[*
前頁][0
目次][#
次頁]
前回取り上げたヴェルレーヌの詩に「時を告げる鐘が鳴る」というフレーズがありましたが、同じフレーズがアポリネール(1880-1918)の詩『ミラボー橋』にも使われています。
Le pont Mirabeau / Guillaume Apollinaire
Sous le pont Mirabeau coule la Seine
Et nos amours
Faut-il qu'il m'en souvienne
La joie venait toujours apres la peine
Vienne la nuit sonne l'heure
Les jours s'en vont je demeure
(大意)
ミラボー橋
ミラボー橋の下をセーヌが流れる
そして我らの愛も(流れる)
思い出さなければならないというのか。
痛みの後にいつも楽しみが来るということを
夜が来て、時の鐘が鳴る
日々は去るが、私は残される
ミラボー橋というのはパリのセーヌ川に架かる橋のひとつ。この詩はアポリネールが画家のマリー・ローランサンに振られた時に書いたものです。ローランサンみたいな自由奔放な女にはアポリネールみたいな真面目な男は詰まらなかったんでしょうか。
この別れの後、マリー・ローランサンは一人前(いちにんまえ)の画家として羽ばたいていきますが、アポリネールは彼女のことが忘れられず、5年ほど後に亡くなった時、彼の枕元にはローランサンの絵が置いてありました。
「喜びは」の下りは「悲しみの後には喜びが来るものだ」と自分に言い聞かせて慰めなければならないというのか、ということで物凄く悲しい状況を表します。
この詩には色々な人が曲を付け色々な歌手が歌っていますが↓はイベット・ジロー版
Le_pont_Mirabeau
(私が中学生の頃に書いた訳詞)
橋の下をセーヌは流れ、恋も流る
喜びは悲しみの後に来る
夜が来て鐘は鳴る
日は去り、ひとり残る
10月1日、国勢調査が全国で一斉に実施された。
飛鳥は自分の調査票の性別に女と書いた。また結婚していると書いた。またオーリンから渡された“性別訂正届け”にも記入した。
アキの母はアキの性別を少し考えた上で女と書いておいた。この子きっと中学にはセーラー服で通うだろうし。いやそもそも現在既に女の子に
なっているということは?だってあの子のパンツ、前ではなく下が汚れてるんだもん。おしっこが下から出てるとしか思えない。
10月1日(金)、まゆりと和弥は子供たちを連れて留萌に移動した。
10月4日(月)、ヴィクトリアがヘリコプター学校に入学した。しばらくアイリーンがヴィクトリアの代理で関東司令室に詰めることになる。
10月5日(火)、インドでおこなわれたU20アジア女子バスケットボール選手権に参加していた千里(ゆき)が成田に帰国した。グレースはブレンダをすぐ、ゆきに合流させた。
10月6日(水)、帰国した東の千里は他の代表メンバー数人を誘って、東京の梅里(ばいり)情報サービスという所で、プリンタ染めの振袖を注文した。バスケット選手は長身の人が多く、振袖を諦めていた人も多かったが、千里は長身の人でもオーダーを受け付けてくれて、しかも今から頼んで成人式に間に合わせられるところを知っていたので(グレースが教えた)、みんなに紹介し、ついでに自分も頼んだのである。
西の千里も振袖を2つ作った(祥代さんに頼んだものと小倉店で作ったもの)が、東の千里も2つ作ることになった(8月に頼んだむものと今回のもの)。グレースはどれを誰に着せるか悩み中である。(20着くらい必要なのでは?)
10月9-10日(土日)、P神社など北海道各地の神社では多数の七五三参拝客があった。和弥はたくさんご祈祷をした。境内には千歳飴や色々なお菓子、またおもちゃなどを売る店が出ていた。
10月10日(日)、玲羅が受験を予定している札幌文化大学の音楽科で第3回目のプレ講座が開かれ、玲羅は出席した。
その日は鹿無島の住人たちが温泉に入りたいというので、特別体制で対応した。ベル204を使って、鹿無島から留萌の神居岩温泉へ直接空輸する。島本・波多はこれに付き添ったが、男性側のヘルプで山門と、吉田さんの孫の源太君、女性側のヘルプで絹恵と、中村さんの孫の尚緒さんが対応した。彼らは直接温泉に行って待機していた。
男湯側の会話
「源太、お前ちんちん付いてたんだな」
「残念ながらまだ付いてるよ」
「お前小さい頃は女の子みたいに可愛かったのに」
「ぼくの小さい頃の写真にはスカート穿いてる写真があるね」
「この子は本人が望めば女の子に変えてあげてもいいよねとか、お前の母ちゃんたち言ってたけどな」
「望まなかったから」
「もったいない。せっかく女の子になれるチャンスを」
「ぼくの名前をローマ字で書くと Genta だけど、ここから t を取ると Gena でジーナになるんだよね」
「tは玉だね」
「ぼくも波多君も性転換手術受けないかと言われたことあるけど断ったんですよね」
と山門。
「あの手術受ける人は勇気ありますよ。凄い手術だもん。ぼくは病院でビデオ見せられてびびった」
と波多。
「手術受けてたら今日は女湯のほうで介助してるね」
女湯側の会話
