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■眠れる森の美人(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-04-15
 
昔々ある所に王様とお妃様がいた。なかなか子供ができず、跡継ぎが無いのを悩み、日々森の奥の泉のところで子供が授かりますようにとお祈りをしていた。この泉には女神が棲んでいで、子宝を得るのに効果があると言われていたのである。
 
ある日王様とお妃様がいつものように泉の所でお祈りをしていると、1匹の甲虫(こうちゅう)が歩いているのを見る。何だか美しい模様の甲虫だ。お妃はふと昔のエジプトではスカラベという甲虫が神の使いだとか言われて大事にされていたのだという話を思い出した。
 
甲虫は怪我でもしているのか、後ろ足を引きずるような感じで動いていた。何かを感じて向こうの方に目をやると、野ねずみがこちらを伺っているのに気づく。この甲虫を狙っているのだろうか?
 
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お妃はこの美しい模様の甲虫が可哀想になった。それで手近な石を拾い、走り出してきた野ねずみめがけて石を投げる。それで野ねずみはひるんで、向こうの方に逃げて行った。
 
するとその甲虫がお妃に向かって人間の言葉でしゃべった(ような気がした)。
 
「お妃様、ありがとうございます。御礼に良いことを教えます。来年にはあなたがたにお世継ぎが生まれますよ」
 
そしてお妃様はその予言通り、1年後の8月15日に赤ちゃんを産んだのである。
 

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王様は子供の誕生を喜び、この頃、侍従長になりたてであったローランに命じて国中に住む妖精たちを城に招いて、世継ぎが生まれたお祝いをした。呼ばれてやってきた妖精は7人である。
 
バラの精、チューリップの精、カーネーションの精、桑の精、カナリアの精、葦の精、そしてリラの精で、妖精たちは豪華な食事でもてなされた。王様は純金の盃を妖精たちにプレゼントする。妖精たちは各々生まれた赤ちゃんに贈り物をしてくれることになった。
 
妖精は生まれて1ヶ月後の赤ちゃんに1人で1つだけ贈り物をすることができるのである。
 
「こちらがデジレ殿下(Son Altesse Desire *1 *2 *3)でございます」
と言って乳母のタレイアが赤ちゃんを披露した。
 
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「可愛い〜!」
という声があがる。
 
妖精がひとりずつ立って贈り物を述べる。
 
バラの精は「デジレ様はとても美しい容姿になるでしょう」と言い、チューリップの精は「デジレ様は優しい心を持つでしょう」と言い、カーネーションの精は「デジレ様は誰からも愛されるようになるでしょう」と言い、桑の精は「デジレ様はとても賢いお方になるでしょう」と言い、カナリアの精は「デジレ様は美しい歌声を持つでしょう」と言い、葦の精は「デジレ様はどんな楽器も素敵に弾きこなすでしょう」と言った。
 
そして7人目のリラの精が何か言おうとした時、不機嫌そうな顔をして入って来る者があった。
 
「カラボス様!?」
とローラン侍従長が驚いたような声を挙げる。
 
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それはこの国に住む妖精の中でも最年長で年齢は恐らく1000歳を越えているのではと言われているカラボスであった。
 
「国王に赤ん坊が生まれただと?」
「はい、そうです」
 
カラボスはその場に居た他の妖精たちをじろっと見る。
 
「なぜこいつらだけ呼んで私を招かなかった?」
 
「申し訳ございません」
と侍従長が頭を床に付けて謝罪する。
 
「カラボス様もお呼びするつもりだったのですが、誰もここ1年ほど姿を見ていないと聞きまして、お亡くなりになったか、旅に出ておられるものと思い込んでしまいまして」
と侍従長は焦りながら言い訳をする。
 
「まあちょっと危なかったな。でも助けてくれた人がいて命拾いしたよ」
と言ってチラとお妃様を見たが、お妃様は首を傾げている(*4)。
 
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「料理長!カラボス様にお料理を!」
と侍従長が料理長を呼んだ。
 
