[*
前頁][0
目次][#
次頁]
「取り敢えず見積もりお願いしようかな」
それで千里は万奈を呼んだ。そして取り敢えず万奈の車で現地を見に行く。30-40坪の土地に崩れた家がある。万奈は土地の寸法をレーザーメーターで測っていた。そして太田さんの所に戻って打ち合わせる、
「大雑把にイメージしてたのは、前面に駐車スペース、そして工房の建物があって、奥に小さいのでいいから住居が作れないかと」
と佐藤さんが言うが
「あのスペースに?」
と万奈が呆れる。
「やはり無理がありますかね」
「いやできんことはない。住居というよりは仮眠所みたいなものになるけど」
「それでいいです」
それで太田さんの家の応接間で万奈はA3の紙の上に大雑把な図面を描いた。
「土地が5間×8間。工房の建物を4間×4間で建てて、その裏に4間×2間の仮眠室を作る」
「建蔽率は大丈夫?」
「ぎりぎりOK」
「建築費は、いくらくらいになる?」
「まあ800万かな」
「1800万?」
と佐藤さんが訊き直す。
「いや、ただの800万」
「支払いは年100万くらいずつにしてあげてよ」
「じゃ千里の顔で」
「工期はどのくらい?」
「まあ10日かな」
「速い!」
それで佐藤さんは、家の建て替えを大力工務店に依頼してくれたのである。
「仮眠室は2階建てにできます?」
「OKOK」
例によって工事はこのように進んだ。
(1d) 家の瓦礫を撤去
(2d) 基礎工事。コンクリートが乾くまで一週間待つ
(9d) 建物が完成している。
(10d) 電気・電話・ガス・上下水道の接続
「10日って瓦礫撤去や基礎工事まで入れて10日だったのか」
と佐藤さんが驚いていた。
工房が軽量鉄骨構造で仮眠棟はユニット工法である。基礎のコンクリートが乾く間に別の場所で建てていた。
工房はコンクリート床で、3畳ほどのキッチンが付属している。
(このキッチンはユニット)
お風呂は仮眠棟のほうにある。仮眠棟1階と工房は軒が繋がっている。これで両者はまとめてひとつの家と主張できる。ひとつの土地には家はひとつという原則を守っている。仮眠棟は1階に6畳と4畳半の部屋、2階にバスルームと4畳半の部屋、がある。トイレは1階にも2階にもある。1階の6畳がリビングである。1階に佐藤さん、2階に一緒に工房をやるお友達が入るという。
太田さんが“さくらフルート工房”と毛筆で書いた看板を渡した。
「さくら工房と言うんですか?」
「私が佐藤で相棒が倉田なので、ふたりの名前を合わせて“さくら”なんですよ」
「なるほどー」
こうして、さくらフルート工房は出発したのであった。
看板が掛けられた後で千里は初めて相棒の倉田さんを見た。
佐藤さんのこれまでの話から相棒って男性かと思っていたのだが、本人を見たら(少なくとも見た目は)女性だったので驚いた。
“さくら”工房が“ささ”工房になっちゃったりしてね!?
フィンランドから戻ったロビンは、フィンランドで作った会社viisi prinsessaaの日本法人になる“五姫(ごひめ)”という会社を設立した。
それから留萌に行き、P大神に自分のコピーを作ってもらう、スモールr(ロゼット)と同じスペックだが、この子をrr愛称ローゼンと命名した。ついでグレースからH大神にお願いして、山形本籍の適当な名前の女性のパスポートを作ってもらった。この女性は“村田万里”という名前になった。
(H大神眷属の)恵姫さんに動いてもらい、この名前で山形の酒田銀行に口座を開設、VISAカードも発行してもらった。
そしてローゼン(村田万里)をフィンランドに渡航させた。渡航はもう9月下旬になった。前提となる作業が大変だった。何せ人間ひとりでっちあげたし!
