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■サクラな日々(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2011-09-15

 
「君、優しい顔立ちだしさ。女の子で通るよ」
そう言われてボクは絶句した

 
発端は父との喧嘩だった。電話でのちょっとしたやりとりをきっかけに衝突したボクと父は、まさに売り言葉に買い言葉で大喧嘩し、結局仕送りの中止を宣言されたのであった。新学期早々のことであった。
 
バイトしなきゃなあ・・・・そう思ったボクは近くのコンビニに寄ると、お昼を買うついでに、店頭のバイト情報誌を取って来た。めぼしい感じのものに電話をするが、もう決まりましたという所が大半である。でもそのうち1件、面接しましょうというところがあったので行ってきたが、一週間後不採用通知が届いた。そこでまた新しい情報誌をとってきて電話を掛けまくり、面接に行って・・・・やはり不採用で・・・・というのを数回繰り返している内に1ヶ月近くたった。
 
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困ったなあと思い、教室で少し考え事をしていた時、同級生の寺元進平から声を掛けられた。
 
「お前、どうかしたの?」
「いや、バイトがなかなか見つからなくて」
「ああ、今不況だしなあ。でも、お前バイトとかする時間あるの?自主ゼミの準備とかでも、かなり忙しいだろ?」
「うん。あの準備で毎週4日は掛かってる。それで週に1回くらいのが無いかなと思ってあたってるんだけど、電話してももう埋まりましたと言われたり、こないだから何度か面接行ったけどダメで」
「そういう美味しいバイトは希望者多くて、向こうも選び放題だし、すぐ埋まるから。でも、お前親からの仕送りは?」
「喧嘩しちゃって、もう仕送りしないと言われた」
「うーん。。。。。」
 
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と寺元はしばらく考えていたようだったが
「俺がさ、前に一時期やってたバイトがあるんだ。俺は1日3〜4時間してたけど出勤は原則として自由。いつでも空いている時に出て行って好きな時間すればいい。作業実績給に成績給が付くから、稼ぐ奴は毎日7〜8時間で月に30〜40万稼ぐ奴もいる、なんてのがあるんだけど、お前興味ある?」
 
「なに?その高給は?肉体労働か何か?」
「いや。デスクワーク。お前、タイピング早かったよな」
「うん。カナ入力で秒8〜9文字打てる」
「それなら、稼げるぜ。やってみるか?」
「うーん。。。怪しい仕事?もしかして」
「まあ多少は怪しいけど、犯罪とかじゃない。でもこの給料は魅力だろ?」
「うん」
「じゃちょっと連絡してみるわ」
 
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彼は携帯でどこかに電話していたが、やがて
「はい、分かりました。今から連れて行きます」
というと、ボクを促して、町中の割ときれいな感じのビルに連れて行った。
「ここの4階なんだよね」
エレベータで4階に上がるが、会社名とかが何も出ていない。彼はその奥のドアを開けて
「こんにちは。ご無沙汰しております」
と言って入っていった。
「あれ〜、マノンちゃん、復帰するの?」
と中にいた23〜24歳くらいかなと思う女性が声を掛けた。
 
「レモンちゃん、お久〜。いや、俺は復帰しないんだけど、バイトしたいという友達連れてきた。店長いる?」
「あ、今お昼買いに行った。すぐ戻ると思うから、会議室で待ってて」
「おっけー」
寺元はそういう会話をすると、ボクを入口近くのドアのある部屋に導いた。
 
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「ところで、ここ何の仕事なの?」
「たくさん、メールのお返事書く仕事」
「苦情係みたいな?」
「うーん。けっこう似てるけど、微妙に違う。マニュアルが充実してるから、それしっかり読んでれば、あまり悩むようなことはないよ。サンプルも沢山入ってるから、場合によっては書き写してもいいし。そんなに自分で文章を考えたりする必要はないから」
「へー」
 
そんな話をしている内にドアが開いて
「おっす」
と声を発して、Tシャツにジーンズというラフなスタイルの27-28歳かなという感じの男性が入ってきた。
「ご無沙汰してました、店長」
「お世話になります。吉岡と申します」とボクは挨拶する。
 
「電話で話してた子ね?」
「はい」
「仕事の内容は話した?」
「いえ、今説明しようとしていた所で」
「ま、ぶっちゃけストレートに言えば、うちはいわゆる出会い系って奴ね」
「というと、男の人と女の人が恋人探しするサイトですか?」
とボクはびっくりして訊く。
 
