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■男の娘モルジアナ(9)

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(C) Eriko Kawaguchi 2021-11-06
 
夜明前、モルジアナはアリの所に行きました(実はその後寝ていない)。
 
「御主人様、朝早く申し訳ありません」
「どうした、モルジアナ。そうだ。昨日は急な来客で苦労を掛けたね」
「いえ、それは構わないのですが」
 
アリは奥さんのザハルと同衾しているので、モルジアナは内密の話だと言ってアリを廊下に呼び出しました。
 
「御主人様、昨夜の来客が誰かお分かりですか?」
「え?旅の商人だと言っていたが」
「全くの大嘘です。庭に来て、荷物をごらんください」
「ん?」
 
それでアリは昼間の服を着て、モルジアナと一緒に庭に出ました。
 
「中をご覧下さい」
というので、革袋を覗きますと、人間が入っているので仰天します。
 
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「怖がらなくても良いです。それは死人(しびと)です」
「まさか・・・」
と言ってアリは全ての荷物を見て回りましたが、最後のラバが積んでいた袋以外は、全て人間の死体が入っていました。
 
「あの商人は人間の死体を運んでいたのか?」
「いえ。昨夜までは生きている人間でした。御主人様、男たちの顔に見覚えとかはございませんか?これは例の“40人の盗賊”ですよ」
 

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「そういえば・・・」
と言って、アリはいくつかの袋を再度確認しました。
 
「この顔には見覚えがある。この顔にも見覚えがある。確かにこいつらはあの盗賊たちだ。でも、なんでこいつら死んでるの?」
 
「こいつらは、アリ様とご家族様、それにここに住んでいる全ての者を殺し財宝を盗もうとしていました。それで私が殺しました」
 
「君が殺したの?」
「はい。アリ様とみんなを守るためには仕方無かったのです」
 

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それでモルジアナは先日からの、扉や入口の所の印の話もしました。実際に扉に白いX印、入口の目立たない所に赤いO印があるのを見、また近所の家々にも同じ印が入っているのを見て、アリはモルジアナの話を信じてくれました。
 
「あ!あの客人は?」
「逃げて行きました。部下が全員やられているのを見て、自分もすぐ殺されると思ったのでしょう」
 
「なんてことだ。しかしモルジアナ、よくやってくれた。危うく、私も妻も、カシムの妻子も、そして君たちも死ぬ所だった」
 
「いえ、昨夜は何とかしなければと思い、必死だったので」
 
「しかしこいつらの遺体はどうしよう?」
「死の谷に持っていって投棄しましょう」
「それしかないか」
 
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通常人が死んだら葬式をして墓地に埋葬しますが、行き倒れや、身寄りの無い者などの遺体は、山の中に持って行き、棄てられます(*32)。そこに棄てておけば他人にバレることもないでしょう(*31).
 
(*31)原作では盗賊の死体は庭に埋めたことになっているが、38人もの遺体を埋める穴を掘るのは大変だし時間もかかる。出て来た土の処分問題もある。またその跡を見た使用人たちが絶対不審に思う。死臭も凄まじいはずである。更にはラバの処分問題もある。それらを解決するには、結局、客人は出発したということにして、ラバごと死体をどこかに持ち出す以外無い。
 
(*32) 死んだ奴隷なども、しばしば、そのようにして棄てられていた。酷い主人になると、病気あるいは年老いて動けなくなった奴隷を生きたまま投棄するものもあったという。
 
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それでアリはラバを連れ出し、死の谷へと連れて行きました。モルジアナはラーニヤに、
「お客様が早朝から旅立ちになられる。アリ様もお見送りなさるから、私も随行する。昼くらいには戻るから」
 
と言い、アリと一緒に家を出ました。
 
まだ日出前です。あまり人には見られたくないのて好都合です。
 
アリとモルジアナは馬に乗り、20頭のラバを導いていきました。アリが先頭のラバを曳き、モルジアナが最後のラバを抑えて、死の谷まで行きます。2時間ほどで到着したので、聖典の言葉を唱えながらひとりずつ遺体を袋から出して谷に落としていきました。38人の遺体の投棄には1時間以上かかりました。革袋は油を掛けて燃やしました。残った油は革袋ごと投棄しました。
 
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「ラバはどうしようか」
「結んでいる綱を切って、バラバラにして放置すれば誰かが拾いますよ」
「そうするか」
 
