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■サクラな日々(11)

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座席に着く。じっとしていると頭の中がおかしくなりそうなのでヘッドホンを取り出して音楽を聴いた。いきなり失恋ソングが流れてくる。辛いので他のチャンネルにする。私はこの瞬間、今歌っていた歌手が嫌いになった。
 
窓際の席だったので、景色を楽しむことができた。蔵王がきれいだ。そして津軽海峡は波が荒い。やがて飛行機は北海道の東の端近く、釧路空港に着いた。空港ターミナルでとりあえず座り、私はさて、これからどこに行こう?と思った。何も考えずに飛び出して来たんだから、行くあてもない。
『自殺』という単語が頭に浮かんだけど、とりあえず頭の中から追放した。
 
あ、今日はバイト行けないよなと思って、連絡しておこうと思い事務所に掛ける。数回鳴って「はい。○○○でございます」との声。あ、清花だ。「あ、私」「ミュウミュウ、どうしたの?」
「あ、えっと今日ちょっと休むから、店長に言っといてくれる?」
「いいけど・・・ちょっと待って、晴音、何かあったの?」
 
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職場での会話とプライベートな会話で私と清花はハンドルと本名を使い分けている。ここで清花が突然私を本名で呼んだのは、何かを感じ取ったからであろう。
「いや。。。。。その」
「ね、今どこに居るの?」
「うーんと、釧路」
「北海道の?何しに?」
「えっと・・・何も考えずに来ちゃった」
「やはり何かあったのね」
「あ・・・うん」
 
「ね。少し話そうよ」
「あ・・・でも・・・・」
「分かった。私もそちらに行く。今空港?」
「うん」
「次の便は・・・・」清花が時刻表をめくっているようだ。
「13時の便がある。14:40にそちらに着くから、待ってて」
「分かった」
「空港内か、その近くにいて」
「うん。空港のレストランか喫茶店にいる」
「何かあったら、12時半くらいまでなら私に電話して」
「うん」
 
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私は空港の中をぶらぶらしていてマッサージサロンがあったので、中に入り、リフレクソロジー1時間コースをしてもらった。それからレストランに入ってお昼を食べていたら清花から「これから搭乗」というメールが入る。そのあと、1階の喫茶店でぼーっとしていたら、清花が店内に入ってくるのを見た。
「早ーい」
「お待たせ。何してた?」
「えっと、マッサージしてもらって、御飯食べてからここに来てコーヒー飲んでて。あれ?私この店にもう2時間くらいいたのかな」
 
「考え事とかしてると時間がたつの分からないもんね」
といって清花はコーヒーとオープンサンドを注文する。やがて注文の品が来ると「晴音も少し食べよう」と促す。
「うん」といって私はオープンサンドを口に入れた。
そして私は泣き出した。清花が私の手を握る。私は泣いて、泣いて、泣いて、もう涙が出尽くすくらいに泣いた。
「で、何があったの」
清花はものすごく優しく私に尋ねた。清花が観音様かマリア様かに思えた。
 
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私は進平が二股していたこと、それで自分は普通の女の子じゃないし、身を引くべきじゃないかと思ったこと。でもそう考えていたら、悲しくて悲しくて、いたたまれなくなり、思わず家を飛び出してここまできてしまったことを語った。
 
「だいたいさあ」「うん」
「晴音、ふつうの女の子とするのと変わらないなんて言われたんでしょ」
「うん」「その時点で既に、他の女の子ともセックスしてるという意味じゃん」
「あ、そうか。。。私、てっきり前の彼女とのセックスのことかと思ってた」
「全ての男がそうとは限らないけど、浮気にあまり罪悪感を感じない男って多いのよね。でも、話聞いてると、どちらかというと、晴音の方が本命で、もう一人の彼女というのが浮気相手という気がするよ」
「そ、そうかな?」
「だって、友達とカップル同士で集まる時には、いつも晴音を連れてたんでしょ」
「あ、そうか・・・・」
「自信持とうよ。向こうと別れてもらえばいいじゃん」
 
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「でも私普通の女の子の機能持ってないし、子供産めないし」
「そんなの関係無いよ」
「えー?そう?」
 
