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5月31日、4月から雅の福岡店に応援に来てくれていた白木エニさんが福岡店での勤務を終えた。彼女が居る間、福岡店は売上が1割ほど増えていたので、みんな彼女が去るのを惜しんだ。最後の日は和菓子屋さんで簡単な送別会をした。また博多人形を記念にプレゼントした。
6月1日、そのエニが店長になって京都四条通りに“四条別館”がオープンした。看板は“ミヤビーナ(Miya vina)”とする。ここは取り敢えず廉価浴衣・甚平の専門店とする(1階が浴衣、2階が甚平)。
・価格1万円以下
・生地は亜麻(リンネル/リネン)(*5)
・プリンタ染め
・ミシン縫い
・帯はポリエステルでマジックテープ留め。作り帯付き。
・中国製草履(ぞうり)付き
・着方のビデオはネット公開されていてURLで渡される。
・帯は+1000円で普通の帯(半幅帯)と交換可能である。
・帯が不要の人は-1000円
・草履が不要の人は-500円
亜麻生地は岡山県の親族企業から仕入れたもので、亀岡工場で1〜5月に製造されたものである。
この店はあくまで廉価浴衣の専門店なので「手縫い浴衣、オーダー浴衣は通りをはさんで向いの本店へ」と表示した。また本店側にも「低価格の浴衣は四条別館へ」と案内している。
(*5) 日本で“麻”と呼ばれている生地はほとんどが実際は亜麻(あま)である。実は日本では“麻”と表示できるのは亜麻と苧麻(ラミー)のみで、本当の麻(ヘンプ)は麻と表示することが許されていない!(指定外繊維と表示しなければならない)(*6)
リネンは英語。リンネルは国籍不明だが、一般にはフランス語とされている。(本当はフランス語ではリニエール)
ホテルでシーツなどの類いをリネンと呼ぶのは亜麻製が多かったため。
亜麻色とは加工していない亜麻生地の色である。『亜麻色の髪の乙女』はドビュッシーの前奏曲集第8曲または、ヴィレッジ・シンガーズのヒット曲(同名異曲)。後者は後に島谷ひとみがカバーした。
(ヴィレッジ・シンガーズは日本のグループサウンズ。Y.M.C.A.(邦題:ヤングマン)をヒットせたアメリカのヴィレッジ・ピープルとは別。但しどちらも名前の由来はニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジ(Greenwich Village)である)
(*6) ヘンプは成長が速い上に丈夫で通気性の良い生地が得られるので環境にも優しいとして注目されているが、品種としては大麻(おおあさ)の一種であるため日本では大麻(たいま)取締法により、栽培が困難な状況にあった。2023年の改正(2024.12施行)で、繊維採取用については、都道府県知事の免許を取得すれば栽培できることになり少しは広まることが期待されている。(医薬品用は厚労大臣の免許が必要)
なおヘンプとして栽培れている品種は同じ大麻(おおあさ)でも薬効成分(THC)の含有量が低い品種なので、ここからマリファナは得られないらしい(にも関わらず勘違いして盗んでいく奴が後をたたないので困っているらしい)
雅の四条本店と四条別館の間を行き来するには、四条通りを横断する必要がある、ここには当初警察により横断歩道が設けられた。
さて、日本の交通法規では横断歩道に人が立っていたら車は停車しなければならないことになっている。ところが実際にはほとんど停まってくれない。それどころかちゃんと停まっている車があると後ろから来た車がその横を追い越していくので歩行者からは危なくてしょうがない。結果的に道を横断することがとても困難である。
そこで小川社長から千里に「その内車にはねられる人が出かねないから地下道を作れないか」という相談があった。小川社長に市の許可を取ってもらい、千里は紫微が所有する建設会社・中村建設に工事の依頼をした。
