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(C)Eriko Kawaguchi 2016-04-17
王子は困惑した。
以前なら、そこに4人の女性が眠っていたのだが、今夜は何だか様子が違う。大勢の女性が何だか慌ただしく動き回っている。
「あ、ビクトル王子様!いい所へ。お子様が生まれますよ」
「え〜〜!?」
「何かお手伝いすることは?」
とアルベルディーナが尋ねる。
「じゃあなた、バンブーと一緒に台所に行ってお湯を沸かして持って来て」
「はい」
それでアルベルディーナはバンブーと呼ばれたまだ10歳くらいに見える若い娘と一緒に階下に降りていくと台所に行き、大鍋に水を汲んで竈に乗せ、お湯を沸かし始めた。
「このベッドでこのまま産ませるのは色々問題がある。産屋にお連れしよう」
と言って、王子がデジレ女王を抱えて車椅子に乗せ、城の離れにある産屋まで連れて行く。階段は王子が抱えて降りた。
お産用のベッドに寝せる。
その後もかなり大変であったが、明け方、太陽が東の空から昇る直前に、女王はまず女の子を出産する。
「産まれた!」
「いや、もうひとり入っている」
「え〜〜!?」
それで1時間ほど後、もう周囲がすっかり明るくなってから今度は男の子が産まれた。
「双子だったのか!」
産まれた赤ん坊には20歳くらいのマルグリットと呼ばれた女が1時間おきくらいに授乳していた。まだ吸う力が弱いので1回の授乳量も少ないようだ。
デジレ女王には後産まで終わった後でお股をきれいに洗い、柔らかいリンネルの布を当てた。女王の体調が回復してきた頃を見計らって、車椅子に乗せてお部屋に戻した。階段はまた王子が抱えて登った。
産まれた赤ん坊はへその緒を切り、身体をよく洗ってからベビーベッドに寝せていたのだが、その子たちも赤ちゃんをムリエと呼ばれた女が抱きベッドを王子とマルグリットの夫の2人で持ってお部屋に戻った。
今日は王子は重労働である。さすがに疲れたようで礼儀作法は無視して床に座り込んでいる。
赤ん坊をベビーベッドに寝せ、マルグリットともうひとりイボンヌと呼ばれた40歳くらいの女がそばに付いている。少し離れた所にもうひとつベビーベッドがあり、そこにも少し大きな赤ちゃんが寝ていたが、マルグリットの子供ということで1歳くらいになるらしい。赤ちゃんを産んでいてお乳が出るので、ここに呼ばれていたということのようである。
少し落ち着いてきたところでビクトル王子は尋ねた。
「えっと、赤ちゃんを産んだのはデジレ女王陛下ですよね?」
「何を今更」
とローズと呼ばれた女が言う。
「女王陛下って100歳を越えているのではないのですか?」
とアルベルディーナが尋ねる。
「この城は100年の眠りに就いていたので、時間がとてもゆっくり過ぎているのです。100年の間に実際にこのお城で過ぎた時間は10年。ですからデジレ女王はまだ23歳なのです」
「そういう仕組みが・・・・」
「ところでこの子たちの父親は?」
とビクトル王子が尋ねると
「ビクトル王子様、あなたに決まっているではないですか」
とチューリップと呼ばれた女が言った。
「え〜〜!?」
とアルベルディーナが驚いている。
「やはりそうであったか」
とビクトル王子は言い、アルベルディーナに昨年から何度かこの城に来て、眠っているデジレ女王と交わってしまったことを話した。
「眠っている女の人としちゃったんですか?」
とアルベルディーナが非難するように言う。
「済まん。いけないこととは思ったのだけど、女王があまりに美しかったものでつい」
「でもこれでビクトル殿下が男であったことは確認できましたね」
とアルベルディーナは言う。
「うん?」
「殿下がけっこう色々な女とデートしているふうなのに、誰とも交わってはいないようだというので、ビクトル王子は実は女なのではという噂が城下には流れていたんですよ。実は私も殿下の性別を確かめたい気分だったので、夜のお務めをしてくれないかという話に乗ったんですけどね。もちろん殿下のこと好きだったのもあるけど」