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「そうそう。会員さんが恋人を求めて、メールしてくるから、それにお返事を書くのがお仕事」
「ああ、いわゆるサクラって奴ですか!」
「そういうこと。よく分かってる」
「いかにも普通の会員みたいな顔して、お返事書くんですね」
「うん。それがここのお仕事の全て。良心が痛むという人には勧められない」
「分かりました。その程度で痛むようなやわな良心は持ってないので、ぜひやらせてください」
 
「OK。じゃ、取り敢えず仮採用ね。マノンちゃん、この子に最初の数日、少し指導してあげてくれない?その間の給料は、この子と折半ということで」
「了解です」
「あ、ハンドル決めなくちゃ。何か希望ある?」
「あ、特に」
「じゃー、ミュウミュウ」
「へ?」
 
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「何ですか?それは、店長?」と寺元。
「フィーリングだよ」
「俺のマノンもフィーリングと言われましたね」
「そ、そ。本人の顔を見て瞬間的に連想した名前」
 
ボクは寺元と一緒にオフィスに移動した。けっこうな広さのオフィスに多数のテーブルが並び、その1つ1つにノートパソコンが置かれている。見るとネットブックのようである。席は全部で20くらいかなと思ったが、その7〜8割が埋まっている感じだ。オペレータは女性と男性が半々くらいの感じである。
 
「これ、空いている席、どこに座ってもいいから」
「うん」
「初期登録はしてやるよ」
と言って、寺元は「ミュウミュウ」というハンドルでシステムに初期登録をした。
「このパスワードはちゃんと覚えとけよ。俺は忘れるから」
「覚えた」
 
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「今登録したばかりだから、自分のメールボックスには何も入ってない。こちらのAnyと書かれたメールボックスは誰でもいいからお返事頂戴というメールなんで最初はここから取り出して、お返事を書けばいい」
「なるほど」
「一度やりとりしはじめると、けっこう自分宛にメールが来るから、それはその人とのこれまでのやりとりを踏まえながらお返事する」
「分かった」
 
「それから、こちらのLongと書かれたメールボックスは、個人宛に送られてきたんだけど、本人が48時間以上お返事してないもの。そういう場合は、誰か手の空いてる人が代わりに返事を書く。あとで破綻しないように無難な線で」
「あああ」
「あとこちらの『新規』というのは新規登録して間もない会員さんのリストで括弧の中はその人が既に受け取っているメール数。ここがゼロとか少ない会員さんにはこちらからメールを出してみる。それから『不活』というところは、48時間以上何のアクションもしてない会員さん。ここに自分がメールしたことのある人がいたりしたら、お忙しいの?みたいな感じのメールをしてみる」
「なるほど」
 
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「じゃ、ちょっと、ひとつやってみようか」
といって寺元はAnyのメールボックスからひとつメールを取り出した。
「あれ?これ男の人からのメールじゃ」
「ん?それがどうした?」
「男の人からのメールには女性のサクラさんが返事する訳じゃないの?」
 
「お前、今更何言ってんの?会員は99%が男。だからサクラの必要性があるの」
「え?もしかして、男の人からのメールに、こちらは女性を装って返事する訳?」
「それ以外にサクラの仕事があるか?」
「てっきり男性スタッフは女性の会員からのメールに返事するのかと思った」
「女の会員はごくわずかいるけど、放っといても、たくさん男の会員からメール行くからサクラ使う必要はない」
 
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「そうだったのか」
「どうする?やめる?」
「やる。お金いるもん」
「よし。頑張ろう。これはなあ、寂しがっている男たちに夢を見させる商売なんだよ。向こうだってサクラかもなあくらいは思ってるだろうけど、メールのやりとりしている時は、もしかしたらホントに可愛い女の子かも、ってワクワクできるじゃないか。そのひとときの幸せを提供する仕事なんだ」
 
「そう言われると、凄くいいことしている気がしてきた」
「まあ、そうでも思っておかなくちゃ、やってられないけどね。こいつはいきなりパンツの色訊いてきてやがるなあ。こういうのはノリで返事するんだ」
 
寺元はそのメールを見ながら、まるで18-19歳の女の子が書いたかのような感じの文章を打ち込んでいく。パンツはイチゴ模様だと書き添えて返信した。
 
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「だいたい、今ので雰囲気分かった?」
「分かった。でも凄い。まるでホントに女の子からの返事みたい」
「自分が18の女の子になったつもりで書けば書けるよ」
「はあ」
「お芝居で女の子の役をしているような気持ちになればいいのかな」
「そうそう、そんな感じ」
 
