[*
前頁][0
目次][#
次頁]
ビクトル王子が数人の集団の先頭に立って入って来た時、デジレ女王はそばに控えているバラの精から「あれがビクトル王子ですよ」と言われて、ドキッとした。
ビクトル王子の容姿が亡き父王・シャルルに生き写しだったのである。
そうか。だから妖精たちはこの人をお城に入れ、私と交わるのを容認したのね。でも取り敢えず勝手に交わったこと謝ってくれなかったら、すねちゃうから、とデジレは思った。
全員が玉座の間に入ってすぐの所で跪いてしまった。デジレは声を掛けた。
「大公殿下、長旅ご苦労であった。もっと近くに寄られるがよい」
そのデジレの声をビクトル王子は聞いて「なんて美しい声なんだ」と思った。
一同は立ち上がり玉座の近くまで来る。ビクトル王子が特にデジレの前まで進んで言った。
「陛下、色々これまで無礼があったことをお詫び申し上げます」
「ふむ、それだけか?」
とデジレが言う。
「あらためて私は女王陛下に結婚を申し込みたいのです」
とビクトル王子が言うので、後ろでどうもその両親らしき2人が驚いている。
「もしお許し頂けましたら、これをお受け取り下さい」
と言って、ビクトル王子は指輪を取り出してそれを掌に乗せ、デジレの前に差し出した。
デジレはドキッとした。
私・・・女として生きていくのは結構自信あるけど、それでも生まれた時は男だったのに・・・男の人を好きになれるかなあ。男の人の妻なんて務まるかなあ。
そんな不安はあったものの、デジレはそんな不安は微塵も顔には出さず、笑顔でその指輪を手に取った。
「きれいな指輪ですね」
「気に入って頂けましたでしょうか?」
「ビクトル、あなたが私の指にはめてください」
「はい」
それでビクトルが指輪をデジレの左手薬指に填めようとした時、カロリーネ妃が
「待って下さい」
と言った。
「あなたは本当にデジレ女王様なのでしょうか?」
とカロリーネ妃が訊く。
「そうです」
「それにしてはあまりにお若い。一体あなたは何歳なのですか?」
「私は100年の間眠っていて、昨夜100年ぶりに目が覚めました。私が眠った時は13歳になる直前でした。ですから昨夜目が覚めた時が112歳、今日が誕生日なので113歳です」
「あなたは幽霊とかではなく、本当に生きているのでしょうか?」
「100年、世間で時が経つ間に、このミュゼ城だけはゆっくりと時が進んでいました。ですからこのお城では実は10年しか時は経っていません。ですから私はまだ実質23歳なのですよ」
「それでそんなにお若いのか!」
とロベール大公が言った。
「いや、私はあなた様を見た瞬間、デジレ女王陛下だと確信しました。実はデジレ様の肖像画が大公家に伝わっているのです。その肖像にそっくりです」
と大公が言う。
「そんな肖像画があったのですか?」
とビクトル王子が訊いた。
デジレが眠ってしまった後、お城に入ってデジレの姿を画家が絵に描いた。その絵は大量に模写されて当時、国中の家に飾られたのだが、さすがに100年も経つと、みんな無くなってしまい、現在はデジレの肖像画というのはごく少数しか残っていない。実はビクトルも見たことがなかったのである。
「お前にもその内見せようと思っていたが、まだ見せていなかった。絵が傷まないように、めったに外に出すことはないのだ」
しかしカロリーネ妃はまだ信用しないようである。
「大変失礼なことは承知でお尋ねします。あなたが、デジレ女王の姿を借りた変化(へんげ)の類いではなく、本物の女王陛下であることを何か確認する方法は無いでしょうか?」
すると
「その方法はある」
とロベール大公が言った。
「遙か後の世にデジレ様がお目覚めになった時、確かに本人であるかどうかを確かめる方法として、デジレ様の父君・シャルル国王が残した手紙があるのです」
「はい?」
「昨夜ビクトルから相手がデジレ女王だと聞いて、この手紙を持ってくることにしたのです。このシャルル国王が残した質問に正しく答えることができれば、あなた様は間違いなく本物の女王陛下だと思います」
と大公は言う。
「どんな質問かしら?」
とデジレは言ったが、そこでリラの精が発言する。
「その手の質問にはかなり微妙なものもあると思います。よかったら別室でそれを確認しませんか?」
「そうですね、それがよいかも」
そこで玉座の間の隣にある、小さな控えの間に、デジレ女王、ビクトル王子、ロベール大公、カロリーネ妃、ルナーナ太后、それにリラの精だけが付き添って移動する。ドアを閉めて話し声が玉座の間には響かないようにする。
「ずっとこの手紙は封印されていたので、私も初めて見ることになるのですよ」