普通は道路を横断する地下道を作る場合、開削工法を採るのだが、四条通を一時通行止めにするのは多大な迷惑を掛ける。それでトンネルを掘るのと同様のシールド工法を採用した。このため費用は普通なら1億円ほどにも及ぶ。しかし紫微は実費のみの8000万円で引き受けてくれた。工事費は前金で払ったし、シールド機械を下に降ろすための縦穴はこちらで関西組に掘らせた。また地上との間の階段及びエレベータもこちらで作った。中村建設の担当は純粋に道路の下を横切る部分である。中村建設に払った8000万円は全額千里が出しており雅には請求していない。
地下道の本店側は雅の店内に直接入れる。それで雅のエレベータで地上に出られる。雅は「素通りOK。自由にお通りください」という掲示を出している。しかし結果的には地下の飲食店の利用者が増えた。銀馬車の売上も明らかに増えた。それで、千里としてはこれによって工事費は5年くらいで回収できる。
6月頭、千里が4月に雅の小倉店で頼んだプリンタ染めの振袖ができたという連絡があったので、お店まで行って受け取ってきた。若い店長補佐さんに着付けしてもらい(何だか悩みながらも頑張って着付けしてくれた。ベテランっぽい人が心配そうに見ていた)、千里の携帯で記念写真も撮ってもらった。
代金はクレカでリボ払いを指定して支払った。20回払いにするためには住所が必要なので面倒の無いカード払いにした。むろん1回払いで払えるが28万円を1回払いにするのは不審がられるのでリボ払いを指定した。もっとも千里のカードのリボ定額は80万円に設定されている。(100万円でもいいのだが99万円までしか設定できない)。
その日武矢が福居さんの代理で漁協に書類を届け、帰ろうとしていたら、掲示板の所に「機関士急募・年齢学歴不問」という掲示があった。
「おっ」と思い、武矢がそこに書いてある電話番号に電話したら、取り敢えず会いたいと言う。それで武矢はタクシーを呼ぶと市街地方面に出た。
武矢がタクシーに乗ったのを見て、きーちゃんは機関士募集の紙を剥がした。
その事務所は留萌の市街地に入る少し手前、S町の道路沿いにあった。“カンピ北海道・留萌支所”という看板が出ている。
(カンピ北海道はカイ製紙・カイ合板の持ち株会社。↓の尾鍋さんは実際はミンタラ北海道からの出向。“カンピ”は“紙”という意味)
武矢はタクシーを降りると事務所の中に入った。
「こんにちは。先程お電話した村山と申しますが」
「ああ、村山さん、こんにちは」
と言って席を立ってこちらに来たのは40代の男性である、テーブルと椅子4つがあるところの椅子を勧められるので座る。
「私は旭川のミンタラ北海道という会社の子会社“カンピ北海道”留萌支所の所長で屋鍋と申します」
と言って男性は名刺を出した。
「村山武矢です」
普通の人ならここで履歴書を出すのだが、あいにく武矢はそのあたりの常識が無い。
「船の機関の仕事の御経験は?」
「30年ほど漁船の機関部で働いていました」
「キャリア長いですね。おいくつですか」
「48歳です」
この年齢じゃ駄目かなあと思ったが相手は頷いている。
「海技士の資格とかお持ちですか」
「はい。機関の2級を」
「おお、2級だったら安心だ。今お仕事は?」
「乗っていた漁船が5年前に廃船になって今は週一回帆立稚貝の養殖の仕事をしています」
「そちらは曜日は決まってます?」
「はい。毎週木曜日です」
「こちらはできたら毎週火曜日にお願いしたいんですよ」
「ぜひやらせてください。船を動かせばいいんですね」
「ええ。運搬船なんですけどね」
それで武矢は採用され、6月8日(火)からお仕事に入ることになった。その日は港に停泊している船“第八西海丸”を見せてもらったが武矢は
「ああ、これなら分かります」
と言って機関を始動させてみた。屋鍋さんは頷いていた。
「ところでどこまで航海するんですか」
「北鹿島ってご存じですか?」
「ああ、おっぱい島ですね」
