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8月30日
第45回衆議院議員総選挙投開票が行われた。
民主党が308議席を獲得し、議席占有率は64.2%に及ぶ大勝。一方、自民党は119議席を獲得も、公示前議席より181減の惨敗。連立与党の公明党は公示前議席から10議席減の21議席となった。
9月1日
消費者庁が発足する。
千里の山林買収であるが、2009年の後半は主として青森・秋田・岩手といった東北地方の北部の森林を多数買った。また岩手県の内陸部に幾つかの製材所を買ったり創設したりした。“内陸部”にしてくれというのは実はH大神からの要請であった。しかも製材した材木の貯蔵庫は岩手県“内陸北部”に作ってくれと言われたので、一戸町や二戸市などに合計10個の倉庫を建てた。大神からは「お前に頼みがある」と言われる。この件は後述する。
桜水産はスケソウダラの養殖に関して事前調査をしていたのだが、実行に移すことになった。
現在の桜鱒養殖場に隣接して土地を買収、メンバーの手で養殖場の造成工事をおこなった。桜鱒と同様1ヶ月ずつずらした養殖槽を生成する。こちらは育てるのに2年かかることから、養殖槽は24個作った。
桜水産の養殖場のある三泊地区は留萌市の沿岸部最北端にあり、すぐ隣は小平町(おびらちょう)である。その小平町の若手漁業者が設立した“ひらひら水産”から桜水産に接触があった。
「そちらの養殖場の排水をもらえない?」
「排水?」
つまり彼らも陸上養殖をしたいが、お金が無いのでこちらの排水をもらえたら、それで魚を育てたいらしい。しかもこちらの排水は1ヶ月ずつずらした水温のものが12ヶ月分そろっている。
「でも水質を保証できないよ」
「構わない」
「こちらで病気とか発生したらそちらも巻き添えにしちゃうよ」
「それは覚悟の上」
ノー保証ノー責任でよいというので、融通することにした。向こうの養殖場は小平町南端に造成し、こちらの排水を安価なビニールパイプで向こうの養殖場に導く。こちらは各月ごとに
サブ調温槽−飼育槽−一次排水槽
という構成にしたので、この一次排水から取水する。
小平町側に運ぶ間に冷えてしまうが、温室を通して少し温めるということだった。電気とか石油とか使わないのがローコストである。
「でも何を養殖するの?」
まさか桜鱒じゃないよね?
「鰺(あじ)」
「鰺なんてわざわざ養殖しなくてもいっぱい泳いでるのに」
「でも回転寿司とかお惣菜の鰺フライとかはほとんどが養殖」
「そうだったのか」
「でも高くは売れないからコストを掛けたくない」
「なるほどー」
桜水産内で「水質改良を兼ねてサブ調温槽で昆布を育ててはどうか」という意見があったが、サブ調温槽の故障のもとになりかねないということから、サブ調温槽と飼育槽の間に海藻槽を作り。そこで育てることにした。この監修をしてもらうため、北海道新鮮産業根室支店から技術者を招いた。
また「この機会に夏冬逆転牡蛎を育てたい」という声があり、自然の季節と6ヶ月ずれている10号水槽の“排水”を導き、水温を5度くらいあげて、専用水槽で牡蛎を育ててみることにした。このプロジェクトのため、千里は岡山で牡蛎の養殖をしている青沼海産の技術者で名越さんという人を招聘することにした。今度は怪しげな勧誘ではなく会社同士の交渉で招いた。ただし住居は無償で提供するし、食事や洗濯などの世話をするヘルパーを付ける。
「セックスのお相手までは用意できないんです。テンガでも差し上げましょうか」
「欲しい!」
というので、テンガをどっさりプレゼントした。なお食事作りや洗濯は安野さんのお世話もした小丘にさせた。彼女も現在は三児の母である。夫の武那という子にも手伝わせた。一家で名越さんの住むアパートの部屋の隣に住んでもらう。
9月16日、第172回国会(特別国会)が召集される。午前、麻生内閣は首相官邸で臨時閣議を開いて総辞職。衆議院本会議においては、正副議長選挙が行われた後、午後、鳩山由紀夫民主党党首が衆議院・参議院本会議において第93代内閣総理大臣として首班指名された。
千里は2年前に旭川近郊にカイ製紙という製紙会社を作っていたのだが、ミンタラ北海道の湯川さんから「合板会社も欲しい」と言われ、カイ合板という会社も作った。カイ製紙の隣に工場を作った。合板には使えないような木切れは製紙材料に転用する。播磨合板の技師を数名、技術指導に派遣した。
千里はついでに?建築会社も設立することにし、北海道にいる“関東組”と“北海道組”を主力として“鈴蘭工務店”という会社を留萌に設立した。以前大工をしていたものの現在は引退して木工細工造りをしていた、蓮菜の父・琴尾佐吉さんににここの社長になってもらった。彼は実はP神社の元の社務所を1994年に建てた人である。あれは弟子離れし棟梁になって最初に建てた物件だったらしい。色々恥ずかしいところがあったらしいが「燃えちゃったからバレずに済んだ」などと言っていた。
彼はその後10年ほど大工をしていたものの、田舎で仕事が少ないので引退していた。この会社には旭川の朝日ハウジングにも出資してもらい、建築士の資格を持つ長石さんという人に「5年以内に本社に戻れる」という条件付きで出向してもらった。
また経験者を中心に人間の従業員を6人ほど雇った(社長の人脈が大きい)。そして大手ハウスメーカーの研修を受けさせて、軽量鉄骨構造のライセンスを取らせることにした、
