[*
前頁][0
目次][#
次頁]
10月10日(日)、この日は卓也の誕生日なのでふたりは仕事が終わったあと、ケーキとチューハイ・ビールを買って帰り、飛鳥のアパートで一緒に
ゆっくり過ごした。飛鳥が鶏の唐揚げもたくさん作った。
「あーちゃんのアパートのほうが広いから結婚後はここに住まない?」
「うん。それでもいいよ」
卓也としては実は自分のアパートに住むことにして、いろいろ“やばい”ものが飛鳥に発見されるのが怖いのもある。中学や高校の女子制服とか!女物の下着を詰めた段ボール箱とか!先日から処分しようと思って探すものの自分では見つけきれないのである。(飛鳥に見付かるのは確実だと思う)
卓也が小学6年の3月、中学の卒業式を終えた姉は言った。
「この制服あんたにあげるね」
「そんなのもらっても困る」
「取り敢えず着てみなさいよ」
と言われて身に付けてみた。すると記念写真を撮られた。
「小学校の卒業式もこれ着ればいいよ」
「学ランを着る〜」
「これあんたが結婚する時には結婚相手に見せてあげるね」
「ちょっとー」
「だってあんたそのうち性転換して男の人と結婚するよね」
「そういう予定は無いけど」
「万一性別を疑われてもセーラー服着てる写真があれば元から女だったのかと信じてくれるよ」
「えー?」
「そうだ。あんたに凄いテクニック教えてあげる。ちょっとパンティ脱ぎなさい」
それで姉は卓也の男性器をタックしてしまったのである。
「まるで女の子になっちゃったみたい」
「お試しの女の子体験だね。これで女湯にでも入れるよ」
「それは犯罪だよー」
しかし彼はタックが自然に崩れるまで半月ほど女の子みたいな股間で過ごしたのである。彼は元々小便器を使う習慣が無くいつもトイレは個室でしていたので生活上の不都合は何も無かった。
なお姉からは同様にして高校の制服ももらったので卓也は3種類の高校女子制服を所有することになった。(自分の高校のもの:W工業/吉岡君からもらったもの:E女子高/姉からもらったもの:A商業)
卓也の一家は羽幌町に住んでいたが、姉が旭川の高校に進学したので、そのタイミングで旭川に出て来た。父もちょうど乗っていた漁船が廃船になったので旭川で再就職した。
(後に父は“親の面倒を見なければいけないので”と言って羽幌町の支店に異動してもらった)
それで卓也は姉からもらったセーラー服の地元中学ではなく旭川の中学に進学した。母は
「新しい中学の制服、お父ちゃんの新しい勤め先の人で子供がちょうど中学卒業する人がいたから、ゆずってもらえたから」
と言った。中学の制服って学ランじゃないのかなーと思っていたら渡されたのはセーラー服である。
「あまり傷んでないみたいね。着てみて」
「何でセーラー服なの〜」
と言ったが、着せられて記念写真も撮られた。だから卓也のセーラー服記念写真は実は2種類ある。
「これで“卓耶”も立派な女子中学生だね」
「僕は男子中学生になりたいんだけど」
「あんた性転換したいの?」
10月11日(月祝)、飛鳥は宣言した。
「よしガサ入れだ!(*10)」
「え〜!?」
(*10) このセリフは人気番組『ぷらちなロンドンブーツ』(1997-2002) の人気コーナー“ガサ入れ”のセリフ。この企画は彼氏・彼女の浮気の証拠を家宅捜索で見つけるというもの。どうせヤラセだろ?と言われながらも長く続いた。
それで飛鳥と卓也は卓也のアパートに行った。卓也が自分の鍵で開けて入る。
「何かこれ怪しい気がしてたのよね」
と言って飛鳥は三角棚の上に乗っている“有田みかん”の箱をおろした、卓也はギクッとした。箱に見覚えがあったのである。こんなところにあったのか。
しかし箱の中から飛鳥の手でたくさんの女物下着が発見される。
「たくさんパンティあるじゃん」
パンティのほかにブラジャー、ブラパッド、スリップ、キャミソール、ガードル、ボディスーツ、スリーマー(ばばシャツ)なども出てくる。
「それもう捨てようとしてた奴だよ」
「なんで?もったいない」
下着の中にはゴムが伸びたりして傷んでるものもあるが、まだ充分きれいなものも多数ある、結局下着は飛鳥の手で仕訳され、傷んでいるものはゴミ袋へ、きれいなものは衣裳ケースに入れられ、逆に衣裳ケースに入っていた男物下着が箱詰めされてしまった。ただしこれも傷んでいるものは捨てられた。もっとも傷んでいる男物下着は少数で“使用頻度”が少ないことを伺わせた。
「理解してあげるから女物下着を普段から着ければいいよ」
「男物が無いと仕事の時に困る」
「女物着て仕事すればいい」
「そういう訳にはいかないよー」
「大丈夫だよ。女装してても去勢したりおっぱい大きくしたりちんちん切断したり、性転換しても結婚してあげるから」
「仕事クビになるー」
「別に性別は関係無いと思うけどなあ」
「介助に困る」
「ああ。だったら介助の時だけショーツの上にブリーフ着ければいいよ」