「おっぱい島!?」
「本当の名前は海女ヶ島とか言うんですが、島の形が女のおっぱいの形をしてるんで漁師仲間では、おっぱい島と呼んでるんですよ」
「なるほどですね」
「でもあそこは無人島だったと思いますが」
「工場を作ったんですよ」
「へー。でもあそこの入江は浅いんですよ。この船入れるかなあ。沖に停めないといけないかも」
「大丈夫です。浚渫(しゅんせつ)しましたから1500トン級の船でも入れます」
「それは凄い。ところで荷物は?」
「行きは樹木、帰りはトイレットペーパーですね」
「へー」
「週に一度材料を運んで行って製品を持ち帰るんです」
「なるほどー」
「荷物の積み下ろしは工場のスタッフがやりますから」
「分かりました」
船内も案内してもらったが
「広いしきれいな船ですね」
と武矢は言っていた。
船橋(せんきょう)も見るが、近代的だしきれいなので感心していた。
「へー。トイレが男女に分かれてるんですか」
「港湾や工場のスタッフが使うこともありますから」
自販機まで置いてある。
「へー、ここの自販機は今時100円だ」
「儲ける必要が無いですからね」
6月3日、ダイエー創業者、中内功の次男で旧福岡ダイエーホークス元オーナーを務めた中内正が、贈与税2億7500万円を脱税したとして相続税法違反容疑でさいたま地検に逮捕された。
6月4日 - 鳩山由紀夫内閣が総辞職。菅直人が民主党代表選挙で樽床伸二を退けて第8代民主党代表に選出され、同日の衆議院及び参議院での首班指名選挙に於いて第94代内閣総理大臣に選出される。
6月8日 - 菅直人内閣が発足。
武矢たちの仕事は6月8日からなのだが、前日の7日(月曜日)、事務所でクルーの顔合わせが行われた。尾鍋所長がひとりひとりを紹介する。
「船長(キャプテン)の西口さん、49歳」
「甲板長(ボースン)の会田さん、44歳」
「機関長の村山さん、48歳」
「以上40代トリオですね」
と尾鍋さんが言う。
この3人は互いに顔見知りだった。全員漁船に乗っていたが、廃船になり、船以外の仕事ができないので、ほぼ無職の状態を数年続けていた。西口さんはコンビニのバイト、会田さんはチラシ配布の仕事をしていたという。
「操舵手の広川さん、36歳」
30代は彼だけである。
「甲板員(かんぱんいん)の山門君。26歳」
「無線士の波多君、27歳」
「司厨(しちゅう)の島本君。23歳」
「以上は20代トリオだね」
この7人で船を動かす。質問が出る。
「司厨は女なの?」
「ぼく男でーす」
と島本君本人。
「女に見える」
「小さい頃から女の子と間違えられてました」
彼は身長も162-163cmくらいだし、髪も肩くらいまであり、喉仏も目立たない。撫で肩だし、ウェストがくびれている。穿いているズボンも多分レディスだろう。声も中性的である。
「でもスカートくらい穿くんでしょ?」
「スカートは持ってるけど女装趣味は無いです」
「それは矛盾してる」
ズボンに膨らみが無い問題には誰も突っ込まない。胸があるような気がするのにも誰も突っ込まない。武矢などは、こいつ本当は女なんだろうなと思っていた。
「ちなみに下の名前は?」
「飛ぶ鳥と書いて飛鳥(あすか)です」
なんか男女どちらでもありそうな名前である。
「彼は剣道五段・空手三段だそうだから襲ったりしないように」
「強〜ぇ」
「ぼくスティール缶握りつぶせるんですよね」
と言って彼は飲み終えたコーヒーの缶を握りつぶしてみせた。
「睾丸を握り潰されたい方はいつでもどうぞ」
「恐ろしい」
「島本君を襲った奴は自分がスカート穿くはめになるな」
「そういや5−6年前、留萌でバレー部の女子中生を襲おうとして金玉握り潰された奴が居たらしいよ」
「自業自得だな」
「そいつそれでも懲りずに東京でサッカー女子を襲おうとしてもう片方の金玉も蹴り潰されたらしい」
「相手が悪すぎる」
「馬鹿すぎるな」
「というかレイプ犯は死刑でいいよ」