それでアリとモルジアナは、目立たないようにあちこちで、ラバたちをつないでいた紐を切り、2頭・3頭と放しました。
 
そして2人は昼前に帰宅しました。
 

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アリは言いました。
 
「今回は本当に助かった。君がいなかったら、僕は今頃天国に行っている所だった。今回の働きの御礼に君を奴隷身分から解放するから」
 
「ありがとうございます」
 
それでモルジアナは自由な身分になったのです。
 
「でも、よければこのままうちに勤めててくれない?」
「もちろん、そうさせてください」
 
それでアリはモルジアナを女家政長および店の女番頭に任命し(実際今までも実質そういう仕事をしていた)、ワルダを家の新しい女奴隷頭、マルヤムをお店の女奴隷頭に任命しました。
 

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さて、部下を全員殺されて逃げ出した盗賊の頭(かしら)は落ち着くと、このままやられっ放しにはできんと思いました。そして部下たちの恨みもあるし、アリだけでも殺さずにはおけないと思います。
 
それで彼は色々準備を整えた上で、月が改まってラマダン(9月)の中旬、髭や眉を鉛白で白く着色して老人を装い、左目に眼帯をして人相がよく分からないようにしました。そしてシンド風の服装をしてシンド風の帽子をかぶり、メルヴのムハマドたちのお店のあるバザールの組合に行くと、こう言いました。
 
「私はイシムと申します。長らくシンドで商売をしていたのですが、年老いて生まれ故郷のホラーサーンに帰って来ました。組合の加入料と会費をお支払いしますので、こちらにお店を出させて頂けませんでしょうか?」
 
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そう言って、シンドの商業組合からの紹介状(偽造!)を見せますので、組合では彼の加入を認めました。彼はシンド風の婦人服を扱う店を出しましたので、同じ婦人衣料品店ということで、ムハマドの店の近くにお店が割り当てられました。(バザールでは一般に商品ごとに店を出す区画が分けられている)。
 
シンドの衣服は実は隊商を襲って奪った品物の中にたくさんあるので、それを店に並べたのです。従業員を雇うとボロが出そうなので、誰も雇わず、ひとりで店をやっていました。本人はあまり商売自体をする気は無いし、売れすぎると店に並べる商品に困るので、わざと高くしてあり、結果的にほとんど売れませんでした。でも全く気にしていませんでした。
 
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近所なので、彼はムハマドなどと声を交わす機会もあります。それで少しずつ親しくなっていきました。モルジアナは彼の顔を見た時、どこかで見たような気はしたものの、この時点では気付きませんでした。
 

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イシム(実は盗賊の頭)がバザールにお店を出してから1ヶ月ほど経ち、ラマダン(*33)も明けて10月の上旬、彼はムハマドに言いました。
 
「君のお父さんはあまり店に出ないの?」
「親父は、商売のことは分からんと言っても僕にまかせっきりなんですよ」
「でも、君のお父さん、お店の店主さんに挨拶したいなあ」
「ああ、話してみますよ」
 
それでムハマドは満月前の10月14日にイシムを自宅に招待することにしました。満月は10月15日になりそうなのですが、その日は金曜日の休息日なので、宴会のようなものは慎むことにし、前日の14日にしたのです。
 
(*33)ラマダンとは9月のこと。この月の間は、イスラム教徒は日中は食事を取らない(高齢者・乳幼児・妊産婦・病人などは例外)。また争いなどもしてはいけない。
 
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イスラムの暦(ヒジュラ暦)は、太陰暦で閏月を入れないので、月の名前と季節感は毎年(10.88日ずつ)ずれていく。365.2422÷10.88=33.56で、約33年経つと元に戻るので「同じ季節のラマダンは一生に2回」と言われる。
 
各月の始まりは「その地でイスラム教徒の成人男性2名以上が日没直後に新しい月(Moon)を目撃した時」から始まるので、いつ新月が始まるかはその時になってみないと確定しないし、地域によっても異なる(原理的に西にある地域ほど目撃しやすいので、マレーシアでは目撃できなくてもモロッコでは目撃できる場合もある)。
 
また当日曇っていると月(Moon)を確認できないので月(Month)の始まりは延期される!
 