「ごめん。僕はアルベルディーナのこと気に入っているから、自分の愛人にはしたくないと思っていた」
「でもデジレ女王陛下はもうずっと眠ったままなのですか?」
とアルベルディーナは《女王の侍女たち》に尋ねる。
「4ヶ月後の8月14日夜に目を覚まします。ちょうど100年経つので」
とリラの精が言った。
「おぉ!」
「翌日8月15日に迎えに来てください」
「分かった。そうだ。今日生まれた子供たちの名前は?」
「殿下、父親であるあなたが決めてください」
「そうか。。。では先に生まれた女の子は太陽が昇る直前に生まれたから、オロール(Aurore あけぼのという意味)、後から生まれた男の子はもう太陽が高く昇ってから生まれたからジュール(Jour 太陽という意味)と名付けよう」
「素敵な名前だと思いますよ」
とリラの精は言った。
城に帰ると王子は母にフランシスカとの見合いはしないと告げた。
「どうして?あの子はいい娘ですよ。女系で大公家の血も引いているから家系的にも問題無いし」
フランシスカの母親が、エルビラ王女(エルビス王子)の妹レイアの孫なのである。
「母上、私は好きな人ができたのです。その人と結婚したいと思っています」
「どこの娘です?」
「今は言えませんが、しっかりした家の女性です。4ヶ月後に会わせますから、その人と会ってから、私とその女性との結婚を認めるかどうか決めてください」
「分かった。でもなぜ4ヶ月後なのです?」
「済みません。いろいろ準備があるもので」
母は必ずしも納得していなかったが、とりあえずその娘と会ってから結婚してもいいかを判断してもらいたいという王子の主張を容認した。
その後、ビクトル王子はさすがに自分で出かける訳にはいかなかったものの、アルベルディーナを毎週一度茨の中の城に遣っては、赤ん坊の様子などを見させた。アルベルディーナは武術や剣術も学んでいるし、ひとりで馬を使うこともできる。そして茨の森はアルベルディーナに対してもちゃんと左右に別れて道を開けてくれた。数度は自分の側近のジルベール少尉も一緒に行かせた。ジルベールは伝説の城を見て驚いていた。
アルベルディーナはけっこう妖精たちから雑用を頼まれ、また買い出しなども引き受けて赤ちゃんたちの世話をした。ジルベールは妖精たちに頼まれて城の痛んでいる所の修理などもしてくれた。
デジレ女王は出産後3日もするとお乳が出るようになったが、それでも子供が2人いて足りないのでマルグリットからもずっとお乳をもらっていた。
アルベルディーナが王子の使いで度々出かけるので王子の母・カロリーネ皇女がアルベルディーナに問い糾したものの、アルベルディーナは王子様から何も誰にも言うなと言われているのでお話しできませんと言った。
「うん。秘密を守るのは偉いことだと思う。ビクトルは良い侍女を持った」
と彼女を褒めた上で
「ただひとつ教えて欲しい。本当に王子の相手はしっかりした所の娘なのか?」
「はい。それは由緒正しい家のお姫様ですよ」
とアルベルディーナは笑顔で答えた。
「しかしそんな由緒正しい家の姫であれば政治的に色々面倒なことが起きるかも知れないよ」
「私は大丈夫だと思います。実際にご覧になられました時にご確認下さい」
「分かった」
そして8月14日の23:57が来る。
デジレはハッと目が覚めた。
ベッドの中に居る。
「目が覚められましたか」
とリラの精が声を掛けた。
「リラ様・・・・。私どうしてたのかしら」
「100年間眠っておられたのですよ」
「え〜〜!? じゃ、あの呪いは発動してしまったの?」
「あの時大公が投げた紡錘の先がそなたの指に当たってしまった。大公は私が倒したが、それでそなたは100年間眠っていた」
とカラボスが言う。
「キエラ様・・・・。じゃ、私今113歳?」
「あと1分で」
やがてお城の鐘が鳴った。
「お誕生日おめでとうございます」
と言って竹の精が花束を渡した。
「ありがとう。あなたは初めて見た」
とデジレ姫が言う。
「この子は亡くなった葦の精が育てていた子なんですよ」
とチューリップの精が言った。
