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3年後。
デジレ姫とソフィー王妃が長期間姿を見せないことから実際には死んでいるのでは?という噂が国内に流れていた。そこで国王は「見届け隊」を派遣する旨を発表した。
メンバーは中立的と思われた引退した元元帥が選考した。
国立中央大学から推薦された医師、教会の枢機卿、ラスプ元王子、高名な画家モシネフの4人を見届け人とし、ステラ女大公、デジレ姫の侍女コロナ、アンジェロ少将(参謀副官)の3人を案内役に選ぶ。一行は茨に取り囲まれたミュゼ城に3年ぶりに入った。
コロナは実は城が閉ざされた後もしばしば妖精に連れられて城に入っており、彼女が先頭に立った。すると普段は誰をも寄せ付けない茨たちがこの一行には自然と道を開けてくれて
「これは一体どういう仕組みなのじゃ?」
と枢機卿が驚いていた。
一行は城内で、デジレ王太女とソフィー王妃、侍女のティアラとタレイア、ローラン元侍従長とフランソワ大尉の6人が「生きている」ことと「眠っている」ことを確認した。医師はこれが病気などによるものではなく、純粋な睡眠であることも確認して診断書を書いた。また画家が眠っているデジレ姫と王妃の肖像画を描いた。
コロナは王女に付いて一緒に眠っている同僚のティアラとその母タレイアに涙を流しながらキスをしていた。ステラ女大公もデジレとソフィーにキスした。またアンジェロ少将もローランとフランソワにキスをしていた。
(この地域の文化ではキスは他地域の握手程度の意味合いであり恋愛的な意味は薄い、念のため)
見届け隊はシャトン宮殿に戻ると、ラスプ元王子が隊の代表として会見し、ミュゼ城内の状況を伝えた。会見場となったシャトン宮殿の広間に集まったのは、各地の市町村長たち、軍人たち、貴族たち、役人たち、また数人の書籍発行者も混じっていた。
ラスプ元王子の説明に人々から驚きの声があがる。
「本当に生きておられたのですか!」
「ちゃんと生きてましたよ」
「それは本当にデジレ王太女様だったんですよね?」
「幼い頃からずっと一緒に遊んでいた私が他人と見間違えるはずがありません」
とラスプ元王子は断言した。
「ところで念のためお聞きしますが、デジレ様が王太子なのか王太女なのかここで確認できますでしょうか?一般には王太女様と認識されていたと思うのですが、様々な機会に王太子と呼ばれていることがありますよね?」
とひとりの貴族が質問した。それについては見届け隊の医師が答えた。
「私は王太女殿下を診察致しました。王太女殿下は間違い無く女性です。少し性的な発達は遅いようで、まだ胸はあまり膨らんでおりませんが乳首が太くなってきておりましたので、あと数年すれば胸も膨らんでくるのではないでしょうか」
この医師の回答にはかなりのざわめきが起きていた。
デジレ姫が「実は男」というのは元々少数の者しか知らないはずだったのが、中には口の軽い者もいるため、結構な範囲に流布していたのである。医師の発言はそれを完全に否定した。
ステラ女大公が補足する。
「デジレ姫がお元気だった頃に、私の娘のルイーズ、そして各々の侍女と一緒にお風呂に入ったこともあります。ですからデジレは間違い無く女の子ですよ」
更にざわめきが起きていた。
「しかしデジレ様は何故眠っておられるのです?」
これについてはラスプ元王子が答えた。
「魔法に掛かっておられます。デジレ姫が倒れた時の状況は私も直接父の部下などから聞いております。その魔法を発動させたのは父・ハンスです。そして父は魔法だけではデジレ姫が死にそうにないと思い剣で殺そうとしてデジレ姫の侍女と争いになり、結局相打ちになったのです」
18歳の元王子は厳しい顔で、初めてこの事件の主犯がハンス殿下であったことを認めた。
「ハンス殿下は剣の腕はかなりのものでしたよね?デジレ姫の侍女にも腕の立つ人がおられたのですね?」
「戦いを見ていた父の部下によれば、剣の腕自体は父がずっと上だったらしいです。しかし侍女は元より自分の命は捨てるつもりで戦っていたようだと言っておりました。賭けているものが違ったことで相打ちに持ち込めたのですよ」
と元王子は語る。
実際にはあの戦いを覗き見していた側近は、葦の精の死体が消滅してしまったため、葦の精と後から戦ったカラボスとを混同してしまった。しかしデジレが眠ってしまったし、戦闘の一部を見たティアラもデジレ姫と一緒に眠ったことで彼が唯一の生証人となってしまった。それでその話が公式文書には残されることになったのである。
