[*
前頁][0
目次][#
次頁]
ところで関東総合が行われた数日前の平日。千里は早朝から雨宮先生に呼び出されて、学校を休んで東京に出て行った。
「この業界の人がこんなに早い時刻に集まるって珍しいですね」
と言ったのだが
「私、昨夜からずっと起きている」
という人が数名。
「ところでみんな、朝御飯は食べずに来たわよね?」
「食べてません」
とみんな言うが、毛利さんだけが
「昨夜からの徹夜の制作作業でさすがにお腹空いたんで、ラーメン1杯だけ食べました」
などと言った。すると雨宮先生は
「可哀想に」
とひとこと。
「え?何かうまいもんでも食いに行くんですか?」
「まあ、行けば分かる」
この朝、集まったのは雨宮先生、新島さん、毛利さん、高倉さん、田船美玲さんと、他にこの日初めて会った女性が3人である。北原さんのお姉さんの北原春鹿さん、新島さんの友人で福島在住の松居さん、静岡県在住の福田さん、と紹介してもらった。千里も入れて総勢9人である。
「俺、黒1点かな」
などと毛利さんが言っているが
「それは数え方による気がする」
と新島さん。
「男4で女5ではないかという説もあるわよ」
と雨宮先生。
「お風呂入ってみれば分かるかな?」
と田船さんがいうが
「たぶんここにいるメンツは全員女湯に入ろうとする」
「毛利君も?」
「まあ彼はそれで逮捕されるから」
「ふむふむ」
9人で移動するのにハイエースが用意されている。全員乗り込み、毛利さんが運転して車は首都高から中央道に向かった。どうも毛利さんはこの大きな車を運転するのが主目的で招集されたようである。
富士急ハイランドに9:10に到着する。本来はもう少し早く、開園前に着く予定だったのだが、毛利さんがスピードを出しすぎて、白バイにつかまり切符を切られて遅くなったのである。
「俺、これで累積6点になっちゃった」
「また免停?」
「毛利ちゃん、運転に向いてないのでは?」
「え? 免停くらいみんなやらない?」
「この中で免停くらったことある人?」
誰も手を挙げない。
「じゃ切符切られたことある人?」
田船さんが「1度だけネズミ取りにやられて1点切られた」と言ったが他は誰も捕まったことはないようである。
「なんで、みんなそんなに経歴がきれいなの〜?」
「毛利さん、勘が悪すぎるんだよ」
と高倉さんが言う。
「まっすぐで快適な道とか絶対警察いるしさ。土日の夕方とかはノルマ達成に警官も必死だから軽微な違反でも捕まる」
「まっすぐな道があったら、どこかパトカーが隠れられる場所無いかって注意するよね」
「できるだけ車列の先頭にはならないようにするのも大事」
「他の車の後ろに付いていれば、2台目以降まで捕まることは稀」
「先頭を走る場合は市街地は制限速度厳守、郊外やバイパスでも制限速度+14以内、できたら+5から+9以内で走る」
「15から19は微妙な線だよね」
「10から14も道によっては危ない」
「20以上はまず捕まる」
「交通安全運動期間中は郊外のバイパスでも制限厳守がいい」
「あと高速で追い越し車線を長時間走っていたら、通行帯違反を取られるから多重に追い越す時も前の車まで距離がある時はいったん走行車線に戻る」
「下り坂の終わり付近とか、高速を降りてすぐみたいな、誰でもスピード出しやすい場所は制限速度厳守」
「トンネル出た後もスピード感がくるいやすいから注意」
「警察が待ち構えている可能性高いもんね、そういう場所」
「白バイはしばしば捕まえる前に警告するから、その警告の段階で気付いてスピードを落とせばセーフ」
「バックミラーをちゃんと見てないと、あの警告は気付かないよね」
「俺、そんなの考えたこと無かったかも」
「やはりうかつすぎる」
それで全員で遊園地の中に入る。
「じゃ、担当を決めるから、このくじを引いて」
と雨宮先生が言って、ひとりずつくじを引く。このようになった。
毛利 グレート・ザブーン
新島 ドドンパ
醍醐 ええじゃないか
田船 鉄骨番長
北原 FUJIYAMA
松居 マッド・マウス
福田 ムーンレイカー
高倉 パニックロック
雨宮 レッドタワー
(注.ムーンレイカーは2010年春頃に閉鎖された模様です。高飛車は2011年7月オープンなので、この時期はまだありません)
「先生、これいったい何をしようというのですか?」
と高倉さんから質問が出る。
「各自、そのマシンに乗ってきて、その感想で曲を書いて」
「えーーーー!?」
「どれも行列ができやすいアトラクションだから、少しでも混まない平日に集まってもらったのよね」
「乗っても曲を思いつかなかったらどうしましょう?」
「1回乗っても思いつかなかったら2回乗って、それでも思いつかなかったら3回乗って、以下リフレイン」
みんな「いやーな顔」をするが、田船さんはこういうのが好きなのかワクワクした顔をしている。
「すみません。どういうコンセプトでしょう?」