「やはりリードさんは亡くなったの?」
「あなたを守って亡くなったのですよ、姫様」
「そう。悪いことしたね。私が夜中にひとりで出歩いたのがいけなかった。せめて私に剣の心得があったら良かったのだけど」
「いや、大公は剣の腕は大したものだったよ。少々の使い手でも勝てなかったと思う」
とカラボスが言う。
「あれ?でも私、113歳になった割にはあまり年取ってない気がする」
とデジレ姫は自分の手などを見て言う。
「お鏡どうぞ」
と言ってカナリアの精が手鏡を渡す。
「すごーい。自分で言うのも何だけど美人の若い女って感じ」
「あなたの身体はまだ23歳なのですよ。100年の間、あなた自身の時間は普通の10分の1の速度で流れていたのです。ですから世間では100年経ってもデジレ姫ご自身は10年しか経っていないのです」
「へー。あ、でもなんかこんな美人になっちゃって、もったいない気がするけど私、男に戻らないといけないんでしょ?」
「いやそれが・・・」
と妖精たちは何だか言いにくそうにしている。
「実は葦の精が姫様の男の印を預かったまま亡くなってしまったので、誰も姫を男に戻すことができなくなってしまったのです」
とリラの精が言った。
「え〜〜〜!?」
「それで私たちで話し合って、男にできないのなら、いっそ姫様は女にしてしまおうということになりまして」
「うっそー!?」
「本来はこういう重大な問題は姫様ご本人に説明した後ですべきなのですが、お眠りになっていて意思の確認なども不能でしたので、大変申し訳ありません」
とリラの精が言う。
それでデジレ姫は自分の身体を触っていて、乳房が物凄く大きくなっているのに気づく。
「まるで大人の女みたいに胸がある」
「女になりましたから」
「あそこに毛が生えてる」
「もう大人ですから」
「お股の形はあのままだ」
「女ですから」
「じゃ、私このまま女として生きていかないといけないの?」
「いやですか?」
デジレ姫は少し考えたものも言った。
「それでいい気がする。だって私、ずっと生まれた時からみんなから王女様とか姫様とか言われて育ってきているもん。女にしかなれないのなら女として頑張ってみるよ」
「はい。ですからあなたは今この国の女王なのですよ」
「父王は・・・・死んだの?」
「66年前にお亡くなりになりました。その後、ずっとデジレ姫様が女王です」
「でも女王の私がここで眠っていたら、国は困っていたのでは?」
「ステラ王女の子孫がエスト大公となって、摂政として代わりにこの国を治めています」
「そうか。ステラ様の子孫が・・・・」
「ルイーズ女大公様も名君として国民から親しまれましたよ」
「ルイーズはもう亡くなった?」
「はい。42年前に」
デジレは急に寂しくなった。ルイーズとお人形遊びをしたりお互いに本を読みあったりしたことを思い出す。そのルイーズも成人して、本来は自分が治めるべきであった国を代わって治めてくれて、そしてもう年老いて逝ってしまった。でも自分はまだ若いままだ。
「お前たちは妖精だから長い寿命を持っているようだけど、私の知り合いの人間はもうみんな死んでしまったんだよね?」
「姫様が目を覚ました時におひとりでは寂しいだろうと言って、姫様のお母様ソフィー様、ティアラ様、ティアラ様のお母様である乳母のタレイア様が一緒に眠っていますよ」
「え?本当に?」
それでデジレはベッドから起き上がると部屋の中を歩き回る。100年ぶりに歩いたせいか足がふわふわしてまるで雲の上でも歩いている感じだ。デジレはティアラと乳母と母が寝ているのを見る。
「この子たちはいつ目を覚ますの?」
「もう少ししたら目覚めさせます。他に男が2人、ローラン侍従長とフランソワがお供したいと言ってこの2人は廊下に寝ています」
それでデジレは戸を開けて外を見た。
「ローラン侍従長には私、随分叱られたなあ。でも本当にしっかりした人だった。フランソワはよく私のお供をしてくれたし、危ない所を何度も助けられている。この人、いつも絶好の場所に居るんだもん」
「そういう想い出があるからお供をしてくれたのでしょうね」