千里はフィンランドでの木材運搬のためトラックを購入した。エリッサに頼んでイダルの町でトラックを買ってもらい、彼女の眷属のルイス(EUの大型免許を所有している)に頼み“銀の家”の庭に駐めてもらった。
なおトラックは新車である。ヨーロッパではみんな自動車は壊れるまで乗るので中古車市場が事実上存在しない。(中古車として出ているものはほんとにボロボロの車のみ)
千里は出羽のH大神からの依頼でハウスユニット制作会社ユーニンの岩手支店を作り、どんどんユニットを作らせた。作業の主力はH大神が貸してくれた“東北組”である。彼らは出羽の八乙女・恵姫さんの眷属である。
どうも作業がかなり大規模になるようなので、グレースはQ大神にお願いしてこの“岩手事業”のため、Q大神の便利係をしていたB'(ビーダッシュ“ボニー”)に二戸市(にのへし)に入ってもらった(小さな家を買い岩手司令室とした)。また巨大倉庫を建設し、大量のお米・水・トイレットペーパー、紙おむつ・生理用ナプキン、カップ麺・アルファ化米・割り箸などの備蓄を進めた。また、おにぎりロボットなども購入した。トラックも5台買った。倉庫は一戸町・十和田市などにも作った。これらの購入の原資としてH大神から100億円の資金を頂いた。
千里はこの資金を使って宮城・福島でも森林の買収を進め。福島県の相馬市など数ヶ所にも製材所を作ったが製材した材木は全てトラックで一戸町まで運び、そこの倉庫に収納した。この森林買収等は羽黒木材という会社の名前で進めた。ここの社長は藤島月華である。
2009年の夏、P神社で土日に開催されている“お話会”で、その日は人形劇を見ますと言われ、全員バスに乗って町中の留萌グランドホテルに行った。ここの大広間“白鳥の間”で札幌から来た人形劇団の『ねずみの嫁入り』を見た。アキたち1年生は、みんなこのお話は知ってはいたが、着ぐるみを着たお兄さん・お姉さんたちたの熱演にぐいぐい引き込まれていき、とても楽しんだ。人形劇には他の地区の子供たちも来ていて、同じクラスのエミちゃんやサツキちゃんなどとも目が合って手を振った。
人形劇を見ている時はジュースが配られ、リンゴジュースやミカンジュースなどを飲みながら見ていた。また終わった後、お食事券とお風呂券も配られた。
人形劇が終わったのが11時頃で、お食事は12時半からなので、それまでにお風呂に入ってくださいと言われた。それでサツキちゃんたちと一緒に地下の大浴場に向かう。
「あ、トイレ行こうよ」
と言われるので、お風呂の前にトイレに行く。むろん、サツキちゃんたちと一緒に女子トイレに入った。
普通に列に並び、やがて個室が空いたので中に入り、便器に座っておしっこをする。この時やっとアキは“重大な”問題に気づいた。トイレはまだいいとして、お風呂はぼくどちらに入ればいいの?と思ったら、個室の中に例の女の子が出現する。
「こんにちは、アキちゃん。ぼくは“男の娘の味方”魔女っ子千里ちゃんだよ。お困りかな?」
「ねえ、ぼくお風呂どうしよう?」
「普通にサキちゃんたちと同じほうに入りなよ」
「でもぼく男の子なのに」
「じゃお風呂に入る間だけ女の子に変えてあげるから」
「うん」
「あるいはずっと女の子に変えてもいいけど」
「お風呂の間だけでお願い」
するとお股の感触が変わる。見てみると、お股にちんちんが無くなり、縦に割れ目ができている。へー。女の子のお股ってこんな形なのかと思った。そういえばお母ちゃんのお股にも割れ目があったな、と以前お母ちゃんと一緒にお風呂に入った時のことを思い出した、もうだいぶ前のことだけど。アキは幼稚園に入学して以来、お風呂はひとりで入っている。
それでトイレから出たあと、サツキちゃんたちと一緒に「女」と書かれた赤い暖簾(のれん)の向こうに行く。暖簾のところに女の人が居て、タオルとバスタオルを渡してくれた。
適当なロッカーの前で服を脱ぐ。Tシャツとズボンを脱ぎ、アンダーシャツとパンティを脱いでロッカーに入れる。バスタオルも入れてロッカーを締め、鍵を持った。鍵はゴムのところを手首に付けた。浴室に入る。そして洗い場で髪を洗い、身体を洗った。一度シャワーを身体全体に掛けてから浴槽に入る。それでサツキちゃんたちとおしゃべりしていた。
15分くらいしたところであがる。
ロッカーを開け、バスタオルで身体を拭き、著てきた服を身につけた。お風呂を出た所でお股の感覚が変わったのでトイレに行き、ちんちんの収納のしかたを修正した。
その後、サツキちゃんたちとしばらくロビーでおしゃべりしてから、食堂に行く。それでホテルのランチを食べた。ビーフステーキとロールパンにスープだった。アキはサツキちゃんの食べ方を見習い、ナイフとフェークを使って、ステーキをナイフで切りながらフォークで食べた。スープはスプーンですくって飲んだ。ティーカップに入れた紅茶も出たのでそれも飲んだ。
こうしてアキはホテルでの人形劇とお風呂・ランチというひとときを過ごしたのであった。
京都南邸の調理を担当している百合さんは通常、南邸の庭に建つ仮眠所で寝泊まりしているが、彼女の正式?の住居は南邸から30mほど離れた場所に建てたアパート“南荘”(正式名は村山荘)である。
ここは木造2階建てのアパートで百合さんは2階の201号の住人である(ただしほとんど帰ってない)。ちなみに203号は南邸の雑用係の小郷の部屋である。彼女もほとんど帰宅していない。通常小郷は千里の部屋のサブベッドに寝ている。1階には現在住人は居ない。ここには特に住人を入れる予定は無かったのだが、2009年夏、最初の住人が入る事になった。