それで侍従たちが急いでカラボスの席を最上位に作り、そこに座らせて料理長が料理を運んでくる。
 
「ふむ。美味いな」
とカラボスは笑顔で言った。また侍従長は他の妖精たちにプレゼントしたのと同じ黄金の盃を持ってきて、カラボスにも渡した。
 
「なかなか良い盃じゃ。そういえば赤ん坊の名前は何だったかな?」
とカラボスが尋ねる。
 
「デジレ(望み)という名前にしました、カラボス様」
と王様はカラボスの機嫌が良さそうなので答えて言う。
 
「ほう可愛いな」
と言ってから、カラボスは
「では私もその赤ん坊に贈り物をしてやろう」
とカラボスは言う。
 
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それを他の妖精が不安そうな顔で見ている。
 
「デジレ王子は12歳までに死ぬのは糸車の針が刺さった時だろうね」
と言って大笑いするとそのまま帰ってしまった。
 
一同が呆然としていたが、7人の妖精の中で最年長になるリラの精が言う。
 
「皆様、私はまだ贈り物をしておりませんでした。カラボス様の魔力は物凄く強くて私の力では取り消すことができません。しかし弱めることはできます。12歳の年までに、デジレ様は針が指に当たるかも知れませんが、そうなった場合も死ぬのではなく100年の眠りにつきます。ひたすら眠って100年後に目を覚ますでしょう」
 
「100年も眠るのですか?」
とお妃様が言う。
 
「そこまで弱めるのが私の力では限界です」
とリラの精は言った。
 
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「しかし100年も眠られたら、この国の跡継ぎは」
「申し訳ありません。どなたか親族から御養子でも」
 
「でも死なないのなら、それがせめてもの救いかも」
とお妃様は言うが、王様は
 
「大臣!すぐに国中にお触れを出せ。国中の糸車を全て焼き捨てるのじゃ」
 
と言った。
 

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「でもさっきカラボス様、変なことおっしゃいましたね」
とカーネーションの精が言う。
 
「変な事?」
「だって、デジレ王子(Prince Desire)と言った気がしたのですが。王女さまなのに」
とカーネーションの精が言うのだが
 
「いえ、この方は男の子ですけど」
と乳母が言う。
 
「え〜〜〜〜!?」
 
「いや、皆様、美しい容姿とか、美しい歌声とか、優しい心とか、まるで女の子みたいな属性を贈ってくださるなとは思ったのですが」
 
とまだ青ざめた顔をしている王妃が言う。
 
「だって、だって、デジレって・・・」
と言って妖精たちが顔を見合わせる。
 
「いや。デジレは女の名前でも男の名前でもある。確認しなかった私たちが悪い(*3)」
と美しい歌声を贈ってしまったカナリアの精が言う。
 
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「うーん。でも、美形で歌が上手くて、優しい心を持つ王子というのも悪くないかも知れないわよ」
 
と王様の妹のステラ王女殿下が言うと
 
「それはそうかも知れないね」
「まわりの大臣とか親族がしっかりしていればいいんだよ」
 
といった声もあがった。
 

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「カラボス殿は12歳までにデジレ王子は死ぬと言いましたね?」
 
と王様の弟のノール大公ハンス殿下が言う。
 
「そうです。ですから13歳になるまでお守りすることができたらカラボス様の呪いは消滅すると思います」
とリラの精が言う。
 
「ではとにかく糸車によらず針の類いを13歳の誕生日まで王子の近くに置かないように気をつけていればお守りできますよね?」
と葦の精が言う。
 
「それは王子様の傍に付く者が常に気をつけておくようにしよう」
と王様が言う。
 
「ふと思ったのですが」
とステラ王女殿下が言う。
 
「『デジレ王子』が死ぬと予言されたのですから、『王女』として育ててはどうでしょうか?」
 
「ほほぉ!」
 
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「どっちみち、7歳の誕生日までは男の子もドレスを着ますし(**)、それを13歳の誕生日まで延長ということで」
 
