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ボクはそうやって毎日メイクと発声の練習をしていたが、その内、もっとこれを実地で試してみたくなってきた。
女の子の服、買ってこよう!
と思って日曜日にスーパーまで買いに出たものの、いざ婦人服売場まで来ると、なんか恥ずかしくて近寄れない。
何度もタッチアンドゴーを繰り返していたが、やがて「よし」と思い切ると、中まで入っていった。
まずスカート。自分のウェストサイズはこないだからの衣装選びでW64で合うことが分かっている。64の膝丈スカートでベージュのコットンのを選んでみた。上は取り敢えずポロシャツが着こなせそうだな、と思い、ライトグリーンの無地のポロシャツを選ぶ。
下着コーナーに移動する。このあたりでかなり開き直りの心が出来ていた。ブラジャーはこないだ付けてもらったのはB80だったが少し余っている気がした。たぶん「はまらない」事態を避けるために、ジャワティーが少し大きめのを買ってくれたのだろう。実際にはおそらくB75で行けるんじゃないかと思いそれを買う。それからショーツ。ジャワティーはLを買ってくれていたが、これは、アレを押さえるためにMの方がいい気がしていた。そこでワゴン・セールに出ていた1枚300円コーナーのショーツのMを2枚買ってみた。
それからブラパッドを買おうとして、シリコン製のパッドがあるのに気付く。こないだから入れていたのはウレタン製のパッドだが、元々胸が全く無いのでブラカップの中で遊んでいる。シリコン製のパッドに触ってみると、感触がすごく柔らかいし、ボリュームもある。ちょっと値段は張るけど、先日からもらっているバイト代はかなりの額になっていた。買っちゃおう。
それから靴のコーナーでLサイズのサンダル、日用品コーナーで、女性用のカミソリを買って家に帰った。
お風呂場でカミソリで足の毛をきれいに剃る。これあらためて見るといい感じだよな、と思う。スベスベした肌が気持ちいい。お風呂から上がり、ショーツとブラを付け、シリコンパッドを入れる。ポロシャツを着てスカートを穿いた。
鏡に映してみる。うーん。いい感じ!
メイクをしてみた。こないだからだいぶ練習したので、かなり良い感じになっている。可愛い!ボク自身がこの子とデートしたいくらいだ、なんて思う。
髪の毛が適当だよなあ・・・・美容室に行ってみようかしらん?
ボクはその格好でサンダルを履き、表に出た。女の子の格好で外を歩くのはこれで3度目なので、最初の時ほどの恥ずかしさは無い。むしろ快感な感じ!この近所や、学校の近くの美容室だと知り合いに会いそうな気もしたので、町まで出てみた。
同級生の女の子が大きな美容室って好きじゃない、なんて話していたのを聞いていたので、派手な外装のおしゃれな美容室は避けて、こぢんまりした感じの美容室に入った。中にいたスタッフが一斉に「いらっしゃいませ」と声を掛ける。わあ、なんだか感じいい!
受付の女の子がカルテを作ってくれる。名前を書かなきゃ・・・わあ、どうしよう。と思ったが、ボクは本名をそのまま書き込んだ。
『吉岡晴音』と記入する。これで本来『はると』と読むのだが、ボクはふりがなのところに『はるね』と書き込んだ。実際昔から『はるね』と誤読されて女の子と思われたりしたこともけっこうあるのだ。性別は
ちょっと躊躇ったけど、女の方に○を付けちゃう。ボクはその受付の女の子との会話を全部女声でやりとりしていた。
30分ほど順番待ちしてからシートに案内された。
「どんな感じにしますか?」
「よく分からないんですけど、こんな感じいいかなあと思って」
と雑誌の切り抜きを見せる。
「分かりました。こういう雰囲気ですね」
美容師さんはボクに途中でいろいろ確認しながらカットして行った。洗髪し再度調整し、ブローして仕上げる。(仰向けにされて洗髪されたのは初めてだったので少しドキドキした)
「わあ、すごくいい感じです。ありがとうございます」
と言う。実際、この髪型はとても気に入った。
そのまま町を少し散歩し、カフェに入ってコーヒーを飲みながら解析学の教科書を読む。こないだからやっていた所が難解で、挫折しそうな気分だったのだが、ここで分からなくなると、この先全て分からなくなりそうだったので何とかしたいと思っていたのだが・・・・・
「何だ・・・そういうことか」
ボクは突然全て理解できてしまった。分かってみると何でもないことである。むしろ、なぜ今まで理解できなかったのが不思議なくらいであった。
でもこれって・・・・・今日女の子の格好でお出かけして、美容室なんかに行ったりして、気分転換できたからかもね。なんて考えたりすると、なんだか凄く面白い気分になった。
ボクは最初いったん家に戻って、男の服に戻ってからバイトに出て行くつもりだったけど、なんだかこのまま行きたい気分になった。そこでロッテリアで軽い夕食を取り、またしばらく解析学の本を読んでから、バイト先に入った。
「こんばんわー」と女声で言って入っていくと、前のほうの席にいたレモンが「いらっしゃいませ」と言って出てきた。ボクということが分からないみたい。「レモンちゃん、ボク、ミュウミュウだよ」と女声のまま言うと、しばらくこちらの顔を見つめていたが「うっそー」と言って「ほんとにミュウミュウだ。びっくりした」と言う。
