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■眠れる森の美人(4)

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大公たちが帰ってしばらくして葦の精とリラの精がやってきた。
 
「式典の直前に、おちんちんを戻しますね。式典までは油断できませんから」
と葦の精が言う。
 
「私ちょっと不安。もう3年くらい、女の子みたいな身体で過ごしてきたし、そもそも生まれた時からずっと王女として暮らしてきたから、ちゃんと王子になることできるかなあ」
 
「大丈夫ですよ。デジレ様は元々は男の子なんですから」
「私、おちんちんを使ったおしっこの仕方も忘れている気がする」
「それもすぐ思い出しますよ」
「おちんちんの無いのに慣れると、これはこれで便利なんだよねー」
 
「おちんちんのある状態と無い状態の両方を経験する人はそう多くないから貴重な意見かもね」
と葦の精。
 
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「そう多くないって時々そういう人いるの?」
「宦官という人たちがいるんですよ。おちんちんを切り落として王宮や貴人の家にお仕えするんですよ。この界隈ではめったに見ませんけど、アラビアや中国などには多いそうです」
 
「なんで切り落とすの?」
「王宮でご婦人方のお世話をするんですよ。アラブや中国では王様は何人も奥様がいて、奥様やその侍女が住んでいる大きなおうちがあるんです。そういうところで男手も必要だけど、ふつうの男が女ばかりの所で仕事をしていたら、女の人とあやしいことしたくなるでしょ?意味分かるかな」
 
「うん。分かるけど、そのためにおちんちん切り落としちゃうんだ?よく切っちゃうね。切るの嫌じゃないのかな」
「給料が良いからでは」
 
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「わあ。でもおちんちん切り落とすって痛そう。私は何の痛みも無いまま、無くなっちゃったけど」
 
「無くした訳ではなく、一時的に預かっているだけですから」
 
「そっかー。でも私、いっそこのまま王女ということで女の礼服で成人式しちゃったらダメだよね?」
 
「そういう訳にはいきませんよ。王子様は呪いから逃れるため13年間王女として暮らしていたのだとちゃんと国民には説明しますから」
 
とリラの精が微笑んで言った。
 
「なんかドレスに慣れてるから、そこに置いてあるズボンとか穿いて、私ちゃんと歩けるかしら?」
 
「今穿いて練習してみる?」
「いや、やめとく」
 
「男に戻られた後で、女の服が恋しくなったら、時々こっそり着てみてもいいですよ。お化粧とかもして。私が協力しますから」
とティアラは言った。
 
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「こないだお化粧してたね!」
 

しかしデジレは本当に明日から自分は男としてやっていけるのか、どうにも不安で寝付けなかった。おちんちん使っておしっことかしばらくしてないけどちゃんと使えるだろうか?などと変な事まで考える。
 
その日は闇夜で時刻が分かりにくかったものの、王子はアラビア伝来の時計が夜11時半を差しているのを見た。あと30分で13歳になる。
 
小さい頃いつも一緒に寝ていたスワちゃんは今はもう棚に置いており、デジレは広いベッドにひとりで寝ている。少し離れた所に置かれた小さなベッドには侍女のティアラが寝ている。
 
ティアラやコロナをはじめとするデジレ付きの侍女たちは、みんな今日はかなり忙しそうであった。やはり自分の成人式の前日ということで様々なお膳立てが大変だったのだろう。
 
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デジレはティアラが熟睡している雰囲気なのを感じ取り、音を立てずにそっとベッドから抜け出した。
 

ひとりでは不安だったので明日の式典で使うために持ち込まれている剣をベルトごとドレスの下に装着した。
 
宮殿の中を足音を立てないようにして歩き回っている内に、デジレは突然昼間大公が来ていた時、北塔で糸車の音を聞いたという話を思い出した。
 
それで何となく北塔まで行ってみる。
 
大丈夫だよね?
 
そんなことを考えながら、デジレは塔の螺旋階段を昇り始めた。
 
何か音がする?
 