と北原さんから質問が出る。
「『絶叫マシン』というアルバムを作るんだけどね」
「誰のアルバムですか?」
「AYA」
「AYAは、上島先生の担当なのでは?」
「上島がオーバーフローしてて無理だからアルバムはこちらでやってくれないかと、蔵田君から頼まれた。上島はゴーストは使わないから、各自の名前でクレジットする」
「なぜAYAの件を蔵田さんから頼まれるんです?」
「AYAの事務所の社長の前橋さんは、ドリームボーイズの元マネージャーだからさ。私と蔵田は、鮎川ゆまとか、ローズ+リリーのケイとか、プリマヴェーラの2人とか、共通の弟子が多いのよ。まあ上島も私がやるといえば受け入れてくれるし。具体的に話を持って来たのはケイだよ」
「ケイって蔵田さんと関わりがあるの?」
「蔵田君の曲を歌っている松原珠妃の後輩なんだよ。同じ小学校だったんだ。それで松原珠妃の制作でも助手をしていたらしい。私も詳しいことは知らん」
と雨宮先生。
「へー!知らなかった」
「雨宮先生はケイとどういう関わりなんですか?」
「ローズ+リリーは私が仕掛けたんだよ」
「そうだったんだ!?」
「それなら、ケイにも絶叫マシンに乗ってもらいたいな」
という声が出るが
「蔵田君も2曲書くからというのでケイを、ええじゃないか・ドドンパ・フジヤマに乗せたらしい。但し蔵田だけは、上島プロデュースの作品に名前を出したらまずいだろうということで、蔵田孝治(くらたこうじ)ではなく時浦多久子(じうらたくこ)の名前を使うらしい」
「アナグラム?」
「うん、アナグラムになってるね」
「隠す気は無いということか」
「女名前を使うのは女になりたい願望があるからとか?」
「いや、あの人、純粋なホモだから女装はしないと思う」
「蔵田さんが女装したら気持ち悪そう」
「いや、意外に女装したら美人になったりして」
「うむむ。見たいような見たくないような」
「でもなぜ、蔵田さん自身が乗らないんですか?」
「代理だそうだ」
「よく分からん!」
という声が出るが、千里は新島さんと目が合った。ああ、同じことを考えたなと思う。ケイを絶叫マシンに乗せたということは、要するに蔵田さんの名前で実際にはケイが曲を書いたのだろう。
そういう訳で園内に散る。千里は「ええじゃないか」の所に来たが、マシンを見上げて、とっても嫌な気分になる。とりあえず列に並ぼうとしたのだが、
『千里。いきなりこれに乗ったら死ぬぞ』
と《こうちゃん》が言う。
『やはり?』
『先に、フジヤマに乗って、ドドンパに乗って、それからここに来い』
『それって3回死ねってこと?』
『その前にトイレ行った方がいい。漏らすから』
『逃げたい・・・』
それで千里は《こうちゃん》のアドバイスに従って、まずトイレに行ってからフジヤマに並んだ。フジヤマ担当の北原さんが少し前の方に居る。
「あれ?こちらに来るの?」
「重力の予行練習です。私、ええじゃないかにいきなり乗る勇気が持てないので、こちらで少し慣らしていきます」
「なるほどー」
じゃ一緒に乗ろうよということになり、北原さんが自分の並んでいる所から抜けて千里と一緒に並び直した。まだ朝早いので、そんなに待たなくても良い。10分ほどで乗車口まで来る。
これは何でも「天国に一番近いコースター」らしい。私、まだ天国には行きたくないけどな。北原さんと並びの席に乗り込む。激しいコースターみたいなのに腰の付近だけを留める。こんな装備で大丈夫か?車両が動き出し、かなりの高さまで巻き上げられる。巻き上げられていく時、前方に富士山が見える。ああ、だからフジヤマか・・・と思う。
登り切った所で、もう隣に座っている北原さんは「やめてー」とか言っている。そして下り出すと同時に「きゃー」という凄い悲鳴。
一瞬で坂を下りきる。そしてすぐに登り詰める。隣で悲鳴をあげられたので千里は悲鳴があげられないが心の中で「ひぇー!」と思っている。その後、左にターンするところで富士山がよく見える。ああ、なんか景色が良いなあ、と思ったが、その後は急下降・急上昇にひねりが加わる。
うっ。ぎゃー。ひぇー!
といった悲鳴が心の中で湧き起こる。やめて〜〜〜! 助けて〜〜!!!
千里はもう早く終わってくれという気持ちでいっぱいだった。こんなんに乗ったあとで曲が書けるか? もうそのまま動かない場所で休みたいよ!
頭の中が強制的に空白にされたような時間がやっと終わる。千里はもう帰りたいという気分で車両から降りたが、千里の隣でたくさん悲鳴をあげていた北原さんは
「楽しかった!もう一回乗ってから曲を書こう」
などと言っている。
「お疲れ様です。私は次行きます」
「次は、ええじゃないかに乗るの?」
「先にドトンパ行ってきます」
「なるほどー」
しかし雨宮先生が「朝御飯を食べずに来い」と言ったのが分かる。胃の中に何か入っていたら、胃の中が無重力になる!
[*
前頁][0
目次][#
次頁]
女子大生たちの男女混乱(6)