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(C)Eriko Kawaguchi 2016-04-16
「じゃ、そちらはお任せして、私寝ますね」
とデジレは言う。
「うん、それがいいね」
とキエラも言った。
と言ってデジレが部屋を出ようとした時、外から入ってきた男性がデジレを突き飛ばした。デジレが床に倒れる。
「大公様!?」
それはノール大公ハンス殿下であった。
「デジレ王子。君は13歳になるまでに糸車の針が刺さって死ぬんだよ。あと10分ほどで君の誕生日が来てしまう。その前に死んでもらわないと」
「え!?」
大公は剣を持っている・・・が、それは昼間明日の式典用と言って大公自身が持って来てくれたバスタード剣とそっくりである。
「あ?これか。昼間お前に渡したのと同じものだよ。全く同じものを最初から2つ作らせたのさ。これで刺されて死んで居たら自分の剣で死んだと思うよなあ。お前の部屋の剣はあとで隠しておく」
「え?え?え?」
デジレは大公が何を言っているのか理解できなかった。
「しかし妖精も面倒なことを言ったもんだ。糸車の針は刺さったら痛いかも知れないが、その程度で簡単に死ぬものではない。やはり確実に剣を心臓に刺してあげなければすぐには死なないよなあ」
と言って大公は剣を抜いた。両手で持って構える。
「嘘!?どうして?」
「デジレ、君が死ねば私が王国の跡継ぎになる。だから君にはここで死んでもらいたい。あと9分以内に。君を殺した上でその糸車の針を指に刺しておけば、呪いが成就したと王は思うだろうし」
え〜〜?と思ってデジレが糸車の方を見ると、老婆はいつの間にか居なくなっている。どこに行った???
大公がデジレめがけて剣を突いてきた。
その時デジレは目の端で糸車にとまっている1匹の美しい甲虫(こうちゅう)の姿を見た。その甲虫からなぜか勇気のようなものをもらった気がした。脳が瞬間的に戦闘モードになる。
デジレは必死で横に転がり、剣が当たるのを逃れた。
「素早いな。しかし所詮は女として育てられた王子。日々鍛えている私には勝てまい」
そう言って、大公は何度かデジレを刺そうとするものの、デジレはすんでで逃げる。
しかしその内デジレは部屋の隅に追い詰められてしまった。
「さあ、どうする?そこは逃げる場所が無いぞ。死ね!」
と言って大公が剣を刺そうとした時、後ろから大公を抱きしめるようにして止める人影があった。
「リード!?」
それは葦の妖精だった。
そばにティアラも居た。口の所に手を当てて、息を呑んでいる。
「ティアラ、兵士を呼んできなさい。ここは私が時間を稼ぐ」
と葦の妖精は言った。ティアラが走って階段を降りていく。
「邪魔するか?だったらお前が先だ」
と言って大公は葦の妖精に斬りかかっていく。葦の妖精は自分が持つ魔法の杖で戦う。しかし鉄で出来た剣と、樫の木でできた杖では、最初から勝負は見えていた。杖はどんどん剣で折られて短くなっていく。
それでも妖精はひるまない。とうとう杖は全部折れてしまう。すると妖精は素手で戦う。妖精の腕が大公の剣で切られて血が出ている。しかし怪我しても妖精は戦い続ける。妖精の腕は既に真っ赤になっている。顔にもかなり血が飛んでいる。デジレは悲鳴をあげたいもののそれをあげることもできずに様子を見ていた。
やがて大公の剣が妖精の身体を刺し貫いた。
「リード!」
とデジレは悲痛な声をあげた。
葦の精の身体が床に倒れ、そのあと妖精の身体はまるで灰が崩れ落ちるように崩れて何も無くなってしまった。
「邪魔する者は居なくなった。さあ死ね」
と言って大公が構えた時、厳しい顔をしたデジレは自分のドレスの中に隠していた剣を取りだした。
「ほお、それを隠し持ってきていたのか。しかしお前、剣を習ったことあるか?女として育てられているから、そもそも剣自体手に持ったのも初めてだろう?料理を習うのに包丁くらいは持ったことあるだろうけどな。まあそもそもこのバスタードは特殊で普通の剣を習っている者にも使いこなせないんだけどね」
と言って大公は剣を構えて近づいてくる。デジレは持って来た剣を鞘から抜くと、自分も両手で持って構えた。
「やれやれ、素人の剣はこうだからなあ。デジレ、その構えはもう隙だらけで、どこからでも斬りつけられるんだけど?」
などと大公は呆れたように言っている。もう勝利を確信して彼は饒舌になっていた。
「これまでも部屋に熊ん蜂を放してみたり、手摺りを壊れやすいように細工したり色々したのに、なかなか死んでくれなかったが、やっとオカマ王子も年貢の納め時だな」
などと言っている。
「糸車も随分君の周囲に持ち込んだんだけど、すぐ誰か片付けてしまうし。最近はあれ妖精のしわざかね。壊したり紡錘を持ち去ってしまったり」
などとも言っている。糸車を出現させていたのは大公だったのか!?