デジレは人を呼んでくるべきかと思った。ティアラを呼んで来る?あるいは詰め所まで行けば警備の兵士がいるはずだ。兵士と一緒に行く方が安心かも。特に今夜はデジレも馴染みのアンジェロ准将もいる。でもデジレは自分が誰かを呼びに行ったら、その間に音が消えてしまうような気がした。
 
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それでデジレはそっと自分の足音を立てないようにしてゆっくりと塔を登った。
 

デジレが登っていくにつれ、音は少しずつ大きくなっていく。
 
デジレは自分の心臓の音が高まる気分だった。この音で向こうは気づいてどこかに逃げたりしないだろうか?などと思ったりする。
 
やがてデジレは塔のいちばん上まで辿り着いた。
 
音はハッキリ聞こえる。
 
「誰?(Qui est la? キエラ?)」
と言いながらデジレは戸を開けた。
 

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するとそこには見たこともない大きな機械が置かれており、ひとりの老婆がその機械に付いている大きな車輪のようなものを回していた。
 
「キエラ?私はキエラですよ(Qui est la? Je suis Quiela)」
と老婆は手を休めてデジレの方を見て答えた。
 
「あなたのお名前がキエラさん?」
「私は先代のお妃様、あなた様のおばあさまのパーシテア様からキエラ?と訊かれたから、キエラという名前にしたんです」
と老婆は笑顔で答えた。
 
「おばあさまの侍女さんか何かだった人?」
「ええ、そうですよ。デジレ王子」
 
「あら、キエラさん、私が王子だと知っているんだ?」
「それは今の王様からもお妃様からも可愛がって頂きましたから」
 
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「わあ、そうだったんだ。安心した」
 
こういう相手に安心してはいけないのだが、このあたりがデジレのまだ世間の怖さを知らない無垢なところである。
 
「それなあに?」
「これは糸車でございます。真綿や羊毛などを紡いで糸を作るのでございますよ」
 
「え〜〜? それが糸車なの? 私、13歳になるまでに糸車の針が刺さって死ぬと言われていたの」
 
「あらあら、それは大変ですね。針と言ったらこの紡錘の先でしょうかね。確かにとがっていますから危ないですよ」
 
と言って老婆は紡錘を見せる。
 
「よく見たいけど、私怖いから離れて見てる」
 
「それがいいかも知れませんね。糸車なんてお城からは全部片付けたはずなのにこんな所に置かれていたんですよ。さっきこれに気づいて私がどっかに片付けようと思っていたところなんです。少し懐かしくなってちょっと動かしてみましたけどね」
 
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「わあ、お疲れ様です」
「全く誰がこんなもの持ち込んだんだろうねぇ」
とキエラは言っている。
 

(*0)「眠れる森の美女」というタイトルはよく修飾関係が曖昧だと言われる。「眠れる」が「森」に掛かっているのか「美女」に掛かっているのかよく分からないのである。フランス語のタイトルも La Belle au bois dormant で dormantが belle(美女)に掛かっているのか bois(森)に掛かっているのかよく分からない。これはおそらくペローの言葉遊びなのであろう。その言葉遊びをそのまま日本語に訳した人は素敵だ。
 
なおチャイコフスキー版のタイトルはСпящая красавицаで単に「眠っている美女」と言っている。英語のSleeping Beautyと同じで「森の」が入っていない。なおグリム版はタイトルが全く異なっていてDornroschen である。dornは茨、roseがバラでroschenは小さなバラということ。つまり「小さな茨のバラの姫」といった感じである。一般には「いばら姫」と邦訳されている。
 
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(*1)「殿下」という言い方は英語では His Highness, Her Highness と男女で異なるのだが、フランス語の場合 Highness に相当する単語が Altesseで母音で始まっており、男女の別なく Son Altesse になっている。つまり、フランス語では敬称だけでは男女が区別できない。
 
日本では時々女性は妃殿下と呼ぶと思い込んでいる人がいるが、妃殿下というのは王族・皇族の妻に対する敬称であり、元々王族・皇族に生まれた女性は妃殿下ではなく殿下とお呼びする。
 

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(*2)デジレはチャイコフスキーのバレエ版では王子の側の名前( Дезире)になっていて、眠り姫の名前はオーロラ(Аврора)になっています。しかしオーロラというのは本来は眠り姫の娘の名前です(暁という意味。息子はジュール:太陽)。
 
デジレというのは、眠り姫の類話のひとつMadame D'Aulnoy(1650-1705)作の「森の牝鹿(La Biche au bois)」のヒロインの名前から転用しました。実はチャイコフスキー版の王子の名前もこの物語の王女の名前から転用したのではという説もあるようです。
 