「ちょっと気分転換したくて、今日はこの格好で来ちゃった」
「気分転換じゃなくて性転換だよね」
「あはは、そうかも」
「こないだから、私がいない時に2回女装してデート対応したって聞いたけど、もともとこういう趣味があったのね」
「ううん、むしろ、その2回女装したので、なんだか自分でもちゃんとお化粧できるようになりたいな、とか思って、お化粧練習してたら、女の子の服を着てみたくなって、買いに行って着てみたら、髪もきれいにしてみたくなって、午後から美容室に行ってきて、そしたらこのままここに来たくなった」
「はまっちゃったのか」
「そうかも」
「でも、声が女の子の声に聞こえる〜」
「これもだいぶ練習した」
そんな会話をしていたら店長が出てくる。
「ミュウミュウ?」
「はい。ちょっと女装にはまっちゃったみたいです。今日はこの格好で勤務していいですか」
「もちろん、うちは服装自由だし。自由といっても裸とかは困るけどね」
「はい。では勤務入ります」
「しかし君・・・・」と店長はまだボクを信じられないという感じの表情で見ている。
「はい?」
「マジで可愛いな。こないだ2回女装してもらった時も可愛くなるもんだと思ったけど、メイクうまくなってるし、髪型も可愛いのになってるし」
「あ、えーっと」
「私、ミュウミュウの女装初めて見たけど、凄く可愛い女子大生って感じ」
とレモン。
「声も女の子の声だね」
「練習しました」
「ね、ね。ミュウミュウ、今日は何時まで?」と休憩室でレモンに話しかけられた。1時間ほど個人宛返信を書いていて、一息ついていた時であった。
「9時までのつもりだけど」
「あ、私もそのくらいまでのつもりだった。帰り一緒に御飯食べない?」
「うん、いいよ」
「遅くまで勤務する女の子少ないからさあ、いつもひとりで晩御飯食べてたんだ」
などと言っている。レモンは取り敢えず今日のボクを『女の子』に分類しているみたいだ。
その日の勤務は平穏無事にデートなどが発生することもなく終了。レモンと一緒にファミレスに行って遅い夕食をとった。
「仕事抜きだからさ、普通の名前でいこうよ。私は清花(さやか)」
「私は晴音(はるね)で。晴れる音と書いて、本来は『はると』と読むんだけど、昔からけっこう『はるね』と読まれて、名前だけ見たら女の子と思われたりすることあったのよね」
「ふーん。確かにその字だと『はるね』と読んじゃう。でもマジ、女装したことって無かったの?」
「ぜんぜん。でもなんかこういう格好するの楽しい」
「とても最近始めたようには見えない。もうずっとやってる感じ」
「でも今日の外出で、こういう格好で出歩くこと自体には抵抗無くなった。最初は、男とバレるんじゃないかって、ドキドキだったけど、どうもちゃんと女の子と思ってもらえてるみたいって自信が付いてきて。トイレも自然に女子トイレに入っちゃうし」
「というか、女の子にしか見えないもん。もうこのまま性転換しちゃうとか」
「あはは。1年後くらいの自分が怖い」
「学校にもその格好で行っちゃうといいよ」
「まだその勇気は無いかな」
「最初だけよ、勇気がいるのは」
「そうかも」
「晴音は、あの仕事は学費稼ぎ?」
「うん。親と喧嘩して仕送り停められちゃって。でも理系だからあまり長時間のバイトはできないのよね。あそこだと3時間くらい、忙しい時は自分宛に来ているメールの返信だけしに1時間でもいいし。その割りにはかなり稼げるし。前やってた塾の先生のバイトは拘束時間自体は短いけど、授業の準備とかテストの採点とかでけっこう時間使っちゃってた。それも勤務時間にならない時間を」
「そういう意味で、この仕事は効率いいよね」
「清花は、何か目的あるの?凄く稼いでるみたいだけど」
「元々はさあ、住宅ローンの補填だったのよ。私、前結婚してたんだけど、家を建てたとたん、旦那の会社が潰れちゃって」
「きゃー」
「風俗とかはできないし。私、文章書くの好きだから、これならできるなと思って始めたのよね。でも結局旦那とは離婚したし、そのあと向こうは破産したみたい。私は保証人とかにはなってなかったから連鎖破産はせずに済んだ」
「わあ」
「私、いくつだと思う?」
「え?こないだ27だって」
「えへへ。それは鯖読みで実は来月で30なんだ」
「うっそー。見た目は23〜24に見えるのに」
「晴音、生まれ年の干支は?」
「え?ヒツジだけど」
「わあ、ほんとに20歳(はたち)なんだ」
「うん。この仕事始める直前に20になったばかり」
「若いなあ。いいなあ。年だけは無情に毎年1つ増えてくからね。私も晴音の年の頃は、いろいろ夢や希望もあったのに」
「清花もまだ若いよ。お金貯めてるみたいだし、それを元手に何か始められるんじゃない?」
「うん。実はアクセサリーショップとかできないかなあと思ってるのよね。でも、そういうショップ、無計画にフィーリングで始めて失敗する人多いからね。私はこの仕事しながら、そういう方面の勉強ももう少ししてから始めようかなと思ってる」
「うん。それがいいと思う。頑張ってね」
ボクたちの会話はとても弾んでいた。ほんとに女の子同士の会話という雰囲気になっていた。