と言って、ロベール大公はシャルル国王が残したという手紙の封印を開けた。
「最初の質問です。デジレ様が嫌いな食べ物は何でしょうか?」
デジレは顔をしかめて言った。
「私はメロンが大嫌いなのですけど」
「正解です」
ちなみにこの時代のメロンは今のメロンのようには甘くない。キュウリよりは少し甘いかなという程度だったらしい。
「次の質問です。デジレ陛下が4歳の時に叔母のステラ大公から贈られた人形の名前は何でしょう?」
「スワちゃんです。その子が来てから、私は誰にも添い寝してもらわなくても寝られるようになったんですよ。今も大事に私の私室にとってあります」
「正解です」
「次の質問です。デジレ陛下の又従妹にあたるクロード王女が飼っていた犬の名前は?」
「難しい名前なんですよ。正式の名前はドンデカルノ・ヘルマエータ・エスパス・ブラン・エ・ノワールとか言うのですけど、長くて本人も言えないので大抵はドンちゃんと呼んでいました」
「はい、ドンちゃんで正解です」
とロベール王は微笑む。
「ルナーナ様、あなたのお祖母様のクロード様とはよく鬼ごっことかままごととかして遊びましたよ」
とデジレがルナーナに語りかけると
「おぉ・・・」
と感動しているようである。
クロード王女は、デジレの祖父フィリップ王の弟シモン殿下の孫である。兄弟の孫同士なので又従姉妹ということになる。そのクロード王女の孫がルナーナ太后(ロベール大公の母)である。この場にいる人の中ではルナーナはデジレが眠る前に知っていた人物から最も血の近い人である。
「あの子、凄いはにかみ屋で、当時しゃべる時に『Alors(えっと)』という単語を大量に入れてたのよね。それでルイーズと2人でクロードが5分間に何回『アロー』と言うか数えていたこともあって密かにアロード姫とか呼んでて」
とデジレが言うと
「祖母は死ぬまでその癖がありました!」
とルナーナは言っている。このあたりでルナーナはデジレが本物であることをかなり信じてくれている。
ロベール王は微笑んでいた。
「4番目の質問。あなた様が本物のデジレ様であったら、美しい歌声と楽器の演奏能力をお持ちのはずです。その美しい歌声と楽器の演奏を聴かせてください」
「いいですよ」
と言ってデジレは立ち上がると、最初にリラの精が渡してくれた横笛を持ち、美しい調べを吹いた。この演奏にその場に居た全ての人が心を奪われる思いだった。その後、デジレはこの部屋に置かれている豪華な装飾のあるヴァージナル(小型のチェンバロ)のふたを開け、それを弾いてみせる。これも本当に美しい演奏であった。その後、今度は歌を歌う。デジレの歌声は物凄い声量で、隣の玉座の間まで響いていき、向こうで待っている人たちを感動させた。
歌が終わると誰からともなく拍手が起こり、物凄い拍手が贈られた。拍手は玉座の間からも聞こえてきた。デジレは一同に一礼した。
この時点でもうカロリーネ妃は目の前にいる人物がデジレ女王その人であることに、何の疑いも抱いていなかった。そして息子ビクトルとデジレ女王の結婚を祝福する気持ちになっていた。
「それでは最後の質問です」
とロベール大公は言った。
「デジレ様の性別は?」
デジレはにこりと笑ってからまずロベール大公に訊き直した。
「それって、父シャルルが書き残したのですよね?」
「そうです」
と言いながらロベール大公は手紙を見て変な顔をしている。
「父は私の本当の性別を知らないのです」
「え?」
「父は私のことを男の子と思っておりました」
「ええ、実はそのように手紙には書かれております」
と大公は困ったような顔で言う。
ビクトル王子が「うっそー!」という顔をしている。
「確かに私は生まれた時は男だったのです。でも魔法で女に変わったのですよ」
「え〜〜〜!?」
「実は私は生まれた時に『デジレ王子は13歳になるまでに死ぬ』という呪いを掛けられたので、その呪いを回避するため女に変えられて、13歳の誕生日まで王女として過ごしました。ですから、臣下の者も国民も私のことは皆王女だと信じていたのです」
「それもシャルル国王の手紙に書かれています」
とロベール大公が言う。
「ところがですね。私を守るために女に変えた妖精が、私の命を狙う親族の者と戦って敗れて死んでしまったのですよ。私を女に変えた魔法を解く前に」
「あぁ・・・」
「ですから、私は結局女になったままなのです。そのことを父王は知らなかったと思います。その事情を唯一知っていた侍女のティアラも私と一緒に眠っていたので」
「ではあなたは元々は男だったんですか?」
と戸惑うようにビクトルが言う。