「森の牝鹿」ではデジレ姫は生誕祝いに招待してもらえなかった妖精から「15歳になるまでに日の光に当たれば多分死ぬ」と予言されてしまいます。そこで彼女は日の差し込まない部屋で育てられ、Guerrier王子との婚姻のため、完全に覆われて光が中に入らない馬車に乗って赴くのですが、姫に成り代わろうとする侍女が馬車の覆いを切り裂いて光を入れてしまいます。しかしデジレ姫は死ぬのではなく牝鹿の姿になって森の中に逃げ込みました。こちらの物語の場合は100年経過することなく、ゲリエ王子とデジレ姫は森の中で再会し、愛の力で魔法は解けてハッピーエンドとなります。
 
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私はこの物語を少女時代に読んだ記憶があるのですが、この物語の原作本は邦訳が出ていないようで、Andrew Lang(1844-1912)がリライトした物語「白い牝鹿(The White Doe, or The Doe in the Woods)」の邦訳は出ているようなので、恐らく私が実際に読んだのはそちらではないかと思います。
 
なお元のオルノワの作品は英訳でもよければ↓で読めます。The Hind in the Woodsのタイトルになっています。1892年と書かれていますがオルノワ夫人は17世紀の人です。英訳された年代か??
http://www.surlalunefairytales.com/authors/aulnoy/1892/hindinwood.html
 
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今回の「男の娘版」眠り姫では、Guerrier(英語ならWarrior 戦士)という名前を少し変えてビクトル(Victor 勝利)という名前を作りました。
 
なお、眠り姫の類話の中で最も古い部類に属するGiambattista Basile(1566-1632)「ソレとルナとターリア(Sole, Luna, e Talia)」では眠り姫の名前がターリアで、ターリアの2人の子供がソレ(太陽)とルナ(月)になっています。ターリアは「花開く女」という意味らしいです。ディズニー版では3人の妖精のひとりの名前がフローラで偶然かも知れませんが、少し関連のある語になっていますね。
 
この付近の話は円環伝承さんのサイト、名作ドラマへの招待のサイトを参考にさせて頂きました。
http://suwa3.web.fc2.com/enkan/minwa/sleeping/00.html
http://www2.tbb.t-com.ne.jp/meisakudrama/meisakudrama/memurerubijo.html
 
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(*3)デジレという名前は男でも女でもあると妖精が言っていますが、実際には日本語で書くと同じデジレなのですが、 フランス語では男性はDesire, 女性名はDesireeと綴ります。英語ではそのまま読めばデザイアですがホープ(hope)の方が名前としては一般的。ホープという名前はたいていは女性名ですが男性のホープさんも時々います。日本ならそのまま、のぞみちゃん。日本の名前の「のぞみ」も男女両方ありますね。
 

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(*4)カラボス(Carabosse)という名前はフランスの昔話にしばしば登場する割と一般的な意地悪な妖精の名前らしい。その語源には幾つかの説があるようですが、今回注目したのが筬虫(おさむし Carabus)を語源とする説です。
 
carabusという名前自体は「硬い虫」を表すギリシャ語語源のようで、日本語の甲虫(こうちゅう)という単語と似た雰囲気です(筬虫は甲虫目の一種)。神秘家の間では重視されるスカラベ(scarab)なども同語源の模様(スカラベも甲虫目)。
 
日本語の「筬虫」というのは、おそらくは元々は「梭虫」だったのが、どこかで漢字が混同されたのではないかと考えられます。
 
筬も梭も「おさ」と読み、どちらも機織機(はたおりき)の部品なのですが、筬というのは糸を押さえておく櫛状の部品で、梭の方が糸を左右に飛ばすのに使う紡錘状の部品−杼(ひ)とも言う−(英語ではシャトル)です。オサムシはこのシャトルに形が似ているのですよね。
 
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この日本語のオサムシの語源は、眠り姫が様々な類話の中で糸車の針に指を刺されたり、あるいは糸が絡んだりして仮死状態になるのと、呼応しているようでなかなか面白い。
 
この付近の話はチャイコフスキー庵さんのサイトを参考にさせて頂きました。http://blog.goo.ne.jp/passionbbb/e/3e95fe866b2705629428fd95b0a0e364
 
他に語源辞典、フランス語辞典、昆虫関係の本などを参照しました。
 

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(*5)眠りの森の美女のお城のモデルとなったのはパリより南西に240kmほど離れた所にあるリニー・ユッセという町のユッセ城(Chateau d'Usse)とされている。ここではその名前を少し変形してミュゼ(Musee)とした。Museeというのは芸術を司る乙女たちミューズ(Muse)の住む所という意味である。転じて美術館の意味にも使われる。
 
 
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■眠れる森の美人(4)

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