[*
前頁][0
目次][#
次頁]
そしてデジレは部屋の中を歩き回る内に小さなベビーベッドが2つ並んでいるのに気づく。見ると、可愛い赤ん坊がスヤスヤと眠っている。
「この子たちは誰?」
「デジレ女王陛下、あなたのお子様です」
「私の子供? それ誰が産んだの?」
「姫様、あなたが産みました」
「うっそー!! 私子供産める訳?」
「女になりましたから」
デジレは口に手を当てたまま驚いている。
「あ、でも可愛い気がする」
と言って、デジレはピンクのベッドに寝る赤ちゃんをそっと抱き上げた。
「お乳をあげてください」
「私、お乳出るの?」
「出ますよ」
それでリラの精がデジレの服の前を開けた。乳房が露出するので、デジレはおそるおそる赤ん坊の口を左の乳房に近づけた。すると眠っている赤ん坊が無意識に乳首に吸い付く。
「ちょっと痛い。でもなんか幸せな気分」
「女になって良かったでしょ?」
「うん。これ女でなければ味わえない幸福だよね」
「そうですよ」
「その子は姫様でオロール様です」
「へー。可愛い名前だね」
それからデジレはもうひとりの赤ちゃんも抱き上げた。その子にもお乳をあげた。
「その子は王子様でジュール様です」
「この子も可愛い。でも男の子かあ。女の子なら美人になりそうなのに」
「なんでしたら、おちんちん取ってしまいましょうか?」
「そうだなあ。でも本人がおちんちん無くしたくなかったと言うかも知れないから、おちんちん取るにしても10歳くらいになって本人に聞いてからにしよう」
「それがいいですね」
「この子たちも私と一緒に眠っていたの?」
「いえ、この子たちは普通の生活をしています。今は単純に普通に寝ているだけですから、じきに起きて泣いたりすると思いますよ」
「そっかー」
と言ってからデジレは唐突に疑問を感じた。
「女の人って年頃になったら自然に子供を産むものだっけ?」
「まさか」
「男の人と結婚したから子供が生まれたんですよ」
「私結婚したの!?」
「素敵な殿方ですよ」
「でも結婚しただけじゃ子供生まれないよね? あのぉ、何というか、ああいうことするんでしょ?」
「ですから、交わりをしましたよ」
「私、覚えてないんだけど」
「デジレ様が寝ていたので、やむを得ず寝ているまま交わったのです」
「え〜〜?私の意志は?」
「確認のしようがなかったので」
「ひっどーい!」
「お昼くらいになったら、おいでになると思いますよ。その時、あらためてその方と結婚してもいいかデジレ様が決めて下さい」
「分かった。でも寝ている女としてしまうって、それ犯罪なのでは?」
「私たちも止めるべきかどうか悩んだのですが、家柄としては申し分無いお方でしたので」
「うーん。王族に生まれた以上は自分の好き嫌いではなく、国家の事情で結婚しないといけないんだよね?」
「御意」
「よくお分かりですね」
「でもどういう人なの?」
「ルイーズ様の孫の孫にあたるビクトル様という方です。エスト大公家の跡継ぎですよ」
「わぁ」
「見たら気に入ると思いますけどね」
「ふーん」
リラの精はお城全体を眠りから目覚めさせた。それまで物凄くゆっくりと時を刻んでいた時計がふつうに動くようになる。
リラの精は最初にティアラを目覚めさせた。
「ティアラ、ありがとう。私と一緒に100年眠ってくれたのね」
とデジレが声を掛けた。
「デジレ様、お目覚めになったんですね!」
と言ってティアラは涙を浮かべている。そのティアラをデジレはハグした。
「わあ、もったいのうございます。あれ?デジレ様、胸が」
「うん。私、本当の女になっちゃったみたい」
「え〜〜〜?」
「でも私、このまま女王でいいと思う」
「そうですね。デジレ様は最初からずっと姫様でしたから」
とティアラは笑顔で言った。
しかしデジレが「私赤ちゃん産んじゃった」と言ってオロールとジュールを見せると、さすがのティアラも仰天していた。
「デジレ様、子供が産めるんですか!?」
「うん。本物の女になっちゃったから」
「へー!でも可愛い」
「この子たちのお世話とかもティアラに頼むかも」
「はい、任せて下さい!」
リラの精がこの子たちの父親が、ルイーズの孫の孫の王子であることを教えるとそれもまた驚いていた。
その後で、タレイアとソフィー妃を起こした。
ふたりはデジレが本物の女になってしまったこと、そして子供が2人できていることを知ると本当に驚いていた。
「でもあなた、結構女の子らしい性格だったもん。それでいいかもね。でもこの子たち可愛い」
と言ってソフィー妃は孫であるオロールとジュールの頬を撫でていた。
その後で廊下で眠っていた2人の男たちも起こした。
2人はそもそもデジレが実は男なのに女の子を装っていたこと自体を知らなかったので(ローランは本来知っておくべきだったが、生来ぼんやり者だし、みんなが王女と呼んでいるので王女と思い込んでいた)、子供が生まれていることを聞いて単純に
「それはめでたいです」
と言って喜んでくれた。
リラの精から既にデジレの父君シャルル国王は66年前に亡くなっていること、シャルルの後を事実上継いだ、ルイーズ摂政・女大公も42年前に亡くなっていること、現在はルイーズの曾孫にあたるロベールが摂政・大公として国を治めていることが説明されると、一同は涙を流した。
「シャルルのお墓とかはあるのでしょうか?」
とソフィー后が尋ねる。
「ちゃんとありますよ。あとでみんなでお墓参りに行きましょう」
「ええ」
