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■男の娘モルジアナ(5)

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(C) Eriko Kawaguchi 2021-10-31
 
さて、カシムは一体どうしたのでしょう。
 
彼はたくさん金銀宝石を持ち帰ろうと、たくさんのラバを連れてアリから教えられた岩山まで行きました。そして
 
「ゴマよ、お前を開け」
と唱えて岩戸を開け、中に入るとランプに点灯し、金銀宝石を夢中で袋に詰めました。
 
ところがその袋を持っていったんラバに乗せ、また別の袋を持ってこようとしたのですが、岩戸が閉まっていることに気付きます。
 
「あ、えーっと呪文を唱えればいいんだよな」
と思ったものの、金銀財宝に見とれてしまったおかげで、呪文をド忘れしてしまいました。
 
「あれ、何だっけ?」
と考えますが、何か農作物の名前だった気がしました。
 
「大麦よ、お前を開け (Orge, ouvre-toi / Open Barley)」(*19)
 
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岩戸は開きません。
 
「違ったか?えっと・・・」
 
「小麦よ、お前を開け (Blé, ouvre-toi / Open Wheat)」
「ぶどうよ、お前を開け (Raisin, ouvre-toi / Open Grape)」
「りんごよ、お前を開け (Pomme, ouvre-toi / Open Apple)」
「パセリよ、お前を開け (Persil, ouvre-toi / Open Parsley)」
「豌豆豆よ、お前を開け (Vinaigrette, ouvre-toi / Open Vinegrette)」
 
その後、色々な農作物の名前を片っ端から唱えるのですが、こういう時に限って正しい“胡麻 Sesami”だけが出て来ません。
 
(*19)カシムが呪文を忘れて片っ端から色々な作物の名前を唱えるのは、特に舞台や映画では、この物語の見せ場のひとつである。私が高校時代に英語部でアリババの英語劇を上演した時、カシム役の男子部員は、台本から外れて「開けドラえもん」、「開けウルトラマン」「開けポンキッキ」!など色々なものを唱えて会場の笑いを取っていた。
 
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どうしても岩戸を開けられないので、カシムは次第に焦りの色が濃くなってきます。やがて外に多数の馬の蹄の音がしました。
 
盗賊が帰ってきたのです。
 
カシムはとっさに一計を案じました。扉のすぐそばに身を寄せたのです。
 
どうも岩戸の外では多数のラバを見て、誰かがここに来ているのではと騒ぎになっています。やがて頭(かしら)が
 
「ゴマよ、お前を開け」
 
と唱えました。
 
ゴマだったのか!とカシムは思いましたが、もう遅い。
 
カシムは岩戸のそばでじっとしていました。やがて、盗賊のひとりが“剣を抜いたまま”岩戸の中に入ってきます。彼はランプに点灯し、洞窟の中を見回しますが、
 
「誰も見当たらないぞ」
と言っています。そのランプのそばで息を潜めているカシムは生きた心地がしません(まさに燈台元暗し)。
 
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「どこかに隠れているのかも知れん」
と言って、続いて入ってきた盗賊と一緒に探します。
 
更に続々と盗賊たちが入ってきます。
 

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やがて盗賊の列が途絶えます。
 
全員入ったかな?とカシムは思いました。今こそ逃げるチャンス!と思った彼は、そっと岩戸の陰から離れ、洞窟の外に出ました。
 
ところが目の前に別の盗賊が居たのです!
 
まだ居たのか!!!!!
 
カシムは逃げようとしましたが、その盗賊に斬られて倒れます。
 
「どうした?サミー」
「こいつが飛び出してきたから斬った」
「どこに隠れてやがったんだ?」
と言って、多数の盗賊たちが出て来ました。
 
そしてカシムを八つ裂きにして、その各々の“身体のパーツ”を岩戸のそばに吊るしたのでした。
 

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アリとモルジアナはカシム家のラバを3頭出し、その内2頭に乗り、1頭は、モルジアナの進言で大きな革袋を2つ下げ、一緒に連れて出掛けます。町から2時間も離れて山岳地帯に到達。そこを1時間ほど掛けて登って行きました。
 