「そうですよ。でも今は女であることはビクトル、あなたが一番良く知っていますよね?」
とデジレが言うと、ビクトルは赤くなったしまつた。
「私が元は男であったということで、私のことを好きではなくなったら、遠慮無く帰って下さい。私は再びこの城を茨に包んで、もう誰も入れないようにし、少数の供の者と一緒に余生を送りますから」
「でもあなたはとても男には見えない」
とカロリーネ妃が言う。
「私、生まれた時からずっと女として育てられたんです。そして私自身優しい心を持っていたし、可愛いものが好きで、争いごとは嫌いだったし。剣とか弓矢ではなく、お人形とかお手玉とかで遊んでいたのです。私は女の心を持って育ったから、正直13歳の誕生日に男に戻ることに不安があったんですよね。それでもう男には戻れないと言われた時、むしろ喜んじゃったんですよ。女として生きたかったから」
とデジレは言った。
「でもあなた、それなら本当の女の子と同じだと思う」
と黙って聞いていたルナーナ太后が言った。
「ビクトル、ここはあなたの気持ち次第ですよ」
とカロリーネ妃が言った。
ビクトルは少し考えていたが、やがて決意したように指輪をしっかり持ち直して言った。
「女王陛下、私があなたの指に指輪を填めることをお許しください」
「どうぞ」
それでビクトルはダイヤの指輪をデジレの左手薬指にしっかりと填めた。
その場に居た全員がパチパチと拍手をした。
一同は玉座の間に戻った。
「このお方が間違いなくデジレ女王陛下であることを確認しました。そしてビクトル王子と女王陛下の結婚も決まりました」
とロベール大公が言った。
玉座の間に残っていた人々から拍手があった。
「それでは私の残された家族を紹介します」
とデジレは言った。
「こちらは母のソフィー王太后です」
ソフィーが立ち上がって一礼する。ビクトルたちも礼をする。
イボンヌとマルグリットがひとりずつ赤ん坊を抱いて出てきた。
「こちらは私の娘のオロール王女と息子のジュール王子です」
とデジレが言うと
「お子様がおられるのですか!」
とロベール大公が驚いて言う。
「えっと、それはデジレ様が母として作られた御子ですか?父として作られた御子ですか?」
とカロリーネ妃が尋ねる。
「もちろん私が産みましたよ。私は女ですから、父親になる訳がありません」
「確かに」
「ではその子の父親は?」
とルナーナ太后が尋ねる。
「それはビクトル王子に決まっているではないですか」
と笑顔でデジレ女王は言った。
「え〜〜〜〜!?」
「あんた、女王陛下に子供を産ませたの?」
とカロリーネ妃が息子を問い糾す。
「ごめんなさい、母上。実は1年前から密会していたもので」
「呆れた!」
「先に子供まで作っておいて、今更結婚とか、順序が間違っている」
「本当に申し訳ありません!」
とビクトル王子はもう消え入らんばかりに恐縮している。
「オロール、ジュールという名前もビクトルが決めてくれたのですよ」
「そうであったか」
「だったら、もうふたりの結婚を妨げるものは何も無いな」
とロベール大公は笑顔で言った。
「でも18歳のビクトル殿下が、113歳のデジレ女王と結婚するなんて言ったら国民がびっくりしないでしょうか?」
とアルベルディーナが心配して尋ねた。
「だったらこういう言い訳をすると良い」
といつの間にか玉座の間に姿を現していたカラボスが発言した。
「ビクトル王子は、茨に囲まれて閉ざされた城に密かに住んでいた、デジレ女王の子孫にあたる王女様と結婚するのだと国民には発表すればいい」
「なるほど!」
「孫の孫くらいということにしておけばいいかな。それで、ロベール大公摂政殿下の嫡男が、祖母の祖母であるデジレ女王の名前を襲名している現在のデジレ女王と結婚するので、ふたりの間に生まれたオロール王女は、デジレ女王の後を継ぐ王太女になられると言えば良いのだよ」
とカラボスは続ける。
「私はむしろそちらの話の方を信じたい」
とカロリーネ妃が言っている。
「公式にはそう説明しておいて、一方でデジレ2世と名乗っているけど、本当はデジレ1世その人で100年の眠りから覚めたのだという噂も流せば良い。そしたら人は各々自分の好きな方の話を信じる」
とカラボスは言った。
大公も大公妃も頷いていた。
「でも孫の孫が高祖母と似ているというのはまあよくあることですよね」
とリラの精が言うと
「ビクトル殿、あなたはシャルルに生き写しですよ」
とソフィー王太后が言う。
「本当ですか?」
「だからデジレもビクトル殿のことを好きになったのでしょうね」
とソフィーが言うと、今度はデジレが頬を赤らめた。