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翌年以降はブラジル産縮緬(後述)を使用した“振袖21・特”というのも作った。これは一応正絹なので礼装にも使える。価格は倍の16万円である。これも姫路ネオラボで生産する。
ただし正絹(絹100%)なので、家庭での洗濯は困難である。気軽さを取るか品質を取るかの選択。
またインクジェットは、人手では困難なグラデーションなどもできるし、写真をそのまま振袖に染めるなどというワザもできる。
写真をそのままプリントしたものは“写実主義”と命名したがこれもかなり受けた。吉野桜、京都御所、宇治橋に昇る朝日、富士山、などが凄い人気だった。
(自然を写すというのは、どちらかというと加賀友禅的なコンセプト)
また注文者が持ち込んだ写真での染め上げも8/16までの注文では受け付けた。これを“マイフォト袖”と呼んだ。ペット写真を持ち込む人が多かった。一部自分で描いた絵を持ち込む人もあった。(充分な解像度のjpegかpsdで受付る)
この姫路ネオラボこの責任者としてスカウトしたのは、きーちゃんに紹介してもらった人で、“紙田美香(かみたみか:回文)”という39歳の女装者さん、新潟の友禅屋さんで社長と喧嘩して辞めたという人である。女装勤務を許可したので嬉しそうに女物の小紋(*9)を着て仕事をしていた。女性従業員さんたちとも概ね仲良くやっていた。
(喧嘩してというのも話を聞いてみると女物の和服を着て会社に出ていったのを注意されてそこから揉めたらしい)
山崎工房の馬場さんにしろこの人にしろ「村山さんは人材のリサイクルが上手い」と小川社長には言われた。
(*9) 和服のグレードで、付下げというのと、小紋というのがある。付下げは(絵羽にまでしないが)上下のある大きな模様が著た時に上下正しくなるように描かれているもの。小紋とは上下の無い小さな模様が多数入っているもの。ただし、近年は訪問着と付下げの中間の服、小紋と付下げの中間の服なども作られている。
千里はシルックと但馬ちりめんの中間レベルの商品が必要だなと感じ、輸入絹織物を仕入れることにした。
・中国に人脈を持つ桜製菓の片倉の紹介で香港(ほんこん)の東京縮緬という会社の縮緬を輸入した。
ちなみに“東京”は日本の東京(とうきょう)ではなく中国の東京(トンチン:別名開封。河南省)らしい。でも本当に開封(カイフォン)で作ってるのかは怪しい気がする。ただ千里の目で見た分には充分よくできた縮緬だと思った。
この東京縮緬は東山および山崎工房に入れて、丹後縮緬・但馬縮緬を使い切った後、これも使用した。職人さんたちは
「中国産にしてはよくできてる」
と言っていた。
・世界的な人脈を持つ紫微の紹介で、ブラジルのrio tango silk という会社のクレープ絹織物つまり縮緬を輸入した。紫微が“里王縮緬(リオちりめん)”と命名していた。ちなみにtango は音楽のタンゴであり、丹後とは無関係ですと向こうの社長さんは千里との電話(会話は英語)で言っていた。でもタンゴってブラジルではなくアルゼンチンの音楽なのでは??