寺元は3通まで自分で返事を書いてから
「じゃ、次やってみよう」
と言って、私に返事を打たせた。
「うーん。今時の女の子は『わ』なんて語尾は使わないよ。同級生の女の子たちの会話を聞いてると勉強になるよ。それからマックとかに言って、女の子たちのおしゃべりを聞いとくとか」
「うん。少し勉強してみる」
「一応こちらのマニュアルに基本的なやり方とかサンプル載ってるから悩んだら読んでみよう」
「分かった」
 
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「ここのシステムはポイント制でさ。会員がメール出す度にポイントを消費するわけ。それでポイントがなくなると、コンビニで電子マネーを買ってきて追加する。だから、できるだけたくさんポイントを消費させることがサクラの目的」
「なるほど」
「だから、いかにもまた返信したくなるようなお返事を書くことが大事。基本は『突っ込みどころ』を作っておくことだな。自己完結してしまっているようなメールは書いちゃだめ」
「うん。考えてみる」
 
私の最初の返信はかなり寺元に修正を入れられてから送信された。しかしその後もどんどんメールボックスから取り出しては返事を書いていると、だんだん寺元の直しも少なくなっていき、10回目に書いた返信は「OK。これはそのままでいい」
と言われた。
「お前、飲み込みが早いよ」
と褒められる。
 
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「ちなみに、もらえるお給料は、Anyに返信したメールが1通100円、自分宛のメールに返信すると1通200円。だから1ヶ月毎日出てきて、自分宛のメールに毎日60通返信すると36万円稼げることになる」
「凄い」
「稼いでる子は凄いよ。さっき声掛けてくれたレモンとかは毎月70〜80万稼いでると言ってた」
「ひゃー。それだけもらえるって、これ使う側もけっこう料金取られるんだよね」
「メール出すのに300円。受信するのに100円。過去のメール見るのに1通50円。でも業界ではもっと高額取る所がたくさんある」
「わあ、お金が余ってる人、多いんだなあ」
 
「サクラのいないサイトはもっと安いか逆に高額の会費とって月額固定制なんだけど、マジの出会い系なら、真剣勝負じゃん。けっこう深刻なやりとりになっていく場合もあるし、おかしな性格の女の子なんかに当たると、ひどい目に合う。だけどサクラの多いサイトはみんなかなり理想的に近い反応をする。男性会員は純粋に楽しめるんだよ。だからこれは一種のエンタテイメントなんだな。俺達がもらう報酬は会員さんを楽しませてあげる代金なんだ」
「そう考えるとサクラの多いサイトって、けっこう存在意義があるんだ!」
「俺はけっこうマジでそう思ってるよ」
 
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「だけど、寺元はどうして、この仕事辞めたの?」
「俺の場合は、車を買う資金が欲しかったからさ。その分稼いだ所で辞めた」
「なるほどー」
「実際には、良心が痛んで辞める奴、変な客に絡まれてストレスから辞める奴、親にバレて辞める奴、突然飽きて放置する奴とか、いろいろだよ。だいたい3ヶ月もったら、この仕事に適性があるな。俺は4ヶ月だった」
「はあ・・・」
 
その後、ボクはどんどんメールボックスに入ってるメールに返事を出していった。そのうち、ミュウミュウの個人メールボックスに着信がある。取り出してみると向こうは返事をもらえたことを凄く嬉しがっているようだ。学生さん?などと聞いてきているので、
『女子大生でーす。ゼミの準備の合間にメールしてるの♥』
などという感じのお返事を書く。
「うんうん、そんな感じでいい」
と寺元が言ってくれる。
 
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そんな作業を2時間も続けた時だった。ひとりの男性オペレータが
「店長〜。ヘルプ〜」と声を出している。
 
「どうした、どうした」と言って、窓際の大きなテーブルの所で数台のパソコンを使って作業をしていた店長が、その人のところに行くと、
「あちゃあ。この客はこないだから、結構しつこかったもんなあ」
と言っている。
 
「どうしたんだろ?」
とボクがつぶやくように言うと
「どうしても会いたいって言ってるんだよ、たぶん」
と寺元がいう。
「ああ、そういう場合、どうすんの?」
「仕方ないから会わせる」
「えー?」
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