「少し考え方変えてみよ。晴音は普通の女の子だとする」
「うん」
「それで、彼が晴音よりずっと美人の女の子と二股していることに気付いた」
「うん」
「そしたら、私より向こうの方が美人だし、私は身を引こう、とか思う?」
「嫌だ。私、負けない」
「それと同じじゃん」
「そうかな?」
 
「そうだよ。自分が女であることに自信を持とう。彼をちゃんと悦ばせてあげられてるんでしょ」
「うん」
「それに彼と楽しく会話してるんでしょ」
「うん」
「じゃ、ちゃんと恋人としての役割を果たしてるよ、晴音は」
 
「なんか私・・・・少し頑張ってみようかなという気になってきた」
「よし、それでこそ晴音だよ。晴音、いつも強気じゃん、何やるのにも」
「うん」
「頑張ろう。負けるな」
「うん。私頑張ってみる」
 
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「よし、じゃ帰ろうか」
「うん」
 
私達は17:15の羽田行きの切符を買い、19時すぎに羽田に帰着した。その日はバイトを休み、ふたりで景気付けにカラオケに行って、一緒に水割りを飲みながら、たくさん歌を歌った。そしてその晩は清花の家に泊めてもらった。
 
少し飲み過ぎたのか、起きた時頭が痛かった。清花がオレンジジュースを出してくれたので、それを飲むと少し気分が良くなった。
 
「だけど、清花、質素な暮らししてるね」
「まあ、独り身だし、無駄にお金使う必要もないしね」
「昨日はごめんね。私のために飛行機代使わせちゃって」
「困った時・悩んだ時はお互い様だよ」
「うん」
 
花梨は情報源は勘弁なんて言ってたけど、たぶんこんな情報は椎名君経由だろうと思った。花梨は絶対何も言わないだろうけど、もしかしたら麻耶も何か知ってるかもしれないし、花梨よりは与しやすそうだと思い、電話して少し追求してみた。
 
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「私が言ったって言わないでよね」と前置きして麻耶は話してくれた。
「椎名君とカリリンが小声で話しているのがたまたまちょっと聞こえたのよね。相手はバイト先で知り合った子みたい。デートは日曜日の日中が多いみたいで、だいたい横浜方面で遊んでることが多いみたい」
と麻耶は言っていた。
 
全て合点がいく。私と進平のデートはお泊まりデートになることが多いのでだいたい金曜の晩か土曜日の晩から翌日の昼くらいまでのことが多かった。日曜日の日中は彼はだいたい空いていることが多いのだ。そして横浜方面というのは、これまでドライブで行ったことが無かった。いつも私達は中央道方面、関越道方面、東北道・常磐道方面にばかり走っていた。デートのエリアが重ならないようにして、自分の記憶の混乱を防いでいるのだろう。
 
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「マーヤ、ありがとう」と言って電話を切る。
 
私は清花にお礼を言って昼前に彼女の家を出ると、電車で横浜に行った。進平が今日彼女とデートするかどうかは分からない。してたとしても横浜のどこにいるか分からない。でも自分の愛の方が強いなら、必ず見つけられるはず、という確信がその時、あった。
 
横浜駅で少しだけ迷う。
 
「こっちだな」と私は思って、みなとみらい線に乗る。みなとみらい駅で降りる。クィーンズスクエアの方に歩いていく。私はできるだけ頭を空っぽにして歩いて行った。こういう時はへたに考えるより、勘で行動したほうがうまくいく。それは過去の自分の経験が物語っていた。時々迷った時は目をつぶってみて、「行きたい」と思った方に進んだ。
 
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いた!
 
ちょっとドキドキ。彼女が何か話していて進平がそれを聞いている。私はあまり深く考えずにそのレストランに入っていった。ふたりの席の横に立つ。進平がギョッとした顔でこちらを見たが、私は満面の笑みで彼を見た。
「何?誰?」と彼女。
 
次の瞬間、私は進平の顔を両手で掴むと、唇に長ーいキスをした。
 
彼女があっけにとられている様子を耳の後ろで感じる。
 
「進ちゃん、行くよ」
「あ、うん・・・・」と言って進平は席を立った。
私はレシート立てに立っているレシートを左手でつかむと、右手を進平と組んで、店の出入口の方へ行った。
「ご、ごめん、後で電話する」と進平が彼女の方に言っているが、彼女は呆然としている。
 