「それから父の側近が30名ほど処刑されたなどという根も葉もない噂が流れているようですが、それは事実と違います。拘束はされましたが処刑はされていません。拘束されたのも6名のみです。デジレ姫を眠らせる直接の原因となった糸車を城に持ち込んだ者と父の一番の側近だった者だけが特に許されて父の1年後の追悼ミサ(一周忌)が終わった後で自死しましたが、他の4人は全員その時点で恩赦を受けて釈放され、各々の田舎に帰って農耕に従事したり坊さんになったりしていますから」
と元王子は付け加えた。
「デジレ姫はいつか目を覚まされるのでしょうか?」
「100年後、というか既に3年経っておりますので97年後に目覚められるはずです」
「100年も生きてはいないのでは?」
「あの城はとてもゆっくりと時間が過ぎています。私たちはあそこに朝から夕方まで半日ほど滞在したのに、その間に城の中にあった正確無比のはずのアラビア伝来の機械時計が1時間ほどしか進みませんでした。ですから私たちの世界では100年経っても、あの城の中の時間はたぶん10年程度しか経たないのです。ですから100年後もデジレ殿下はまだ23歳くらいでしょう」
と枢機卿が述べた。
この会見内容が国の隅々まで伝わると、
「本当に眠っておられるのか!」
と国民の間にも驚きの声があがった。また、デジレ王女の肖像画の模写が大量に売れてどこの家庭にも掲げられるなどという現象まで起きた。これを描いた画家モシネフは
「本当はもっとお美しいのだけど、私の画力ではここまでが限界だった」
などと述べた。
デジレ姫が100年の眠りに就いた年にまだ11歳だったルイーズ王女(ステラ女大公の娘)は17歳で隣国の第3王子サミーを婿に取り、翌年エルビス王子を産んだ。シャルル国王は実際には妹のステラ女大公より長生きしたので、シャルル国王が亡くなった後は、ルイーズ女大公が摂政として国を治めた。
ルイーズの息子・エルビス王子は実は恋愛対象が男性で、女性との結婚に消極的だったものの、周囲の説得に応じて26歳の時にラスプ元王子の娘マリーと結婚した(はとこ同士の結婚)。
ノール大公が急死した後、国の一部には遺児のラスプ元王子を掲げて不穏な動きをしようとする勢力があったので、この結婚はその勢力との融和の象徴でもあった。
マリーは女ながら剣術が強く馬術や弓矢も得意で「女にしておくのがもったいない」と言われるほどの女丈夫であり、化粧もせずドレスも着ずに乗馬用のズボン姿で出歩いており、エルビス王子も彼女とならまだ何とかなるかなと思い結婚を承諾した感じもあった。
ふたりの間には2年後にアンリ王子が生まれた(デジレが眠った35年後)。
エルビス王子はアンリが生まれると、もう自分の役目は終わったとばかりに公式の場にも女装で現れるようになる。そして自分は太子は辞任すると言ったので、エルビスは大公位(摂政)は継がずに、ルイーズ女大公の後は孫のアンリ王子が継いだ。しかしエルビス王子(本人はエルビラ王女と呼べと主張していた)は、肩の荷が下りたら急にマリー妃との仲が良くなり、ふたりの間にはその後3人の王子が生まれ、3人は公爵家(エールair, テールterre, フーfeu)を創立して分家となる。
その後エルビラ王女はアラビア人の医師の手で男性器を切除したという噂があったものの、マリー妃との仲は睦まじく、ふたりはいつもまるで姉妹のような感じで(実際には男性的な雰囲気を持つマリーのほうがしばしば女性的なエルビラの夫と間違われていた)一緒に出歩いており、慈善事業にも熱心だったので、国民にはわりと人気があった。
アンリ王子は21歳の時、大臣の娘で王族の血も引くルナーナ姫(デジレの又従妹クロード王女の孫)と結婚して翌年ロベール王子が生まれた(デジレが眠った57年後)。
ロベール王子は20歳の年にローマ皇帝の第4皇女・カロリーネと結婚。なかなかお世継ぎが生まれず国民をやきもきさせたものの5年後にビクトル王子が生まれた(デジレが眠った82年後)。
50年ほど前にデジレの父シャルル国王が亡くなり、公的には茨に包まれた旧城で「療養中」とされるデジレ姫が国王(女王)の地位を継いだのだが、事実上王様が不在になっている状態で、皇帝の血を引く王子がエスト大公家に生まれたことから、ビクトル王子は大公摂政の地位を継いだら「国王」を名乗ってもいいのではないかという空気が臣下たちの間に生まれた。