急ぐので、千里はここの縮緬をジェット機をチャーターして日本に運んだ。最終的にはこのブラジル産縮緬のお陰で、何とか注文を全部こなすことができた。
千里は但馬縮緬の製織に使用している機械を向こうの社長に教えてあげたし、向こうの技術者を5人、日本に呼んで勉強させたので、翌年からはこの里王縮緬は東京縮緬より高品質になる(買い取り価格も高くなった!でも沢山納入してくれて助かった)。
このブラジル産縮緬は今年は姫路ネオラボに入れて、インクジェットプリンターで染めた後、こちらは普通の振袖に仕立てた(翌年からはこれを使ったセパレート振袖“振袖21特”も生産する)
※今年の本注文の際のグレード選択
A(京友禅) 100万円以上 手描き・丹後縮緬
B(準友禅) 80-100万円 手描き・但馬縮緬
C(京都友禅)50-80万円 手描き・東京縮緬(中国産)
D(友禅風)20-50万円 プリンタ・里王縮緬(ブラジル産)
E(振袖21)8万円 プリンタ・シルック
いづれも在庫(生産予定量を含む)が切れたら受付終了。A7/19→B7/31→C8/9の順に売り切れた。Dは8/31まで受け付けた。
昨年の京友禅振袖生産量を1として、今年はAを1.2(東山), Bを1.3(山崎), Cを東山と山崎で合わせて1.4 くらい生産できて、以上合計で前年比約4倍の友禅振袖を生産できた。それで仮予約した人の3割ほどがどれかのグレードの友禅、残りは半数が“友禅風”(プリンタ染めの振袖)、半数が振袖21を選択した。
なお後述の事情で翌年からは準友禅→京友禅・光、京都友禅→準友禅、と改名した。
(5) 労働環境の改善
各工房は基本的に1階が染色工房、2階(一部は隣地)が絵付け・縫製のスペースである。東山工房ではここが畳敷きであるが、山崎・姫路では洋室にして、椅子に座って作業するようにした。これは特に若い人たちに好評だった。ただし休憩用の和室も設置した。なお年齢が高い人もいる伏見工房(後述)は半分を畳部屋、半分を洋室にした。
また作業時の服装もこれまでは和装だったが東山以外では自由化した。するとほとんどのスタッフが洋服にした。作業の追い込みに入った9月以降は東山も、絵付けの見学室勤務の人以外、自由化した。
また東山も含めて、工房のトイレは桜製菓基準の快適なものに改造し、個室の数も倍増した(山崎・姫路は東山の倍で作った。その後東山も倍増した)この付近は主として千里と常務の話し合いで進めている。常務には姫路に来てもらい桜製菓のトイレを見せてあげて「これはいい」と言ってもらった。
各工房には食堂を併設した。ここは軽食メニュー(サンドイッチ・おにぎり・ハンバーガー・タコス・焼売・中華まん・フライドチキン等)も作り、休憩ラウンジとしても利用できる。
作業場と食堂(ラウンジ)、休憩室(和室)に無料のティーサーバーを設置した。宇治茶・ほうじ茶・麦茶・烏龍茶・紅茶・コーヒー・白湯(さゆ)などが飲める。ただし、作業机に持って行くのは禁止とした。こぼしたら怖すぎるのでこれはみんな守ってくれた。
作業環境に山崎と伏見ではクラシック音楽を流した。東山は箏曲。姫路はスタッフの希望で洋楽になった。有線の洋楽のチャンネルを流した。
また各工房には託児所を設置し、保育士の資格を持つ人を充分な人数雇った。これで結構小さい子供を抱えた女性が来てくれたのである。
(6) 労働支援体制
まず、製造に関わるスタッフの給与を2割アップした。特に指導役になる中堅以上のスタッフには“技術手当”を出して実質3割アップにした。
「そんなに上げたら戻せません。1割にしましょう」
と社長は言ったが、千里が
「今後10年は自分が増加分を負担するから」
と言って2割アップにした。
それから今年いっぱいは時間外手当を5割増しにした。これについては、従業員代表と話し合い、こんなに頑張ってもらうのは今年だけであり、来年以降は増員で対応することを約束した。
京都市内山科区の空いている1DKマンションを買い上げ、ここを主として独身者向けの社員寮とした。社員寮は、山崎・姫路にも設置した。寮からは送迎バスも運行する。
秋以降は縫製のスタッフを増員したが、“寮・託児所・社員食堂完備”とアピールして、募集を出している。なお、未経験者(和裁学校卒業者など)は原則として山崎や姫路に配属している。でも仕事をしている内に上達して姫路から伏見(↓)に抜擢した人もいた。
(8) 伏見縫製工房
秋になってから、「反物を振袖に仕立てるのが間に合わない!」というのが問題になった。それで京都市内伏見区に空いているマンションを丸ごと8億円で買い取り、ここの1〜4階を縫製工房(一部は食堂など)として大量求人した。5階以上は社員寮である。家族での入居も可能であることから、子連れの女性がかなり参加してくれた。単身者は山科区または山崎の独身寮から送迎する。