しかしこのルールを厳格に適用すると、地域によって暦がバラバラになってしまい、実務上不便であるため、現代では一部の国(トルコ等)は天体計算によって暦を定めている。しかし伝統を守っている国もある。普通は計算で決めてもラマダンの始まりと終わりだけは実際の新月観測で決めている地域もある。また11世紀頃から(天体計算をしない単純な)算術計算のみによる簡易計算表が流布しており、Microsoftのイスラム暦換算もこの簡易計算表によっているが、この方式は実際の日付とどうしても1-2日程度のずれが生じる。
 
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今回の訪問は、女奴隷たちにも前もって報されていたので、食材なども買い揃えて、前日から料理の仕込みをし、準備をしていました。
 
ところが・・・
 
当日、ムハマドがモルジアナに言いました。
「モルジアナ、済まない。客人は持病があって塩がダメらしいんだよ。塩抜きの料理とかできる?」
と彼は本当に申し訳無さそうな顔をしています。
 
(塩抜きの料理を求めたのは前述と同様の理由。人を殺す前だから)
 
モルジアナは「前もって言ってくれ〜!」とは思ったものの、他ならぬムハマドの頼みなので
「大丈夫だよ。何とかするよ」
と笑顔で言いました。
 
「ごめんね。手間を掛けて」
と言って、ムハマドはモルジアナの手を握って行きました。
 
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(キスしようとしたが、人目があるので控えた)
 

「どうする?」
とワルダが言います。
 
「下味を付けてた羊肉は水で洗おう」
「え〜!?それでいいの?」
「平気平気」
 
モルジアナがそう言うので、ワルダもラーニャたちに指示して、お肉を下味を付けていた容器から取り出して、水で洗ってしまいました!更に15分くらい水に漬けて塩分が抜けるのを待ちます。
 
(水が豊かなメルヴだからできる処理法!)
 
それで、そのお肉を蜂蜜で味を付けて焼き、まだ内蔵を抜いただけだった鯛は塩を振らずに香草だけで香りを付けて焼きます。また塩を入れないように気をつけてスープを作り、小鉢の類いも塩分を充分に落として盛り付けました。
 
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しかし、モルジアナは“塩抜き”という言葉で、ふとあの盗賊たちを殺すことになった夜のことを思い出しました。
 
あれ以来、モルジアナはしばしば殺した盗賊たちがグール(*34)と化して、自分に復讐に来る夢を見て、夜中に飛び起きることもありました。
 
「まさかね・・・。だって今夜の客人は年寄りだし。あの盗賊の頭(かしら)はまだ30歳くらいだったもの」
 
(*34)グールは中東で伝承される妖怪で西洋の吸血鬼や、西インド諸島のゾンビなどに近い。女の姿をしたものはグーラと呼ばれる。人に化けて、人を食うと言われる。多数の人間の集団に紛れ込んでいたりする。しばしばグーラは美女の姿をしていて、男を誘惑し、2人きりになった所でその男を食べてしまう。
 
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またグールは捕食した人間に化けて更にその仲間を襲うとも言われる。つまり女を食ったグールが食った女に化けて、その恋人の男を食ったりする可能性も?
 
しかし善良なグールも居て、人間に色々なことを教えてくれるグール、また母親を失った子供に乳を与えて育ててくれるグーラもあるらしい。
 

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モルジアナやワンダが食事を持って行きます。ラーニヤが客人にお酒を勧め、またウードを弾いたりしていました。モルジアナはムハマドに請われて、ラーニヤのウードに合わせて歌を歌ったりしました。
 
モルジアナは歌を歌いながら、客人をよくよく観察しました。
 
『でもこの人、あの油商人に化けていた盗賊と似ている気がする。まさかあの盗賊の親か兄ということは?』
などと思います。
 
モルジアナはムハマドから舞を舞ってよと言われたので、
「では余興で」
と言って舞うことにします。モルジアナは、勝手に客人が腰に帯びているコピス(*36)を取り、片手にはダフ(*35)を持って、ラーニヤにウード伴奏を頼んで舞い始めました。
 
(*35) ダフ(Daf)は、タンバリンのような楽器。木製の円形の枠にヤギの皮を張ったものである。小型の鈴などを付け、タンバリン同様に、皮の面を打つと、それが一緒に鳴るようになっている。モルジアナは右手には剣を持っているので、左手に持つダフは自分の腰などに打ち付けながら舞ったものと思われる。
 
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(*36)コピスは伝統的な直刃の短剣である。中東の短刀というと、曲刀のジャンビーヤが有名であるが、あれはアラブの武器であり、この時代にはペルシャでは使用されていなかった。ペルシャでジャンビーヤが使われるようになったのは、17世紀頃と言われる。
 

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男の娘モルジアナ(9)

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