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(C)Eriko Kawaguchi 2014-10-25
「あぁぁぁ、勝てなかったか」
「まあ、仕方無い」
「でも後半はけっこう頑張れた」
「うん。凄く大きな経験になったと思う」
「次の試合は何だっけ?」
「公式戦は2月に冬季クラブ大会、そして関東選手権。でもその前に12月の純正堂カップに出ることにするよ。今日中に申し込んでおく」
「いつ?」
「12月19-20日」
「了解」
「それからオールジャパンを逃したから、保留にしていた1月の栃木乙女カップにも申し込むから」
「とちおとめ?」
「いや、とちぎ・おとめ」
「それ栃木のチームでなくてもいいの?」
「うん。県外のチームにも開放しているから、関東・南東北からチームが参加するんで、わりとハイレベル」
「へー」
「どちらもオープン戦だから、バスケ協会に登録されてない選手も使える。ただしスポーツ保険に入る条件で」
「誰か助っ人のあてある?」
「男子はダメだよね?」
「一応女子に限る」
「まあ当日までに性転換してもらえれば」
お昼を食べてから午後の決勝を客席から観戦したが、ローキューツを破った赤城鐵道RRRRは、江戸娘をやぶった大学チーム相手に苦戦していた。
「なんか私たちとやった時より動きが鈍い気がする」
などと言っていたら
「ローキューツさんと結構な死闘をしたから、消耗したんですよ」
と近くで見ていた江戸娘の秋葉さんが言う。
「今日はあまり休憩時間が無かったんですよね」
「11時近くまで準決勝やってたのに、12時半から決勝って辛い」
「言えてる」
「とても体力回復しないですよね」
「でも私たちそんな死闘したっけ?」
と夢香が言うが
「ビデオで見たけど、後半は完璧に拮抗してたもん。相手はかなりお尻に火が付いてましたよ。向こうはあまり選手交代しなかったでしょ。主力を休ませられなかったんですよ。主力を下げたら、逆転されかねないと思って」
と秋葉さん。
「ビデオに撮ってたんですか!」
「だって関東選手権では絶対どこかで当たるでしょ?」
「当たるかもですね」
「なんかローキューツさん、関東選抜の時より選手層が厚くなってるし」
「江戸娘さんも人数増えてますよね?」
「休眠選手を掘り起こしたというか」
「ああ、冬眠から目覚めたんですね」
試合は結局延長戦までもつれたものの、最後は何とか赤城鐵道RRRRが1点差で勝ってオールジャパンの出場権を手にした。
「オールジャパンか・・・・」
「一度出てみたいね」
「うちもそちらも可能性はありますよね」
と秋葉さん。
「1月の成人式直前の東京体育館とかでやってみたいね」
「うん。やってみたい」
オールジャパンは成人の日に男子決勝をやるので、女子決勝はその前日に行われることになっている。
そんなことを言いながら、ローキューツと江戸娘のメンバーは男子の決勝に出るチームの練習が始まる中で、フロアから引き上げて行くレッド・ルーク・レイルウェイ・ロビンズのメンバーたちを見詰めていた。
男子の決勝が終わった後で表彰式が行われる。
この日試合のあった男女8チームが整列し、優勝チームには盾が贈られ、その他のチームには2位・3位の賞状が贈られる。ローキューツも浩子が前に出て江戸娘の秋葉さんと一緒に3位の賞状をもらってきた。浩子と秋葉さんとでも握手をしていた。
記念写真を撮った後、会場を出ようとしていたら、出口の所で拍手をしている長身の女性が居る。
「薫ちゃん!?」
「千里ちゃん、クラブチームに入ってたんだね」
それは高校の時のバスケ部の同輩、歌子薫であった。
「見に来てたんだ?」
「偶然会場の近くを通って、おお!と思って寄ってみた。溝口さんもいるし」
「久しぶりだね、薫ちゃん」
と麻依子も笑顔で言う。
「薫、大学のバスケ部とかに入っているの?」
と千里が訊くと
「ううん。フリーだよ」
と言う。
すると浩子が
「ね、ね、フリーならうちのチームに入らない?」
と誘う。
まあ176cmも身長のある女子は「ナンパ」したくなるよね。
「うーん。私が入ってもいいのかなあ」
と薫。
「歓迎、歓迎」
と浩子。
「私、男なんだけど」
「えーーーーー!?」
「戸籍上はね」
と薫は付け加えた。
「ほんとに? 女の子にしか見えないのに」
「性転換したの?」
と夢香が訊く。
「うん。フランス人から日本人に転換した」
「え? ハーフなの?」
「うん。ニューハーフ」
「えっと・・・」
「その子の発言の30%は嘘とジョークだから惑わされちゃだめだよ」
と千里は言うが
「千里の発言は70%が嘘とジョークと出まかせだな」
と薫は反撃する。
「私は嘘ついたことないけど」
と千里。
麻依子が苦笑している。
「でも戸籍上男でも、性転換したのなら、うちに入ってよ」
と浩子は言ってから、千里に
「この子、強い?」
と訊く。
「うん。凄く強い」
と千里と麻依子は一緒に答えた。
関東総合3位の祝勝会を兼ねてお食事会にファミレスに行く。ついでに薫も連れて行く。