この伏見工房に入ってもらったのは振袖縫製の経験者あるいはそれに近いレベルの人である。経験さえあれば、年齢・性別・国籍不問としたら、中国で日本の呉服店の下請けで縫製をしていたという中国人が10人ほど来てくれて凄い戦力になった。また男の娘が6人もいた。この子たちが凄い上手かった。女性並みになりたいというのでお裁縫も一所懸命勉強したなどと言っていた。また体力があるので助かった。彼女たちには女装勤務を許可したので嬉しそうにしていた。なお女子トイレの利用については個別審査としたが6人中4人が女子トイレ利用可になった。
この伏見工房の責任者について千里は言った。
「雅夫さんがするしかないです」
社長も少し考えて同じ結論に到達したようである。若い人を集めた山崎工房とは違い、ここに集まるのは30代以上の、比較的高い年齢の職人さんたちと思われる。各々が“自分のやり方”を確立している。しかも他の店で働いていた人たちである。店により着物に対する考え方も違う。その人たちに言うことをきかせるのは、社長の息子にしかできない。
それで現在東山工房の工房長である、小川社長の長男に、伏見工房の工房長への転任辞令が出たのである。東山工房は妹の祥代さんが“工房長代理”の職名で引き継ぐ。
土地の高い京都市内に設置したのは、求人の問題である。「勤務地:大山崎町」とかにするより「勤務地:京都市内」のほうが人が来てくれる。求人は京都のみでなく、大阪や東京・新潟・金沢・福岡などでも募った。「社員寮・託児所・社員食堂完備」というので、魅力をアピールする。短期(2−3ヶ月)と長期の両方募集したが、短期の応募者が多かった。実は農閑期に入った北陸や東北から“出稼ぎ”で来てくれた人たちが結構居た。
また伏見には横山呉服・平井にいた染色技術者のツテから、両社で縫製をしていたスタッフをたくさん1本釣りした。この人たちの一部は、東山や山崎にも入れた。
また、社長は消極的だったのだが、常務が「もう背に腹は代えられない」と同意してくれたので、自動刺繍機を導入し、80万円以下の振袖に使用した。この刺繍機は伏見と姫路に導入した。50着も出た金閣寺の刺繍入り振袖とかは、刺繍機無しではありえなかった。
この伏見工房を作ったのはもう9月下旬であった。
結局、この年の雅の振袖ラインナップは次のようになった。
“京友禅A”東山工房の製品・丹後縮緬
“京友禅B”他の京友禅会社から買った商品
“加賀友禅”以前から取引のある石川県の友禅会社から仕入れたもの
“準友禅”山崎工房の製品・但馬縮緬
“京都友禅”東山・山崎工房の製品・東京縮緬(中国産縮緬)
“友禅風”姫路ネオラボの製品・里王縮緬(ブラジル産縮緬)
“振袖21”姫路ネオラボの製品・シルック
なお“京都友禅”という名前は紛らわしいとして京友禅の組合から注意されたので翌年からは“準友禅”にした。また、京友禅のA,B は、“夢”“花”と改名した。これはグレードの差ではなく製造元の違い(自社製か他社製か)だけなので、好みの問題となる。販売価格帯も等しい。
振袖21があまりにも話題になったため、京都府外にも販売所や支店を作るに至る。「でも実物を見たら絶対本物の振袖の方を注文する人が出る」という祥代さんの意見から既製品の友禅も一部並べた。また「注文振袖はお盆でオーダーストップ」と掲示し、その後は既製品(仕上がり予定品を含む)の販売かレンタル受付のみとすることにした。(京都市内の店舗では8月末までオーダーを受けている)
祥代さんの予想通り、特に“親子で”振袖21を買いに来た人は高確率で京友禅や加賀友禅、あるいは準友禅・京都友禅の既製品振袖をお買い上げになった。さすがに本物の友禅と見比べるとかなりの落差がある。
なお雑誌の評価では準友禅(但馬縮緬使用の山崎工房製)は、京友禅と差が無いとされた。商品チェックに協力してくれたバイヤーさん全員が判別できなかった。組合からも、これは“京友禅”として売って構わないと言われたので翌年からそうすることにした(“京友禅・光”)
京友禅・夢:東山工房・丹後縮緬
京友禅・花:他社製
京友禅・光:山崎工房・但馬縮緬
“京都友禅”(中国産縮緬使用)は、和服にかなり強いバイヤーさんだけが見分けたが、
「これも京友禅と称して売っても苦情は来ない」
と言われた。しかしさすがに外国産縮緬使用品は京友禅として売るわけにはいかない。
「具体的な店名はあげないけど、これよりグレードの落ちる京友禅を売ってる店もある」
などとも複数のバイヤーさんが言っていた(この意見は、雑誌には収録されていない)。
2010年の成人の日は1月11日で、商品引き渡しのデッドラインはその1ヶ月前、12月11日(金)である。各店舗に美容師さんと写真家さんをスタンバイさせ、引き渡したら即その場で記念写真が撮れるようにする。