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私はレジのところで1万円札とレシートを出し「お釣りはそこの震災募金箱に入れといて」と言って店を出た。
 
「どうしてここが分かった?」と訊かれる。
「勘」と私は答えた。
「俺が浮気してたって気付いてたの?」
「助手席の位置」
「あ・・・・・・」
「女の勘を馬鹿にしないでね」と私はにっこり笑いながら言うと、進平と一緒にレンタカー屋さんまで歩いて行った。
「へへ、私ここの会員証持ってるのよね」と言って、プリウスを借りだした。
 
「今日は私が運転しちゃう」と言って、私は自分のETCカードを車にセットして車を出発させる。近くにICの案内があったので高速に乗ると、東名の方へ車を進め、横浜町田ICから静岡方面へ進行する。私達はしばらく無言だった。
 
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「どこか遠くまで行こうよ」
「そうだね」
「私、昨日、釧路まで行ってきた」
「車で!?」
「まさか。飛行機だよ」
「びっくりした」
「さすがに釧路まで車で1日で往復する自信無いなあ」
 
「しかしハルちゃん、車の運転できたんだね」
「免許は去年の春に取ってたからね」
「けっこうよく運転するの?」
「ううん。教習所出たあと全然運転してなかったから、1年半ぶりくらいかな」
進平がむせかえる。
「ちょっと待て。どこかそこら辺の脇に停めて。俺、運転代わるから」
「じゃ、次の海老名SAで運転交替しよ」
「あ、うん。慎重に運転しろよ。スピード出し過ぎないように」
「OK」
 
「でもさ、進ちゃん」
「うん」
「私に不満があったら言って」
「あ、えっと」
「例えば、私が子供産めないから別れたいとか言うのなら、いつでも別れてあげる」
「いや、それは」
「おっぱい無いのが不満なら、すぐにも美容外科に飛び込んで大きくするし」
「ちょっと」
「私に女の子の器官が付いてないのが不満というなら、タイまで行って手術してくる」
「おいおい」
「私に飽きたというならそれも仕方ないから別れてあげる」
「うーんと。。。」
「でも浮気は許さない」
「分かった」
「私を愛してくれるなら、私だけを愛して」
「うん。御免な」
 
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「だけど・・・・」
「なあに?」
「ハルちゃんに惚れ直しちゃったよ、俺」
「そう?」
「凄い行動力あるんだなって」
「女は行動よ」
「そっか。あ、でも昨日は釧路まで何しに行ってたの?」
「進ちゃんの浮気に気付いてさ、私捨てられちゃうのかなって思ったら悲しくなって、どこか遠くに行ってしまいたくなったから、羽田行って、すぐ飛ぶ飛行機で一番遠くまで行くのに飛び乗った」
「わっ」
「でも、清花ってかレモンね、彼女に電話したら私を釧路まで追いかけてきてくれて」
「すごいな、レモンも」
「話している内に、負けるものかって思ったから」
「うん」
 
「夕べ、清花と一緒に東京に戻ってきて。それで友達数人に電話してみたら、進ちゃんと私じゃない女の子を最近何度か横浜で見たって言ってた人がいて。私たちドライブで横浜方面だけは来てなかったでしょ。だから今日も彼女と横浜に来てるかもと思って。横浜駅に着いた後は、勘だけで辿り着いた」
 
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「横浜駅からは勘だけ?すげー」
「私の愛が本物なら、神様、私を進ちゃんの所に導いてってお願いした」
「わぁ」
「たぶん、こんなに凄い勘が働くのは、一生に一度か二度だよ」
「そうかもな・・・・」
 
やがて車は海老名SAに到着する。
「私・・・・駐車枠に駐める自信ない。なんか左右の車にぶつけそうで」
「そこら辺で停めて。俺、代わる」
「お願い」
路上に停めて運転席と助手席を急いで交替する。進平がきれいに駐車枠に駐めてくれた。
「ふう」と進平は大きく息をついた。
「でも、上手かったよ、ここまでの運転」
「ありがと」
「時々運転させてあげるよ。どうせなら練習したほうがいい」
「うん」
と私は明るく微笑んだ。
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サクラな日々(11)

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