「なるほど」
 
「いや、そもそも魔除けのために男の子に女の子の服を着せて育てるのは昔からよくあったことです」
とパーシテア王太后(シャルル国王の母)も言った。
 
「その間は私たちもデジレ王子様ではなくデジレ王女様とお呼びしましょう」
とハンス殿下も言う。
 
「確かにカラボス様の呪いはデジレ王子に効くのですから、デジレ王女には効かないはずです」
とリラの精も言う。
 
「うん。ではそうしようか」
と王様も同意して、デジレ王子は13歳の誕生日までドレスを着せて育て、みんなも「王女様」あるいは「姫様」と呼ぶことになった。
 
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(**)ヨーロッパでは20世紀初頭まで、特に上流階級では、男の子であっても7-8歳頃まではドレスを着せて育てるのが一般的であった。赤ちゃんの頃はロングドレスで、3歳くらいになると膝丈程度のショートドレスになる。
 
男の子であってもドレスを着せていたのは、昔のズボンは脱ぎ着するのがかなり大変なシロモノで、幼い子供には着脱が困難だったため、トイレをしやすくするのにドレスを着せていたのである。
 
ルノワールは息子のココにとっても可愛いドレスを着せ髪も長くして育てており、それを絵にもかなり書き込んでいる。知らずに見ると、女の子を描いた絵にしか見えないものが随分ある。
 
7-8歳頃になって、それまでドレスを着せていた男の子にズボンを穿かせるようにすることをBreechingと言う(Breechesはズボンのことで、男役を演じる女優や女性オペラ歌手をBreeches roleと言う。日本語でも「ズボン役」と言うのと同じ)。
 
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もうドレスを卒業したはずの年齢になってから、排尿の失敗などをすると今度は罰としてスカートを穿かせられることになる(ペティコート・パニッシュメント)。
 

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糸車に関しては王様がいったん全て焼き捨てろと言ったものの、それでは糸を紡ぐことができなくなって繊維製品を作れなくなってしまいますと大臣が反対し、結局国内に5つの町を定め、糸車は全てその町に集められることになった。町の出入口で厳しい検問をして、絶対にそこから外に糸車が持ち出されないように注意する。また他の地域で糸車を使用したり隠し持っていた者には重い罰金を科した。
 
結果的にはこれは後のエンクロージャー(囲い込み)に似た効果が生まれることになる。糸車が集められたことから、糸を紡ぐ作業は農家の妻が農作業の合間にするものではなく、いつ間引きされてもおかしくないような状況だった農家の二女・三女などが食い扶持を求めてその町にやってきて賃金をもらって作業するものとなる。それで作業者のレベルが上がり、専門職によって紡がれることで糸の品質自体も上がったのである。
 
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また糸車などの紡績機器を作る職人もここに集まってきて、機械自体の改良も進み技術革新が起きていく。
 
100年後、これらの地域は、あるいは良質の糸や布の大生産地になったり、あるいは機械工業の中心地になったりして、産業革命のインフラとなっていく。その発端となる囲い込みを行った王としてシャルル王の名前は歴史に残ることになるが、なぜシャルル王が糸車を5つの町に集めさせたのかの理由については誰も伝える者が無かった。
 

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さて「デジレ王女」とみんなから呼ばれるデジレ王子は乳母・侍女や妖精たちに守られて成長していくが、5−6歳になると自分の性別に疑問を持つ。
 
「私、みんなから姫とか王女様とか呼ばれてるよね?」
と乳母に言う。
 
「はい、そうですよ、姫様」
 
「姫様とか王女様とか、女の子に対する呼び方だよね?」
「はい、そうです」
「女の子って、おちんちん付いてないんでしょ?」
「一般的にはそうですよ」
 
「でも私おちんちん付いてるから、実は男の子なんじゃないかな?」
 
「それは実は『デジレ王子は12歳までに死ぬ』という呪いが掛かっているからなんですよ」
「え〜〜!?」
「ですから13歳の誕生日を迎えるまでは、姫様として育てることになったんです」
「そうだったのか」
 
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「ですから姫様は、13歳になったら男の子に戻って王子様として、王様の跡取りになってもらわなければなりません」
 
「でも私、男の子になれるかなあ。剣とかも使えないし」
「大丈夫ですよ。姫様は元々は男の子なのですから、時が来たらちゃんと王子様になれますって。剣なんて13歳になってから学べばいいんですよ」
 
「なるほどー。でも私人を傷つけたりするの嫌。剣を持っても相手を刺したりする自信無い」
 
「今はまだ考えなくてもよいですよ。13歳過ぎてから考えましょう」
「そうね」
 

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