「まあショーツくらいなら。ブラは勘弁して」
「ブラも着ければいいのに。いつ頃から女物使ってるの?物心付いた頃から?」
「それはあーちゃんでしょ」
いつか飛鳥の母が嘆いていた。
「あんたは生まれた時から可愛くてさ、あら今度は女の子だったんですねとか、男の子ばかりじゃなくて女の子もできて良かったですねとか、みんなに言われるからさ、ええ今度は女だったんですよと言って女の子の服を着せてたんだよね。私も父ちゃんも女の子欲しいと思ってたし。
名前も女でも通る“あすか”にしたし。でもお陰でこういう子に育ってしまった」
「関係無いと思うよ。元々の性格だよ」
そういうわけで飛鳥は男物の服を着た記憶がほとんど無い。七五三も三歳と七歳に女の子の着物を着て記念撮影している。
一方、卓也は姉が居たので小さい頃はよく姉のお下がりの服を着ていた。それでスカートを穿いていることもあった。トイレトレーニングも座ってするように躾けられたので卓也は小便器を使ったことが無い。しかし幼稚園からは男の子の服で通っている。それでも幼稚園・小学校のトイレはいつも個室を使っていた。
「波多君ってちんちん無いのかな」
「元はあったけど、何か病気で取ったらしいよ」
「へー。ちんちん無いなら女便所使えばいいのに」
卓也が5年生の時、学校にプールが作られ水泳の授業が始まった。水着を用意してくださいというお知らせの紙を渡されたので卓也の母はショートパンツ型の格好良い水着を買ってきた。それで授業を受けた時クラスメイトの会話。
「波多君、かっこいい水着着てる」
「僕もああいうの着たかった。僕の水泳パンツ、ちんちんの形がきれいに分かるんだもん」
「波多君のような水着だとちんちんの形分からないね」
「ちんちんが無くても分からない」
「ああ、波多君にはちんちんが無いのではという噂もあるよね」
「誰も彼のちんちんを見たことのある人はいない」
「トイレはいつも個室なんだよね」
「声変わりしてないから金玉無いのは確実」
「スカート穿いてるの見たことある」
「合唱団でもよくスカートのユニフォーム着てるよ」
「盆踊りでは赤い女の子浴衣着てた」
「“彼”ではなく“彼女”と言ってあげるべきかも」
「鼓笛隊でもスカートのユニフォーム着てもらおう」
「彼女、横笛吹けるからファイフの担当でもいいかもね」
「ああ横笛吹ける子は貴重だ」
一方飛鳥が中学1年の時、水泳の授業があるので水着の用意をして下さいという連絡があったので飛鳥の母は水泳パンツを用意した。飛鳥がそれを着ようとしたら保健委員の百恵ちゃんに止められた。
百恵ちゃんは保健室の先生に相談した。
「女子がこんなの着たらいけないよ」
「あの子の家、兄弟3人もいて貧乏なんです。これお兄さんのお下がりだと思う」
「分かった。待ってて」
それで先生は購買部で女子用スクール水着を買ってくると百恵に渡した。それで飛鳥は百恵から渡された女子用スクール水着を着た。それを見たみんなの会話
「やはり飛鳥ちゃん、ちんちん無いんだね」
「胸も微かに膨らんでる」
「一緒にお風呂入った子もいるらしいから、ちんちん無いのは間違い無い」
飛鳥が中学1年の4月。
日曜日に飛鳥がひとりで留守番していたらセールスの人が来た。
「すみません。今みんな出掛けてるんです」
と飛鳥が言うと、セールスの人は言った。
「だったら“ぼうや”、お母さんが帰って来たらこれ渡して」
と言われて、何かの全集のパンフレットをもらった。
飛鳥は“ぼうや”と呼ばれたのがショックだった。大抵見た目で女の子と思ってもらえていたのに。
飛鳥が落ち込んでいると、いつか温泉で出会った和服の小さな女の子が出現する。
「こんにちは、あすかちゃん。ぼくは“男の娘の味方”魔女っ子千里ちゃんだよ。何かお悩みかな」
「私“ぼうや”なんて初めて呼ばれた。ショック〜」
「なんで男の子と思われたんだと思う?」
「声のせいかな」
「女の子らしい声に変えてあげようか」
「変えて変えて」
「喉仏は無くなるけどいい?」
「それも無くしたかった」
「じゃ変えるよ」
と言って彼女は飛鳥の喉に掌を当ててしばらく何かしているようだった。
「完了。何か言ってみて」
「87年前、我々の祖先はこの大陸にやってきて(*11)、あ凄い!女の子の声になってる」
(*11) これはリンカーンの“ゲチスバーグ演説”の出だし。
Four score and seven years ago our fathers brought forth on this continent,
(scoreは20という意味。古い二十進法の名残)
この演説の最後の“人民の人民による人民のための政治は決して無くなってはいけないのです”government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.