わざわざ別の名義を作ったのは、ロビン自身の海外渡航と干渉しないようにするためである。
本当はフィンランドの在留許可が取りたいのだが、物凄く時間がかかるので、この秋の渡航はビザ無しでの90日以内短期滞在を使う。
8月23日、近畿地方の国公立大学の剣道大会が行われた。京教女子は1年生のチームで出場した。
先鋒:シルキ・クイッカ(橘花)
次鋒:島根双葉
中堅:木里清香
副将:村山千里
大将:青井リラ
1〜3回戦は最初の3人で勝ち上がる。準々決勝ではシルキーは負けたが次の3人で勝って勝ち上がる。準決勝ではオーダーを組み替えて青井を先鋒にした。すると、青井が勝った!その後、双葉と清香も勝って勝ち上がる。決勝は、またオーダーを組み替えて、最強3人を先頭から並べたので、双葉・清香・千里と勝って優勝を決めた。
今日の主将になっている清香が優勝の賞状をもらってきた。
なお男子はベスト4まで行ったところで準決勝敗退だった。
双葉は8月18日にフィンランドから戻って来たあと、8月20日(木)に自動車学校に合宿コースで入校した。8/27まで第1段階をして8月28日(金)に仮免試験を受けて合格。8/28-9/3 で第2段階をし、9月4日(木)に卒業試験を受けて合格。翌日9月5日に免許試験場に行き、学科試験に合格してグリーンの帯の普通免許を手にした。
なお23日は教習の時間をずらして昼間大会に出た。コリンが車で送迎した。
双葉が自動車学校の合宿に行っている間に、公世は言った。
「僕はもう運転の仕方忘れてるかも」
「ああ、4ヶ月運転してなかったら忘れたかもね」
千里は公世を夜間のゲームセンターにつれて行き“免許の鉄人”をたっぷりさせた。これは実は自動車学校に置いてあるシミュレーターと同等のものである。ただし100円で10秒程度しか運転できない。それでも20回くらいやったらかなり良い訓練になったようである。
「これいいね。だいぶ感覚取り戻した」
と本人も言っていた。
「やはり練習用に車1台買っとくかなあ。きみちゃん付き合って」
「うん」
それで千里は翌日、きーちゃんも連れ、公世と一緒に中古車屋さんに行った、それで2001年式のフィット(FF CVT 1300cc)を買った。きーちゃんを連れて行ったのは名義人になってもらうためである。未成年では車の所有者になれない。必要な書類は全部用意しておいたので、その場で受け取り、千里が運転して帰った。家の前、コリンがアクセラを駐めている隣に駐車した。
「車の少ない夜中とか早朝に練習するといいよ」
「分かった。頑張る」
それでこのあと夏休みが終わるまで、この車を公世と双葉が運転の練習に使ったが、2人ともよくぶつけて車は満身創痍になった。かなり大きな修理も2度した。
「ごめーん。またぶつけた」
「乗ってる人に怪我が無ければノープロブレム」
ふたりはよく組んで夜中に出掛け、行きは双葉、帰りは公世などとして交代で運転していたようである。でも最後に家の前に駐車するのは、千里かコリンに頼んでいた。
「駐車は難しい」
「駐車枠が縦に2つ並んでいて、突き抜けて駐められる所好き」
「あれいいよね」
「でも千里は凄く上手いね」
と双葉が言う。
「あの子は小学生の頃から運転してたから」
と公世は答える。
「悪い奴っちゃ」
8月28日(金).
松田春秋さんから「レプリカできたよ」という連絡があったので、千里(夜梨子)は受け取りに行って来た。
「美しーい!こちらが本物じゃないかと思っちゃいます」
「偽物は本物以上に美しいからこそ存在価値がある。宝石のイミテーションとかそうでしょ?」
「ああ。キュービックジルコニアとか本物のダイヤより輝きが強いですよね」
「うん。宝石は概して良さそうに見えるのが偽物。楽器とかも安い楽器のほうがクリアな音が出やすい」
「高い楽器はポテンシャルが大きいんですよね。だから演奏者のレベルとの掛け算。しばしば足し算と誤解している人が居る。素人がF1を運転してもまともに走らない。着物なんかも手描き友禅よりインクジェットプリンター染めのほうが、より細かい模様を染められます」
「本物は深みがあるよね。表面だけ美しく飾ったのが偽物」
刀は時代劇の小道具を作っている製作所から未塗装のものを分けてもらったらしい。刀身は樫の木にアルミ箔を貼ったものである。京都の町で観光客向けに売ってる銀色ラッカー仕上げのものより見た目がぐっと本物っぽい。(一般に“竹光”は実際には竹ではなく樫の木など硬い木で作られる。竹は中空なので刀の形に成型するのが難しい)
鞘は未塗装のホウノキの鞘にアクリル絵の具で模様を入れたもの。漆と同様、立体感のある模様に仕上がる。金銀の龍や柄の彫金は別途作って接着剤で貼り付けている。龍の眼は結局レッドクォーツとグリーントルマリンを使用した。鞘の先に取り付けられている狐の眼は本物と同じ金である。融けた14金を雫にして落として作られている。これは適当な代替物が無かった。直径1mm程度のとても小さなものなので、真鍮の金メッキとかは作るのが大変である。キツネ自体は檜を彫ったもの(本物の方は白樺)。
「忠実にコピーするより全体的な雰囲気が似るように仕上げた」
「そのほうがいいです。単純コピーなら3Dプリンターでいいですもん」
3Dプリンタで作ったもののほうは貞美ちゃんが鋭意着色中である。
「いや3Dプリンタは物凄い革命的な技術だよ。無限の可能性を秘めている」
「いろいろコンピューター上で造形すればそれが物理的に成型できるというのは面白いですね」
「うん。これからは人間の想像力が大事になるんだよ」
千里はお礼を言い、報酬は200万円ではどうかと提案した。しかし松田さんは
「それはもらいすぎ。半分の100万でいい。僕は充分楽しんだ、それが報酬だよ」
と言う。しかし100万では申し訳無いので120万円渡した。
すぐ留萌に行き、常弥に渡したが「立派なのができたね!」と驚いていた。
「これを拝殿に飾っておきましょうか」
「ほんとにそうしようか」
ということで、このレプリカはP神社の拝殿に飾られることとなる。お寺なら仏像の御前立みたいなものである、(一応これにも警報装置を付けた)