乾杯して食事もつまみながら話す。
「実は私、春から男女混合のクラブチームに入っていたんですよ」
と薫が言う。
「なるほどー」
「でもそこ解散しちゃって。今どこか適当なところがないかと思って探しているところなんですよね」
「薫、大学にはバスケ部あるよね?」
「うん。でも男子バスケ部には入りたくないし、女子バスケ部は入れてくれないし」
「不便だね」
「いや、多分男子バスケ部も入れてくれないよ」
「そうかも知れんと思った。接触してないけど」
「だったら、やはりうちのクラブに入らない? 試合に出られなくても一緒に練習しようよ」
と浩子が言う。
「いいのかなあ」
「強い子は練習に参加してくれるだけでも歓迎」
「だいたい男女混合のクラブなんて、楽しみながらやってますって感じのクラブだったんじゃないの? 薫のレベルでは物足りなかったでしょ?」
と千里が言う。
「うん。フェイント掛けてパスすると、パスの相手がそれを受け取れないんだよ」
「まあ、素人だとそうだろうね」
「浩子、公式戦には出られなくても、オープン参加のカップ戦なら出られない?」
と夏美が訊く。
浩子は少し悩んでから訊いた。
「薫ちゃん、ストレートに訊くけど、睾丸はあるの?」
その質問に対して薫は微笑むと、黙ってバッグの中から1枚のカードを取り出す。バスケ選手ならみんな持っているバスケット協会の登録カードである。
「ん?」
「ちょっと見せて」
と言って千里がそれを取る。裏返して見る。
「女子選手として登録されているじゃん!」
「へへへ。実は金曜日にもらったばかり」
「わぁ、おめでとう!」
「やはり性転換したんだ?」
と夏美が訊く。
「性転換は実はまだ。でも去勢から一定期間経っているから女子選手として認めていいという判定をもらったんだよ。病院で裸にされてMRIも取られて検査された」
「へー」
「実は私が高校時代に、高校生で性転換しちゃった選手が居たんですよ。その選手の扱いをめぐって結構な議論したらしくて、その結果一定の基準ができたみたいなんですよね。私はその基準に照らして女子選手として認めて良いことになったみたい」
「そんな選手が居たんだ!」
「高校生で性転換って凄いね」
麻依子が苦しそうにしている。
「但し、その登録証、有効期間がちょっと問題なんですよ」
「ん?」
それで良く見てみると、2010.2.20-2012.3.31 と有効期限が刻まれている。
「なんで2月20日からなの〜!?」
「去勢しているという診断書もらったのが2月20日だったから。実はその半年前に手術自体は受けていたんだけどね」
「なぜその時、手術した病院で証明書をもらっておかない?」
「闇の手術を受けたんだよ。本来、高校生には去勢手術はしてくれない」
「ああ、それでそこの病院では診断書もらえなかったのか」
「ある人が診断書取っておいた方がいいとアドバイスしてくれて、取りに行ったのが2月だったんで、それでその診断書を提出したから、そういう有効期限になった。それまではこちらの登録証が有効」
と言って薫はもう1枚の登録カードを出す。
「男子のID番号だ」
「こないだまで入っていた、男女混合チームではこの登録証を使っていた」
「なるほど」
浩子が手帳を開いてスケジュール表を見ながら考えている。
「2月20日ってことは、関東クラブ選手権にはちょうど間に合うね」
「というか当日だね」
と隣に座っている夢香が言う。
「その前の冬季大会には間に合わない」
「ね、純正堂カップと、栃木乙女カップ、出られないか照会してみたら?出場資格わりと緩いから、もしかしたら認めてもらえるかも」
と夏美が言う。
「純正堂カップは男女混合チームでも参加できるから、それで申し込む手もある。でも、実際の手術はその診断書の日の半年前だった訳ね?」
「そうなんですよ」
「よし。その事情を話してみる」
と浩子は言った。
「ということで、うちに入ってもらえる?」
「元男でよければ」
「全然問題無し」
「このメンツには男と言われ続けて20年という子が何人も居るし」
「僕、先週も女子トイレで通報された」
「私はこないだスーパー銭湯で悲鳴あげられた」
「私、こないだ、ストリートガールさんから『お兄ちゃん1万円でどう?』と誘われた」
「私、ファッション雑誌の記者に道で呼び止められて写真撮られたら、今時の可愛い男の子という特集ページに写真が載ってた」
「私なんか成人式に出かけたら、男性用の記念品を渡されそうになった」
「私も元男だし」
そういう訳で薫は正式には2月20日からローキューツに合流することになり、選手登録はそれに先だって済ませておくことになった。(西原さんが薫と一緒に協会を訪問して確認した所、登録だけ先にしておけば2月20日以降の試合には出て良いという回答で、登録作業も特例になるので向こうでしてもらえることになった)
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女子大生たちの男女混乱(5)