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そういう訳でデジレは本当は男の子だけど、姫様ということにして育てられていく。国中の糸車を国王の居城であるミュゼ城(*5)からは遠い5つの町に集めさせたはずなのに、デジレの周囲には時々唐突に糸車が出現した。しかし侍従や乳母、また交代でデジレのそばに付いている妖精たちがすぐに排除して事なきを得た。
「これってカラボス様の仕業でしょうかねぇ」
「でもカラボス様が本気になったら、こんなまどろっこしいことしない気がする」
「実はただの嫌がらせなのでは?」
などと妖精や側近たちは話していた。
デジレは元々が男の子であるからだろうが冒険好きでけっこう城内で危ないことをしたりもしたが、不思議と大怪我したりすることは無かった。木登りしていて落ちても、うまく干し草の上に落ちたりしたし、何十年も使われていなかった地下牢に入ったまま出られなくなった時は、偶然地面が陥没して地下牢と地上との間に道ができてしまい、そこから這い出すことができた。
「デジレ姫ってけっこうお転婆なんだな」
「元気で良いのでは」
などと人々は噂した。
ある時はテラスの手摺りが壊れていて、そこに寄りかかって外の景色を見ようとしたデジレが落ちそうになる。しかしたまたま近くに居たフランソワという兵士が駆け付けてデジレを引き上げてくれた。
ある時は、部屋の中に熊ん蜂が1匹飛び込んで来たことがあった。この時もまた偶然近くに居たフランソワが悲鳴を聞いて走り寄り、剣を抜いて一撃で蜂を退治してくれた。
「フランソワすごーい!」
「ポーム(Jeu de paume, テニスの原型のようなスポーツ)で鍛えてますから空中を飛んでいる物に当てるのは得意です」
とフランソワは笑顔で語った。
「へー。こないだも助けてもらったし御礼にキスしてあげたいくらい」
とデジレが言うと
「姫様が配下の者にキスなんていけません。私が代理でします」
と言ってティアラがフランソワにキスした。フランソワは何だか喜んでいた。
しかしデジレが様々な災厄にあっても、偶然切り抜けられたり誰かが助けてくれたりするので、デジレ姫の周囲では
「この姫君はきっと神に愛されたお子様なのだろう」
という噂が立ち、デジレ姫に対する期待は膨らんだ。
やがてデジレは7歳の誕生日を迎える。普通の男の子であればドレスを脱いでズボンを穿くようになるのだが、デジレはそのままドレスを着続けた。髪も長くしているし、顔もかなりの美貌である。それで可愛いドレスを着ていると、ごく少数のデジレの性別を知っている人以外には本当に王女様にしか見えなかった。
それで臣下や国民からの誕生日の贈り物も、お人形とかアクセサリーとかドレスといった女の子向けの贈り物ばかりであった。
「私も悪ノリしてこんなのあげちゃう」
などと言ってステラ王女はデジレに遙か東の彼方にあるジャポンという国で作られたというイナプペ(Hina Poupee)という男女対の人形を持って来てくれた。
「すっごく綺麗。ジャポンって黄金に満ちた国なんでしょう?」
「そうそう。黄金がありあまっていて、建物も黄金で作られていて、食器も全部黄金だし、お酒にも金を混ぜて、服にも金が織り込まれているし、道路にまで敷き詰めてあるらしいよ。この人形の服も絹織物に金糸の刺繍が入っているね」
「すごーい」
「東の果てのもうそこから先には世界が無く真っ暗闇という果てにある国なんだって。これは東方から来た商人から買ったんですよ」
「高かったでしょう?」
「これ元々そのジャポンで毎年3月に女の子がすこやかに成長して行きますようにと願って飾るお人形らしい。私もデジレ姫様が可愛い女の子に成長してくれますようにと思って買っちゃった」
「えへへ。私も時々可愛い女の子になりたい気分になることある」
「それでもいいよ〜。おちんちん切っちゃう?」
「痛そう〜」
「ステラ様からはたくさんお人形頂いたなあ。私、いつもスワちゃんと一緒に寝てるし」
とデジレは言う。
スワちゃんというのは、デジレが4歳の誕生日の時にステラ王女からもらったイタリア・フィレンツェ生まれのお人形で、デジレはこの人形が来てから、大人に添い寝されなくてもひとりで寝られるようになったのである。
「可愛いアクセサリーとかもお好きなようですね」
とステラ王女付きの侍女も言う。
「うん。男とか女とか関係無く可愛いものは可愛いもん。ラスプ王子とかは弓矢のおもちゃとか竹馬とか独楽とかもらってたみたいだけど、私竹馬も独楽もできないし」
「ラスプ殿下から竹馬に誘われていましたね」
「全然立てなかった。私、お歌は好きなんだけどなあ」
ラスプ王子はノール大公ハンス殿下の息子であり、この国の王位継承権第3位の王子である(第1位=デジレ、第2位=ハンス、第3位=ラスプ、第4位=ステラ 第5位=ステラの娘のルイーズ)。
「姫様の歌はとってもお上手ですよ」
とステラ王女。
「私ラスプから『僕のお嫁さんになって』とか言われたけど、どうしよう?」
「それはちょっと難しいかもね」
とステラ王女も苦笑しながら言った。
デジレが10歳の年の夏、国内では天候不順で水不足が続いていた。王様もお妃様も、ハンス殿下やステラ王女も、手分けして国内を巡回し、苦しんでいる国民たちを激励した。時には水の取り合いで争いが起きている所の仲裁もしたし、川や湖などからの水路を作れば何とかなりそうな所は、王室の予算から出費してすぐにも工事を行わせたりした。
デジレも
「国民がみんな苦しんでいると聞いています。私も国民の激励に行きたい」