やがて大公は
「剣をきちんと習っていなかったことを天国で後悔するがいい。死ね」
と言って寄ってきた。
しかしその時、デジレをかばうようにして立つ者があった。
「カラボス?」
それはさっきキエラと名乗っていた老婆であった。
「困るんだよねえ。私は王子は糸車に刺されたら死ぬと予言した。リラの精の馬鹿者がそれを糸車に当たったら100年眠るだけと修正してしまったけどね。そもそも糸車の針程度で死ぬ訳無いんだけど、剣で斬られて死なれては私の予言が外れたことになっちゃうじゃん。だからこれまでも陰に日向にこの子が他の災厄で命を落としたりしないように守ってきたんだから。糸車も近くにあったら誰かに報せたり使えないように壊したりしていたのに」
などとカラボスは言っている。つまりどうもデジレが小さい頃から大公が彼が命を落とすように仕込み、それをカラボスが邪魔していたようである。
「ちょっと貸しなさい」
と言ってカラボスはデジレから剣をとりあげ両手で持った。
そして
「どけ!老いぼれ!」
と言って掛かってきた大公と組み合った。剣と剣が当たって金属同士が擦り合う高い音が響く。
一瞬両者が離れる。
大公が剣を高く構えて振り下ろすようにした。
それに対してカラボスは身体を少しずらすと、真横に自分の剣を振り払うようにした。
大公が倒れる。
「私は老いぼれだけど、まだあんたみたいなひよっこには負けないよ」
とカラボスは言った。
「くそ・・・・あと少しでこの国が手に入る所だったのに」
と大公は言っている。
「甘い甘い。あんたなんか国民の人望も無いのに王位なんか望むからそうなる。んじゃトドメを刺すからね」
と言ってカラボスは剣を突き刺すようにする。
しかしその瞬間大公は残っていた力を振り絞ると、糸車の所に飛び付くようにし、紡錘を取ってデジレに向かって投げつけた。
「あっ」
とカラボスが声をあげた時はもう遅かった。
大公の投げた紡錘の先がデジレの右手薬指の所に当たってしまった。デジレが倒れる。
カラボスが大公にトドメの一撃を加えた。大公はピクピクっとした後、動かなくなった。
「うーん。困ったなあ」
と言ってカラボスは大公が絶命していることを確認した上で自分の剣を置いてデジレの様子を見る。
紡錘の先が指に当たったものの血も出ていない。実はカラボスはさっき糸車を発見した時、危険が無いように紡錘の先を潰してしまったのである。それでデジレは怪我もしていないのだが、意識を失っている。リラの精の魔法が効いているのである。
「あの馬鹿『私は針が刺さったら』と言ったのに、修正する時に『当たったら』と言っちゃったから、当たるだけで刺さりもしてないのにこの《女の子になりたくなってきた男の子》が100年の眠りに就いちゃったじゃん」
などと文句を言っている。
そこにティアラに案内されて兵士が数名駆け込んできた。
「これは一体?」
とティアラが声を挙げる。
「カラボスか?」
と年配のアンジェロ准将が彼女の顔を認めて呟くように言った。
その時、深夜0時になり、デジレの誕生日の到来を告げる時計塔の鐘が鳴り響いた。デジレは13歳になったが、本人は床に倒れている。
カラボスはアンジェロを一瞥すると語った。
「ノール大公がデジレを殺そうとした。それで葦の精が守って戦ったけど負けて葦の精は死んだ。それで仕方ないから私がデジレ王子の剣を取って代わりに戦った。私はあくまで糸車の針に刺されたらデジレは死ぬと予言したんだもん。予言を人間ごときが勝手に改変するのは困る。だからこれまでもデジレが危ない時は助けてきたし、そもそも糸車も見つけ次第私が処分してたんだよね。まあそれで大公は私が倒した。でも大公が死ぬ間際に紡錘をデジレに投げて、それが当たってデジレ王子は意識を失った。以上」