物凄い山の中です。冬なので山の上の方は積雪しています。正直これはラバに乗ってないと辛かったとモルジアナは思いました。
 
「凄い山の中ですね。アリ様の山ですか」
「いや。誰の山かは知らないけど、木を切って文句を言われたことは無いし」
 
いいのかなぁ〜?とモルジアナは思いましたが、取り敢えず岩の所まで行きます。
 
「ゴマよ、お前を開け」
とアリが言いますと、岩戸が開きました。
 
「血の臭いが」
とモルジアナが言います。
 
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「お前はここで待て」
と言って、アリは洞窟の中に入りましたが、クラクラとしてしゃがみ込んでしまいました。顔色が真っ青です。
 

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モルジアナはそのアリの様子を見て、“カシムを殺したのはアリではない”と確信しました。
 
モルジアナはアリの話を聞いた時点で、口には出しませんでしたが、カシムが殺されたのは確実だと思いました。ただその時点ではカシムか盗賊に捕まって殺された可能性と、そのような作り話をして実は分け前を巡って争いになり、アリが兄を殺したのではという2つの可能性を考えていました。しかし(おそらく洞窟内にあったのであろうカシムの死体を見て)アリが真っ青になった様子から、アリはこの殺害に関わっていないと判断したのです。
 

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「アリ様、大丈夫ですか」
「モルジアナ、君はこちらに来るな」
「いえ大丈夫です」
 
と言ってモルジアナは洞窟内に入りアリが見た方向を見ました。
 
さすがにクラッと来ましたが、何とか持ちこたえました。
 
カシムが首、両手・両足を切断されて、岩戸の入口そばに掲げられていました。
 
「モルジアナ、大丈夫か?」
とアリが心配そうに言います。
 
「血を見るのは平気です。女は毎月血を見ていますから」
「なるほどー!しかしどうしようか」
 
「このまま帰りましょう。そして2度とここには来ないようにしましょう」
とモルジアナは言いました。
 
「兄貴の遺体を放置して帰る訳にはいかない!連れて帰ろう」
 
「遺体を持って帰れば、盗賊たちに仲間が居ることを知らせてしまいます。そうすれば、きっとアリ様も危険にさらされます」
 
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「たとえそうだとしても、兄弟の遺体を放置して帰るのは神が許さない。すまないが遺体を運ぶのを手伝ってくれ」
 
「分かりました」
 
モルジアナはあくまで反対したかったのですが、奴隷の身分ではそうすることもできないので、アリの命令に従い、カシムの頭を壁からはずし、ラバの所に運びました。自分を9年間可愛がってくれた主人の死にモルジアナは涙を流し、アリに見られないように密かにその額に接吻しました。
 
アリがカシムの胴体を運びます。モルジアナはカシムの両手を運びます。アリがカシムの両足を運びました。
 
「これで全部でしょうか?」
「いや、兄貴の柱宝(ちゅうぼう)が無い」
「どこかに落ちているとか」
 
それで結局洞窟内のランプに点灯してみたら、下に落ちているのが見つかり、アリは玉が2個揃っているのを確認して手に持って出ました。モルジアナはランプを消して外に出ました。
 
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目立たないようにするため、アリはその付近の木を切って薪を作り、カシムの身体を入れた袋の上に乗せました。そんなことをしている内に、岩戸は自然に閉まっていました。雪の上に残る足跡は、モルジアナが何となく必要になる気がして持って来ていたホウキで掃いて目立たなくします。こうすればまだ雪が降っているので朝までには分からなくなるでしょう。
 
ふたりは山を降りますが、人に見られないよう、暗くなるのを待ってから町に入りました。
 
モルジアナはここまで戻ってくる最中、この後のことをずっと考えていました。
 
アリはどう考えても思慮が足りない。ダニヤには人に色々指図する能力が欠如している。カシムを継ぐべきムハマドはまだ12歳で、補助者が必要だ。ということは、自分が全てを取り仕切るしかない!
 