と言ったので、警護役の兵士として女性王族のガードの経験が豊かで細かい所によく気がつくアンジェロ大佐、何かとデジレに関わることの多いフランソワ軍曹、それに若いものの剣術に優れているジェラール2等兵の3人を付け、乳母のタレイア、タレイアの娘でデジレと同い年の侍女ティアラ(デジレの乳姉)、そして家庭教師のカピア先生の一行7名で、比較的被害が少なくあまり殺気立っていない地域に行かせることにした。この旅には葦の精も同行してくれた。
南方の国境近いビレー村に来た時のことである。
世にも美しいと評判のデジレ王太女様殿下を一目見ようと村人が集まってくる。デジレは村民たちを前に父のシャルル国王から預かったメッセージを代読した。美しい声での代読に村民たちが盛り上がる。
「王太女殿下は笛もお得意と聞きました」
と発言する村民がいるので、デジレはペルシャ伝来の横笛を取り出す。デジレが笛を横に構えるので、かなりの村民が驚き、ざわめく。
この頃、横笛というのはひじょうに珍しいもので、笛といえば縦に構えて吹くものという観念があったのである。
しかしデジレがこの横笛を吹き始めると、その美しい音色に村人たちは感動し聴き惚れていた。やがて笛の演奏が終わると物凄い拍手があった。歓声も凄い。
「殿下。日照りが続いていて苦しいけど、何とか我々も頑張ります」
とひとりの青年が言う。
「本当に大変だと思いますけど、私も国王もいつも国民とともにあります。それに私の名前はデジレ(望み)です。国民に望みを与えるのが私の役目だと思っています」
とデジレはアドリブでお言葉を言うと、村民たちの間から
「よし、雨が降るという望みを持って頑張ろう」
「王太女様からのお言葉で本当に希望が湧いてきた」
といった声があがった。
最初はそのまま村の集会所に行き、泊まる予定だったものの、村人たちの中から御礼にお祭りの踊りを王太女様にお目に掛けようという声があがり、デジレたち一行は用意してもらった席に座り、それを見学した。村長が
「暑いですし、お水でもいかがですか?」
とコップに注いだ水を渡そうとしたが
「今、水はとても貴重なものです。私たちは自分たちの飲む分の水は持参しております。それはどうぞ村人の妊婦とか老人とかにあげてください」
とデジレが答えたので、村長は感心していた。
「姫様はお若いのに本当にしっかりしておられる。王国も安泰ですね」
と村長は言った。
そして祭りの踊りが1時間ほど続いた時のことであった。にわかに雲が発達しあたりが暗くなると、大きな雷鳴とともに、いきなり大粒の雨が降り出した。
「雨だ!」
「恵みの雨だ!」
「これで作物が随分助かる!!」
村人たちはみんな喜んでいる。
「きっとデジレ姫様が来てくださったからだ」
という声が村民から出るが
「いえこれはきっとみなさんが熱心に踊りを踊ったから神様が降らせてくださったのですよ」
とデジレは微笑んで答えた。
しかし野外に居て、突然の大雨なのでその場に居た全員がずぶ濡れになる。集会も村長が解散を宣言し、みんな自分の家の畑などを見に行く。デジレ一行は村長に案内されて、泊まる予定の集会所に行った。
「姫様、すっかり濡れてしまわれましたね。お身体が冷えて、風邪でも召されてはいけません。今、他にも村の女が多数入っており失礼は承知ですが、どうかお風呂にお入りになってください」
と村長の妻が言った。
デジレは正直「どうしよう?」と思った。しかしここで少しでもためらいを見せたら、やはりさすがに王女様は下々の者と一緒にお風呂に入ったりはしないよなどと言われる。いや、それだけで済めばまだいいが、誰か野暮な者が「王女様に平民と一緒の風呂を勧めるとか言語道断」などと言って、この村長の妻を罰しようとしたりするかも知れない。
デジレはほんの一瞬でそこまで考えると、
「ありがとうございます。それでは私も村の女性たちと一緒にお風呂を頂きますね」
と答えた。
これに仰天したのが乳母たちである。
「しかし姫様・・・」
と言って止めようとするが、デジレは
「私は国王の娘です。国王はいつも国民とともにあるのですよ」
と笑顔で言った。
その時、葦の精が言った。
「しかしこの人数で入って行くと、大袈裟になりますね。私とティアラ様の2人だけ姫様についてお風呂を先に頂いてきましょう。乳母様と家庭教師様はその後にして頂けます?」
すると妖精ならば何とかするのだろうと察した侍女ティアラが
「そうですね。うるさ方の2人は置いて、姫様と私とリード様(葦の精)の3人だけで先にお風呂を頂きましょう」
と笑顔で言う。
この時、葦の精は小さな声で「失礼します」と言うと、デジレのスカートの中に魔法の杖を入れ、お股の所にタッチした。するとデジレはお股の付近の感覚が変わったのを感じた。しかしそれも一切表情には出さず、笑顔のままである。
村長の妻に案内されて、集会所の隣にある温泉に行く。ここは集会所の左手に礼拝堂、右手に温泉があって、村の中心になっているようである。村長の家もここから近いらしい。
温泉は入口が2つに別れていて、左側にFemme(女)、右側にHomme(男)という字が書かれている。村長の妻は当然Femmeの方に行く。デジレとティアラ・葦の精もそれに続く。
「濡れたお洋服をこちらにお置きください。すぐにかまどのそばに干して乾かしますので。こちらに粗末な物で申し訳ないのですが、とりあえずの服を、それが乾くまでのつなぎで」
と言って女児用のドレス2着と大人の女性用のドレス1着を渡してくれた。
「ありがとうございます。お借りします」
とデジレは笑顔で言い、まっさきに自分の濡れたドレスを脱いでしまった。