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ドローンは道から外れて最初は下に次は上に飛ばしてみた、どちらもかなりの勾配の急斜面である。これは、木を切るだけでも普通の人にはたいへんだろうなと思われた。
このあと青池は3時間ほどドローンを飛ばしてこの付近の地図を作成した、シルキーたちのスカン村からの登り口だけでなく、隣村のラカン村からの登り口も確認して地図に書き入れる。また、近隣の10家ほどの林もマークした。
しかしお祖父さんは10年ぶりくらいに見る山の景観が懐かしそうで、“三本赤松”とか、“二股の木”とか、“青岩”とか“天使の舞台”と呼ばれる上が平たい大岩とか、“白滝”とか色々特徴ある場所を教えてくれた。青池はそれらを地図にも書き入れたので、山で道に迷ったときに役立つなと思った。
しかし他の家の林との境界については結構アバウトっぽい。少々間違って切っても分からんよなどとお祖父さんは言っていた。みんな年取っているし、息子さんとかは林業をしてないという。だからこの付近は放置林が多いらしい。
だいたい地図ができたところで、千里・公世・九重・青池・銀白と、お祖父さんとで製材所にも行った。
「ラウカさん、まだ決まってはいないけど、若い人に頼んでまた木の切り出しするかも知れないから、また頼むよ」
「OKOK」
お昼過ぎには、スペインから来たエリッサと、彼女がヘルシンキで雇ったフィンランド人の弁護士スリヤバーラさんと会う。彼女に拠点とするための家を1軒買ってもらった。住人が都会に移住して空き家になっていた家らしい。取り敢えずこのまま使い、時期を見て建て直させようと千里は思った。取り敢えず玄関に銀色のモールを貼り付け、ここを「Hopea talo(銀の家)」と命名した。(ホペアが銀、タロが家)
「じゃ銀ちゃん、しばらくここに住んでて」
と銀白に言う。
「分かりました」
「最初は寂しいかもしれないけど、すぐ賑やかになるよ」
と言って、彼には『やさしいフィンランド語』という本を渡した。
夕方、公世はお祖母さんと一緒に買い物に出た。千里は九重・青池と一緒にお祖父さんの昔話をいろいろ聞いていた。ヒグマと遭遇したけど、食料を投げながら逃げて何とか逃げられた話とかは得意そうであった。
「日本にもそういう話がありますよ。やはり食料投げながら逃げるのは基本みたいですね」
「やはりその手だよね」
“3枚の御札”型の逸話である。アメリカでそうやって熊から逃げ切った人の動画が公開されたこともある。パンとか果物とかを投げながら逃げて、最後はリュックを投げ捨てていた。
双葉たちは夜9時近くになって帰ってきた。サンタクロースとお話しして、記念写真を撮り、トナカイのそりに乗り、サンタ村郵便局からハガキを出し、北極圏到達証明書をもらい、色々グッズも買ってきたということで双葉が凄く楽しそうにしていた。
お祖母さんが夕食をレンジで温めて出す。
「お魚も行けるということだったから」
というので、今日は鰊のフライである。7-8時頃に揚げていたのだが、双葉たちの帰宅が遅くなったので冷めてしまっていた。
「おお、これは美味しそうだ」
と言って清香達は鰊のフライにかじりついたのだが・・・・
「このおかずには私はご飯が欲しい」
などと清香は日本語の小さな声で言っている。
「あはは。郷に入りては郷に従え」
などと双葉が言う。
「何か問題あった?」
とお祖母ちゃんがシルキーにフィンランド語で訊く。
「問題無い。小さな文化的違い」
とシルキーは言うと、自分のバッグから割り箸を取り出して清香に渡した。
「ありがと」
「It's delicious」
と言って千里は鰊フライをフォークで食べ、お祖母ちゃんの手焼きのパンを食べる。清香も「ヒュバー(美味しい)」と言って、フライを箸で食べ、手でパンを食べていた。
それでお祖母ちゃんは食器の問題だったのかと思ったようである。
しかしシルキーはナイスフォローだった。何だかうまくまとまってしまったし、誰も気を悪くせずに済んだ。