というくだりは、とても有名であり、日本国憲法前文にも引用されている。ゲチスバーグは南北戦争の激戦地で、ここで北軍が勝利したことから南北戦争そのものの趨勢が決した。
「良かったね。ただし睾丸がある限り、いづれまた声は男っぽくなるよ」
「睾丸かぁ。そんなの要らないのに」
「睾丸要らないなら、取ってあげようか」
「取ってほしー」
「ただし生殖能力を無くすことは許されていないから睾丸を取るなら卵巣を入れる必要がある」
「それはむしろ入れてほしい」
「OK。じゃ明日の朝には睾丸が無くなって卵巣ができてるから」
と言って魔女っ子千里ちゃんは飛鳥のお腹に触った。なお彼女は
「不快だろうけど規則で決まってるから」
といって飛鳥にコップのような容器を渡し、そこに射精するように言った。その精液を冷凍保存するらしい。10歳以上の人の睾丸を除去する場合は必ず事前に精液の保存をしなければならない規則らしい。
「これがあれば将来誰か女性に人工授精することで子供を作れる」
「ふーん」
(つまりレナちゃんに子供を産んでもらうことも可能だね)
しかし“規則”ということから魔女っ子千里ちゃんは誰か管理者の下で活動していることが分かった。
「卵巣が出来たら半月後には生理も始まるから頑張ってね」
「生理が来るの?嬉しー!」
「半月後には『生理きつーい』と言ってる気がする」
「うーん。そうかも」
「ナプキン用意しておきなよ」
「分かった」
飛鳥は母には言いにくかったので、お祖母ちゃんに頼んで留萌のドラッグストアまで行き、ナプキンを一緒に買ってもらった。中高生に人気と魔女っ子千里ちゃんが教えてくれたセンターインの普通の日用と夜用を買った。お祖母ちゃんは“生理ごっこ”をするのかなとも思ったようだが、寛容に付き合ってくれて生理用ショーツとか、携帯用ナプキン入れとかも買ってくれた。
生理は卵巣を入れてもらった14日後に来て、ほんとこれ辛いーと思った。なお飛鳥は中学にはセーラー服で通っていたので女子トイレを使用しており、ナプキン交換にも困らなかった。
「でもこれって誰の卵巣なの?」
と飛鳥は魔女っ子千里ちゃんに尋ねた。
「飛鳥ちゃん自身の卵巣だよ。飛鳥ちゃん自身の遺伝子をもとに作られたもの。一種のクローンだね。だからそれで飛鳥ちゃんが将来妊娠したらちゃんと飛鳥ちゃんの子供ができるよ」
「へー。よく分からないけど凄い。でも私妊娠するの?」
「卵巣がある以上、男の子とセックスすれば妊娠するよ。妊娠したくない時は避妊具を着けてもらってね」
「うん」
魔女っ子千里ちゃんは避妊具を1個くれて念のためいつも持っておくように言ったので携帯ナプキン入れに入れておいた。
中高生時代、飛鳥がナプキンを持っていることを変に思った人はいなかった。男の娘には生理くらいあっても当然!と思われていた。もっとも飛鳥のことを最初から女の子だと思い込んでいた友人も多い。