうにしながらも、千里・メグミとおしゃべりすることで少しは気が紛れるようであった。
名寄に住む暢子のお母さんが到着したのは14時半であった。どう考えてスピード違反しているが、娘のことが心配でたまらなかったのだろう。宇田先生が謝っていたが、盲腸は誰のせいでもないですよ、と言っていた。
薬で抑えきれないようで、暢子がけっこう苦しがっているので手術は予定を前倒しして15時からすることになった。
千里たちと握手して暢子が手術室に運び込まれていったのを見て、宇田先生は
「お母さんもいるし、村山君と広中君は帰る?」
と言ったが、千里は
「私は手術が終わって意識回復するまで付いています」
と答えた。
メグミは少し迷っていたようだったが、南野コーチが
「じゃ、メグミちゃん、私と一緒に帰ろうか」
と言うと
「ではそうします」
と答えた。それでふたりは16時のバスで旭川に戻ることにして、お母さんに挨拶して病院を出て行った。