その日はみんな朝まで仮眠した後、お昼頃にやってくるはずのロベール大公とカロリーネ皇女、そしてビクトル王子をお迎えするためにお料理を作ったりした。男性2人はお食事会を開くため広間のお掃除などをした。
「なんかオーブンでお肉が焼けてますけど?」
「ああ、それはこの城が眠りに就いた時に料理番がオーブンでお肉を焼いている最中だったのを忘れていたのですよ」
「え〜?じゃこれ100年前のお肉ですか?」
「そのオーブンは完全に時を停止させていたから食べられるはず」
それでティアラが味見してみると、何だか物凄く美味しい。
「これ、ディナーに出しましょう。2度と出ない味ですよ」
「100年掛けないと出ない味なのかもね」
9時頃になって、お城を取り囲む茨の森を抜けて20歳くらいの女と40歳くらいの女が赤ん坊と一緒に城にやってきた。
リラの精が彼女たちを紹介する。
「デジレ姫にお仕えしていた侍女コロナ様の曾孫のイボンヌ様とその娘さんのマルグリット様です」
「女王陛下、お目覚めになったのですね。マルグリットと申します。僭越ながら陛下のおふたりのお子様にお乳を差し上げております」
と言って若い女の方が挨拶した。
「私たち妖精だけでは色々困ることもあったので、コロナ様、そしてその子孫の女性にサポートをお願いしていたのです。ですからコロナ様の子孫は代々この城に月に1度くらい入っていたのですよ」
「そうか。コロナの子孫が・・・・」
「マルグリット様は偶然にも1年ほど前に赤ちゃんを産んでいたのです。それでお乳が出ているので、オロール様・ジュール様にあげるお乳がデジレ様のお乳だけでは足りないので、マルグリット様からももらっていたのです」
とリラの精が説明する。
「本当に偶然だったのですが、お力になれて幸いでした」
とマルグリットも言った。
「その赤ちゃんは?」
「私の娘でジャンヌと申します」
「それではその子が少し大きくなったら、ぜひオロールの侍女に」
「はい、よろしくお願いします!」
一方のビクトル王子は8月14日の夜、自分の恋人を両親に紹介したいと言った。
「それは一体どういう娘なのだね?」
とロベール大公は尋ねた。
「この国の女王です」
「は?」
「デジレ女王陛下と私は結ばれております」
「それって100年も前の人なのでは?」
「明日会わせますので、私と一緒にミュゼ城まで来てください」
「お前、ミュゼ城の場所を知っているのか?」
その場所自体が100年の間に忘れられてしまっていたのである。
「はい。少し遠いですから、朝出発したいと思います」
「分かった」
それで翌日ビクトルは両親の他、ごく少数の側近を連れて城を出た。
護衛の兵士の馬が隊列の前後に付き、ビクトル王子の馬、アルベルディーナの馬、大公の側近の馬、ロベール大公の馬、カロリーネ大公妃と侍女の馬、ジルベールの馬、ルナーナ太后と侍女の馬、と並ぶ。
やがていつもの村に辿り着き森の中に入る。
ここから先は先頭を交代してアルベルディーナの馬が先を行き、その後に護衛の兵士、ビクトル王子の馬という順序になった。やがて茨の森に来る。
いつもは王子のために茨が左右に分かれて道を作るのだが、この日茨は一行が到着すると、突然枯れ始めた。
「何が起きているのだ?」
と大公が言う。
「封印の時が終わったのだと思います」
とビクトル王子は言った。
茨たちは枯れる前に王子たちが通れるように道を作ってから枯れてくれているので、一行はどんどん枯れていく茨を左右に見ながら進んでいった。やがてそこを抜けて美しい城が姿を現す。
「おお、こんな所に城があったのか」
最初にアルベルディーナ、続いてビクトル王子が馬から下りた。
リラの精とカナリアの精が豪華な儀式用のドレス姿で玄関の前で待っていた。その横にローランとフランソワが儀仗服を着て立っている。
「大公殿下、皇女殿下、太后殿下、世子殿下、お待ち申しておりました」
とリラの精が言った。
他の者も次々と馬から下りる。
「本当にここがミュゼ城なのか?」
「デジレ女王がお待ちです、行きましょう」
「生きておられるのか?」
とロベールが驚く。
「お美しい方です」
と言って、ビクトル王子が先頭に立って城内に入っていく。リラの精が傍に寄って
「女王陛下は玉座におられます」
と囁く。ビクトル王子は頷いて、一行を玉座の間に案内した。
一行が入って行くと、中央奥の数段高くなった所に赤い毛氈が敷かれ宝飾のある椅子があって、この世の物とも思えない美しい美女が王冠をつけて座っていた。
ビクトル王子はそこに座っているデジレの姿を見てドキッとした。美しいだけではなく物凄い威厳がある。彼女が漂わせている雰囲気だけで威圧されそうだ。寝ている時のデジレにはここまでの威圧感は感じなかった。ビクトルは思わず跪いてしまった。
父のロベール大公も玉座の間に入った途端、凄まじい空気に威圧されてしまう思いだった。
玉座にまだ20歳にもならないのではないかと思う女性が座っている。しかし彼女は20歳とは思えぬ物凄い空気を漂わせている。そばには豪華なドレスを着けた女(バラの精)が控えている。そして少し離れた場所にある別の椅子にやはり王冠を付けた見た感じ40代くらいの女性も座っている。
毛氈の段の下には侍女たちであろうか数人の女性が豪華なドレスを着て控えている。
しかしそこまで観察した時ビクトルが跪いたのでロベールも続けて跪いた。この時もうロベールはここにおわすお方がデジレ女王陛下その人であることを確信していた。
ビクトルとロベールが跪いたので、カロリーネ妃も「え?」と思いながらも跪く。他の者も慌てて跪いた。