「んじゃ私は消えるね」
と言ってカラボスはスッと姿を消した。
そこに王様・お妃様、ステラ王女、そしてリラの精も駆け付ける。
「これはどうしたことか? デジレは?」
ティアラがデジレのそばによって脈を取る。
「姫様は生きておられます。でも意識を失っておられます」
とティアラは言った上で、今カラボスが話したことを王様たちに説明した。アンジェロ准将も、そのような説明であったことを確認する。
「なんと、大公がデジレを襲っただと?」
「はい。私と葦の精様が駆け付けた時、大公様がデジレ様を殺そうとしていました。葦の精様は自分が食い止めるから兵士を呼んでこいと私にお命じになったのです。でも葦の精様は大公に倒されてしまったようです」
とティアラは補足する。
「デジレ様が亡くなれば大公が跡継ぎになれるからでしょう」
とリラの精が言った。
「デジレは?デジレはどうなるのだ?」
と王様。
「100年経ったら目が覚めると思います」
とリラの精。
「ああ、なんてこと」
と言ってお妃様が泣くようにして王様の肩に顔を埋める。
「陛下。デジレ殿下をお部屋にお連れしてずっと寝ていても大丈夫なように暖かい毛布を掛けてあげましょう」
とリラの精が言う。
それで王様自身がデジレを抱き部屋に連れて行く。大公の遺体も兵士が運び出し部屋の掃除なども始めた。
「しかしティアラやアンジェロ殿の話では結局カラボス様がデジレ王女を守ってくださったということですか?」
「カラボス様も、たぶん本気でデジレ様を殺すつもりは無かったのですよ。実際これまで姫様が色々危ない目に遭った時も、カラボス様が陰に日向に助けてくださっていたそうですよ。予言以外の形で死なれるのは困るからとか言って」
「さっきのカラボス様の言葉を考えていたのですが、どうもカラボス様は糸車を見つけては人に報せたり壊したりしていた側なのではないでしょうか?だから糸車を出現させていたのはカラボス様ではなかったのでは?」
とアンジェロ准将が言う。
「では誰が糸車を?」
「デジレ様に死んで欲しい人では?」
「むむむ」
アンジェロ准将の部下がそのあたりでうろうろしていた大公の側近を捕まえて尋問した。その結果、この北の塔の糸車は大公の命令で自分が持ち込んだことを認めた。また過去にも何度か大公の命令で糸車を城内に運び込んだことも自白した。また彼の証言からカラボスと大公の会話内容が明らかになりカラボスが実はこれまでずっとデジレ姫を守っていたことも明らかになった。
「糸車を出現させていたのはカラボス殿ではなく大公だったのか!」
「100年後に姫様がお目醒めになった時は、そのお祝いの席にカラボス様もしっかりお招きしなければ」
とステラ王女が言う。ステラも兄のハンスがデジレ王女抹殺を図っていたことを知り、沈痛な表情である。
「うん。それは私が子孫への手紙として書いておく」
と王様は言う。
「葦の精殿にも気の毒なことをした。妖精の世界のことは分からないのだが、葦の精殿には家族とか、その類いの者は無かったのだろうか?弔いもしてやりたいし、お見舞いとかも届けてやりたいのだが」
と妖精たちに言う。
「私たちはたまに姉妹で生まれるものもありますが、多くは単独で生まれ、いつか灰になって消えて行きます。でも葦の精は幼い竹の精を保護して可愛がっていたので、その子にお見舞いでしたら届けましょう」
とリラの精が言った。
「お願いします。でもその幼い妖精の世話は?」
「仕方ないからバラの精がしてあげることに決めました」
「済まないな」