■デジレの誕生年を000年とした時の年表
000 Desire born.
013 Desiree sleeps. Louise 11.
020 Louise 18 Elvis born.
048 Elvis(Elvira) 28 Henri born.
070 Henri 22 Robert born.
095 Robert 25 Victor born.
112 Victor 17 enter Old Castle.
113 Desiree wakeup.
■王国の統治者
-047 King Charles (father of Desiree)
-071 Grand Duke Luouise (cousin of Desiree)
-110 Grand Duke Henri (grandson of Louise)
-113 Grand Duke Robert (son of Henri, father of Victor)
ビクトル王子は15歳で成人式をした。
その直後から、分家の姫たちや、大臣や将軍の娘などからかなりあからさまに誘惑されるようになった。大臣の娘など夜中に裸で王子のベッドに侵入してきて、ビクトルは慌てて逃げ出したこともあった。
一方で王子はしばしばお忍びで単身町に出て女の子たちを口説いてデートしていた。女の子たちとおしゃべりしたりまではするものの、セックスに誘うとなぜか邪魔が入って遂げることができなかった。それで王子は17歳になってもまだ童貞のままであった。
その日も王子は単身馬に乗って出かけ、どこかで可愛い娘を口説いて、デートして、あわよくば・・・と思っていたのだが、ある村まで来た時のことである。
「それはもう凄い美人、この世の物とは思えない美人らしいぞ」
「しかしそれ誰か見たことある訳?」
などと噂をしている男たちがいる。
王子は自分が頼んだワインの瓶を持って男達の席に行く。
「まあまあ1杯どう?」
「おお、若いの済まんな」
「誰か凄い美人がいるって?」
「いや、俺の親父が若い頃1度だけ見たらしいんだ」
王子はがっかりした。この男は見た感じ30歳くらいだ。その父親なら55歳か60歳くらいだ。その人が若い頃なら30年くらい前、それなら当時20歳の娘だったとしてもとっくに50歳くらいだ。
「でもその頃まだ15-16歳の娘に見えたらしいんだよ」
「でも姫様が眠りについてからその頃既に50年くらい経っていたのでは?」
「どういうことですか?」
「若いの、知ってるか? もう100年くらい昔に、国民にたくさん愛された美しいお姫様がいたと。でも姫様は呪いに掛けられて100年の眠りに就いてしまったらしい」
「お姫様が眠ってしまった城では、お付きの侍女や兵士もたくさん一緒に眠っているという。その城は深い茨に取り囲まれて、人が辿り着けないようになっている。何人かその茨を突破して城まで行ってみようとしたものの、どうしても行くことができず、途中で命を落とした者も数知れないらしい」
ビクトル王子はハッと思い出した。それは話に聞いていた。デジレ女王の伝説だ。デジレ女王は実は現在この国の君主である。しかしそれは国の象徴、守り神のような話だと思っていたし、眠っているというのもおとぎ話か何かのように思っていた。確か祖父の祖母の従姉くらいに当たる人である。
ただビクトル王子は奇妙な話も聞いていた。そのデジレ女王は実は女王ではなく男王かも知れないという噂もあるらしいのである。
「でもあんたの親父は行けたんだ?」
「大変だったらしい。親父は茨刈りの名人だったんだよ。それでも一週間がかりでその城まで辿り着いたらしい。伝説では多数の侍女や兵士に囲まれて眠っているという話だったけど、実際には姫のそばで寝ている侍女は3人だけ、その部屋の外側にも警護の兵士が2人眠っているだけだった」
やはり女王であったか!
「それで死んでいるのではなく眠っていた訳?」
「うん。6人とも生きていた。しかし起きなかった。そして姫様はまだ15-16歳くらいに見えたという。それで親父は気づいたんだ。城の時計が物凄くゆっくり動いてることに。親父はその場に1時間くらいいたのに、城の時計はその間に5−6分しか進まなかったらしいんだよ」
「なんとまあ」
「だから多分今行っても姫はまだ17-18歳くらいの若さだと思う」