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盗賊の襲撃も不可避だろう。それも自分が防がなければならない。
 
たとえ、この手が血で染まろうとも・・・。
 

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ふたりは、やがてカシムの家に戻りました。かなり遅い時間だったのですが、ダニヤが不安そうな顔で起きていました。
 
アリはダニヤに
「カシムは死んでいた」
と告げます。
 
ダニヤが泣きます。遺体を見ようとしますが
 
「見てはいけない」
 
とアリが強く言いました。それでダニヤはカシムの遺体が酷い状態なのだろうということだけは想像が付き、彼女は更に泣き崩れました。
 

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モルジアナは言いました。
 
「奥様、私は明日薬種商に行って参ります」
「カシムは死んでるのに!?」
「どうか私にお任せ下さい」
「うん」
 
それでモルジアナはダニヤから銀貨を1枚もらうと、翌日の日中、近くの薬種商の所に行って言いました。
 
「恐れ入ります。薬剤師様(*20)、氷精丹を頂けませんでしょうか?」
「氷精丹!?そなたの家で誰か、ご病気か?」
と薬剤師は言いました。
 
「我が主人カシムにございます。主人は数日前から体調を崩し、寝込んでいたのですが、どうにも調子が悪いようなので、少し強い薬を飲ませた方がいいかもということになりまして」
 
「そうか、そうか。早く良くなるといいね。神の恩みがあるように」
と言って薬剤師は氷精丹を売ってくれました。
 
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モルジアナはアリに、家の奥でカシムのふりをして寝ていてくれるよう頼みました。食事は「移してはいけないから」と言って、モルジアナかダニヤが運ぶようにし、他の奴隷たちを近づけないようにしました・
 
(*20) 東洋文庫版では“薬師”と書かれているが、薬師(くすし)という言葉は、薬剤師の意味と医師の意味の2つがあり紛らわしいので、ここでは現代的な言葉ではあるが、敢えて薬剤師と訳出した。
 
(“薬師”を薬剤師の意味で使う時“くすりし”と読む人もある:“ばけがく”“わたくしりつ”などと同類の読みかた)
 

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そしてまた翌日、モルジアナはダニヤから今度は銀貨を10枚もらうと、再び薬種商の所に行って言いました。
 
「薬剤師様、銀精丹を頂けませんでしょうか?」
「銀精丹!?昨日の氷精丹では効かなかったか?」
と薬剤師は驚いて言いました。
 
「はい。飲ませた直後は少しよくなるかのように見えたのですが、また寝込んでしまいまして、もう今にも死にそうなのでございます」
 
「それは大変だ。神の恩みがあるように」
と言って薬剤師は重病人にしか処方しない、銀精丹を売ってくれました。モルシアナは念のため2個と言って2個売ってもらいました。
 

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そして更に翌日。モルジアナはダニヤから今度は金貨をもらおうとしたのですが、ダニヤは言いました。
 
「私は元々商売のことは分からないし、息子もまだ幼い。悪いけど、家と店の金庫の管理は取り敢えず息子が17-18歳くらいになるまで、あんたがしてくれない?」
 
「分かりました。毎月きちんと報告書を作りますので」
「ああ。いいよ、いいよ。あんたが不正とかする子でないことは分かっているから」
と言って、モルジアナに家の蔵・小口現金庫、店の蔵・小口現金庫の鍵を渡しました。
 
まあ実際、ダニヤ様は帳簿とか見ても分からないだろうなとモルジアナも思いました。
 
それで、モルジアナは家の小口現金庫から金貨を4枚取り出し、出納簿に記入しました。
 
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そして三度(みたび)薬種商の所に行って言いました。
 
「薬剤師様、金精丹を頂けませんでしょうか?」
「金精丹!?昨日の銀精丹でも効かなかったか?」
と薬剤師は驚いて言いました。
 
「はい。銀精丹を差し上げたのですが、一向に病状は改善せず、かなり苦しんでおられます。せめて苦しみだけでも取り除いてあげられないかと、親族一同で話し合いまして」
 
金精丹はもはや治療薬ではありません。症状を緩和するのではなく、苦しみを無くし、安らかに神の元へ行けるようにする薬であり、基本的に死に行く人にしか使わない薬です。むろんこんな薬は充分信用できる人にしか売りません。
 
「分かった。その状態では仕方あるまい。神の恩みがあるように」
と言って薬剤師はもはや死から逃れられない人にしか処方しない、金精丹を売ってくれました。
 
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この時、モルジアナは「主人はかなり苦しんでいるので念のため4個」と言ったので、薬剤師は4個売ってくれ、モルジアナは金貨を4枚払いました。この時、モルジアナはなぜ自分が4個も買い求めたのか、自分でも分かりませんでした。
 

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男の娘モルジアナ(5)

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