翌日(8/16)はみんなで山に行ってみることにする。
「人を寄せ付けない急斜面と聞いたが」
「近くまでは私たちの足でも行けるんだよ」
と言い、みんな念のため登山靴を履いて出掛ける。一行は、千里・清香・公世・双葉・シルキーの女子5人と、ガード役の九重である。
「あれ?徳部さん、いつ来たの?」
「千里に呼びつけられて昨日来た」
「たいへんねー」
それで6人で村の端の登山口まで行く。そして結構急な登山道を登るが、みんなスポーツ女子だから、このくらいは登る脚力がある。それでも双葉は
「これ運動してない人には結構辛い道だね」
と言っていた。なお地図は双葉と公世がカラーコピーを持っている。千里と九重は景観を頭に叩き込んでいる。清香は地図を持っていても無意味である。
30分ほど登って“すずらんの道”に到達する。シルキーが
「ここはkielo polku だね」
と言う。
「そうそう」
「どういう意味?」
「日本語で言うと“すずらんの小径(こみち)”」
「美しい」
「5月頃にはたくさん、スズランが咲くらしい」
「へー」
かなり歩いて黄色い紐が巻かれた白樺に到達する。
「ここがお祖父さんの山の右端。ここから先、赤い紐を巻いた木のところまでが、お祖父ちゃんの山」
「ほほお」
「でもこの紐、心許ないね」
と双葉。
「私もそう思ってた。徳部」
「へいへい」
それで徳部は新たな黄色い紐(ビニール製)を数本木に巻き付けた。
そこから更に“すずらんの小径”を10分くらい歩き。赤い紐が巻かれた白樺に到達する。
「ここまでがお祖父ちゃんの山」
徳部はこちらの木にも新たな赤い紐を巻き付けた。
「この道自体は結構歩けるね」
「うん。ここだけはね」
「しかし確かに山は急傾斜だ」
上を見ても下を見てもかなりの急傾斜面である。
「確かにこの斜面で作業するのはかなりの身体能力を要求するな」
「でしょ?」
「しかし登山経験者とかを雇えば木を切るところまでは出来そうだ」
「でもどうやって搬出するかという問題はあるね」
「シルキーのお祖父さんはそれをやっていたのが凄い」
「近くの山の所有者数人とで共同でやってたらしい。でも全員年取ってしまって」
「なるほどー」
「だからこの付近の山はみんな放置状態」
「魔人か巨人でも雇わないと厳しいな」
と清香が言ったが、この言葉にどこか近くで反応した“もの”が居たことに千里は気づいていた。
双葉が写真をたくさん撮っていた。公世はペットボトルを使って傾斜を測っているようだった。
いったん戻ることにする。すずらんの小径を登山口のほうに戻る。このとき、先頭を千里が、最後を公世が歩いた。
“そいつ”はいきなり、公世に襲いかかってきた。千里は素早く列の後ろまで行くと公世を突き飛ばして避けさせ、村正を抜かないまま鞘ごと“そいつ”に突きつけた。
「きさま、私が抜刀していなかったことを幸運と思えよ」
とフィンランド語で言う。
「ふん。抜刀してたら、どうだと言うんだ?」
こいつ態度悪いな。こういう奴好きだけど。
千里は村正を鞘から抜くと一振りする。近くのスプルースの木が切られて倒れた。千里は今度は抜き身の刀を“そいつ”に突きつけた。相手は顔色ひとつ変えない。うん。なかなか根性のある奴だ。さてどう料理するか。
一方“そいつ”は思っていた。この女、かなりやばい。今のは剣で木を切ったんじゃない。円盤状にしたエネルギー弾をぶつけて木を切断した。そしてその切断面に正確に剣を通した。強い上に目がいい。あのエネルギー弾はまともにくらうと俺でも無事では済まん。
千里は(フィンランド語で)言った。
「うん。なかなか切れ味が良い。次はお前の首を切ろうか、それともお股の首を切ろうか」
その時
「Please wait」
という声が掛かる。見るとムーミントロールみたいな形をした老人の妖精である。
「お嬢さん、強いですな」
と妖精は英語で言った。
「私たちは東洋の日本から来たサムライだよ」
「ああ。日本のサムライは勇敢でかつてはモンゴルの勇猛な大軍も追い返したと聞きます」
「まあ。730年くらい前だけどな」