「南田(絹恵)さん、助かりました。人手が足りなかったら波多君か山門君のどちらかを性転換して女性側のヘルプに使おうと言ってたんですけどね」
と飛鳥。
「ちんちん失わずに済みましたね」
「女の子になれるチャンスでしたけどね」
「でも南田さん、介助が手慣れてる感じ」
「私、普段から年寄りと一緒に暮らしてるから」
「お母さんか何かですか」
「もう母に近いですね。4年間一緒だから」
「あ、お嫁さんですか」
「いや全くの“袖振り合う”縁(*4)ですね」
「へー」
(*4) この諺は表記揺れが多い。
袖振り合うも他生の縁
袖触れ合うも他生の縁
袖擦り合うも他生の縁
袖振り合うも多生の縁
他生(たしょう)とは、他の人生、つまり前世や来世のこと。輪廻(りんね)思想から生まれたことばである。
“多少の縁”は表記揺れではなく誤記だと思う。
「たまたまお年寄りが車にはねられる所を見かけて病院に運んだんですよ。そしたらその人が蚕(かいこ)の飼育の仕事していて『餌をやらないと蚕が死んでしまう』というから、餌やりをして。それだけのつもりがどっぷり浸かってしまって。結局絹織りまでお仕事は全部引き受けて退院後のおばあちゃん自身の世話までするようになって」
「それはきっと元々深い縁があったんですよ」
「かも知れない気がします」
飛鳥はここの温泉でお年寄りの世話をするというので昔のことを思い出していた。
飛鳥が小学6年生の時。修学旅行を休んだ翌月。
宮城から叔母夫婦が訪ねてきたものの、当時の家はせまかったので叔母たちを泊めるスペースが無く、温泉にでも泊まってもらおうというので、みんなで留萌まで出て、神居岩温泉に行った。
飛鳥は母に言った。
「私お風呂パスするね」
「そうかい?汗だけでも流したほうがいいけどね」
みんながお風呂に入った後、飛鳥はお小遣いをもらったのでロビーでコーラでも飲んでようと思った。その時、飛鳥は80歳くらいのお婆さんが段差で転ぶのを見た。駆け寄って助け起こす。
「大丈夫ですか?」
「済みませんね。私目が弱くて。お風呂まで行こうとしてたんですが」
「連れてってあげます」
それで飛鳥はお婆さんの手を引いて、お風呂の前まで行った。目の前に「男」「女」という暖簾がある。飛鳥は言った。
「ここを右に入るとお風呂ですよ」
「済みません。中まで連れて行ってもらえたら」
「ちょっと待って。誰か呼んでくる」
それで飛鳥が、お婆さんをそこに置いたままロビーのほうに行きかけると和服を着た小学2年生くらいの女の子がいた。
「ねえ、君、あそこのお婆さんをお風呂の中まで連れて行ってあげてくれない?」
「お姉ちゃんが自分で連れて行けばいいじゃん」
「私は事情があってお風呂に入れないのよ。そうだ。これあげるから」
と言って、飛鳥は自分が母からお小遣いにもらった300円をその子にあげた。
「わあこんなにもらっていいの?」
「うん。それあげるからお婆さんを助けてあげて」
「こんなにあったら、あんぱんとかも買えるじゃん」
この子、あんパンが好きなのかな?
「ありがと。お姉ちゃん名前は?」
「私は飛鳥(あすか)」
「ぼくは“男の娘の味方”魔女っ子千里ちゃんだよ(*5)」
「へー」
「あすかちゃん、一時的に女の子の身体に変えてあげるよ」
「え?」
「今夜12時まで女の子。それともずっと女の子のほうがいい?」
「取り敢えず12時まで」
「OKOK。何度かお試ししてからでないと完全に変えるお許しは出ないんだよね。あすかちゃん、ぼくと握手して」
「うん」
それで飛鳥がその子と握手すると突然身体の感覚が変わった。
「あれ?」
「じゃ気をつけてね。12時過ぎたら元に戻っちゃうから」
まるでシンデレラみたい。
(*5) この事件は1998年8月である。千里は1997年3月に一度死亡し金銀銅の3つに分かれて再生した。更に金色はアイン、アイン・ゾフ、アイン・ゾフ・アウルの3つに分裂した。だからこの事件はオーリン(アイン)にとっても最初期の頃の事件である。
しかしそれで飛鳥はお婆さんの手を引いて女湯の中に入った。女湯なんて幼稚園の時以来だ。(ほんとに?)
女湯の入口のところで仲居さんがタオルとバスタオルを2つくれるので受け取る。
それでかごを取ってきて、お婆さんに
「ここに着替え入れてね」
と言った。
「ありがとうございます」
飛鳥はこのお婆さんは放っとけない。浴室の中まで連れて行き見てた方が良いと判断した。それで自分もかごを取ってきて隣で服を脱いだ。お股に変な物は付いてない。嬉しーい。
飛鳥のほうが先に脱いでしまったので、お婆さんが脱ぐのを待つ。
ところが脱いでしまうとその人はお婆さんではなくお爺さんだった!
「え〜〜〜!?」
お婆さんに見えたのに。
飛鳥が声をあげたので近くに居たおばちゃんが声を掛けた。
「どうしたの?」
「お婆さんと思って連れてきたらお爺さんだった」
「あんたのお祖父ちゃん?」
「いえ。通り掛かりです」
「年寄りの性別は時々分かりにくい人がいるのよね」
「ええ。でもこの人、目が不自由なんです」
「分かった。私に任せて」
このおばちゃんが男湯に連れてってくれるの?この人なら男湯にも入れるかも知れないけど。
おばちゃんは男湯とのドアを開けると
「ゆうすけ!」
と声を掛けた。